ゴーレムさん 1-5 闇夜の火花
エアコンが壊れて命の危険
門の前のテント村に襲来した魔獣はゆっくりと近くのテントへ歩み寄るとサイの様なその角で突き上げてテントを崩す。中の人は逃げ出し残された荷物が踏みつぶされる。街の外にいた魔法使いが火球を放ち攻撃するもダメージを与えたようには見えない。ついで狩人風の男が矢を射かけるが鎧の様な外殻に弾かれてしまう。その後も魔法や弓矢をはじめとした飛び道具で攻撃が続くも魔獣は意に介したそぶりを見せない。しびれを切らせた戦士風の男が大振りの剣を叩きつけるも甲高い金属音が響いた次の瞬間、振り上げられた外殻に包まれたアゴを叩きつけられ、潰れる様に地に伏した。
魔獣が一撃で昏倒したその男を踏みつけ、右腕を食いちぎる。骨ごと咀嚼し嚥下する。痙攣する男の体を抑えつけたまま、二口目を口にする前に威嚇するようにうなりながら周囲を見回す。遅れて到着した番兵達もその姿に圧倒され足を止める。
そんな中で僕は自分が魔獣に向かって走り出したことに気が付かなかった。森の使途のスキルで大地を何の障害も無く、気配も感じさせず巨体に似合わぬ修敏さで駆け寄る。実際の所、身体を動かす充分な馬力があれば巨体の広い歩幅は移動を高速化させる要素だ。そのままの速度で型も無く体当たりする。意識の外から巨大な質量を叩きつけられた魔獣はたたらを踏み、踏みつけていた男の上から身体を退かす。こちらは体当たりの反動を堪えてさらに踏み込む。今度は両手を伸ばし掴みかかる様に迫る。魔獣はそれを避けようともせず、角で此方を突き刺そうと突き上げて来た。こちらは回避出来ずに、刺さる事は無い迄も角の先端が蔦状ので編み込まれたような同を引き裂くのを感じた。しかしそれは表面の蔦を引きちぎったに過ぎず、ゴーレムの体には大きな被害とは習い様だ。多少の痛みと衝撃を感じたが耐え抜き、こちらを突き上げた角の根本と前足の付け根をしっかりをその手に掴む。
そこからは無我夢中だった。こちらを押しのけようとする魔獣をテント村から押し出す。前足の付け根を掴まれその足を上手く踏ん張れず、掴みやすい角の方も振り払えず、魔獣は抵抗するも門から引き離される。只押しても無理と察したのか身体を左右に振ったり、捻るように動いたりと僕を振りはらおうともがいている。その動きに合わせ、前足を抑えた手をうき上げる様に角を掴む手を引き寄せる様に動かし、魔獣の身体を頭が逆回転する様に捩じる。石臼を引くような重く固い感触と共に何かが砕ける様な振動が腕に伝わり、魔獣はビクリと大きく痙攣した後動かなくなった。魔獣の体から魔力とは異なるもっと根源的な生命に近い力が自分の体に流れ込んで来るのを感じる。
『魔獣を倒し成長しました。〈強靭〉を取得しました〈堅牢〉を取得しました〈剛力〉を取得しました。』
〈強靭〉
その身体は固く、同時にしなやかで衝撃を逃がし破壊を困難たらしめる
〈堅牢〉
その身体は固く衰えない
〈剛力〉
身体の堅牢さゆえに発揮できる単純な力。身体の丈夫さに比例してその効果は高くなる。
特に意識したわけでもないのにレムリアの知識が情報を伝えてくる。今の自分はそれに対応できる状態ではない。もしこの身体が人間の体なら、冷や汗と、運動の汗を同時にかきながら足を激しく震わせていただろう。動かなくなった魔獣から手を放し呆然と立ち尽くしている。恐怖と嫌悪感と興奮が混ざりあい今にも暴れ出したくなる。
「どうしたのゴーレム、怖いよ、怖いよ」
自分の中にルルが眠って居る事を忘れていた。
「怖いよ、ゴーレムの外からも凄く怖い気配がするよ、母様ぁ」
ルルが異様な怯え方をする。突き動かされるように先程勝手に情報を伝えて来たレムリアの知識に干渉する。
〈鎧獣〉
魔導鋼を生成する術式で堅牢な鎧を纏った魔獣。
それだけじゃない、コイツはなんだ
〈災いの獣〉
強き力を持ち、魔王の領域から独立した魔獣。人族や獣の他に魔力を持つ他の魔獣や精霊を喰らい魔王へ至る。
『精霊に作られたアナタの体はこの種の魔獣を特別に敵視する傾向があるわ。本能のようなものね』
感情の理由が分かった所でこの混乱した精神は落ち着かない。傍から見ても今の自分が異様なのは解かるのか、魔獣が死んでも番兵やテント村の住人たちは一定の距離を置いて様子を覗っている。そんな中アイオラがおっかなびっくりこちらに歩み寄って話しかけて来た。
「あの、ゴーレムさん?その魔獣はもう」
[殺した]
「で、でしたら勝ち鬨をあげますか?」
可能な限り気持ちを押し殺すように短く答える。その答えに少し怯えながらも彼女は話しかけてくる。
「み、皆さん!魔獣は見てのてょおり、私のゴーレムが退治しました。もう大丈夫です」
[噛んだ]
「いいからゴーレムさんも何かアピールしてください。」
痛みで涙目になりつつも話す彼女の様に少し気が抜けた
「ほら、何か倒したぞアピールを、せーの、おおー!」
掛け声に合わせて両手を思いっきり振り上げ万歳する。周囲の反応は無い。皆唖然としている。
「おー」
再度の掛け声に合わせて万歳
「おー」
もう一度
「おぉ」
少しアイオラの気持ちが弱った。励ますように万歳。
「・・・」
