リヨース王
翌朝は夜が明けるとすぐに出発の準備を始めて二人は先を急いだ。その甲斐あってリヨース王国の城下町には予定より少し早く着くことができた。タミは城下町へと来たのは二回目であったが、最初に来た時はまだ幼かった事もあり、町の様子などほとんど記憶には残っていなかった。そんな訳もあってヤツヨの村とは比べものにならないくらい、たくさんのお店や建物がある事にタミは驚き、そして不安を一時忘れてワクワクしたのであった。
町に入って、少し歩くと一軒の食堂の前でヤクータは馬を止めた。
「私は一足早く城に行って、後でまた迎えに来る。お前はちょっと町を散策でもしてから、この店で待っていておくれ」
そう言って、いくらかの小遣いをタミによこした。
「あ、うん、わかった、じゃあ少し街を歩いてみるよ」
ヤクータの後姿の先に見えるリヨース城にタミは白く美しい印象を持った。これから自分はあそこに行き、何かしらの処罰を受けるのだと考えると不思議な感じがしたけれど、そんな事ばかり考えて落ち込んでいても仕方ないと思い直し、さっそく近くの店から散策を始めることにする。
トカゲやヘビのミイラなど気味の悪い物が色々ぶら下がった薬屋の店先に並べられた瓶を覗きこむと小さな蜘蛛がたくさん蠢いていて、慌ててその場を離れる。色とりどりのカラフルなキャンディーの瓶詰めにつられて入ったお菓子屋はどれもが初めて見るお菓子ばかりで、散々迷った挙句、コパに似せた緑色の砂糖菓子を買った。たくさんの人が行き交う大通りにはヤツヨの村には無いようなお店ばかりたくさん並んでいて、コパを扱っているストーン屋に何十ものコパが扱われている事を示す札が掛けられている事に驚き、この店で買ったコパを呑んでも騎士学校へ入学できるのかなと疑問に思ったりもした。それら数ある店の中でもタミが一番興味を持ったのが石造りの重厚な店構えをした大きな本屋であった。中に入るとヤツヨの村に一件だけある本屋では考えられない量の本が置いてあり、その中でも美しいイラストが描かれた図鑑のシリーズにタミは心を奪われた。一冊だけならヤクータに貰った残りのお金で買えない額ではなかったが、タミはオオヤの村の位置が気になった事もあってリヨース王国の地図を買って、待ち合わせの食堂へと向かった。ちょうど昼時だったので食堂の中は昼食を食べに来た人でほとんど席が空いていないほど込みあっていた。どうにかテーブルに着くと、タミはソーセージの盛り合わせとパンとミルクを頼んで、さっき買った地図を開いてみた。オオヤの村はヤツヨの村から更にずっと北に向かった国境沿いの山の麓にあった。とても歩いて辿り着ける距離ではなさそうである、だがあくまでも最悪の事態となった時の話である。そうならない事を改めてタミが祈っていると頼んでいた食事が運ばれてきた。朝早くにパンを一切とスープを飲んだだけのタミのお腹が途端に鳴りだして、それを合図に夢中で食べ始める。一通り食べ終わってもまだヤクータは来なかったので、野苺を頼もうかどうしようか迷っているところに一人の若い兵士が近づいてきた。
「君がタミ君かな?」
「え、あ、はいそうです」
「ヤクータ様の代わりに迎えを命ぜられた者なんだけど、一緒に来てもらえるかな?これがヤクータ様からお預かりした手紙になります」
手紙にはヤクータの字で迎えの人と城に来るようにと書いてあった。店の外にはもう一人、馬に跨った兵士が待っていて、タミはその兵士の後ろに乗せてもらうと三人は城へと向い歩き出した。
城の周りには薄い緑色をした水を湛えた、見るからに深そうな堀が掘られていて、馬から降りた兵士が門番の衛兵と話をすると、衛兵は警備小屋の脇に設置されている鐘を鳴らし始めた。その場で待っているとジャラジャラと大きな音を立てて橋が下りてきて、お城側に渡れるようになった。橋を渡って城の中に入るとタミはその威厳に満ちたたたずまいに圧倒されてしまったが、そんなタミの様子に気が付いた衛兵が、そんなに緊張しないでと笑顔で話しかけてくれたので、タミも笑顔で頷き歩きだす。石畳の長い階段を上がってから小じんまりとした部屋に通されると、ここで待つようにと言い残し、案内してくれた兵士は部屋から出て行った。窓の無いその部屋はストーンライトでほのかに明るく照らされており、真ん中にリンゴの入った籠の置かれたテーブルと椅子があった。タミが椅子に座り、程なくするとヤクータが部屋に入ってきた。
「待たせてしまったな、迎えには行けなくてすまなかった。どうだ心の準備はできているかな?」
「うん大丈夫。今はすごく落ち着いてきた」
