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第100話 平穏な世界 7月1日

7月1日『表』

学校 放課後


「夏休みの匂いが近づいてくるのを感じるねぇ」


 晴香が俺の机に肘をついて楽しそうに言う。

ついでに胸まで机に乗っていたので見ていたらデコピンされた。


「夏じゃなくて夏休みの匂いかよ。まあ今年もボチボチ平穏になったし面白いこと考えとくか」


 そこで俺達の会話に陽助が呆れた顔で入って来る。


「平穏? 入学早々に那瀬川の件とか三藤のアレとかトラブルラッシュだろう。それにお前は6月もずっと何かやってたんじゃないのか?」


 陽助の言葉にそうだったなと笑っておく。

『表』の基準で考えるなら奈津美、秋那さん、アヤメと平穏とはほぼ遠かったな。


「それも落ち着いたってことで。勉強の方も時間取れるようになったから問題ないし……」


 言いながら、キョウコユウカのアホ2人を見ると露骨に机へ突っ伏す。

……また1日2日、時間を作ってやらないとダメかもしれない。


「アホ共はともかく、休みになったら全員でどこか遊びに行くのもいいな」


「だよね!!」


 モデルかと思う笑顔を見せる晴香。


 そこにポムポムと擬音が聞こえそうな足取りで奈津美がやってくる。そして揺れる。

晴香と奈津美……遊びにいくべき場所は決まったも同然だ。


「それで、どこの海かプールに連れていかれるのかしら?」


 いつの間にか風里が真後ろに立ち、トゲのある声で言う。


「場所のことはまだ何も言ってないだろ」


 俺は風里に反論したが、ジト目で見られてすぐに目を逸らす。


「じゃあ水着にならない場所でもいいのね?」

「……良くない……水着が見たい」


 それ見たことかと風里に耳を摘ままれながら答える。

情けないとは思うものの、ここで意地張って近場の観光地巡りなんてことになったら元も子もない。

最優先は水着だ。


「お前達の水着みないとかあり得ないだろ。どんなすごいことに……」


「いつもながら誉のスケベは露骨だなぁ。すごい水着なんて着ないからね!」

「うぅぅ……エッチだ」


 悪い気はしていないのか晴香は体を反らせてノビをして、奈津美は軽く自分の胸を撫でた。


「ドスケベの誉はともかく、夏休みは泳ぎたいよね! 今度みんなで水着買いに行こうよ! 色々意見も聞きたいし「おうとも。是非アドバイスさせてくれ」

 

 俺は食い気味に即答する。

そして風里に睨まれたので「お前にもアドバイスしたい」と微笑むと鼻を抓られた。


「どうせ更衣室の中までついていくつもりなのでしょう」

「しねえよ。捕まるだろ」



 俺達が賑やかな雰囲気で帰ろうとした時、ちょいと背中をつつかれる。 


 振り返ると陽花里だった。

夏休みに向けてか金髪がより鮮やかになっている気もする。

あと耳に新しいピアスが追加されている。


 陽花里は俺の視線を少し追ってから言葉を続けた。


「あたしも水着買うつもりだから。アドバイスよろしく~」

「いや彼氏に選んで貰えよ」


 そう返すと陽花里はクスリと笑う。


「あたし休みに彼氏と泊まりで海行く予定あるんだけどさ……誉の選んだ水着で行かせたくない?」

「……とてもしたい」

 

