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死者の泉

掲載日:2020/06/07

バシャッ……。

何かがこぼれる音がした後、女の高い悲鳴が響いた。


「ひどーい! 私の王子様に買ってもらったドレスが!」

「あ……」


若い女が、赤ワインが汚れたドレスに怒っている。

たくさんの量がこぼれたようだ。ドレスだけでなく磨き上げられた床にもワイン溜まりができていた。


若い女は最近、学園内で第二王子と噂になっている異世界人サクラ・ワカマツだった。

少し前にこの世界に迷い込んできた。

異世界人ならではの強力な治癒魔法を持っていて、手厚く保護されている人物だ。

サクラは自他ともに認める可愛い顔をしていたが、今は怒りの表情で台無しだった。


対して、そのこぼれたワインを持っていた人物も同じぐらいの年の女だった。

今日は学園の三年の卒業を祝うパーティーだ。

ドレスに小さく付いているリボンの色からして、サクラと同じ二年の学生だ。

何を隠そう、第二王子の婚約者候補の伯爵令嬢であるリリス・サリュー・イワノワだった。

謝るでもなく、何故かほんの少しうっとりとした表情でサクラを見ている。


「どうした、サクラ。あ、ドレスが! 何があってこんな……うっ」


第二王子のアディエル・ド・アイステリアが、騒ぎを聞きつけ駆け寄ってくるがリリスの顔を見て黙った。

そんなアディエルにリリスが気付く。

リリスは空のワイングラスを持ったまま薄く微笑んだ。そのまま深々と第二王子に向かってお辞儀をする。

顔を上げても微笑んだままだった。


第二王子はリリスに向かって軽く頷いてみせる。

何のことはない貴族と王族の挨拶だ。

だが、両者の間に流れる空気は微妙なものだった。

それもそのはず、二人はなりたくて婚約者候補になったわけではない。

ある特殊な理由からなったからで、そこまで親しくもないのだ。


王子とサクラとリリスを中心として、周りの貴族達が距離を取り見つめている。

辺りは静まり返っていた。


「酷いんだよ、私のドレスにこの人がワインをかけたの!」


サクラだけが空気を読まずに王子に騒ぎ立てる。

確かにピンクのドレスは赤ワインで酷い染みになっていた。


「あ、ああ、新しい物を買ってやろう。しかし、イワノワ伯爵令嬢はワザとやったわけではない。かかったとしても何らかの事情があったのだ。さ、もう、行こう。着替えた方がいいだろう」

