08.馬車の上で
ゴドウィンは大げさな身振り手振りで言った。
「先ほどの戦い。後ろから見させてもらったが、クロトくんの才能は実に素晴らしかった!あれだけの力があるのなら、その年齢でも充分立派な冒険者になれるはず。どうだろう、一緒に世界を見て回りませんか?」
「そんな……急に言われても」
突然の誘いに僕は困惑した。困惑せざるを得なかった。
なにせ、僕の手はまだ戦いの緊張が抜けきらず震えていた。死んだ襲撃者のリーダーの顔も脳裏に焼き付いていた。落ち着いて物事を考えられる精神状態じゃないのだ。
それに武器商人の護衛なんて、正直言ってまっぴらごめんだった。はっきり嫌だと言ってやりたいが、相手は武器商人だ。彼らの持つ人脈はどこに繋がっているかわかったものではない。下手なことを言えば、領主に告げ口をされて罰せられることもあるかもしれない。そう思うと、即答で誘いを断ることはできなかった
姉さんは僕とゴドウィンの間に割って入り言う。
「クロトは大変な目に遭ったばかりなんです。少し休ませてあげてください!」
「ああ……そうでしたな申し訳ない。さすがに話が性急すぎました。しかし、私としましてもお二人をこのまま帰すわけにはいかないのです。せめて馬車には乗ってください。そのくらいの恩返しはさせていただかないと、私は一生後悔することになってしまう」
勧誘を諦めるつもりはないらしい。姉さんはこれ以上の抵抗は無駄だと悟ったのか、力なく頷いた。
「……わかりました。しかし、タルテンまでで結構です。王都までお世話にはなれません」
「ええ、承知しました」
とりあえずタルテンまでは一緒に行くことになり、僕らは再び馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出し、スーリャに目を向けると彼女は剣についた血糊を布で丹念に拭き取っていた。そういえば僕もナイフで人を刺したのだった。慌ててナイフを確認すると、案の定、ナイフに付着した血は固まり始めていた。
「あちゃぁ……姉さん、なにか拭くものある?」
「拭くもの?そうね……これを使いなさい」
姉さんはハンカチを出した。
「ありがとう」
ハンカチを受け取り、血を拭き取る。姉さんはそんな僕を見て言った。
「クロト、さっきみたいに一人で勝手に突っ走ることは二度としないでね」
「うん……わかってる。心配させてごめん」
状況が状況だったとは言え、僕は姉さんの制止を無視して危険に身を投じてしまった。いつも無茶なことをやっている僕だけれど、今回ばかりは反省しないわけにはいかなかった。
うな垂れた僕を見て、姉さんは微笑む。
「いいわ。反省してるなら許してあげる。それに、クロトが飛び出したのはスーリャちゃんを助けるためだったものね」
「えっ、いや……そういうわけじゃないよ……!?」
姉さんは急に何を言い出すんだ!?
恥ずかしさに顔が熱くなる。実際、僕が傭兵に立ち向かったのはスーリャが一人で戦うのが見てられなかったからだ。しかし、だとしても彼女がすぐ横にいるのに言わなくてもいいじゃないか!
慌てる僕を尻目に、姉さんはスーリャのほうに近づいた。スーリャはいまの話を聞いていただろうに、取り澄ました顔で剣の状態を確認していた。
「あなた、とても強いのね」
「……」
スーリャは何も答えない。
「歳はいくつ?私よりも年下だよね?」
「……」
「いつからこの生活を?」
「……」
姉さんは意地でも反応を引き出したいのかしつこく問いかけた。すると、さすがのスーリャも無視できなくなったのか、苛立たし気に口を開いた。
「あまり私たちに関わらないほうがいい。ゴドウィンは危険な男だ」
「それは知ってる。武器商人だもの」
この会話はゴドウィンには届いていないと思う。荷台と御者の席には距離があり、馬たちの足音と車輪の音で会話は掻き消されるからだ。
スーリャは鋭い視線を姉さんに向けた。
「なら、どうして私に話しかける?」
「あなたのことが気になるからよ。武器商人とは関わり合いになりたくないわ。でも、あなたは武器商人ではないでしょう?」
「一緒に仕事をしている以上、私も似たようなものだ」
「……そうかもしれないわね。でも、これだけは言っておきたいの。あなたは戦いの中でも弟を気遣ってくれた。そのことに私は感謝しているの」
「そういう話なら、助けられたのは私のほうだ。お前の弟が傭兵たちを攪乱してくれたから、被害が少なく済んだ」
スーリャはそう言って僕を見た。視線が合い、身動きが取れなくなる。
だって彼女の銀髪に、その蒼い瞳はとても映えていた。
「ど……どういたしまして」
かろうじて頷くことは出来た。スーリャは姉さんに視線を戻して言う。
「いいか、私のことはほっといてくれ。戦いの後は身体を休めたい」
「ええ……わかったわ。おやすみなさい」
「……」
スーリャはそれで用は済んだと考えたのか、僕らが最初に場所に乗り込んだときと同じ姿勢で目を瞑った。
その様子を見ていたら急に眠気に襲われた。
「姉さん、ちょっと休むね」
「ええ」
そう言って、僕は馬車の揺れも気にせずそのまま深い眠りに落ちていった。