1話
『一九九〇年代に突如として先進国に出現したダンジョン。
原因不明で出現した巨大地下迷宮は世界を騒然とさせた。
何故なら迷宮内にはアニメや漫画でしか見た事のないモンスターが跋扈しており、数が増えると地上へと這い出てくるのだ。
地下から怪物は這い出るその光景は世界の終わりを彷彿とさせ、国の上層部は近くの民間人を避難させて軍を派遣した。
怪物と人間の戦争が先進国の各地で勃発。
地上に這い出た怪物たちは人類の兵器によって駆逐された。
だが、ここでさらに大きな問題が発生する。
モンスターを直接倒した人間に起こった肉体の変化と、後にドロップアイテムと呼ばれる消滅したモンスターの代わりに現れる武器やアイテムの事だ。
直接、モンスター達を倒した兵士達は、まるでRPGの主人公の様に身体機能が上昇させ、ドロップアイテムには後に魔力と言われるエネルギーが宿った魔石や特殊能力を持った奇跡の道具。
ダンジョンは人類の敵なのであろうか?それとも、人類の進化と繁栄をもたらす神の試練なのだろうか?
その答えは、誰も知らない』
「……」
次々と見せられる、日本の歴史とダンジョンに関するテレビ番組。
当然、俺の知っている日本とは歴史が一九九〇年代から大きな変化を遂げていた。
俺の知っている日本にはモンスターが現れるダンジョンは存在しない。
やはり、ここは俺の知っている日本ではなかったのだ。
そして……。
ふと、部屋の隅に置かれた姿見の鏡を見る。
そこには黒い外套を着たイケメンの姿。
故郷とは似て非なる場所に飛ばされ、自身の本当の体も失った。
そんな俺に残ったのは、ひたすらに夢中になったゲームのアバターだけだった。
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魔法少女のコスプレをしたおっさんのヒモになるという自身の現実を受け入れられず、混乱の極みに陥った俺は原因であるおっさんの自宅に泊まる事になった。
こうして、俺は流されるままにおっさんとの共同生活を送る事になった。
数日間、あてがわれた部屋で塞ぎこんでいたが、わざわざ俺が状況を理解しやすいようにと、分かりやすくまとめられた特集番組や三木ペディアと呼ばれるダンジョンに関する解説サイトなどを見せて貰うなどして、俺の居た日本との違いなどのすり合わせを手伝って貰ったりした。
彼のおかげで今の自分の状況を大体ではあるが理解し、初日と比べると大分落ち着いて現状を受け入れる事が出来た。
原因である彼に色々と思う所はあるが、俺の為に頑張ってくれていると言う事には素直に感謝した。
そして、並行世界と思われる日本にやって着て、一週間が経過した朝。
俺は今、筋骨隆々な角刈りのサラリーマンと朝食をとっていた。
「うむ、今日も美味い。
向こうでは一人暮らしだったのかね?」
「ああ、俺は大学生で一人暮らしをしていた」
まあ、ソロプレイヤーの俺がFOODの値をコントロールできるようにと料理スキルを取得していたからな。
前の俺ではここまで美味く調理する事は出来ないだろう。
ゲームのスキルが使える事が分かった事は俺にとって行幸だ。
「そうか、では!今日も会社が終わった後に、君を異世界に帰す方法を探してみるよ」
「まあ、ほどほどにな」
歯をキランと輝かせスマイルを見せる男。
彼の名は大徳寺 勝。
信じられない事にマミたんに変身する前の姿だ。
職業は不明だが、あの体格から想像するに警察や警備員などをしているのではないだろうか?
正直、今の彼の姿は違和感が強すぎて未だに慣れない。
本人曰く、『マミたんは夢を与える魔法少女であるから、正体を知られないようにしなくてならない』らしい。
アレが与えるのは恐怖と絶望と吐き気であると訴えてやりたかったが、この世界では生命線を握られているので曖昧に同意しておいた。
「それと…佐久間君に頼まれていた物が出来たよ。
ほら、身分証とパスポート」
「本当に出来たのか……。
頼んどいてアレだが、この世界の日本では一般人でも簡単に身分証とパスポートを偽造できるものなのか?」
物事がある程度判断出来るようになった俺は、筋肉隆々の魔法漢女から自立する為に身分証明書とパスポートを所望していた。
勿論、偽造という犯罪行為をする事になる為、あくまで希望と言う形で伝えていたのだが……。
本当に出来てしまうとは……正直、驚きが隠せない。
だが、これでヒモ生活と華麗にアディオスする事が出来る。
そして、魔法少女のコスプレに誘われる毎日から自由を手にするんだ!!
受け取ったパスポートと身分証には俺の顔写真が張り付けられており、名前も佐久間 啓介となっている。
ご丁寧に偽造の経歴書まで添えてあった。
実に手が込んでいて、まるで映画やアニメの世界だ。
「HAHAHA!まさか!!知り合いにちょっとした伝手があってね。
彼も私と同じ志を持つ者として、困っている君の為に協力してくれたのだよ」
アメリカンな感じで笑う彼だったが、同じ志を持つ者と言う単語に食事中の手が止まった。
「…まあ、代償はデカかったがね」
そう言って、元気なさげに昨日までお気に入りのステッキが飾ってあったはずの壁に視線を向ける大徳寺。
…謎は全て解けた。
「さて、私は会社に行ってくるよ。
この後、ハローワー〇に行くのなら経歴書を丸暗記してから向かう事をお勧めするよ。
まあ……並行世界とはいえ、ダンジョンを攻略した経験を持つ君ならダンジョン関連の企業にいくらでも就職する事は可能だと思うがね?」
大徳寺の言葉に表情は動かさないが心にグサリと来る。
彼には大学生の俺としてではなく、ゲームの世界で活躍する自分の分身である《ケイ》として話している。
見栄もあるが、筋肉質でいかにも歴戦の戦士風の今の俺の姿を見て、彼が信じてくれるとは到底思う事が出来なかったのだ。
…本当だよ?
「大丈夫だ。後、俺の事よりも自分の事を心配したらどうだ?
そろそろ時間だと思うんだが……」
妙な居心地の悪さを感じた俺は、机の上に置いてある電波時計に視線を移して話題を変えた。
実際、かなり話し込んでしまった為、普段彼が出社している時間から大分遅れが生じている。
このままでは彼の遅刻は確定してしまうだろう。
「むむっ!!このままでは遅刻してしまう!!
では、行ってきます!!」
ドアをバタン!!と閉めて、飛び出す大徳寺。
さて、俺も自立する為に用意してくれた経歴書の丸暗記する事から始めるとしよう。