第97話 なんでもない調達 6月14日【裏】
6月14日(月)【裏】
アラモタワー14F 新参エリア 自室
『表』でアヤメのトラブルに片を付け、こちらでは当分食料の心配がないほどの大量調達に成功――表裏共に差し当たっての問題はなくなり、ノンビリとした日々を過ごして10日ほどが経った。
「ふふふ、そろそろ勝負を決めてやるぞ。これでどうだ!」
俺が強力なレアカードを場に出すとアオイは待ってましたとばかりに笑い、その効果を打ち消すカードを叩きつける。残念ながら致命的な一撃で挽回は不可能なようだ。
「やった! 僕の勝ち!」
「ぐぇぇぇ」
俺は嬉しそうに笑うアオイを見ながら床に突っ伏す。
俺達はアオイの持って来たカードゲームに興じていたのだ。
「今日は僕の3勝1敗だね!」
アオイは嬉しそうに笑う。
その顔色はバーの端っこに居た時よりずっと良くなっている。
食べ物が良くなった上に、怪物の呻き声を聞きながら部屋の隅で丸まって俺の帰りを待つなんて生活から解放されたのだから当然だろう。
俺はアオイの頭を撫で、さり気なく服をはだけさせて二の腕を確かめる。
同年代の女の子と比べても細い腕にくっきりとついたグロテスクな傷跡……ちゃんと治りかけている。
もう大丈夫とわかっているが改めて見ると安心する。
俺の意図に気付いたのか、アオイが俺の胸にポフリと抱きつく。
「僕はもう大丈夫だよ。お兄ちゃんが守ってくれたもん。みんなともまた会えるよ」
「そうだな。そうしてみせるさ」
俺達は正面から抱きしめ合った。
「……ベッド使う?」
「ふえっ」
シーツを盛り上げ、不貞腐れた顔を出したのは全裸のミドリだ。
「使わない。というかアオイの教育に悪いモノを見せるんじゃない」
「ベタベタにしたのは誉でしょー。あーやめてー」
俺はミドリをシーツに巻いてベッドの端まで転がしておく。
これで風紀は守られた。
「守れてないよお兄ちゃん……というかサプライズで来たら大抵どっちかの女の人としてるじゃん……エッチすぎるよ」
「アオイちゃんももう少し成長したら犯されるから覚悟しとこうねー」
余計なことを言うミドリをくすぐりまくる。
悶えたミドリはベッドから落ちて大人しくなった。
「正義は勝つ」
「裸の女の子をいじめる悪にしか見えないよ……」
こいつめと俺はアオイにも襲いかかり、抱き上げて回転してからベッドに優しく投げる。
アオイは笑ってから、ふと寂しそうな表情になる。
「上の階には来れないの? タイコさんは優しいけど……僕、お兄ちゃんと一緒に居たいよ」
俺の部屋がある14階は新参者が住むエリアで古参の住民は16以上にに住んでいる。
もちろん居住環境は上の方が遥かに良い。
上に移るには全体への功績が必要らしい。
正直十分に満たしたと思うのだが、功績の前借りでアオイをねじ込んでもらったのと、何より久岡が日が浅すぎると強硬に反対、トラックで突っ込んで出入口の地下駐車場を使えなくしたのも問題だと言い張っているそうだ。本音は松野と近い俺を上げたくないだけだろうが。
「なんなら僕の方がこっちに来てもいいんだけど……」
「それはダメだ」
新参者の居住区は隔離エリアや懲罰エリアに近く、安全性は確実に上より落ちる。
普段は何の問題もないが、普段通り物事が進むなら世界はこんなになっていないし、俺も焼け出されてこんなところに居たりしない。
さてアオイともう一戦カードでも思ったところでアナウンスが流れる。
「調達班の皆さんは13階のフロアに集まって下さい。繰り返します――」
木船さんのちょっと間延びしたこの声に最近なんとも言えない色気を感じる。
最後の調達以降、何度か話したが俺に興味を持ってくれているようだし、下半身が緩そうな雰囲気の人だからワンチャンないだろうか。
「悪いが今日はここまでみたいだ」
俺はカードゲームをまとめて心配そうな顔をするアオイに返す。
「気をつけて……お兄ちゃん。あと最後なにかエッチなこと考えてたよね」
俺はアオイを安心させるように精一杯微笑み、キスマークだらけのミドリを担いで部屋を出るのだった。
「マジで全裸のまま連れてかれると思わなかった! 晒し者じゃん! 木船さんに見られたじゃん!」
「すまん部屋に居た時から裸だったからつい」
俺がミドリに謝っているとヒデキとスミレ、ダルそうな顔をした松野そして見たことのない中年男性が1人やってくる。
「あー今回の仕事なんだが、クソ久岡が市長に提案したクソな……」
クソはともかく突然パーティに中年男が紛れ込んでいるのは流せないぞ。
「あーこいつな。ウエダ……ウエキダ……忘れたわ。調達落ちだ」
「ぐ……」