多分、今小声で言ったと思うから万歳。
「・・・ック」
周りが反応してくれなくてアイオラが泣きそうだ
「ゴーレム怖くなくなった?」
ルルも少し落ち着いてきたようだし万歳。ようやく周りで見ていた人にも気持ちが伝わって来た。ゆっくりと喧騒が広がり、3回ほど後の万歳はみんなで大合唱になった。その後は冷静さを取り戻した番兵さんの仕切りで解散になり、それぞれのテントに戻って行った。
怪我をした戦士の男も手当が早かったので、一命をとりとめたと聞いた。被害としてはテントが一つ潰され、怪我人が一人。悪くない結果だと思いたい。その日の夜は番兵の詰所の横で取り調べを受けて、そのままそこで休むことにした。
隣で何が動く気配で目を覚ますと、ゴーレムさんが門の方を眺めていた。同時に騒がしい声が聞こえる。誰かが門の方で騒いでる様だ。私も壁から顔を覗かせると、ここからでもその威容が見てとれる巨大な魔獣が照らし出された。
直ぐに魔法と矢による攻撃が始まっが、その効果は見られない。次いで一人の男性が斬りかかるも叩き伏せられて魔獣に食いつかれた。その後に訪れるだろう光景から目を逸らした時に、隣にいた巨体が風も無く駆け出した。唖然とする私をよそに魔獣に体を浴びせたゴーレムさんはそのままテント村から魔獣を押し出していく。私もその後を恐怖に後ろ髪を惹かれながら追いかける。充分に村から引き離した所で、もがく魔獣の動きを利用し首を折り倒した。
魔獣を倒して後のゴーレムさんの様子がおかしい事に気が付いたのは周囲で見ていた人間の中で私だけだった。昨夜出会った時もゴーレムさんの目と思われる洞からは柔らかな日差しの様にな光と持っているが、この時は鮮やかな赤い光が灯っていた。時折、出会った時の優しい光になるが直ぐに赤い光に代わる。それに合わせて声にならない感情が伝わって来た。魔獣に対する恐怖や無意識に立ち向かっていた事への困惑。自分を制御できない事への苛立ち。そして自分の中に光の聖霊を宿したまま危険を犯した事への後悔。
事切れた魔獣の前で立ち尽くすゴーレムさんから漂う重苦しい空気を感じ誰も警戒を解こうとしない。私の隣に立っていた男性が手に持ったメイスを握り直すのを見て、私は意を決してゴーレムさんへ歩み寄り声をかけた。素っ気なく殺気すら感じる返事にめげず、何とか空気を換えようと勝ち鬨を上げてはと持ち掛ける。ゴーレムさんは承知してくれたので、他の人にも判るようになけなしの勇気を振り絞り自分で音頭をとる。なのに舌は噛むし、周りの人には一回では伝わらず、3回目で私の心は限界だった。何しているのか自分でも解らなくなり涙が溢れてくる。そんな私に構うことなく万歳と繰り返すゴーレムさんその瞳はいつもの優しい光が戻っていた。
何度目かの万歳でようやく周りの人々が警戒を解き歓声を上げていたがよく覚えていない。気付いた時には番兵さんの詰所でゴーレムさんに代わり取り調べを受けていた。取り調べと言っても魔獣の死体が換金出来た場合の所有権やゴーレム制御に関する事を確認されただけだ。名目上は私が指示して戦わせた事になるようで魔獣の外殻や角をはじめとした素材となりそうな部位について取り扱いや問い合わせの窓口に関して、手続きを済ませた形になった。
慣れない作業に疲れ切った私は、夜も遅いのも手伝って、人通りが多い場所であるにも関わらず番兵の詰所の外でゴーレムさんに寄りかかるように眠ってしまった。目覚めた時は日が高く、門を通る人に注目されていた。思わず寄りかかっていた相手にしがみ付くとそのまま抱えあげられていつもの小屋跡まで連れて行ってくれた。
朝を迎えて、目覚めたアイオラが周囲の視線に驚いたのを確認し、取り急ぎ小屋跡まで連れ去る。昨夜は随分目立ってしまったので、これから彼女には不便を強いるかもしれない。番兵の取り調べでアイオラの身元確認がなされた時にいろいろと聞こえてしまった。彼女が極力他人と関わらないようにしている理由もわかった。
[この後、どうしたら良いかな。]
「元々、教会に行く予定でしたのでその際にギルドに引き渡してしまいましょう。」
「あの怖いの動いたりしない?」
「ゴーレムさんがやっつけてくれたから大丈夫ですよ。」
「そうなの?でもゴーレムも怖かったよ。」
ルルは昨夜の恐怖を引きずっている様だ。
「怖い魔獣をやっつけるためにゴーレムさんも怖くなったんですよ。魔獣が居なければゴーレムさんは怖くなったりしませんよ。」
「そうなの?」
[危険な魔獣だったからね。本気でやっつけないと行けなかったんだ。]
そう言って自身が制御できなかった事を誤魔化す。アイオラも話を合わせてくれたのでルルを安心させられた。
「それで、ゴーレムさんあの魔獣、運べますか?」
魔獣の巨体は四つ足の状態でも僕の伸長を超え、角から後ろ脚までの全長はそれより一回り長い。担ぎ上げてもどちらかの足を引きずる事が目に見える大きさだった。
[何とかしてみる。]
荷車でも作ってみようかと考えながら、魔獣の大きさを確認する為に、亡骸のあるテント村の外れへ足を勧めた。
パソコンつけると暑くて汗が止まらない。電気屋もまだ手が空かず修理も出来ない。
その事意外に考えられない。