 これは陽花里の方も予定を入れておかないといけないぞ。


「あとさっきの話聞いてたんだけど、普通に更衣室の中までついてきた上にとんでもないことしたよね」

「それは忘れる話だっただろ。もう少しでえらいことになるところだった」


 あれは暴走した俺もちょっと悪いがからかった陽花里も悪い。

そして何よりあんなエグイ下着を置いている店が悪い。そういうことにしておく。


「ちょっと誉!」


 俺と陽花里が話しているのに気づいた晴香が猫のような動きで戻って来て威嚇すると、陽花里はしれっと目を逸らして去って行った。


「仲良くやろうぜ」

「あなたが悪いのでしょうが。この浮気男」


 風里は俺の脛を蹴ってから真剣な顔で続ける。


「……ちなみに姉さんが貴方に興味を持っているんだけれど何かしたでしょう?」


 俺は何もしていない。

裏でされて、表ではされそうになっただけだ。


「言っておくけれど、姉さんの今の彼氏は2m近い外人だけどいいのかしら」

「良くない……」


 本当に下心なんてなくて純粋に怖いだけなのだ。

ただ虐められると体が勝手に喜んでしまうだけで。


「おっとトークだ。悪い」

「本当にやめておきなさいよ。姉さんは前にナンパしてきたスケベ高校生を……なんでもないわ」


 風里の話は聞こえなかった。

聞こえなかったことにした。


 通知を確認するとほぼ同時に2つ着ている。


 先に来たのは……アヤメか。


 アヤメは家庭事情もあって今までスマホを持っていなかったのだが、今のご時勢それでは困ると保護者のスエさんに買って貰っていた。しかもバリバリの最新機種だ。

あの偏屈婆さんは金に余裕はあるらしい。



『先輩。今年って海とかプール行く予定あります?』


『おう。いきたいな』


 今からクラスメイトとその話だ、なんて言うと拗ねるから伏せておこう。


『アヤも行きたいです! でも去年はちょっとアレだったので水着とか用意全然なくて』


 ふと悪戯したくなってしまう。


『姉の水着借りてこようか? サークルの夏合宿だとかで無駄に何着も買ってきて部屋に吊るしてたのがまるで女児用水着コーナーみたいで……』


 途端に怒りの絵文字が連打されてくる。 


『言っときますけどアヤもうSNSとか使えますからね。昨日うちの縁側でアヤにさせたことぽろっとつぶやきましょうか?』


『捕まるからやめて』


 昨日は様子見も兼ねて行ったのだがスエさんは急に海外旅行に行きたくなったとかで留守だった。

なので仕方なく服に部屋の留守番をさせておき、俺とアヤメは縁側で開放的に遊んだわけだ。

今考えると生垣覗き込んだら外から丸見えだったよなあれ。


『今度一緒に買いに行こうか。水着も俺が買ってやるけれど俺の好みを反映させるぞ』


『それ絶対際どいの来ますよね! ……いいですけど限度はありますからね!』


「よくわかってるじゃないか」


 俺は深く頷いてからもう一つのトークを呼び出す。

こっちはヒナからだ。


『誉先輩。双見君に海誘われているんですけれど一緒に行きませんか?』

 

『もちろん行くよ』


 ヒナの水着にももちろん興味があるが、同じぐらい新とも遊びたい。

新のやつ誘っても『なんで中学3年にもなって兄貴と遊ぶんだよ!』とか言われてしまうのだ。


『えっとじゃあ私の方から双見君に連絡――』

『いや当日サプライズにしよう』


 新が変に照れてしまうかもしれないからサプライズがいい。


「あとは……ふむ」


『ところで新とはもうした?』


『ええ……それ聞いちゃいますか。してないですよ」


 まだ付き合って一か月も経っていないしそんなものか。


『でも双見君、キスは狙ってきましたよ』


『詳しく頼む』


 新が女の子に頑張ってキスを迫るなんて兄として感慨深い。

その場に居たらチアガールばりに応援したのに。


『放課後教室でおしゃべりしてたんですけど、突然肩に手を置かれて「いいかな?」って言われました』


「やるじゃないか新。その調子だ!」


『私もキスぐらいは許しちゃおうかなって思って、なにも言わずに目を閉じたんですけど……双見君OKサインがわからなかったみたいで固まっちゃって……他の男子が教室に戻って来てお開きです』


『何をやっているんだアイツは……』


 俺は思わず別のトークを開く。


『こら新! 放課後の教室なんて絶好のシュチュエーションで女の子が無言で目を閉じたらOKに決まってるだろ! 固まってどうするんだ!!』


『いきなり何の話だよ! って まさかおいやめろ』


 やめろと言われても俺の弟を想う心は止まらないぞ。


『ヒナちゃんのことに決まってるだろ! しっかりやればキスどころかもっと先まで一気に行けた可能性もあったのに 教室に戻って来た男子共に見せつける勢いで熱烈なキスを――』


