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ストウン  作者: たくりょう
8/20

母の決断

リヨース城を走り出してからモモは数回だけ水を飲むので立ち止まっただけで、ほとんど休まずヤツヨの村まで走りきった。タミは念の為、家から少し離れた林の中にモモを繋ぐ事にする。

「おつかれさま、君ってスゴいね、助かったよ」

 そう言ってタミが優しく喉元をなでるとモモは気持ちよさそうに目を閉じて、それから足を折り曲げて横になるとすぐに寝息を立て始めた。少しの間だけ、そんなモモの様子を見つめてからタミは歩き出した。


 ヨーキは陽が暮れたあたりから妙な胸騒ぎを感じていた。もう城下町にはとっくに着いているだろう。今日中に王様には会いに行くのだろうか?もしかしたらすでに王様と話をしたのかもしれない。王様は事情を理解してくれて温情ある処罰にしてくれたのだろうか、ヨーキの頭の中には様々な思いが浮かんでは消えていった。陽が高いうちはそんな思いも比較的楽観的なものが多かったのだが、陽が暮れてからはどういう訳か悪い考えばかりが浮かんでくるのだった。結局その感覚は日付が変わる頃になっても変わらず、ヨーキは眠れぬ夜を過ごした。明け方近くになり、ヤクータが飛ばしたデリバーが来ていたりはしないだろうかと気になり窓際まで見に行くと、遠くにストーンライトらしき灯りが見えた。それも一人二人の数ではない、かなりの人数がこっちに向かって歩いているようだった。集団は途中で曲がる事もなく、どんどん自分の家に向かって近づいてきている。その集団が兵隊の集団と肉眼でも確認できるまで近づいた時にヨーキは確信した。夫か息子あるいは二人に何かよくない事が起きたのだと。徐々に明るくなりつつある空を見上げ、それから暫く目を閉じた後に静かに部屋の隅にあるタンスに近づいて一番上の引き出しを開けると、そこに入っていた衣服を全部出して二重底になっていた底の部分を外し、その中に隠されていた小石を取り出して考え込むように見つめた。やがてドンドンと乱暴にドアを叩く音が聞こえ、そのまま放っておくと大きな音がして無理やりドアが開けられたようだった。ヨーキは諦めるように小石を呑み込むとケスリョの寝室へと向った。


 陽はもうだいぶ高くなっていた、タミはモモを繋いだ林から歩き出すと、近所の人に出会ったりしないように注意して、時間をかけて家に向かった。アレクの家の裏庭まで来るとレミーおばさんが近くにいないのを確認してから、自分の家が見える位置にある物置の影に隠れて家の様子を伺った。家は静まり返っていて人の気配は感じられなかったが、時刻から考えるとヨーキが買い物など出かけるには早すぎる時間だった。道を歩く人が極端に少ないのも気になった。真夜中なら分かるが、こんな真昼間に人通りがほとんど無いのは普段だったら考えられない事である。このまま来た道を戻り、オオヤの村を目指すのが正解かもしれないという考えが頭をよぎったが、家族を無視してそれは無理な話であった。タミは物置の影から飛び出すと一気に自分の家の玄関まで走りぬけた。家の中に入ると小声で母親を呼びながら、歩きまわったが、どこからもヨーキの声が返ってくることは無かった。キッチンまで来ると水瓶から水を汲んで一気に飲み干した。考えてみると城を出てから何も食べていない、その事を思い出したら急にお腹が減ってきたので、食品棚を探してみると果物や野菜に混じってパンを一つ見つけた。そのパンをかじりながらタミはふと気が付いた、母さんはいつも夕飯の支度をする時に、その日の夕食の分と次の日の朝に食べる分のパンを焼いていた。今、自分が食べているのは朝食用に焼いたパンじゃないのかな?だとすれば母さんは朝食を食べていない・・・そう思った時に後ろで物音がして、タミは振り返った。

