第103話 古代の戦法 7月2日
7月2日『表』 自室
俺は額に手を当てて考える。
『表』と『裏』は完全に切り離したいが、今はそうも言っていられない。
あの後、俺達は這いずるように上層階に逃げ帰り、久岡の作戦失敗と5名の死亡の報告を一緒に聞くことになった。
久岡は俺が何か言わないか気にしていたようだが何も言わなかった。
正直それどころではなかったからだ。
奪還作戦の失敗でタワーの3階、4階は完全に奴らに制圧されてしまったことになる。
ただし緊急事態ではあるが、即座に命の危険ではない。
非常階段を破壊してタワーを階層ごとに分断していたことが功を奏し、奴らは下層階からあがってくることができないからだ。
とはいえ長く占拠されていたらなにが起きるかわからないし、何より象の体当たりによって乗じた電気系と水道の異常は放置できない。
補修可能か調べる為にも早々に新怪物を排除し、象を最低でも追い払う必要がある。
市長も腹を決めたのか全力であたるようには言われたが……。
「動けるのは警備班残り半分と俺達調達班……象は別に考えるとしても新怪物をまず一掃しないとどうにもならない。弱点らしいものは見えたけど、あの触手と動き相手にまともにやったら死屍累々だぞ……どうしたものか」
考えながら一階へ降り「おはよう!」「おなかすいた!」「ふぎゃあ!」と3つの大声に続いて階段から降って来る紬を受け止め、頬にキスしてまた考え事に戻る。
「ふ、ふぉぉぉ! ホマっ! ホマがぁ!」
「姉ちゃんなんで朝から真っ赤な顔して……って俺のソーセージ全部食うなよ!」
俺は紬と取っ組み合っている新の皿にソーセージを移しながらまた考える。
学校
「というわけなんだ。なにか良い案ないかな?」
俺は休み時間にC組を訪れ、読書中の風里にアドバイスを求めてみる。
ちなみに晴香はいなかった。
「鞭を持ったカンガルーの集団+象と戦う状況が意味不明すぎるのだけれど」
我ながらそう思う。
しかし新怪物の腕触手と跳躍力を表の生き物に例えるのが難しいのだ。
「ヘルメット被って厚着していけば?」
「いや服とかヘルメットを貫通するほど鋭い鞭なんだ」
知るかバカって目で見ないでほしい。
「なら囲めばいいでしょう。鞭は予備動作が大きいから複数を相手にできないわ」
「場所がマンションの廊下なんだ。どうしても正面から相手しないといけない……蹴るなって」
「……ふざけているの?」
向こうへ行けとばかりに風里が俺を蹴ってくる。
自分で言ったが、あまりに荒唐無稽すぎてアドバイスできないよなこれ。
「ところで随分にこにこしながら読んでるなその本」
甘酸っぱい青春を描いた小説だろうか、いや風里のことだからシュールなユーモアの本かもしれない。
興味を引かれたので軽くカバーをずらして題名を見てみよう。
『スパルタ猛進撃』
しかもスパルタの勇者達が敵をバッサバッサ殺していくシーンだ。
「……にこにこする要素あるか?」
「人の読み方にケチつけないでくれるかしら」
鼻を摘ままれて引っ張られながら考える。
スパルタは古代ギリシャの軍事国家だったっけ。
以前に特集していたテレビ番組を見た覚えがある。
確かその中で……。
ふと教室の空気が変わった。さては晴香が帰って来たな。
男子が一斉に見るからすぐわかる。
「誉どうして――あっと、ごめんね」
そして小走りでやってくる途中で男子にぶつかってしまったが相手が怒ることはない。
とびっきりの巨乳をぶつけられて怒る男なんているはずがない。
「休み時間にわざわざどうしたのー?」
晴香は言いながら机に突っ伏す
風里と話していた時は感じなかった視線が集中するのがわかる。
「でっか……ボスンつったぞ」
「ボタン外れてて谷間見えそう……正面に移動しようぜ」
晴香が机に突っ伏すとそれは大変なことになるのだ。
もちろん谷間も普通に見えているので、じっくり鑑賞してから指摘してやろう。
