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01.鑑定


 すべての人間は、十五歳になると才能(ギフト)と呼ばれる力を神から授かる。


 その話を聞いたときから、僕は自分が将来どんな才能(ギフト)を手に入れるのだろうと夢見てきた。


 どのような生まれであっても、才能(ギフト)さえ手に入ればこの世界では成り上がることができるからだ。


 僕の生まれた村は王都から離れた山間の辺境にあった。冒険者もめったに寄り付かない村での暮らしは危険もなければ興奮もない味気ないもので、日々の楽しみと言えば十五歳で手に入る才能(ギフト)を想像することばかり。


 退屈な毎日をやり過ごしながら、今日という日を迎えることをどんなに待ったことか!


「ふむ……どうやらお前の才能(ギフト)結界魔法(プロテクション)のようじゃな」


 期待に胸を躍らせながら神託を待っていた僕に、村に呼んだ鑑定術師の老人は特に溜めも何もなくあっさりとそう告げた。


「え?」


「肩が凝ったのう……ここまで来るのにも一苦労じゃったし」


 鑑定術師は僕の右手首に現れた刻印から手を離すと、肩を回しながら唸った。


「結界……魔法?」


 剣術でも、弓術でも、召喚術でもない。一応、魔法カテゴリのようだけど、聞いたことのない才能名だ。


「それは一体どんな魔法なんですか?」


「防御力を強化する魔法じゃな。いわゆる付与魔法(エンチャント)の一種で、身を守るのに適した魔法……だったか?」


 ……なぜ疑問形で答えたんだろう。僅かばかりの疑問が湧くが、すぐにいまの説明に聞き捨てならない文言が入っていたことに気が付く。『身を守る魔法』……だって?


「そんな……それじゃ攻撃手段となる魔法がないってことじゃないですか。僕は冒険者にはなれないんですか!?」」


「なれないことはないが……間違いなく苦労するじゃろうな。冒険者の多くは二つ以上の才能(ギフト)を持っておる。剣士なら剣術以外に身体能力強化の才能(ギフト)を。魔法使いなら複数の属性魔法の才能(ギフト)を授かるようにな。一つの才能(ギフト)しか授かれないのなら、せめて一人でも戦える才能を授かれれば良かったのにのう」


 鑑定術師は顎髭をさすりながら憐れむような視線を寄越した。その視線に僕は奥歯を噛み締める。


 つまり僕には冒険者としての適性がないらしい。まあ、少し考えればわかる話だ。防御魔法しか持っていないのでは単独でクエストを達成することは困難になる。かと言って、パーティーに入れてもらおうにも防御魔法の一芸だけでは入れるパーティーも限られてしまう。


 そんな奴が冒険者を名乗れるかと言えば、到底無理な話だった。もはや冒険者になれる可能性はほぼ断たれたと言っていい。


「……そうですか、わかりました。鑑定、ありがとうございました」


「ふむ、あまり悩み過ぎないことじゃ。お主はまだ若い。冒険者になる以外にも、他に道はあるじゃろうて」


 鑑定術師は明るい声音でそう言うと、傍で鑑定を見守っていた僕の姉さんから数枚の銀貨を受け取った。


 そして掛けてあったローブを身に纏い、再び「肩が凝ったのう」と言いながら去って行った。


 バタン、と音を立てて扉が閉まる。


 部屋には僕と姉さんの二人だけが残された。


「今日はもう休みなさい……先のことは明日から考えましょう」


「そう……だね。明日からまた、畑を耕さないと……っ」


 途中で声が震えた。


 窓の外には僕と姉さんが二人で育てている畑が見える。両親が戦争で死んで以来、僕と姉さんは二人が残してくれたこの土地でずっと暮らしてきた。しかし、辺境農民なんてのは貧しさの塊だ。どんなに頑張っても、日々の生活は良くならない。


 それでも希望を持ってやってこれたのは、自分がどんな才能(ギフト)を授かるか知らなかったからだ。なのに希望は無いのだと知ってしまったら、一体どうすればいい?