松野は自分より年上であろう男性の髪を掴み、乱暴に数度頭を揺らして笑う。
「クソみたいなドジ踏んで久岡の逆鱗に触れたらしいぜ。まあ荷物運びと囮にゃなるだろ」
男性は『何もしてないのに』とか『アイツの説明が悪い』などと呟いていたが、俺達は判断する立場でもないので聞いても仕方ない。
年齢は40半ばぐらいで体格は並、動きは年相応かやや鈍いので若干の足手まといになりそうか。
松野に逆らう気概は無さそうだ。
俺は小さく会釈して手を差し出す。
「君は礼儀を心得てるね」
「それはどうも」
正直頼りにしていないし長い付き合いになるとも思わないが、わざわざ敵対することもない。
そんな俺達を鼻で笑いながら松野が切り出す。
「で、言いかけたが今回の仕事はフィルターの調達だ」
「フィルター? 水の?」
アラモタワーにはかなり高度な水浄化システムがあり、そのおかげで炊事に洗濯、軽くならシャワーすら浴びられる生存者から見れば天国のような環境が整っている。
しかしこのシステムは当たり前だが本来はサバイバルではなく節水やエコを目的にしたものなので、シャワーやトイレ、洗濯への再利用を想定しており、本来は飲み水用ではない。
更には未整備のまま使い続けているせいで水質が劣化してきており、飲み水として使うにはフィルターを使うのが望ましいそうだ。贅沢な悩みだ。
「だけどフィルターの予備はまだあったんじゃないのか? 交換用の在庫を見た気がするぞ」
「それをこいつが色々ミスして全部オシャカにしたんだと」
松野がウエダさんの肩を小突く。
なるほどね。
水フィルターがある場所といえばホームセンター……死に行くようなものだ。
雑貨屋……荒らされまくってとても見つけられないだろう。
通販……これが一番楽なんだけど来てくれないよな。
「電器屋だな」
巨大家電量販はともかく小さな電器店なら大通りから離れた場所にもある。
こんな世界で家電を狙うやつなんて居住者ぐらいだから荒れてもいないはずだ。
「おう。教えるまでもなかったな。場所は向こうのビルの9階に――」
松野はひとしきり説明し終えると良しと頷く。
「それじゃ双見頼むぞ。最低10個、20個もあれば完璧だ。嵩張るものでもねえからザックは一つでいいな」
俺が首を傾げると松野はフンと鼻を鳴らす。
「今回は楽な任務だから俺は行かねえ、お前らだけでいけ。そもそも久岡の持って来た話に乗るなんざ気分がわりぃ」
こいつめ……。
そこで突然ミドリが下腹部を押さえてしゃがみ込む。
「垂れてきた?」
「違う馬鹿! ごめん……このタイミングで来ちゃったみたい」
松野と違ってこっちは仕方ない。
体調不良を連れて行くのは本人だけでなく全員にとって危険なことだ。
今回は四人だけになるが移動距離も短いし荷物も軽い。
特に問題はないだろう。
「……それになんか嫌な予感がしやがる」
松野が何か言ったが聞こえなかった。
某ビル9F電器屋
「3、2、1……今」
俺達は扉を蹴りあけ、まずウエダのおっさんが眼前の怪物の側頭部をバールで殴りつけた。
オタク風怪物は骨片を飛び散らせながらおっさんに向き直り、そこに時間差で突入した俺が膝を砕いて転ばせる。
「最後は俺だ!!」
倒れこんだ怪物にヒデキが飛び乗り、足で頭を踏みまくる。
そこで調子に乗ったヒデキは血で滑って転び、まだ死んでいなかった怪物に足を抱え込まれた。
「お、お助け――!!」
噛まれるギリギリのタイミングで俺が怪物の頭を完全に砕き、部屋の隅に蹴り飛ばす。
俺はヒデキの感謝を無視してスミレに目で問う。
「外のは……反応して……ない」
相変わらずボソボソ口調だが意図は伝わったのでよし。
コミュニケーション力が壊滅的なスミレだが、何度も仲良ししたせいか俺とだけは一応話せるようになっている。
「ヒデキとウエダさんはバックヤードを見て来てくれ。スミレはそのまま正面入り口を警戒。怪物が来たら叫ばず逃げて来い」
全員が指示通り動くのを確認し、俺は店内の怪しい場所を警戒しながら目当ての物を探す。
「できれば予習したかったけれど……」
もし潜んでいる怪物がいたなら反応させるためにブツブツと呟きながら広くもない店の中を歩き……目当ての物を見つけた。
『最強のフィルターここに誕生! どんな汚水もミネラルウォーターに!』
「誇大広告だろ……」
数もざっと30近く――って多いな。
メーカー名も良くわからない所だし、なんかのミスで仕入れてまったく売れなかったんじゃないか。
「まあ使えりゃなんでもいいか」
満足に浄化できなかったら沸かして飲めばいいだけなのだから。
俺は全員に任務完了と呼びかけて撤収の準備に入る。
今回は本当に楽でびっくりだ。