「たっぷり見る前に教えてよ! あと風里と何話してたの? わざわざ私のいない時にさ」
普段ならちょい妬き晴香をからかって楽しんでから、非常階段に連れ出してキスするところだが、今はスパルタでなにか思いつきそうなんだ。
「回り込む場所のない廊下……体重は人並みで……ようは窓から追い落とせば良いわけだから、止めは必要ない……」
「なにあれ?」
「知らないわ。スパルタ人で妄想しているんじゃないの?」
晴香と風里がヒソヒソ話している。
「スパルタって映画やってたよね? すっごくマッチョなやつ。スパルタ人と誉……か」
「当然、双見君がされる側よね」
妙な雰囲気を感じて顔をあげる。
晴香は無言で顔を逸らし、風里は口角をあげて笑う。
「悪くないわね」
「なにがだよ。それよりあと一歩なんだ。ちょっと協力してくれ」
俺は晴香を座らせ、その上に向かい合うように風里を配置する。
それぞれ両手を互いの背中に回してもらう。
「「なにこれ」」
「違う……なにか足りない」
そこでポテポテと歩いていた奈津美を見つけて呼びつけ、晴香の上に配置してみる。
同じように背中に手を回させると、お互いの胸がぶつかり合ってぐにゃりと潰れた。
「よしっ閃いた!」
「死ね」
腰の入った風里の拳が鳩尾に入り、俺は机に手をついて激しく咳き込む。
「お前らだって俺で変な妄想してただろ!」
「想像で終わるのと行動に移したバカの違いよ。スマホも出しなさい。声で誤魔化しながら撮っていたでしょう」
風里の一撃で抵抗できない俺はスマホを奪われ、指紋認証もその場で解除されてしまった。
「うわっ写真で見るとさっきの恰好すごいエッチだ!」
「私の時も撮っているわね。油断も隙もないわ。他にもいかがわしいのがないか探しましょう」
「ふぇぇぇ……ふぇぇ……ダメですよぉ」
人の写真を勝手に見るな。
あと奈津美は困ったような声出しながら一番前のめりだな。
「弟くんの寝顔? わー可愛い! ちょっと誉に似てるねー。なでなでしたい」
「双見君と違って清純そうね」
「あわわ……次もみましょう」
リビングで居眠りしていた新があまりに可愛いので撮った写真だ。
別に見られて悪いものじゃない。
「これ弟くんの部屋かな? なんで誉が弟くんの部屋でエッチな本もって良い顔してるの?」
「題名がついてるわね『新の成長記録 男の目覚め』アホな兄をもって可哀そうに」
「本の女の人なんだか私に似ているような……はう」
新の成長記念に撮ったものだ。
これも見られて困るものじゃないから構わない。
何故か怒り狂う新が脳裏に浮かんだが気のせいだろう。
「小学生の裸……完全に犯罪ね。残念だけど通報しましょう」
「それ確か誉の妹さんだよ。なんで廊下で寝ててお尻に落書きされてるかはしらないけど」
「やけにリアルな猫さんですね……」
もちろん紬だ。
夜中にトイレに行った後、何故か尻を出して廊下で寝ていたので戒めの意味で落書きした。
30分かけた力作だったが起きる素振りもなく、一日過ぎてから気付いたようで獣の聖痕が浮き出たとか言いながら俺の部屋に飛び込んで来た。
というかそこから先はちょっとまずいぞ。
確か次は晴香の自撮りグラビアのはず。
「あっやばっ!」
「晴香……貴女なにを送っているの!」
「ふ、ふしだらですぅ」
その先の奈津美はもっとまずい。
「うわっこれ奈津美の!?」
「三藤さん! なんて写真を撮らせてるの!」
「ふぇぇぇぇん! 忘れてましたぁ!」
ともあれ方法は思いついた。
後は『裏』の方で進めるしかないから、こっちでは一日を楽しもう。
俺のスマホをもって逃走し、なにもないところでひっくり返る奈津美を見ながら頷く。
「あんたスマホ落としたし。ってこれ誉と!? ふぅん……こういうのありなんだ」
大変な画面を開いたまま廊下を滑ったスマホが陽花里に拾われる。
もうどうにでもなれ。
7月2日【裏】アラモタワー 4階非常階段