「ちょっと……出てくる……」


「クロト!?」


「少ししたら戻るから」


 椅子を蹴って走り出す。涙が出そうになるのをこらえながら、村を飛び出して湖に向けて走った。


 一人になりたかった。姉さんには泣いているのを見られたくなかった。期待に胸を膨らませ、希望に満ち溢れていた昨日までの自分をぶん殴りたかった。


「はぁ……はぁ……」


 息が切れて苦しい。湖のほとりに膝をつき、湖面に映る自分の顔を見た。


 土に汚れた顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。姉さんに短く切られた茶髪は汗で濡れ、毛先に溜まった汗はぽたぽたと湖に雫を落とす。波紋が広がっていくと、湖面の顔は歪みどうなっているのかわからなくなった。


 目を瞑り、雑草を掴んで握りしめる。感情が溢れるままに涙を流し、拳を握りしめていたら時間はあっという間に過ぎていった。


 ――どれだけそうしていただろうか。


 熱くなっていた頭はいつの間にか冷えきっていた。頭の片隅では、いつまでもこうしているわけにはいかない。現実なんて、こんなものだろう?と囁く自分自身の声が聞こえる。


 気持ちが落ち込むと嫌なイメージばかりが湧いてくるものだ。わかってはいるけれど、今回ばかりは堪えた。


 鑑定術師の老人が言ったように、一つの才能だけで冒険者になるのは難しい。冒険者というのは生死と隣り合わせの危険な仕事だ。生半可な能力でなるのは自ら死にに行くようなもの。


 そう理解はできている。でも、だからと言って、はいそうですかと諦められるものじゃない。


「それに、まだ結界魔法を試していない」


 僕は結界魔法がどんなものなのか、この目で見ていない。それがどんな能力でどんなことができるのかをまだ試していない。


 俯いていた身体を起こし、気合を入れなおすために頬を叩いた。


 しっかりと両足で立ち、真っすぐに正面を見据えて呟く。


「……結界魔法」


 才能(ギフト)の使い方は、大人たちに鬱陶しがられながらも何度も訊いたから知っている。十五歳になると、僕ら人間の利き腕の手首のあたりには刻印が現れる。才能(ギフト)を発動させたいときは、その刻印に意識を集中すれば才能(ギフト)を行使できるのだ。


 結界魔法(プロテクション)!結界魔法!結界魔法!


 心の中で繰り返し叫びながら刻印に意識を集中する。すると、身体中からぶわっと力の源のようなもの――魔力が噴き出し、身体の表面を膜のように包み込むのが感じられた。


 これが結界魔法(プロテクション)なのだろうか?


 僅かに感じる熱気の中にいるような息苦しさ。全身が守られているという安心感。


 この守りの魔法の具体的な効果はわからない。人によっては、鑑定を受けた直後に才能の使い方から出来ることまで瞬時に理解できることもあるらしいけれど、僕はいまのところ結界魔法によって放出された魔力がただ全身を覆っているということしか理解できていない。


「これで結界魔法は掛け終わったかな」


 傍から見れば地味なことこの上ない魔法だと思う。しかし、地味ではあっても人生で初めての魔法を行使したことに喜びが湧いた。


 凄い!これが才能(ギフト)!これが魔法というものなんだ。あとは……この結界魔法に加えて何か攻撃できる魔法があれば……!


 無いものねだりをしても無意味なのはわかっているけれど、自分に他にも秘められた才能が開花することを願わずにはいられない。


 ひとまずはやる心を落ち着けて、周りを見回した。小さな湖の近辺には多くの木々があり、小鳥などの鳴き声が聞こえる。


 まずはこの結界魔法の効果を確かめられる練習相手のようなものが欲しい。この辺りの魔獣は冒険者や狩人によって討伐されてしまっているが、森の奥に進めば魔獣に遭遇できるかもしれない。