「ヤクータ殿の息子だな?」

 三人いた兵士の中の隊長らしき男が聞いてきた。

「母さんは!母さんと弟をどうしたの?」

「母君はすでにリヨース城に向かっておる、手荒なまねなどしておらんから安心しろ。もちろん子供にも手荒なまねはしたくないからな、おとなしく付いて来てくれるかね?」

 兵士のその言葉を聞いたタミは覚悟していたとはいえ、たいそうなショックを受け、倒れるように壁にもたれかかる。すぐ脇にあった窓から外に目をやると、どこからか現れた兵隊達がいつのまにか家の周りを取り囲んでいるようだった。ヨーキ達が乱暴されていないらしいのがせめてもの救いだったが、自分がここで逃げ出したら今度はヨーキ達もただでは済まないだろうとタミは考えた。

「・・・わかりました。付いていきます」


 ガヤ駐屯地までは馬車で運ばれる事になり、その馬車を用意する間、少しの荷物を持って行く事が許されたタミは、何人もの兵士に監視されながら荷物を用意した。机の引き出しを開けると誕生日にアレクから貰ったストーンライトが入っていた。ストーンライトをズボンのポケットに入れながらタミはつぶやいた。「アレク、僕はもう騎士学校へは行けそうにないよ」

 やがて馬車が家の前に運ばれてきた。二頭の馬に引かれてきた馬車はいかにも頑丈そうな造りでドアには大きな錠前が掛けられていて、その錠前をさっきの隊長らしき兵士が開けていた。

 家の前には近所の人達が集まり始めていたが、一部の興味本位の野次馬を除いて、大多数の人が家から出てきたタミを心配そうな顔で見つめていた。その中にはアレクの母親レミーの姿も見えた。

「あっ、おばさん・・・何だか大変な事になっちゃった」

「大丈夫よタミ、希望を捨てちゃダメ。ヨーキが連れていかれる時に少しだけ話ができたの、その時にね、もしタミと話をする事があったら伝えて欲しいと頼まれた事があるの“私は光に包まれたから大丈夫、父さんの言いつけを守りなさい“そう言っていたわ」

「光に包まれた?・・・」

「さあ、早く乗るんだ」

 錠前を開けた兵士がせかす。

「ありがとう、おばさん」

 そう言ってタミが馬車に乗り込むと同時にドアがバタンと乱暴に閉められ、外から錠前が掛けられる音が聞こえてきた。馬車がゆっくりと動き出して、タミはレミーの話を心の中で繰り返しつぶやいた。光に包まれた・・・母さんはアビテを呑みこんだのか?でもどうやって?自分を安心させる為に嘘をついているのかもしれない・・・父さんの言いつけを守れ・・・自分はジョビ老師を訪ねるべきなのだろうか・・・その時、かすかにギャーッツと馬の鳴き声が聞こえてきた。馬車はもう少しでモモをおいてきた林の前を通りかかるところだった。チャンスは今しかない、タミはモモの声を聞いてそう思った。父親を助けた時のように拳に意識を集中するとドアノブの辺りを力いっぱい殴り始める。最初の数発は鋼鉄の壁を殴っているような感覚だったが、自分の力を信じて左右交互に殴り続けるとドアはミシリと音をたて歪み始めた。更に力をこめて殴るとバキッと音をたて錠前付近が吹き飛び、同時にドアが勢いよく開き光が差し込んできた。ここぞとばかりに体を丸めるようにジャンプしたタミの体が赤く光り、地面をゴロゴロと転がった。馬車には三人の騎兵が護衛についていたが、そのうちの1頭の馬は馬車から突然、飛び出してきたタミを避ける事ができず、まともに踏みつけて派手に転倒した。馬車を操っていた兵隊も異変に気付き、慌てて馬車を止めたが、すでに力を解き走り出したタミは林の中に入っていくところだった。そのすぐ後ろを残った二人の騎兵が追いかける。林の中を必死で走るタミの前にモモの姿が見えてきた。「もう少しだ」そう思ったタミの前に騎兵の一人が立ちふさがった。

