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プロローグ


『――諸君達を歓迎するように雲一つ無い……』


 春の麗らかな日差しの下、入学式が行われる。

一生に一度の特別な場だとは分かっていても、校長、教頭の長い挨拶は眠くなる。

何か変な魔法や音波兵器なのかと思うほどだ。


 とはいえ胸に花をつけた新入生の身で居眠りして悪目立ちしたくないので欠伸をかみ殺し、目線だけを動かして周囲を見渡す。


 俺のクラスとなるのはA組、見た目から特殊な奴は……ごく少数で安心した。

入試を受けたので学力がそれほど低くないのはわかっていたが、実際に通っている人と話したこともなく下調べもほとんどしなかった。


 何しろ入学の最大理由は家から近いことだったから。

いざ入学して世紀末みたいな雰囲気だったらどうしようかと思った。


『――本年も400人の新入生が……』


 400人の半分といえば200人、それだけの女の子がいると思うと心が躍る。


 ふと俺と同じように周囲を伺っていた同クラスの女子と目が合う。

笑いかけると同じように笑いかけてくれる感じの良い子だった。


 別の女の子と同じように目があったので笑いかけるとツンと無視されてしまった。

残念だ……金髪で結構な美人だったから笑顔も安くはないのだろうか。


 中学の時と比べてもA組は可愛い子ばかりに見える。


 隣のB組……こっちにも可愛い子が多いな。

学校自体に可愛い子が多いなんて夢の展開じゃないか。


 C組は……なんだろう男子全員が同じ方向を見ている気がして異様だ。

彼らがどこを見ているのか、ここからでは見えないので気になる。


『――同級生のみならず先輩方、そして今後入ってくる後輩達とも……』


 視線を感じて見れば入学式の手伝いをしてくれていた女の先輩だ。


 よそ見をしていると気づかれたのか駄目だよ、と軽く睨んでくる。

俺がごめんなさいとばかりに目を閉じると、もう一人の先輩と顔を見合わせて笑う。

口の動きで「かわいい」と言ったのが分かった。


「たまらんなぁもう」


 おっと口に出したらスケベと思われる。

気を付けないと。


 楽しい高校生活になりそうだ。

いや、なんとしても楽しまねばならない。

そうでなければ一年前から必死で生きてきた意味がない。


 女の子ばかり見ていたせいで長いはずの訓示や挨拶はいつの間にか終わっていた。

入学式が行われた体育館を出て教室に向かう。


「うおっ!」

 

 春一番というには時期が遅く、春風というには強すぎる風が唐突に吹き抜けた。


 標準的な体格の俺がよろめく程の風だ。

窓が音を立て、砂煙がたち、入学式の飾りがいくつか吹き飛ぶ。


「きゃあ!」

「いやぁ!」


 そして俺と同じように教室に向かっていた女子達のスカートも一気に翻った。


 思わず出そうになった歓声を押さえてさり気なく視線を走らせる。

やはり白が多いが……む、黒も……おお赤とは攻めて――!?


「まさかT!? どのクラスの女子だ、顔を確かめておかないと……」


 思わず声に出してしまったところで、名前を呼ばれて振り返る。



「――――」


 入学式に来てくれた母親が穏やかな顔で笑っていた。


 俺も醜態を誤魔化しながら照れ笑いを返す。


 俺の高校生活が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『――緊急特別警報が発令されました』


 春の麗らかな日差しの下、俺は逃げる。

そこら中から聞こえる男の怒号、女の悲鳴、助けを求める子どもの声を聞きながら。

街中のスピーカーから流れ続ける警報をBGMに。


 車がけたたましい音を立てて次々と人を跳ね飛ばし、最後は電柱にぶつかって燃え上がる。

その横を涙と鼻水を拭く余裕もなく、泣きながら俺は逃げる。

 

 警察官が拳銃を発砲し続けていた。

最初は前に、そのうち後ろにも、最後は叫びながらそこら中に向かって乱射し、やがて銃声が聞こえなくなる。


『――市民の皆様は最寄りの避難所に避難するか。警察または自衛隊に救助を求めて下さい』


 俺は逃げながら泣き叫ぶ。

泣き叫びながら名前を呼び続ける。


 目の前に二人の男が転がり出た。

一人は首から噴水のように血を噴き出して痙攣し、もう一人は食いちぎった首の肉を咀嚼する。

 

 手にもった棒で男を乱打する。あらん限りの罵倒を叫びながら頭、胴体、腕、とにかく滅茶苦茶に殴りまくる。

 

 棒が折れ曲がり手はしびれ、辺り一面に血が飛び散る。

それでも男はゆっくりと立ち上がった。


『――パニックを起こさず、冷静に行動して下さい』


 俺はまた逃げる。

殴りつけられ血塗れになった男は悲鳴をあげる女性に覆いかぶさり絶叫と血飛沫が飛び散った。


 

 唐突に強い風が吹いた。


 風は街中にあがっている黒煙をかき乱し、人々の絶叫と血と臓物の臭いをより遠くに運ぶ。


「――――」


 俺は泣きながら手に持った布切れを抱き締める。

ボロボロと落ちる涙にぬれないように。

 

 この日から俺の地獄が始まった。

誤字脱字や話の矛盾点などがございましたら、誤字報告や感想でご指摘頂けると嬉しいです。

拙い作品ではございますが楽しんで頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王国へ続く道が大好きでした! 新連載楽しみにしてます!!
2020/11/13 11:14 トリスタン
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