タミのその言葉に嘘はなかった、覚悟を決めたと言っても、不安の波は周期的にタミの神経を刺激していたけれども、小部屋で待っている間は不思議なくらい安らいだ気持ちでいることができた。
「そうか・・・これから国王様が直接に話を聞いてくれる事になっているのでな、私の後についてきてくれ」
それだけ言うとヤクータはすぐに歩き出してしまったので、慌ててタミは椅子から立つと後を追いかけた。何箇所か角を曲がり、感覚的には三階分くらい階段を上ったところで、これまで通り過ぎた、どのドアよりも大きくて立派な装飾のされた扉の前に辿り着いた。扉の両脇には背筋をピンと伸ばして片手に槍を持った衛兵が立っていて、ヤクータが合図を送ると重そうなその扉を両側から開け始めた。
扉の中に入ると、そこはものすごく天井の高い大広間となっていて扉からずっと赤い絨毯が続いている。その両脇にはびっしりと衛兵が整列していて、いくら前にヤクータが歩いているとはいってもタミは緊張して汗が一つ二つと額から流れ出てきた。正面には二匹の竜が描かれたリョース王国の紋章の入った巨大なタペストリーが飾られ、その手前の大きな椅子に男の人が座っているのが分かった。またその両脇には腰に剣を差した二人の大柄な男の人が立っていて、タミはその二人が父親と同じ立場の人間であることを理解した。一段高くなったその場所の手前で立ち止るとヤクータが深々とお辞儀をしたので、タミも慌てて同じようにお辞儀をした。
「国王様、息子のタミでございます。今日は国王様に息子から直に話を聞いて頂きたく、連れて参りました」
タミは顔を上げるとリヨース国王の顔を真っ直ぐ見つめた。ヤクータから聞いていた国王の話から、タミは勝手に優しそうな顔をした男の人を想像していたのだが、目の前にいる国王はキレイな顔立ちではあるけれども、どことなく冷たい感じのする若い男の人といった印象だった。実はヤクータも久しぶりに国王と会って、タミと同じような印象を持っていた。何かはっきりとは分からないがヤクータのよく知る国王とはまるで別人のような違和感を覚えていた。タミと別れた後の限られた時間の中でヤクータは、国王に何かあったのか聞いてまわったが、国王の様子がおかしいと感じているのはヤクータだけでない事がわかっただけで、明確な答えを得ることはできなかった。国王は暫く黙ってタミを見つめてから口を開いた。
「だいたい話は聞いておるから、もうよいわ」
「国王様、もうよいと申しますとどういう事でございますか!?」
思わずヤクータが声を荒げる。
「どうもこうもないであろう、石の掟に反する行いをしたのであるから覚悟はできているのではないのか?死罪となっても文句はなかろう。処罰については後日言い渡すとして、差し当たり地下牢に放り込んでおくがよい」
タミは血の気が引いていくのが自分でもわかった。パニックになりかけたタミの耳元でヤクータが囁く。
「ジョビ老師の元へと行くのだ、よいな?」
そう言うと左壁のひとつの窓にチラリと目をやり、次の瞬間にはタミに向かって両手から石の力を発動させた。竜巻はタミの体を巻き込むように舞い上げると窓に向かって一直線に進んでいく。「ガチャン」と派手な音を立てて窓ガラスを割ったかと思うとタミは城の外に放り出されていたのだった。
その直後に玉座の横に立っていた二人が風のようにヤクータに近づいたかと思うと、一人はヤクータの剣を抜き取り、もう一人が自分の剣をヤクータの喉元に突き立てていた。そして他の人には聞かれないような小声で囁いた。
「何を考えておるヤクータ、バカな真似をしおって」
「エンザスよ、私は確信したのだ、あそこに座っているのはリヨース国王ではない。はっきりとは分からんが何者かが闇で動いている」
「・・・私も異変には感づいておる、だが今はまだ動くべきではなかったぞ」
そんな二人の会話に気付いてか気付かずか、リヨース王は動きの封じられたヤクータに近づいてくると、持っていた水晶がはめ込まれた杖で力いっぱいヤクータの側頭部を殴りつけた。
「愚か者め!」
ヤクータは意識が遠のいていく中、国王のはき捨てるような言葉を聞いたような気がした。
一方、思いがけず空中に投げ出されたタミはどうすることもできずに地面に向かって一直線に落下していた。だが地面に激突する直前でタミの体が赤く光り、鈍い音と共に土ぼこりが舞い上がった。タミが落ちた場所はちょうど石畳が終わり土がむき出しになっていた場所だった、そこにめり込むようにタミは横たわっていたが、少しすると灰色だった体の色が徐々に正常な肌の色へと戻り、次の瞬間ガバッと起き上がるのと同時に咳き込んだ。
