05.襲撃
「姉さん?」
もう一度訊くと、姉さんは僕の頭を押さえて体勢を低くさせた。
「なんだか危ない雰囲気なのよ」
「それってどういう……」
低い姿勢を保ちながら、馬車の状況を確認する。女の子は剣を抜いて同じく姿勢を低くし、御者の男のほうはイモ類が入っていた木箱からイモをそこらへんに投げ捨てていた。
男の理解不能な行動につい口が出た。
「な、なにをしているんですか!?」
「ああ、ははっ、すまんね。ちょっと巻き込んじまったみたいだ。お、これだよこれ」
御者の男は幅の広い盾を持ち出した。見れば、木箱の底のほうは二重蓋になっていて、蓋の下には剣、盾、弓といった武具が満載されていた……いや、なんでそんなものが木箱の底に入っているんだ!?
混乱していると、御者の男は女の子に向かって叫んだ。声にはさきほどまでの余裕は微塵もなかった。
「スーリャ!報酬分の働きをする機会が来たぞ!」
「わかってる……私の名を大声で呼ぶな」
どうやら彼女はスーリャという名前らしい。彼女は険しい表情で、射るような視線を辺りに向けていた。
その視線を追うことでようやく僕は現在の状況を把握することができた。馬車は十数人の男たちに囲まれていたのだ。
いつの間に……!?
うとうとしていたとはいえ、馬車が止まるまで気づかなかったなんて。そもそも彼らは何者だ?
装備は全体的に統一性がなく、鉄製の全身鎧を身に着けている者もいれば、上半身裸で山賊のごとき恰好をしている者もいる。武器は千差万別で、剣や斧の他にも杖や弓、挙句に槌を構えている者までいた。
とにかくあらゆるものがバラバラだった。強いて言うなら、彼らは盗賊と言うには装備が良く、軍隊にしては柄が悪かった。
「荷物の影に隠れていろ」
スーリャはそう言うと馬車を降りた。彼女は一人でこの人数相手に戦うつもりらしい。
無謀だ……。
心の中に焦りが生まれる。なんせ彼女はかなり小柄だった。
肩口まで伸ばした銀髪。鋭く射刺すような瞳。戦意は高く見えるが、とても一人であの人数を倒せるようには思えない。おそらくあの年齢で用心棒のようなことをやっているのだから、才能に自信があるのだろう。しかし、相手がどんな才能を持っているかわからない以上、絶対に勝てる保証はない。
「……っ」
加勢しようと思った瞬間、手が大きく震えた。辺境で暮らしてきたせいか、こういった荒事に僕は慣れていないのだ。そして、そんな一瞬の躊躇いを覚えた自分に怒りが湧いた。
ここで動けないならいつまで経っても冒険者にはなれないだろう!
「姉さん、僕も加勢するよ!」
「え、クロトっ?ちょっと待ちなさい!」
姉さんの制止を聞かずに僕はスーリャの後に続いた。突然の襲撃に浮き足立っているのは否めない。それでも彼女一人に全部を任せることはできなかった。僕だってやれる。やってやる!
隣に立つと、スーリャはこちらを見ずに言った。
「結界魔法が使えるらしいけど、私に掛けられるか?」
「ごめん。自分にしか掛けられない」
「……そう。じゃあ下がっててくれ」
突き放すような冷たい声だった。
「下がれと言われて引き下がるくらいなら、僕は馬車から降りてない」
「なら勝手にしろ」
「……」
刻印に力を込めて、全身に魔力の膜を張る。
少しの息苦しさと絶対的な安心感。才能は緊張状態でもしっかりと使うことができた。あとは深呼吸をして落ち着かないと。そう思って息を吸っていると、姉さんがこちらに手を伸ばした。
「クロト、これを使いなさい」
「ありがとう」
姉さんが家から持ってきていたキッチンナイフだ。それを受け取り、鞘から刃を抜く。気休めにしかならないだろうけど、無いよりはマシだ。
そうして準備をしている間に、襲撃者たちの一人が前に出た。ローブを被ったそいつは、青白い肌をした気味の悪い男だった。不健康そうな細い身体は節くれだっていて、骸骨を思わせた。
その眼は笑みによって三日月のように細められる。しわがれた耳障りな声がその場に響いた。
「ゴドウィン……ようやく貴様を追い詰めたぞ。国から国へと逃げやがって、その逃げ足の早さは誰に教わったんだ?」
ゴドウィンと呼ばれたのは御者の男だ。ゴドウィンは馬車の上で盾を胸に構えて直立すると、堂々とした振舞いで言った。
「さあ。生まれつき間抜けを煙に巻くのは得意なんですよ。そもそもあなた達は誰の差し金でしょう?」
「答える義理はない。こちらはお前の命さえ奪えればそれでいいんだ」
「命じられるままに獲物を捕らえようとするその様。まるで犬ですね。犬は犬らしく犬小屋で大人しくしていて欲しいものですよ」
挑発的な物言いに、男はより一層笑みを深めた。
「くくく……好き放題言ってくれる。武器商人風情が偉そうに」
「なら、武器商人風情を殺せないあなた達はなんなんでしょうね?」
「この状況で我々がお前を殺せないと思うのか?」
「思いますね」
「では試してみよう」
襲撃者のリーダーと思われる男は指を鳴らした。
するとその合図を皮切りに、襲撃者たちは攻撃を開始した。