『メチャクチャ具体的なのやめろよ! なにヒナから聞き出してんだよ! というかこのトークちがっ@はやくt鳥消せ』


 文字が乱れ始めた新のトークへ被せるように別のトークが湧き出た。


『キスゥっ!? 新がキスだとぅ!? 詳しく! 詳しくお姉ちゃんに報告しなさい!』 

『あぁぁぁぁぁぁ!! 姉ちゃんに見られたじゃねえかぁぁぁ!!』


 俺は画面をタップして確認する。

どうやら新のトークと間違えて、家族の連絡用トークに誤爆してしまったようだ。


『姉さんが出たんじゃ落ち着いて話せないな。この話はまた改めよう』

『いい加減にしろよバカ兄貴がぁぁぁぁ!!』

『ヒナちゃんってクラスの子なの? 今から電話かけるからね!』


 俺はトークを閉じて晴香達の談笑に戻り、そのままネオミラノの涼しい店内に入る。


「次の休みにみんなで水着買いに行こう! で、夏休みに入ると同時に――」


 そしてテンションMAXで夏休みの予定を語る晴香を微笑ましく見ながら頷き、大きな動きに追随して揺れる胸に脳内で水着を被せるのだった。愉快な夏になりそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

同日【裏】タワー 市長室


「不愉快だ……」


 まず暑い。

暑いながら曇っているのでソーラー発電の電力量が限られ、エアコンが切られているからだ。


 次に臭い。

暑さを凌ぐために開け放った窓からゾンビかその犠牲者かの腐臭が入りこんでくるからだ。


 最後にうるさい。

松野と久岡が口論――怒鳴り合っているならまだいいが、ネチネチと言い争っているからだ。


「良くも偉そうに言えたものだな。せっかく補充してやった人員を初日に殺しておきながらな!」

「はっあんなゴミ補充なんて言わねぇよ。むしろドジ踏んで噛まれやがって足引っ張ってんだよ!」 


 ウエダの最期については適当にぼかした。

幸い生き残ったヒデキとスミレは風里姉と俺の戦いを見ていない。

無駄に情報を撒くことはしない。


 とはいえ完全な嘘はばれやすい。

だから激強の女性とかち合って俺がボコボコにされ、怪物に噛まれていたウエダはそこで殺されたとは言ってある。


 言わなかったのは風里姉が軍人だったこと、銃を持っていたこと、もちろん俺が無線機と拳銃を渡されたことも秘密にしている。


「それでお前のお気に入りが噛み跡だらけで帰って来た訳か。今も言葉が話せるところを見るに悪運が強かったようだが、女に嬲られて泣きながら帰宅とは羨ましいことだ。代わってやりてえよ」