「ゲホッゲッ、ぺっペッ」そうして数回、土の混じった唾を吐いたところで、真後ろに人の気配を感じたタミは慌てて振り返った。そこには桜色をした太い馬の足があった。タミがびっくりして後ずさりしてから馬を見上げると、馬に跨る一人の男の姿が目に入った。輝くような銀色の髪をした二十代前半くらいに見える男だ。リヨース王国の紋章のはいった鎖帷子を着ていて腰には剣を差している。
「いきなり人の目の前に落ちてきて危ねーじゃねーかボウズ」
「ご、ごめんなさい」
思いがけず笑顔で話しかけられ、タミは普通に謝っていた。
「ところでお前、赤い光が見えた気がしたんだが、その歳でディネの力を持っているのか?空から降ってくる登場の仕方といい訳ありみてーだな。ん?お前あそこの窓から落ちたのか?あそこは謁見の間の窓だよなぁ」
「いや、その・・・」
タミが答えに困っているところにザワザワと人が近づいてくる音が聞こえてきた。
「おそらく中庭の方に落ちたはずだ!急げ、急ぐんだ!」
銀髪の男は勘繰るようにタミを睨みつけている。せっかく父親が逃がそうとしてくれたけれども、もう自分ではどうする事もできないと諦めの気持ちがタミを支配しようとした時に銀髪の男が喋り始めた。
「やっぱ、あの騒ぎはお前を探している騒ぎなんだろうなぁ・・・聞くけどよ、お前もしかしてヤクータの息子なんじゃないのか?」
思いがけないその言葉にタミは正直に答えるべきか判断がつかず黙っていたが、銀髪の男は構わず話し続ける。
「まぁいい、俺は自分の直感を信じる人間なんだよ、お前はヤクータの息子で、俺はお前を逃がすべきだと感じるんでな、この馬を貸してやる。モモという牝馬だ。可愛がってやってくれよ」
驚きのあまり何も答える事が出来ずにいるタミに向かい、銀髪の男は馬から降りると手綱をその手に押し付けた。
「早く行かないとそろそろ衛兵が集まってくるぞ」
「・・・ありがとう」
タミは一言そう言うと慌てて馬に跨る。馬の乗り方は予備学校の必須科目になっており、。タミはその乗馬の授業が全ての科目の中でも一番に好きだったので、一度も休んだことがなかったし、実際成績もクラスで一、二を争うほど良かった。だからかどうかは分からなかったが、モモはタミが軽くお腹の辺りを蹴るとすぐに走りだした。そして最初の角を曲がった頃には、次々と衛兵達が中庭へと集まりだしていたのだった。
「ユーウ様、この辺りで十三歳くらいの子供を見かけませんでしたでしょうか?私達にもよく意味が分からない話なのですが、謁見の間の窓から逃走したとの話なのです」
「うん、確かに空から子供が降ってきたよ。派手に地面に激突したと思ったら、ケロッとしててな、俺が唖然としている間にモモに跨って逃げちまったよ」
「なんですと!ユーウ様の馬を奪っていったのですか?それでどちらに行ったのですか!?」
「どちらって、そりゃ門に向かってだろうな、俺がさっき入ってきたところだから、まだ橋も上がりきってないんじゃないのか?」
タミが城に来た時の記憶を頼りに馬を走らせていると、前方に橋が上がり始めているのが見えてきた。タミが「頼む、頑張って」と言ってモモの首元を叩くと、モモはタミの言葉を理解したかのごとくスピードを上げる。橋は三十度近い角度までせり上がっていてタミ達の前に壁のように立ちはだかったがモモは臆することなく突っ込んで行く。モモの両足の鉤爪がガッチリと橋の床面を捉え、一気に角度のついた橋を駆け上がって行くと反対岸に向かい勢いよくジャンプした。タミを乗せたモモはキレイな弧を描き、堀を飛び越えたが、着地の衝撃に耐えられず、ヨロヨロと二、三歩前にでたところでバランスを崩し倒れこんだ。ジャンプの間は落とされまいと必死にモモの首にしがみついていたタミだったが、着地の衝撃で振り落とされてしまっていたのが幸いして、モモの下敷きにはならずに済んだ。
「だ、大丈夫かい!?」
タミが慌てて駆け寄るとモモは「ギャッ」と一声あげるとすぐに立ち上がった。タミがモモの両足を触りながら怪我がないか調べてみると、幸い大きな怪我は無いように見えた。
「ゴメンね、僕一人の力では逃げ切れないんだ。もう少し頑張ってくれないか」
モモはまた「ギャッ」と声をあげた。タミはその声を了解の返事と判断してモモに跨る。ヤクータにはジョビ老師の元に向かうようにと言われたが、タミは迷わずモモをヤツヨの村へと急がせた。あの国王が母親や弟を何事もなく放っておくとはとても考えられない。どうか自分が着くまで無事でいてとモモの背中で揺られながらタミは祈り続けた。
リヨース王国にはそれほど数は多くはないが幾つかの駐屯所が設けられていた。タミがリヨース城からの逃亡に成功してから程なくして、その中の一つでヤツヨの村に最も近いガヤ駐屯地に向かい一匹のデリバーが飛ばされた。