第99話 表の姉 6月15日
6月15日(火)『表』
「いてて……思い切り蹴られた」
俺はうちつけた腰を押さえながら自室に戻る。
【裏】での精神的ダメージを癒そうと紬のベッドに潜り込んだのだが、スヤスヤ眠る紬を見ているとつい感極まって顔にキスをしまくってしまったのだ。
一応、姉の乙女を気付って唇じゃなく頬や額中心にしたのだけれど飛び起きた紬にベッドから蹴り落とされた。
ちなみに紬はまだ寝ぼけていたのか、ひとしきり騒いだ後、何故かパンツ一丁で新のベッドに潜り込んでいったが兄妹なので問題はないだろう。
「しかし困ったぞ」
鳩尾を蹴られてベッドから落とされたのだから痛くないはずがない。
『キモホマ!!』の罵倒も心を抉らないはずがない。
「なのに嫌じゃない……いや違う。嫌ではあるのにそれを上回る悦びを感じてしまう」
一言でまとめるとそう、俺は蹴られ罵られて興奮していたのだ。
「風里姉のせいだ。ただでさえその傾向があったのに!」
俺は机に肘をついて頭を抱える。
【裏】で風里姉にボコボコにされた上に辱められた俺は相当の心の傷を負ったが、同時に変なスイッチが入ってしまった。
「違う……違うぞ……俺は」
このままでは俺は女性に罵られ、犯されて悦ぶ変態ドM高校生になってしまう。
早急にオスの心を取り戻さないといけない。
スマホを取り出す。
時刻は午前六時半、起きている可能性はある。
俺はまず晴香にトークを送る。
『晴香のスケベな写真が欲しい』
『朝からなに言ってんの。バカじゃないの』
即答だった。
『そこをなんとか 俺をオスに戻して欲しい』
『意味わかんない』
だが五分後、ポンと音を立てて画像が添付された。
朝食の準備中だったのかエプロン姿の晴香だが、上も下も薄着なせいで裸エプロンにしか見えない。
しかも少し俯き加減のせいか胸の谷間が豪快に見えてしまっている。
『エロすぎるだろ こんな体で外歩くとか青少年の教育に悪い 遭遇した中学生がかわいそう』
『どんな褒め方だ!』
晴香の写メは最高にスケベだ。
「だが違う、これじゃない」
次に陽花里にトークを送る。
『陽花里のスケベな写真が欲しい』
晴香と違って返ってくるまでしばし待つ。
『今起きた 朝からバカじゃないの』
晴香と同じ返事が画像付きで帰って来た。
下着姿の陽花里がベッドで仰向けになり、口にXL……いやMを咥えている。
彼氏のタカ君用か。
『差分』
次いで送られて来た画像では体勢そのままに俺用のXLを咥えている。
表情が最初の画像よりとろけ、誘うように脚を開き舌を突き出していた。
「スケベすぎるだろ。今すぐホテルに連れて行きたい」
だがこれもまだ違う。
次は奈津美だ。
『あうぅ……スケベ……あう』
奈津美のいかにも困ってそうな返事の後、たっぷり15分程して画像が送られてきた。
可愛らしいピンクのパジャマを少しだけはだけ、肩とヘソを見せるポーズをしている。
精一杯の努力だが前二人に比べればスケベさはほとんどない……だが。
「強引に襲って支配したくなる仕草……湧き上がるSを感じる。これだよ奈津美」
そう俺はドMじゃない。
貪欲でオス臭い男なのだと自分に言い聞かせて奈津美のそれほどスケベではない画像を保存する。
そこでスマホが震えた。相手は風里だ。
『知り合いに片っ端からいかがわしい画像を送らせているそうね。この変質者』
「や、やめろ……」
湧き上がるSが急速に冷えていくのを感じる。
『朝っぱらから発情するオスは去勢した方が良さそうね。ヒールで玉を踏み潰してあげようかしら」
「だめだ……」
引っ込んでいたMがゾンビのように蘇る。
