02.木こり仕事
「へえ、クロトの才能は便利だなぁ」
積み上げられた丸太の山を見て、木こりのグスタフさんは感心したように言った。
ここは村の外れの伐採場。作業が進んで風通しの良くなった山肌には陽がほどよく差していた。グスタフさんが喜んでくれたのを嬉しく思いながら、僕はさらにもう一本大木の根元に切り口を入れた。
「どうして木が切れるのかはわからないんですけどね。まだわからないことだらけで」
才能を鑑定してもらった翌日。僕は早速、建材に用いる材木の伐採に参加させてもらっていた。王都で才能の再鑑定を受けるにはとにかくお金が必要だからだ。
昨晩は姉さんも僕の話を聞いて納得してくれた。結界魔法にしては僕の才能は異質すぎる。本当はどういった才能なのか詳しい事を調べるには王都の優秀な鑑定術師と会わなければならない。
王都に行くのは早ければ早いほどいい。しかし、てっとり早く路銀を稼ぐためにとグスタフさんには急に無理を言ってしまったかもしれない。
「自分の才能がよくわからないってェのも不思議だな。俺の斧術は単純だから、鑑定してもらった当日には仕事に入れたもんだ。クロトほど簡単には木を切れなかったがな、ははは!」
グスタフさんは笑いながら、大木に斧を打ち付けた。グスタフさんの才能は『斧術』と『腕力強化』だ。二度、三度と斧が打ち付けられるうちに大木には切れ込みが入り、反対側からも切れ込みを入れることで大木は自重に耐え切れずに倒れこむ。長年の技術と経験に裏打ちされた伐採の方法だ。
それに対して、僕はグスタフさんに教わった切り口の入れ方を真似し、斧の代わりに手刀で切れ込みを入れて大木を倒していく。同じ方向に倒れた木が並んでいく様は壮観の一言だった。
グスタフさんは腰を伸ばしながら一息吐き、満足そうに汗を拭った。
「今日の仕事はここまでで良いぞ」
「え、でもまだお昼にもなってませんよ」
体感ではついさっき仕事を始めたばかりだった。畑仕事も陽が登りきるまでに終わることは滅多にない。
「木を倒すのはもう十分さ。つうか、これ以上切っても運ぶための牛も馬も足りねェ。ほら、報酬だ」
グスタフさんは膨らんだ巾着袋をこちらに投げた。巾着袋を取り落としそうになるが、受け取った袋の重みに僕は顔を上げた。
「こんなに良いんですか!?」
「ああ、想像以上に仕事が進んだからな。それに王都で再鑑定してもらうつもりなんだろ。こいつは餞別だ」
「え、そんな、ありがとうございます!」
「いいってことよ。ところで話はついでだが、再鑑定から戻ったら、お前も木こりにならねェか? そうすりゃもっと稼げるぞ」
「はは……それは辞めておきます。僕は冒険者になりたいので」
「そうか、そりゃ残念だな。でもまあ、それだけの才能があるんだ。冒険者としても活躍できると思うぜ」
残念という言葉とは裏腹に、グスタフさんは嬉しそうに肩を竦めた。
身内というわけでもないのにグスタフさんがここまで親切にしてくれるのは、僕の住むコチタカ村が閉ざされた山間にある小村だからだ。村人みんな家族のようなもので、全員が顔見知り。お互いの才能を把握しているし、新たに才能を授かった子の才能も当日中には全員周知のものになる。
僕はグスタフさんに感謝しながら、姉さんの待つ家に帰った。旅費の都合が付いたのだから、早速支度を始めなければ。
「姉さん、こんなに貰えたよ!」
勢いよく扉を開けると、姉さんは後ろ暗いことでもしていたかのように身体をビクっとさせた。
「な、なんだクロトか……。仕事はどうしたの?」
「才能のおかげですぐ終わったよ。それより見てこれ!」
貰った巾着袋を見せる。姉さんは口を開けて中を覗き込んだ。
「こんなに? そんなに仕事が進んだの?」
「まあね。餞別も込みだとは思うけど」
「そう、じゃあ今度なにかお礼をしないとね。でもそうか……そういうことなら、わざわざ持ち出す必要もなかったかもね」
「なんのこと?」
「アレよ」
姉さんは開けっ放しの戸棚を示した。そこには見慣れない壺がしまわれていた。
「あんな壺うちにあったっけ?」
「お父さんとお母さんが残してくれた財産よ。いままで見つからないように隠してたの」
「そんなお金があったの!? だったら、姉さんが才能を鑑定してもらったとき、王都に行くこともできたんじゃ……」
四年前、姉さんは治癒術と採掘術の二つの才能を授かった。そのとき、姉さんには採掘術の才能をより高みに進化させるために王都へ勉強に来ないかという話があったのだ。
しかし、当時の姉さんは金銭面を理由に王都へは行かず村に残った。姉さんは自分の才能をより成長させることができたかもしれないのに。
姉さんは微笑みながら首を振った。
「いいのよ。私がここを離れるわけにはいかないでしょ? それに採掘術は珍しい才能だったかもしれないけれど、治癒術だって村の怪我人を治せてこれはこれで伸ばすに値する才能よ」
「でも……」
そうは言っても、姉さんが王都に行かなかったのは僕のためだというのは明白だった。
俯いていると、姉さんは僕の肩を叩いた。
「ほら、再鑑定に行くんでしょ。明日の朝には出発できるようにしないと」
「……うん」
頷いて、ひとまず支度を始めることにした。姉さんのためにも強くならなければならない。冒険者として成功すれば、姉さんにも良い暮らしをさせてあげることができる。そうすることが僕にとっての唯一の恩返しなんだ。