 久岡は嘲笑しながら俺を見る。

ついでに松野にも恥をかかせたとばかりに睨まれる。

仕方ないだろ、あんなもんに勝てるかよ。


 だがここで無駄に食って掛かるような真似はしない。 

松野と久岡、どちらも格闘技の経験があり、正面からやれば俺などたちまちやられてしまう。

それでも……。


 俺は溜息を吐きながら懐に手をやる。

ズシリと重厚な感触は風里姉から貰った拳銃だ。

もし俺はアオイの命に危険が及ぶことになりそうならば手段はある。


「おやめなさい!! 会議は罵り合いの場ではありませんよ!!」


 一喝したのは市長だ。

甲高い声での一喝に、松野も久岡も不満げな表情のまま沈黙した。


「この時間はもっと建設的に使わねばなりません。コホン……では予定通り、議題を形骸化している屋上での洗濯許可申請制度の見直しに戻します」


 俺だけではなく久岡と松野からもカクンと力が抜けた雰囲気があった。


「洗濯の順番は自由に申請して私が許可することになっているのに、最近は内部の力関係で事前に――」


 俺は遠くに見えるアラモタワー……こちらでは建設中のまま放置されているそれ……を見ながら溜息をついたのだった。



 そんなこんなで会議が終わり、市長以外の人間が退室していく。

主題だった建設的な洗濯許可についてはあまり覚えていないので後で松野に確認しておこう。


 そこでふと市長の視線を感じる。


「貴方、前回の調達で怪我をしたそうですね。それに目の前でウエダさんが亡くなったとか」


 はて下手打ったことを咎められるのか、それとも怪物にならないか警戒されているのだろうか。

相当時間も経っているし大丈夫だと思うけれど。


 どう言い訳したものかと思っていると突然市長が俺を抱き締める。


「本当なら高校生の歳なのにね。こんな世界で……本当にどうして……」


 予想外の抱擁にどうしたものか戸惑っていると、市長の机からバサバサと書類の束が落ちた。

思わず目をやるとそこには『市立両河高校。教師トラブル――』と書かれており、市長は慌ててそれを机に戻す。


「これは君が見てはいけない資料です」


 市長の横須さんは元々は県の教育委員会のお偉いさんだったか。

あれはウチの学校――こっちでは違うけれど――の教師に関する資料のようだ。


「どうしていまだにそんなものを?」


 そんな資料、今となっては紙切れ同然で机に置く価値なんてあるはずがない。


「こんな世界で下らないものを大事に……と思うでしょうね」 

 

 もちろん思っているが口はつぐむ。

市長の機嫌を損ねて良いことなんて1つもないから。


「そうね当然だわ。でも私にとってこれはとても大事な資料なの。厳重に管理しないといけない情報……そうじゃないと認めてしまったら昔の世界を否定してしまうようで。今のどうしようもない世界の在り方が正しいのだと認めることになりそうで……ね」


「気持ちはわかります」


 返事するつもりはなかったのについ声が出てしまった。


「ふふ、高校生なのに機嫌取りなんて覚えちゃって」


 市長は俺の頭を軽く撫でる。

もちろん市長に気に入られた方が上手く行くとの思惑もあるがそれだけではなかった。


 俺がこちらでも割と平静で居られるのは『表』の世界があるからだ。

寝れば戻れると分かっているから割り切って生きていける。

だがそんなことできるのは多分俺だけだ。


 今となっては紙切れに等しい書類でも、市長にとっては過去と繋がる大事なものなのだろう。

それをバカにする気にはならなかった。


「それにしても市長――横須さん」


 名前で良いと言われて言い直す。


「あの2人を良く押さえられていますね。もっと暴走しそうに思ったのですが」


 和やかな雰囲気に任せて少し突っ込んで聞いて見る。

今ならいきなり不穏な空気になることもないだろう。


 すると横須さんはフウと小さく溜息をつく。


「久岡さんも松野さんもタワーの為に良くやってくれています。少し……いえ相当に問題はありますけれども……それを指摘してしまうと立ちいきません」


 まあ横須さんは細かそうだし気付いてないはずないよな。

規則を守ることを良しとする彼女にとって特に松野の蛮行に目をつむるなど相当な苦痛のはずだが、奴を排除すれば食料の調達はたちまち滞る。


 だが聞きたいことはそっちではない。


「……もし私が彼らとの連絡役で無ければどうなっていたことか」


 視線を追うと、市長室の端にマンションの設備と言うには明らかに異質な無線機が置かれていた。

 

「古参の人は知っていることですけれど、あまり言いふらさないで下さいね」


 俺はもちろんと頷く。


「アレが起こった直後のことです。新都で立ち往生している私達は救助に来た自衛隊の方々に救出されました。しかしものすごい数の怪物に囲まれて脱出できなくなり、このビルに避難したのです」


 世界がこうなった直後、今と比べ物にならないぐらい沢山の生存者が居た。

そんな彼らを救うべく自衛隊の一隊が新都に突入し、凄まじい数の怪物に包囲されて全滅した。


「その後は地面を埋め尽くすぐらいの怪物が集まってしまってここにも雪崩れこんできました……自衛隊の隊長さんもやられて、みんなパニックに……自暴自棄になる人も出始めて」