「いや、この人が! この人が王子と仲の良い私に嫉妬して嫌がらせしてるの! ちゃんとしてよ!」

「いつもイワノワ伯爵令嬢とちゃんと話さなかったのは君だろう」


アディエル王子はサクラの手を取り連れて行こうとするが、サクラがそれを振り払う。

心底困ったようにアディエルはサクラを見た。

そして、何かを恐れるようにリリスをチラッと見る。


「始まるのか……?」

「死者の泉……」

「異世界人の魂……」


取り囲む貴族の誰かが呟いた。


リリスがふと手を上げて、こぼれたワイン溜まりを指差す。

ほんの最小限の動きだった。

こぼれたワイン溜まりとサクラのドレスにかかったワインが淡く光り始める。

周りの貴族たちから微かな悲鳴が漏れた。


ワイン溜まりの上に、半透明の人影が少しずつ形づくられていく。

人影は女性のようだ、というのが分かるか否やかで、


「お母さん!」


とサクラが大声を上げた。

この世界では見ない不思議な形の服を着た女性が、サクラを見た。

サクラは現れた半透明の女性に抱き着こうとしたが擦り抜ける。


「サクラ、お母さんはいつも見てるわ。そんな嘘をついて人に迷惑をかけるような子じゃないでしょ?」

「お母さん、お母さん! サクラ大変なの! いきなりこんな世界に来て大変なの! 助けて欲しいの! サクラ大変なんだよ!」


落ち着いた様子の現れた女性に比べ、サクラは必死の形相でワイン溜まりに膝をつく。

もうドレスが汚れるのもどうでもいいようだった。

涙で化粧もグシャグシャになっている。


「落ち着いて、サクラ。お母さんはいつも側に居るわ。周りの人達は親切な人達だから、助けて頂いて、元の世界に帰る方法を探しなさい」

「いや! お母さんがいないとできない! 元の世界に帰る方法は難しいって言われた! 帰れないかもって! お母さん何で死んだの?! 何で? 何で?」


サクラは幼子のように手足を振り回している。

首を振って、ずっと「何で?」を繰り返した。


そして、いきなり半透明の女性は消えた。

サクラは悲鳴を上げ、周りをキョロキョロする。

いないと分かると床の上にひっくり返り暴れた。


リリスがそんなサクラに近づく。


「偶然です。死んだのは偶然。皆そう」


今まで黙っていたリリスが、口を開く。

暴れていたサクラがぴたりと止まった。

起き上がり、リリスの方を見る。

王族も貴族達もシンとしてリリスの言葉を聞いた。

静けさが痛いほどだった。


「サクラさんがそんなに悪い子ではないのは、死者に聞いて知っていました」


リリスの黒い瞳がサクラを見つめる。

サクラの目も黒かったが、吸い込まれそうな闇の深さが違うのだった。


「……そうね、良い子にして帰る道を探すなら」


リリスがサクラにゆっくりと歩み寄り、持っていた扇でサクラの顎を持ち上げる。

お互いの顔が近づき、あと少しで口付けの距離だった。

リリスの花のような甘い香りがサクラを包む。


「時々はあなたのママ、呼び出してあげる」

「あ……あ……」


サクラは声にならない声を出して、コクコクと上下に首を振る。

リリスは薄く笑った。


「特別よ?」


リリスの言葉に、サクラは激しく頷く。

その場にうずくまり、何度もリリスに向かって頭を下げ床に頭をぶつけた。


そんな光景から、周りの者は目を逸らした。

第二王子だけは呆然と見ている。


誰かが小さく、


「イワノワ嬢に異世界人も堕ちた」


と呟いた。


「いきましょう。私の家へ。アディエル様、よろしいですわね?」


リリスがサクラの手を引き、立ち上がらせる。わずかにアディエルを振り返った。


「………いいだろう」


アディエル王子は少し青い顔で頷いた。


この凄まじいリリスのスキルの前では、否定などあるはずもなかった。


スキル「死者の泉」は、イワノワ家の人々に時々出るスキルだ。

シンプルに、黄泉の世界から死者を呼び出す。


王家は、歴代の王の死者をイワノワ家に呼び出して貰っている。どうしても行き詰まった時だけという条件の元だったが。

王家はイワノワ家とは度々婚姻しているが、王族にスキル「死者の泉」が引き継がれた事はない。

イワノワ家という一族自体に、そのスキルの祝福がかかっているのではないか、というのが最近の定説だ。


いくらそのスキルが欲しくても、イワノワ家に乱暴な事はできない。

死者に見られているし、アディエル王子もいつかは死者になるからだ。

そう、等しく皆いつかは死者になる。



---


あれから何年か経った。

今日はよく晴れていた。