そして『エロ豚』の一言と共に送られて来たのは、風里が汚物を見るような目でこちらを見下す画像だった。しかも良く見ると目が姉とそっくりだからたまらない。
「おのれ風里姉妹……どうしても俺をドMにするつもりか」
俺がブツブツ言っていると寝ていたらしい秋那さんからもトークが返って来た。
『誉ちゃん朝からエッチな気分なの? なら学校いく前に寄ってきなよ。すっきりさせてあげるよー」
今から行けば十分楽しめる時間がありそうだけれど秋那さんを性欲処理に使っているようでなんだかな。
『全然おっけー。男子高校生の若い性欲ぶつけて貰うの最高に楽しいからね。それに誉ちゃんが他の娘で作ったアレを私の中に出させちゃうって考えるとゾクゾクするし。早くおいでねー」
俺はビキビキ――いやキビキビと準備を整え、いつもより一時間以上早く家を出た。
玄関を出る時に新の部屋から男女の絶叫と、往復ビンタの音が聞こえたが問題はないだろう。
放課後
「本当に気持ち悪いわね」
「まだ言うのかよ」
放課後の廊下で風里と遭遇しただけなのに。
朝の所業は今考えると確かに気持ち悪かったかもしれないが、その分は昼休みに散々罵られている。
その罵倒たるや壮絶で、登校前、秋那さんに世話になっていなければ発射したかもしれない。
それにしても秋那さんがまさかあんな恰好をしているなんて……見た瞬間に部屋に押し込み、遅刻ギリギリまで理性を無くして頑張ってしまった。
「暇なら一緒に帰るか? 晴香は急用とかで飛び出していったし奈津美はクラスの子と買い物だろ」
「いやらしい写真を撮られそうだから遠慮しておくわ。それとも靴にカメラでも仕込んでいるのかしら」
まだそれを言うか。
そもそも盗撮なんてあり得ない。女の子が自分の意志でスケベな恰好をしているのが嬉しいのに。
「というのは冗談で学級委員長の仕事があるのよ」
なら手伝うと言う前に首を振られた。
「これは私の役目よ。まして他クラスの貴方に任せる訳にはいかないでしょう」
そんな細かいことを、と思うが風里はそういうやつだった。
「女子の緊急連絡先も書かれているのよ」
「なんとしても手伝いたい」
足を踏まれて笑って離れる。
「それに今日はどの道無理、姉さんと約束があるのよ……でもこの分だと遅れるかも」
「そうか。じゃあ俺は帰る」
俺は踵を返して駆け足で帰る。
今の俺にその名前は良くない。
そして校門を通過したところで――。
「あら双見君じゃない」
「きゃん」
でっかいピックアップトラックの隣でタバコをふかす風里姉と鉢合わせた。
これが怖かったから逃げたのに。
「ちょうどいいわ。苺子を待っていたのだけれど遅れるらしいの」
「……みたいですね」
風里姉がスッと近づき、俺は一歩後退する。
「学校前は駐車禁止だから長くは停めていられないの。私も一応公務員だから違反するとうるさくて」
「はい……一応そうですね」
風里姉がすっと車のドアを開く。
「だから苺子の用事が終わるまで30分ほどドライブに付き合ってくれないかしら」
「ぐぅ」
ぶっちゃけ行きたくない。風里姉と二人きりとか超怖い。
だがこっちの世界では何もされていないのに理由なく断るのもおかしい。
さあさあと促す風里姉の笑顔には悪意など微塵も感じない。
俺は自分に表と裏は別物だと言い聞かせ、車に乗り込む。
「ふ」
笑った。
今、この人絶対笑ったぞ。
緊張のドライブが始まる。
「最近まで海外に居たんですか」
「ええ詳しくは規則で話せないけれどね。国内勤務になってようやく妹とも会えるようになったわ。……ところでキミ良い筋肉の付き方しているわね」
俺は風里姉と雑談しながら色々なことを聞き出そうとしていた。