 横須は言いにくそうに声をトーンを落とす。


「そこで代わりに黒羽……という人が指揮を執り始め、押し寄せる怪物を市民ごと撃ち始めました。そして怪物を一掃すると今度は逃げ込んだ人達の中で、物を奪ったり乱暴したりと好き放題する人に向けて大きな声で二度警告しました。罵声を返されると微笑んだまま……あの冷たい目は忘れません」


 俺は周囲の壁に目をやる。

良く注意すると壁は本来の材質ではなく簡易的な素材で補修されていた。

補修範囲が広すぎて逆に気付けなかったが、壁一面に弾痕がある。


「その人は県の教育委員会で立場ある人間だった私をリーダーに指名し、連絡用にと無線機を置いていきました。今でも不定期に連絡が来て……その時は必ず私が取らないといけません」


「他の奴がとったら暴動が起きたとみなす……と」


 こりゃ松野も久岡も彼女に手を出せないわけだ。

一度血の海をやっているなら説得力も抜群だしな。


「黒羽という方、個人的にはまったく相容れませんし世界が元に戻れば罰せられるべき人だと思いますが……そのおかげでここは内部崩壊の危機を乗り越えられました。皮肉なことです」


 市長は話は終わりと首を振り、武骨な無線機に手作りと思われる可愛らしい布カバーを掛ける。


「ところでもう一つ大事なこと、貴方の素行について少しお話があります」


「――はい?」


 俺は反射的に懐に手を入れかけたが、バレる心当たりがなかったので止めて困惑の表情を作る。


「とぼけても無駄ですよ。様々な人から貴方が調達班の複数の女性と関係していると聞いています」


「あぁそんなことか……」


 思わず口に出した途端、市長の目が吊り上がった。


「そんなことではありません! 例え合意の上であっても貴方の年齢で爛れた女性関係は――」


 甲高い声で怒り始める市長。

ふと俺が出てこないことを怪訝に思ったのか松野が顔を出したが、説教を受けているのを見ると鼻で笑って出て行った。


 まあ元教育委員会のお偉いさんとなれば学生を怒りたくて仕方ないのだろうと失礼なことを考えながら、俺は殊勝な態度で説教を受けるのだった。 




 その後、丸々1時間ほど説教された俺はげんなりしながら部屋に戻る。


「状況は予想より良いのか悪いのか」


 タワーが自衛隊の庇護下にあって暴動の芽がないのは本来喜ぶべきことだ。

連絡手段まであるなんて望外の幸運のはずだ。


 しかし非常時とはいえ自衛隊が市民に向けて発砲するなどあり得ず、黒羽とか言うやつはまともな庇護者ではない。そいつが近くに居る部隊のトップだとすると、これはとても喜べる状況ではない。


「また不確定要素が増えた。どうしたものか」


 俺が溜息を吐きながら自室に戻ると、部屋の前でミドリが待っていた。


「誉疲れてるね。久岡と松野の居る会議とか想像するだけで疲れそう」


 ミドリはわざとらしく声を潜めて俺を部屋へと押し込む。


 俺は部屋に入るなり、ミドリに押されるようにベッドに向かい……カメラの死角に入ったところで懐の拳銃をベッドの下に滑らせた。


 誰かが見ていてもイチャつきながら床に倒れたようにしか見えないはずだ。

市長が見ていたら全然こりていないと追加で説教されそうだが。

 

 さあ開始と言うところでドアがノックされる。


「あの……誉さん……戻っていま」

「入ってまーす」


 スミレの声にミドリが応えると、ドアの下の方が軽く蹴られたような音がした。


「……30分後に来ます」

「60分後でお願いしまーす」


 これを市長に見られてたら説教が120分になりそうだ




 3時間後。


「いつもながら……大きさがおかしい」

「量もおかしい……XL破れるかと思った」


 俺はソファにぐったりともたれたミドリに水のペットボトルを渡し、ベッドに突っ伏すスミレの背中に散らばるXLをまとめてゴミ箱に捨てる。 


 さてシャワーでもと思ったところでドアがノックされ、音と同時にカードゲームを持ったアオイが飛び込んでくる。

もちろん部屋の状況を隠せる時間などない。


「あっ! もーまた女の人といやらしいことしてるっ!」


「悪かったから一旦部屋を出るんだ。教育に悪いから」


「教育に悪いの丸出しにしてるのお兄ちゃんでしょ!」


 アオイは頬をパンパンに膨らませて怒り、俺は悪かったと謝る。


 もしここになにかあれば今まではアオイとタイコさんだけを気にすれば良かったが、今となってはミドリとスミレも見捨てられない。守る者が増えたのに、俺の握力は拳銃一個分しか増えていない。