サクラのいた世界と同じような小鳥が囀っている。


白い花嫁のドレスを着たサクラは、窓からその小鳥を眺めた。サクラにとって、異世界の小鳥はもう馴染みが深いものになっている。


「私はここで生きていく……」


サクラはドラマのヒロインのように、そう呟いた。


リリスとのワインの事件以来、サクラは腐らずに元の世界に帰る道を探し続けた。イワノワ伯爵家を拠点として。


その間、ずっとリリスは王子とも結婚せずに見守り続けてくれた。リリスはアディエル王子との婚約者候補からも外れてくれた。

時々は、サクラの母を呼び出して励ましてくれた。

時には何時間でも、サクラの話に付き合ってくれた。

更には、お嬢様なのに世界に帰る道の鍵となる遺跡には全て着いてきてくれ、見守ってくれた。

遺跡には危ないものもある。サクラが失敗して遺跡にリリスと何日か閉じ込められた事もあった。


「あの時は、パニックになった私をリリスがなだめてくれて、そしてリリスと初めて……」


……それはともかく、時には挫けそうになったこともある。

しかし、そんなサクラをリリスとこの世界の人達は温かく助けてくれ見守ってくれた。

サクラはこの世界に迷い込んだ時、自暴自棄になった事を後悔していた。


ヤケになってリリスに絡んで八つ当たりして、婚約者に絡んでたなんて。

酷すぎる。

もちろん、だいぶ前に謝った。

リリスにも皆にも、誠心誠意土下座した。

幸いサクラには強力な治癒魔法がある。いつの間にか備わっていたもので、あまり自分の能力という気は正直薄い。

だけれど、珍しい貴重な魔法らしい。

王族やイワノワ伯爵家の管理の元、治癒魔法を役立てていく。

それで許してくれた。

皆に謝罪する時にもリリスは着いてきてくれたっけ。

本当にリリスにはお世話になりっぱなしだ。


サクラはリリスの事を考え始めると、ニヤニヤが止まらない。

幸いこの世界では女同士でも魔法薬を飲めば子供を望めるらしい。

サクラは頑張る所存だった。


「サクラ、迎えにきたわ」

「リリス! すごくキレイね!」

「ありがとう。サクラもね。とても綺麗よ。……この世界にはない魂の美しさ。魂が少しも傷付いていない。サクラは天国のような世界から、きっと私のために降りてきた。サクラ、私のもの」


サクラは後ろからかけられた声に振り向いた。

そこには同じ白い花嫁のドレスを着たリリスが立っていた。

リリスは何か話していたが、リリスに見惚れてあまりよく聞こえなかった。

リリスの紺色の髪と黒い目に、白いドレスが美しく映えていた。

色気たっぷりのリリスに、無垢な白いドレスが不思議なバランスを保っている。

色気に当てられるような、それとも色気は錯覚で清らかな気持ちになるような。


「行きましょう」


リリスのすべすべした白い手がサクラの手を握る。


「うん!」


この晴れた日、リリスとサクラは結婚する。


この世界の結婚式は、女同士だと手を繋いで祭壇まで一歩ずつ一緒に歩いていくのだ。


サクラの目に、アディエル王子が拍手しているのが見えた。


式の参列者にはサクラの母親もいた。

椅子に置かれた桶の上に現れている。

桶の中には「死者の泉」が発動している水が入ってる。

リリスが前日から大変な魔力を割いて、参列に30分は立ち合えるようにしたのだ。

元の世界では亡き母に参列してもらうなんて実現できなかっただろう。


サクラは祭壇まで一歩一歩進みながらちらっと横目で、微笑んでいる母親を見た。

泣きそうになるけれど、我慢しなくてはならない。


「リリス・サリュー・イワノワ。あなたはサクラ・ワカマツを……」


愛の女神の神父の言葉が教会に響く。

サクラの元の世界と同じような誓いの言葉が続いた。


「死が2人を分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることを誓いますか?」

「死の後も生まれ変わっても、永遠にサクラを愛し続ける事を誓います」


リリスがサクラのベールを上げて口付けする。

サクラは、

『永遠になんてロマンチック……』

とうっとりと思った。

乙女ゲームのルートで、途中の選んだ選択肢がとんでもない方向にいって終わる唐突さを表現しました。

ゲームで、

「ワインをかけられたと騒ぐ」

を選ぶと、チャート表でいきなり選択肢が次ページに飛んでいって、

「ハッピーエンド15:悪役令嬢との永遠」

みたいなやつ。

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