「そこまでだ小僧!お前がそういうつもりなら、こっちも手加減せんからな!」

すぐ後ろにはもう一人も迫ってきている。タミが再び拳に力を込めたその時、聞きなれた声がどこからか聞こえてきた。

「タミ!耳を塞ぐんだ!」

タミが耳に意識を込めた次の瞬間、甲高い声が林に響いた。兵士が乗っていた馬はその声に暴れだし、乗りなれたはずの馬を兵士達は制御できなくなってしまっていた。タミはそのチャンスを逃さず一気にモモのところまで駆け寄り、手綱をほどくと鐙に足をかけ飛び乗って後ろを振り向いた。正気を取り戻した馬を操り、勢いよくこっちに向ってくる騎兵の後方に小さな影が手を振るのが見える。タミはその姿を記憶に焼き付けてから、拳を天に突き上げると想いを振り切るようにモモを走らせた。すぐ後ろには騎兵達が近づいて来ていたが、タミに一つの作戦が思い浮かんだ。タミは林の先にある小川を目指してモモを走らせる。騎兵との距離は五コンプと離れていなかったが、タミにとっては距離が近い方が好都合だった。小川までもう少しとなったところでタミはわざと騎兵との差がほとんど無くなるように速度を調整した。そして木々の向こう側に小川が現れると、タミとモモは川に架けられた一本の細い橋の上を駆け抜けたが、二人の騎兵は突然目の前に現れた小川にまともに突っ込んでしまった。それほど深い川ではなかったが、そのまま川を渡る事は難しいと考えた騎兵達は再び岸まで戻ると急いで橋を渡りタミを追いかけたが、既にタミの姿は林の中へと消えていた。


 それからのタミとモモの旅は決して楽なものではなかった。最初に追いかけてきた騎兵達は小川で距離を稼いだ後に土地勘を生かして、崖下の窪みに隠れることでやり過ごす事ができた。直近の危機が去っていくと入れ替わるようにやってきたのは絶望と言う名の闇だった。一度はレミーが伝えてくれたヨーキの言葉にわずかながらも光を感じたタミだったが、自分が逃げ出した事でその小さな光さえも消してしまったのではないかと思えてきた。薄暗く、頭の後ろをカサカサと得体のしれない虫が動きまわるジメジメとした窪みの中で闇から抜け出せないでいたタミを前に進ませたのは、自らを犠牲に窮地を救ってくれた友人の姿だった。騎兵の後ろで手を振っていたのは間違いなくアレクだった。騎士学校にいるはずのアレクが偶然通りかかった訳もなく、当然アレクの立場は厳しいものになってしまっただろう。そんな事を考えてより深い闇へと進みかけたタミの頭にアレクとのとある出来事が思い出された。それはまだ二人が予備学校に通っていた頃の話だ。二人で馬の飼育当番をしている時に話に夢中になったあまり、うっかり馬を逃してしまった時があった。二日程かかってようやく森の中で果物をかじっている馬を見つけて、急いで駆け寄って手綱を引っ張ろうとした時だ、後ろから聞こえてきた物音で振り返ると、野生の馬がこっちを見ながら悲しげな鳴き声をあげていた。その姿を見たアレクは「あれって、もしかしてお前の彼女か?・・・仕方ねぇなぁ」そう呟くと手綱を馬から外し、逃がしてしまった。結局、馬を見つけられなかった事になってしまった二人は罰として校舎を一日中掃除させられたのだが、もうどれくらい掃除したのか分からないくらいになっても冗談を言って笑っているアレクを思い出すと、アレクの行動を無駄にしたらいけないという気持ちが自然と沸き上がってきたのだった。

そうして何とか前を向く事が出来たタミは城下町で買った地図を開き、なるべく駐屯地から離れた道筋でオオヤの村まで行くことを考えた。子供一人だけで泊めてくれる宿は少ないだろうし、仮に泊めてもらえたとしても捕まってしまう可能性が高くなると思えたので、食事は川で魚を獲ったり、森で果物を採ったりして野宿をしながら進んだ。そうして三日目の昼にようやくオオヤの村に辿り着けたのだった。

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