 しかし、剣も弓も持っていないこの状態で魔獣と立ち合って大丈夫かと言えば、あまりに心許なかった。


 戦闘慣れしていないのに、いきなり実戦で才能(ギフト)を試そうとするのはあまりに性急すぎる。


「……やめておこう」


 諦めて、魔獣の代わりにとりあえずは近くに生えていた大木を目標に据えることにした。


 僕の手先から肩までほどの太さの巨木だ。樹齢を重ねた太い幹は表面が硬い皮で覆われている。普通に素手で殴れば皮膚は裂けて下手をすれば骨が折れるだろう。


 しかし、結界魔法(プロテクション)が防御力を上げるなら木を殴っても大したダメージは受けないはずだ。殴ってみることでどれだけ結界魔法による恩恵があるのか確かめることから始めよう。


「はっ!」


 結界魔法の効果に半信半疑の腰の入っていない拳。自分でも呆れてしまうようなぎこちない動きで放たれた拳は、木に触れようという瞬間、吸い込まれるように木をすり抜けた。


「え……」


 すり抜けたというのは正確な表現ではない。


 正しくは木に触れた感触がまったくなかったのだ。空を切るように拳が木に沈み込み、そして木が抉れた。


「これって一体どういうことだ?」


 抉られた大木は内部を露わにし、綺麗な断面を見せていた。


 尋常ならざる光景に気持ちが昂る。


 もしかしたら結界魔法(プロテクション)以外にも何かの才能を授かっていたのかもしれない。でなければ防御魔法でこんなことができるはずがない!


 喜んでいると、ミシミシと嫌な音が聞こえた。


「ん?」


 気づけば、木は恐ろしい勢いで倒れこもうとしていた。


「うわあああっ!?」


 木の葉で足を滑らせ、咄嗟に逃げる機会を失ってしまった。転んだ状態の僕に対して大木は真っすぐ倒れる。思わず目を瞑ると、バサバサバサ!と音が鳴って、地面に衝撃が走った。


「く……う……」


 もの凄い衝撃だったけれど……身体には痛みがまるでない。やがて辺りが静かになったのでゆっくり目を開けると、僕は無傷のままその場に座っていた。


 完全に直撃コースかと思ったけれど、間一髪避けれていた?


 だとしても幹が掠める感触くらいはあってもいいのではないか。いや、もしかして……。ある予感を覚えながら、倒れた大木に向けて目を向ける。大木は僕を避けるように分断されていた。真っ二つに、割れていた……。


「もしかして、さっきと同じように……」


 大木を殴ろうとして幹が抉れたように、身体が幹を抉ったということだろうか?


 まじまじと大木の断面を観察する。見れば見るほどに、疑惑は確信に変わった。


 きっとそうだ。大木は僕に触れた部分だけが消失している。だが、それはおかしな話でもある。結界魔法(プロテクション)にこんなことができるはずがないのだ。つまり、僕は結界魔法以外にも何か強力な才能を授かっていた……?


 だとしたら、老鑑定術師の鑑定は間違っていたということになる。


 ああ、あんな鑑定術師を信じた僕が馬鹿だった!


「しかし、この才能はどう説明したものか……」


 うーん、と唸る。結界魔法(プロテクション)でないなら、この才能はなんと呼べばいい?


 呼称は保留することにして、再び倒れた木に近づく。木には焦げた匂いもなく、抉られた部分はヤスリがけしたように滑らかな触り心地をしていた。


 試しに結界魔法を纏い、手刀を大木に押し当てる。すると、大木は何の感触ももたらさない空気のように抉れてしまった。


「これなら……冒険者になれるかもしれない」


 魔獣に対してこの手刀を振りかざして同じように切断できるのだとしたら、僕は拳闘士(モンク)としても戦えるだろう。


 才能(ギフト)の効果、仕組みはまだ完全にはわからない。でも、重要なのは戦えるかどうかだ。戦えさえすれば、僕は冒険者になることができる!


 細かい考察は後回しにして家に帰ることにした。ひとまず姉さんを安心させてあげよう。少なくとも僕は、明日からは木こりとしてもやっていける。何千本でも木を切って、お金を作ったら王都に行こう。


 そうしたら、ちゃんとした鑑定術師に才能を確認してもらうこともできるはずだ。


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