『裏』の彼女についての手掛かりになるかもと思ったからだ。
「海外ですかー。じゃあ戦争とかしたこととかあるんですか? ドカーンみたいな」
怪しまれないようわざと幼稚な聞き方をする。
「アハハ、ドッカーンって映画じゃあるまいし。元々私はスナイ……コホン。ところでキミって近くで見ると童顔で可愛いわね」
あの監視所からアラモタワーまでは100mもない。
前は見なかったが拳銃以外の武器を持っていたら……絶対持ってるよな。
だとすればこっそり逃げるなんて真似はできそうにない。
「なんか秘密の組織に属してたり……」
「ふふ、それを聞いたら帰せなくなるわよ……ぐさり」
一瞬心臓が跳ねたが、風里姉の表情を見て冗談だとわかる。
当たり前だ。いかに特殊部隊とはいえ自衛官がまっとうな高校生の俺に何かするわけがない。
例え『裏』で色々されたとはいえ『表』とは別に決まっている。
俺だって『裏』でやったことを表に持ち込めば即座に監獄行きだ。
だから風里姉を無駄に警戒する必要は――。
「ところで誉君」
車が止まる。
はてコンビニにでも寄るのだろうかと周りを見回すと山の手地区の林道脇……人気のない場所だ。
「聞きたいことがあるのだけれど」
風里姉の瞳が鷹のように細まる。
刺すような視線とはまさにこのことだ。
「貴方もしかして」
まさか風里姉も『裏』のことを知っているのか?
もしその確認をされたなら知らぬ存ぜぬを通さないといけない。
だが鼓動は早まり冷や汗も滲み出てくる。今問われれば隠し通せる自信がない。
「――年上の女性に興味はない?」
「はあ?」
自分でも驚く音量で間の抜けた声が出た。
「君、女の子のお尻とか胸ばかり追っているでしょう? 職業上視線でわかるのよ」
「ええ……」
その通りだし年上の女性は大好きだが、想像していたこととのギャップが凄すぎて混乱してしまう。
「苺子の彼ならいけないけれどね。親友のならちょっと摘まむぐらい大丈夫でしょう。減るものじゃあるまいし……男は何人かいるけど全員ゴリラみたいなのばっかり、キミみたいな可愛い子はすぐ壊……ゴホン、あんまり縁がないの」
「あかん」
思わず声に出てしまう。
一番恐れていた危機ではなかったがこれはこれでまずい。
『裏』と行動は違っても性格似たようなもんじゃないか。
「それに君……大きいでしょう? 勘でわかるのよ」
ベロリと自分の唇を舐める風里姉の目は瞬きが異様に少なく、もし俺が逃げようとすれば即座に組み伏せられること間違いない。
残念ながら抵抗しても無駄なようだ。
俺の体も『やめて、でもやめないで』とばかりに反応し始めている。
ここは諦めて捕食され――。
『緊急ニュースです』
俺にロックオンしていた風里姉の視線が一瞬で車内テレビに移り、俺も反射的にテレビを凝視する。
緊急ニュースという単語を聞くだけで背筋に電気が走るのだ。
『新都西3番交差点で大規模な陥没事故が発生した模様です。大型トラックをはじめ複数の車両が巻き込まれたとの情報もあり――』
俺達にはあまり関係のないニュースだったので俺と風里姉はゆっくりと席に座り直した。
「ちぇっもう少しだったのに」
「勘弁してくださいよ」
俺達は笑い合い、風里姉は時計を見てそろそろ学校に戻らないと、と残念そうに言う。
「今の事故で緊急車両の通行もあるだろうし新都は通らずに旧市街から抜けた方がいいわね。キミの家もそこでしょう? 送って行ってあげるわ」
「ありがとうございます」
俺が礼を言ったところで突然ブレーキが踏まれた。
どうやら交差点を信号無視で渡った男がいたようだ。
しかも男は悪びれもせず、フンとそっぽを向く。
というかあれウエダさんじゃないか!
