07.傭兵団
「なんだこいつの才能は!?」
傭兵たちは僕が近づくと慌てて後ろに下がった。彼らの表情には焦りが見える。子供相手とは言え、未知の才能を持っているとなれば警戒しないわけにはいかないのだろう。
ただ……僕自身この才能の能力は完全には掴めていない。
どんな攻撃を防ぐことができて、どんな攻撃は防げないのか。その判別がつかない以上、初めて受ける攻撃には出来る限り気をつけなければならない。
「魔法ならどうだ。もしかすると打撃や斬撃を無効化する才能なのかもしれない」
「魔法使いはこっちのガキを狙ってくれ!」
魔法使いたちの視線がこちらに集まった。物理的な攻撃は何度も防ぐことができたけれど、魔法はダメなんじゃ!?
「焼け死ね!」
魔法使いは複数の炎弾を撃ち出した。今回はスーリャが撃たれたときとは違い、同士討ちの危険がないせいか炎弾の数が物凄いことになっている。
「まず……!?」
炎弾に手をかざして防御の構えを取る。頼むから防ぎきってくれ!
視界を炎が埋め尽くし、辺りを地獄のような景色に変えた。
生身のままであれば間違いなく死んでしまうほどの熱気。
しかし、いままでと同じように炎弾は僕に触れると次々消滅していった。やがて炎弾の雨は止まり、炎の海に僕は一人立っていた。
この才能は魔法にも効く!
「げほっ……げほっ……」
ただ、熱さはなんともないのに息を吸おうとすると呼吸が苦しい。身体に力が入らず、頭が痛い。
煙をモロに吸い込んでいるわけではないみたいだけれど、空気が薄く感じられた。
「あの炎の中で咽るだけなんて、化け物かこいつ……!?」
「剣がダメ、魔法もダメじゃどうすりゃいいんだ!?」
傭兵たちは怯えたように陣形を乱し始めた。
その間に煙の中から抜け出して、新鮮な空気を肺いっぱいに吸いこむ。
地面に膝をつきながら、前方を見るとスーリャが相手の乱れた隙を突くように果敢に攻め立てていた。
「ひぇっ!?やめてくれぇっ!」
さきほどまでとは違い、陣形が崩れた傭兵たちは脆かった。スーリャに背を向けたまま斬られ、地面に転がる傭兵たち。中には剣を向けられ降伏の意志を示す者も現れた。
「くそ、なんなんだこいつらは……!お前ら、撤退だ!」
「あ、逃げるのか!?」
襲撃者のリーダーは撤退を指示した。
このまま逃がすわけにはいかない!
呼吸を整えて立ち上がる。僕が追いかけようとすると、後方からゴドウィンの声が響いた。
「逃がしはしません」
風切り音が鳴り、襲撃者のリーダーに矢が突き刺さった。
「ぐ、ああ……足が……!」」
馬車のほうを振り返ると、ゴドウィンは大きな長弓を構えていた。
「お……お前、弓の才能を……!?」
「才能ではありませんよ。商人の嗜みです。習得には苦労しましたがね」
ゴドウィンは弓を下ろし、盾を片手に馬車を降りた。傭兵たちはリーダーがやられたことでさらに冷静さを失ったのか、みんな散り散りに逃げていった。
蜘蛛の子を散らすように消えていく傭兵たち。スーリャはそんな彼らを追うつもりはないのか、ゴドウィンと共に男の前に立った。
「くそ、あの馬鹿ども……」
仲間に見捨てられたリーダーは呼吸を荒くしながら矢を引き抜こうとするが、痛みが酷いのか引き抜くを諦めて仰向けに転がった。
「はぁ……はぁ……殺すのか?」
ゴドウィンは笑みを湛えながら首を振った。
「いいえ、情報を引き出させてもらいましょう。この規模の傭兵団を仕切っているんです。依頼主がわからないとは言わせませんよ?」
「俺が喋ると思うか?」
「もちろん。拷問のやり方には仕事柄心得があるものでね。私にかかれば死人も口を開きますよ」
「悪魔め……だが、残念だったな」
「なに?」
「俺たちを雇ったのは――」
その先が言葉になることはなかった。リーダーの喉元が急に絞まったのだ。
「あ……あ……ははっ……」
「チッ……」
ゴドウィンは舌打ちをして、苦虫を噛み潰したような顔をした。団長は苦しそうに喉元を両手で押さえる。
「これは……!?」
僕が驚いていると、スーリャは淡々と言った。
「口封じの呪い。こいつの依頼主が呪術師に掛けさせたんだ」
「呪い……」
口封じにそんなものを掛けるなんてどうかしている。
僕は団長に視線を落とした。団長の顔はみるみる青ざめていく。そして、一分も経たずに彼は苦悶の表情で息絶えた。
「やれやれ……せめて、傭兵団の名前くらいはわかると良かったんですが」
ゴドウィンは男の服を探り始めた。僕はその様子を見ていて気分が悪くなり、姉さんのところに戻った。
「怪我はない?」
「……うん、大丈夫だよ。姉さんこそ平気?」
「ええ……」
姉さんは言いながら、ゴドウィンのほうに視線を向けた。
「これ以上、あの人たちと一緒にいるのは良くなさそうね」
「うん……関わり合いにならないほうがいいと思う」
僕は姉さんと頷き合った。ゴドウィンは武器商人と呼ばれていた。武器商人とはつまり死の商人だ。紛争地帯で武器を売り、殺戮を助長する彼らを好む村人などいない。傭兵団に襲われたのも自業自得にしか思えないし、それに巻き込まれたことに僕は少しばかり腹が立っていた。
僕はゴドウィンとスーリャの二人に声を掛けた。
「あの、僕らはもう行きます。ここまでありがとうございました」
この場に長居したくない。頼むから素直に行かせてくれ……。
しかし、僕の願いとは裏腹にゴドウィンは笑顔で首を振った。
「いやいや、貴方たちは恩人だ。ぜひ礼をさせて欲しい。私の名はゴドウィン・エーレンベルク。少年、名前はなんと言うのかな?」
「えっと……クロトです。クロト・クレンズフットといいます」
「そうか。クロトくん、ぜひ君に頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょうか……」
「ウチの商団で冒険者として働くつもりはないかい?」
「え……」
信じられない。この武器商人……こともあろうに、傭兵団に襲われた直後に僕らを勧誘する気なのか!?