今度は守り切れるのだろうか。


「お兄ちゃん。深刻な顔……どうしたの? あといい加減に前をしまって。教育なんて光景じゃないよ」

 

 まあ今すぐに何事か起きる訳でもないし、なんとか対策を考えていけば……。



『ジリリリリリリ』


 突如けたたましいベルが鳴り響く。

中学の時の訓練などで聞き覚えのある音だ。


「非常ベル? 火事か!?」


 俺はアオイを抱き寄せ、次の一瞬で持ち出すべきものを脳内で整理してから動き出そうとする。


 同時に木船さんの全館放送が流れた。

異様に荒い息が緊急事態を告げている。


『タワーに脅威が迫っています。住民は全員ホールに集まって下さい。警備班、調達班は完全武装でエレベーター前に集合してください。繰り返します――』


 火事ではないが、非常事態なのは間違いないようだ。

ならばやることはあまり変わらない。


「今の放送聞いたか!? 一体何が……でかっ!?」


 俺の部屋に飛び込んで来たヒデキを蹴飛ばして落ち着かせる。


「アオイは上に行くんだ。今すぐ」


 何か言おうとするアオイに言葉を重ねて走らせる。


 その時、窓の外からガゴンと金属を衝突させるような音が響いた。

俺の部屋は新参の居住区画である14階だ。

少なくともゾンビの群れが壁をひっかいているなんて生易しい状況ではなさそうだ。


 俺はエレベーターに向かって走る。


 エレベーター前で松野と遭遇する。


「なにがおきた?」

「見張りが非常信号を出した以外は知らん」


『警備班及び調達班は装備が整い次第、地下入口に向かってください』


 ともあれ今は木船さんのアナウンスに従うほかない。


「チッ」


 エレベーターが開くとそこには先客として久岡とその部下達が詰まっていた。

舌打ちでここまで音量が出せるのは特殊技能じゃないかな。


「一緒が嫌なら先に行ってくれていいんだぜ」

「ふざけんな。外のことは本来お前らの役目だろうが」


 悪態を吐きながらも俺達を乗せる為、懸命に詰める久岡を見て思わず笑ってしまう。


 睨まれたので咳払いして誤魔化そう。 


 