ウエダさんは俺と目が合うと、鼻で笑うような仕草を見せてわざとゆっくり渡る。
「チッ 轢いてやろうかしら」
舌打ちする風里姉。確かに腹の立つ態度だが『裏』で十二分にやったのだから許してやって欲しい。
夜 自宅
「うひゃーすごいねぇ。大変だこりゃ」
「……クソ紬」
家族と夕飯を取りながらテレビを見る。
案の定、今日のニュースは陥没事故一色だった。
『えーこちら現場です。陥没は今年オープンしたばかりの高さ330m両河スカイビルの正面――見て下さい! 直径15mはあろうかと言う巨大な穴がぽっかりと開いております!』
新がぶー垂れているのは朝、俺との騒動後に紬がパンイチで布団に潜り込み、起きたら痴漢と喚いて往復ビンタを食らったことを根に持っているらしい。
『原因は未だ調査中ですが、専門家の見解では10年前の配管工事に欠陥があった可能性が高く、また陥没に巻き込まれた大型トラックが積載量を大幅に超える荷物を積んでいたとの情報もあります』
「欠陥工事に積載量オーバーね」
「どっちも悪かったんだね」
「……紬が悪い」
片方の失敗だけならなんとかなったのに、両方揃ってしまってドボンとなるのはままあることだ。
『心配される両河スカイタワーへの影響ですが、点検の結果ビルの基礎には問題がないとのことです』
「あそこ奈津美と食べに行ったところだからなぁ。無事でよかった」
「奈津美さんと? ど、どんな感じだったんだ? もちろんレストランのことで……」
食いつく新をいなしつつ、唐揚げを全部食おうとする紬にチョップしてからご飯のお代わりを取りに席を立つ。
『次のニュースです。本日夕方、両河市、山の手で発砲事件が発生。現場は違法賭博店であったと見られ、暴力団員一名と客の男性一人が巻き込まれて死亡。警察は抗争事件として捜査――』
「わー物騒だなぁ」
紬が何やら騒いでいる。
席を立っていて見れなかったが、また良く無いニュースらしい。
「どれどれ……なんだ終わってる」
俺が席に戻るとそのニュースは終わっており、再び陥没現場からのライブ映像が流れていた。
まあいいか。どうせ俺には関係のないことだろう。
そして紬から守り切った唐揚げを食べ始めたところでスマホが鳴った。
アヤメから?
トークを開いてみると布団に寝転び、制服をヘソが見えるまでまくり上げているアヤメの画像が添付されていた。朝のトークをアヤメにも送っていたんだった。
『ど、どうですか』
『誉先輩? なにか言ってくださいよ』
『無反応ってなんすか。勇気出したのに!』
アヤメからのメッセージが連続している。
そりゃあんな画像送って既読もつかなきゃ怒るよな。
『良くわかりました。誉先輩は釣った魚に餌やらないタイプですね。いいです、こっちから食いついてやります』
フォローするつもりだったが、これは良い方向に転がったか。
などと思っていると俺の背中から新がスマホを覗き込む。
「なっその画像!?」
しまった。新はアヤメを憎からず思っていたのだ。
結果的に俺が奪うような形になってしまったのだが、こんな画像を送らせているなんて知られたらショックを受けるかもしれない。
「……俺の方にも貰えない?」
「案外逞しくて良かった。でもダメだ、欲しいならアヤメに直接言え……もしくはそこにセクシーショットあるぞ」
一足先に食べ終わった紬がポッコリ突き出たヘソ丸出しの腹を撫でながら、リビングのソファーで大開脚だ。
「食べ過ぎた……動けにゃい……ぐふ」
俺と新、それに母親も一緒に溜息を吐くのだった。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#41「女友達」高野 陽花里#8「浮気関係」三藤 奈津美#9「女友達」上月 秋那#32「Hなお姉さん」雨野アヤメ#4「後輩」
風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」
中立 ヨシオ「同級生」ヒナ「新の彼女」スエ「アヤメ保護者」風里姉「ロックオン」キョウコ#2 ユウカ#2「クラスメイト」
敵対 無し
経験値204
とても遅くなりましたが更新です!