「1、2の3で開ける。出遅れた腰抜けは奴らの餌だからな」
松野が扉に手をかけながら睨みつけ、俺を含めた調達班4名と警備班の3名は頷く。
今回の4階攻略は調達班……つまり松野が指揮を執り、久岡は別の場所にいる。
普段なら自分の部下を松野に貸すなどあり得ないことだろうが、昨日の大失敗もあってか何もいえなかったようだ。
「本当にこのやり方で大丈夫なんだろうな!? 『多分』とか曖昧なのは聞きたくねえぞ」
「多分大丈夫だ。試してないのに言い切れるわけないだろ」
小声で怒鳴る器用な松野に言い返す。
松野はモゴモゴと口の中で罵声を発した後、諦めたのかカウントダウンをして扉を蹴り上げる。
「突入!!」
突入と同時に2体の新怪物が視界に飛び込んでくる。
気持ちを落ち着ける暇もなく触手の腕が振り上げられた。
俺は松野を見る。
「構えろ!!」
廊下いっぱいに並んだ警備班の3人が盾を構える。
その盾は製品そのままだった前回とは違い、鉄板からパイプ類、果ては壊れた鍋までがジャンク感満載に貼り付けられ、外見と持ち運びやすさを犠牲にして防御特化した代物になり果てていた。
触手は前回同様盾ごしに警備班の頭部を狙い、強烈な金属音と共に3人の身体が揺らぐ。
だが飛び散ったのはパイプの欠片と千切れた鍋の破片だけで、鮮血も脳みそも無い。
「よし防いだ。そのまま並んで前に進め」
俺と松野、ヒデキの三人は改造されていない普通の盾を持って彼らの後に続く。
「さらにもう一体きた!」
「次が来るぞ!」
再び触手が伸びたが、同じように弾き返す。
新怪物の触手は強烈な威力だが、警備班はこの不格好で重い盾だけを両手で持っているから勢いに負けて倒れ込むこともない。
こうなれば次に来るのは――。
「跳んだぞ!!」
新怪物が走り幅跳びの選手よろしく跳ね飛ぶ。
これで後ろに回られたなら大ピンチ。
「オラァ!」
『普通の盾』を持った俺達が警備班の頭を守るように盾を突き出して飛び掛かる新怪物を弾き飛ばす。
床を転がった新怪物が起き上がるなり、その胴体を二本の槍……ではなく包丁付きの物干し竿が刺す。
突き出したのはミドリとスミレだ。
致命傷にはほど遠いながら、新怪物は血を撒き散らしながら悲鳴をあげて後退した。
触手は前衛が分厚い盾で防ぎ、飛び掛かりは中衛が弾き返す。
そして盾の隙間から後衛が刺して追い込んでいく。
うまく機能したようだ。
「お前、どこでこんなやり方教わったんだ!?」
松野が緊張半分、笑い半分の表情で問う。
さてどう答えよう。
「スパルタ……かな」
「あぁ?」
俺は素っ頓狂な松野の声を聞きながら再び跳躍してきた新怪物を弾き返したのだった。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#51「グラビア」高野 陽花里#9「撮」三藤 奈津美#17「アウト」上月 秋那#47「Hなお姉さん 暇」雨野アヤメ#6「後輩」
風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」
中立 ヨシオ「同級生」ヒナ「弟彼女」スエ「放浪婆」風里姉「特殊部隊」キョウコ#2 ユウカ#2「同級生」
経験値247
【裏】
主人公 双見誉
拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 調達班
環境 出入口損壊 巨大怪物攻撃 配管通電異常
3F4F占拠 掃討作戦中
人間関係
仲間
ミドリ#26「ディス!」スミレ#19「イズ!」ヒデキ「スパルタァ!」
アオイ「シェルター」タイコ「別動隊」
中立
松野「十人長」横須「シェルター」木船「別動隊」
敵対
久岡「別動隊」風里姉「不明」黒羽「冷血漢?」
所持
拳銃+弾x13発 小型無線機
備蓄
食料60日以上 水??? 電池バッテリー???
経験値 198+X
次回更新予定は今週末予定です!