 そしてエレベーターで地下の入り口に向かう途中、金属を打ち付けるような音と振動が腹に響いた。


「なんだこの音は?」

「なにかを叩いているのか?」


 首を捻る久岡と松野。

反対に9割相手がわかった俺は肩を落とす。


 そしてエレベータが到着した途端、残る一割も埋まった。


 硬いものを強烈な勢いで叩きつける音、ゴトゴトと重そうな足音、そして見え隠れする異様なフォルム――。


「また出たよ。脚が三本なら登場も三回にして欲しいもんだ」


 またも三脚のお出ましだ。

恐らくは全開にしていた窓が奴の熱探知に引っかかったのだろう。

地下への入り口を塞ぐ、ひっくり返ったトラックを殴り続けている。


「あれが三脚? ゾンビ共と違いすぎる……なんて異形だ」


 久岡の反応を見るに目撃するのは始めてなのだろう。


「はっ屋内勤務の久岡さんは初見なようで。お前はあるよな?」


 マウント取りを忘れない松野だが、余裕の表情なあたりまともにやり合ったことはないだろうな。


「ある。潰したこともある」


 俺がそう答えると松野はどうだとばかりに久岡を睨む。


「よし、なら一丁片付けてやろうぜ。どの武器が……」


 これで松野も戦ったことがないこと確定だ。


「無理だよ。前にやった時は車で轢いた。それも120kmでぶつけてもまだ死ななかった。ただ突いたり投げたりして倒せる奴じゃない」


 俺達の熱源を感知したのか、打撃音が激しくなる。


 俺は地面に這ってトラックの隙間から外を覗く。

足が9本、3体もいる。


「まぁ万が一もあるし試しにやってみます?」


 俺がそう言うと同時に打撃音が響き、横倒しになった10tトラックが揺れた。


 久岡と警備員達は一斉に首を振る。 


「じゃあどうすんだよ」


 松野の問いに合わせるように打撃音が響き、俺はふむと頷く。


「どうもしない。見てよう」


「「あ?」」


 久岡と松野の声が揃う。

拍手したら半殺しにされそうだな。


「アイツは自動車をひっくり返して家の壁をぶち破る文字通りの怪物だ。でもまぁ」


 再び打撃音、トラックが揺れて壁が軋む。 


「つっかえた10tトラックを跳ね除けて重厚なタワーマンションの壁を壊すほどのパワーはない」


 これが普通の一軒家や公民館みたいな低層の建物だったらもう詰んでいた。

色々あったがタワーマンション万歳。


「しかし、こんなド派手な音を立てりゃ怪物共が山のように集まって来てどうなるか」


「それも大丈夫。奴らはゾンビとも敵対するから集まってきたらそっちも攻撃し始める」


 久岡は気まずそうに頷き、松野を煽る。


 差し当たってタワーがやられる脅威はなく、自分の中の警告ゲージが徐々に下がっていく……はずなのにどうにも緊張感が抜けない。


「げ」


 ポケットの中で無線機が光り出したことに気付く。


「とりあえず松野さんと久岡さんは市長に現状の報告を。後は大丈夫とは思いますが念の為に補強したいので資材を持って来てくれますか? ここは俺が見張っていますから」


 と上手いことを言って全員を上に送り返してから無線機を耳にあてた。

  

『取るのが遅い 非常事態に気付いているか?』


 とった瞬間、風里姉の声が飛び込んでくる。


『今まさに真ん前にいますよ』


 皮肉を込めて返すとククと小さく笑われた。


『はて真ん前とは? 私からはなにも見えていないぞ まさかお前は入り口を突破できるはずもない三脚3体を非常事態などと言っているのではないだろうな? すぐに高層階 南方向が見える場所に行け』


 耳の奥で警告音が最大音量で鳴り始めた。


「嘘だろ……」


 俺は灰色コンクリの天を仰いでからエレベーターのボタンを連打するのだった。 


『表』

主人公 双見誉 市立両河高校一年生 

人間関係

家族 父母 紬「女児並」新「情報漏れ」

友人 那瀬川 晴香#51「女友達」高野 陽花里#9「友人(怪)」三藤 奈津美#17「女友達」上月 秋那#47「Hなお姉さん」雨野アヤメ#6「後輩」

風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」


中立 ヨシオ「同級生」ヒナ「弟彼女」スエ「放浪婆」風里姉「特殊部隊」キョウコ#2 ユウカ#2「同級生アホ

経験値243


【裏】

主人公 双見誉 

拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 調達班 

環境 出入口損壊 三脚3体取り付き

人間関係

仲間

アオイ「守るべき者」タイコ「療養中」ミドリ#26「調達班」ヒデキ「調達班」スミレ#19「調達班」

中立

松野「調達班長」横須「市長」木船「オペレーター」


敵対

久岡「警備班長」風里姉「協力強要」黒羽「冷血漢?」


所持

拳銃+弾x13発 小型無線機


備蓄

食料60日以上 水365日以上 電池バッテリー∞

経験値 198+X



とんでもなく間があいてしまいましたが最新話更新です。

次話は明後日19時に更新予定となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してみると、NTR要素ある陽花里が一番エロい気がした。 因縁ある晴香と2人で競う形で同時にしたら、さらにエロくなりそう(*'ω'*)
[良い点] どうやったら誉くんみたいにたくさん遊べるんですかね、、もちろん女の子と
[気になる点] 一体アヤメとどんな開放的な遊びをしたのか。 [一言] 更新ありがとうございます、
感想一覧
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