「コソコソ」
「コソリ」
スミレがお洒落なLED照明、ヒデキが携帯ゲーム機をこっそりザックに詰めたのも見ないふりをしておこう。ウエダさんの入れた液晶モニタは放り出す。モノには限度と言うものがある。
「さて帰るといいたいけれど」
階段に出た俺は戻るべき下ではなく上階に目をやる。
「上? 看板では……電器屋のオフィスと不動産屋……使えそうなもの……ある?」
スミレの言う通り、上階で物資を得られるとは思っていない。
俺が注目したのはこのビルそのものだ。
「地図で見て気付いたんだけどこのビルは立地が抜群なんだ。周りの大通りが見渡せる」
言いながら俺は警戒は緩めずに階段を登っていく。
アラモを出てから1時間も経っておらず日暮れを気にすることもない。
「だからここの最上階を確保しておいて見張り台? 前哨基地? そういうのを作っておけば怪物が変な動きをしていたらすぐにわかる。アラモから出る調達班に有効な警告が出せるんじゃないかってな」
「えー。でもそれってここに誰かが住み込むってことだろーこえぇし嫌だよ――ぐっ」
後ろで嫌そうな声を出すヒデキを笑いながら最上階に到達する。
「あれ? もっとめちゃめちゃかと思ったのに意外と綺麗だな」
俺は窓際まで行って周囲を見渡す。
予想通りここの窓からは周辺の主要な通りが全部見える。
「思った以上に視界完璧だぞ。どうにか偵察に活用したいところだけど」
「こっちの窓からは……私達のタワー……全部見えるね」
スミレが別の窓を見て言う。
角度的にタワーにも視界が通るから直接合図を出したりもできそうだな。
「というかヒデキどこ行った?」
「さあ――きゅ」
俺はヒデキを探してフロアを見渡す。
フロア内は散らかりながらも怪物が潜める空間はないので襲われたこともないはずだが。
そして俺がスミレの方に顔を戻すと……彼女もいなかった。
お洒落なLEDライトだけが床にコロリと落ちている。
「え?」
ほんの数秒だぞ。
何の音もしなかった。
怪物に襲われたなんてあり得ない。
そこで違和感に気付く。
フロアは冷静に見ると荒れ放題だったが……それはいい。
1年以上放置され、あるいは放浪者の侵入もあっただろうから当然だ。
だがこれだけ散らかっているのに俺はどうして意外と綺麗なんて印象を持った?
それは移動に支障がなかったから。
つまり入口と窓際の空間、その2つを繋ぐ動線がしっかり確保されていたからだ。
俺は目だけを動かして窓を見る。
最も視界の通る……通りの様子を見るのに最適な場所の窓枠の上に……。
「双眼鏡!」
声に出すと同時に横に転がる。
同時に俺の居た場所に何者かが飛びかかる。
床に転がった俺は即座に半身を起こし、乱雑に積まれた段ボールを何者かに向けて蹴り飛ばす。
そしてほんの一瞬、ソレが怯んだ隙にバールを構えた。
怪物ではあり得ない。
こんな素早く動く怪物が居たら生存者はとっくに皆殺しになっている。
間違いなく人間だ。
ソレは一言も発さずに突進してくる。
俺はなんの躊躇も無くバールを振り抜いた。
敵対的な人間の脅威度は怪物に劣ることはない。
高校生男子の全力、当たれば腕の一本折れて当然の攻撃がソレを捉える――。
「は?」
自分の口から間の抜けた声が出たと自覚した瞬間、バールはソレの手に掴まれていた。
やばいと思う間もなく、掴まれたバールを引かれて体が泳ぐ。
反射的に手を放すことすら間に合わない一瞬の出来事だ。
そして前に泳いだ俺の鳩尾に重たい肘が入る。
「ごぶ!?」
胃液が食道を遡るのを感じるのと、投げ飛ばされて背中から床に叩きつけられるのは同時だった。
吐き気と衝撃に耐えながら体を起こそうとした俺の胸を固いブーツが踏みつける。
「よりによってこの場所を引き当てるとは。運がなかったな」
失敗した最悪だ。
このフロアの違和感に気付けなかった時点で……いや上に来た時点で詰んでいた。
目的を達して大人しく帰っていればこうはならなかっただろうに。
ソレ……いやその女は刃渡り30cmはあろうかというナイフを俺に向けて振り下ろす――。
大きく間が空いてしまいましたが更新です。
【裏】
主人公 双見誉
拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 調達班
環境 出入口損壊
人間関係
仲間
アオイ「不機嫌」タイコ「療養」ミドリ#14「待機」スミレ#9「---」
中立
松野「サボり」ヒデキ「---」ウエダ「家電漁り」
横須「市長」木船「オペレーター」
敵対
久岡「調達要請」
備蓄
食料60日以上 水365日以上 電池バッテリー∞ 麻酔注射器三回分
経験値 156+X