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ストウン  作者: たくりょう
3/20

初めてのコパ

「母さん、ただいま」

「あら、お帰りなさい。案外早く帰ってきたのね」

 家に帰るとヨーキは忙しそうに夕食の準備をしているところだった。タミはコパらしき石を見つけた事をヨーキに話すべきか迷ったが、話してしまうとオキサラマについても話さない訳にはいかず、オキサラマの存在を知ったヨーキが再びベンケの沼に行く事を許してくれるとは到底思えなかったので、今は黙っていることにする。

「父さんはまだかな?」

「そうねぇ、そろそろ帰ってきてもよい頃なんですけどね」

 丁度そのような話をしている時だった、ダイニングルームの窓の脇に掛けられた郵便受けのような箱がガタガタと揺れた。

「ん?デリバーかな」

そう言ってタミが箱の扉を開くと中から鮮やかな青色をした一匹のインコが飛び出してきた。インコはテーブルの上に着地すると何かを待っているような仕草を見せた。インコに気が付いたケスリョが慌てて走りよってくる。

「キレイなインコだね~」

「あらやっぱりデリバー」

「うん、父さんからだよね、どうしたのかな?」

 タミはインコが出てきた箱の脇にぶら下げられていた皮袋を持ってくると、その中から拳ほどの大きさの石を取り出してテーブルの上に置いた。インコがその上に飛び乗ると石とインコは互いにオレンジ色に光りだし、次にインコは咳払いのような声を出したかと思うと人間の言葉を喋り始めたのだった。

「タミ誕生日おめでとう。今日は特別に休みをもらって家でお前の誕生日を祝うつもりだったのだがそうもいかなくなってしまった。これから話す事はお前に納得してもらう為に特別に話すことだ、安易に人に話さないでほしい。 お前もストーンレベルという言葉を聞いた事があるかと思う。プラタ以上のアビテを国王の許可なしで呑み込み、その力を己の欲望の為に使う連中の総称だが、最近こういった連中が徒党を組んで悪事を働く事件が隣国で多発しており、その中でも最大級の組織である“丹色の鷲”と名乗る連中が我がリヨース王国にも侵入しようと計画しているとの情報が入ったのだ。丹色の鷲はこれまでのの目先の利益を目的としていた連中と違い、アビテの売買や違法な薬草の売買などを国をまたいで組織的に行い、巨額な富を得る事で裏社会を支配する事を目的としているらしいのだ。このような連中にリヨース王国を好きにさせる訳には断じてならないと、国王命令によりリヨース王国軍石の騎士団五名は各軍を率いて国境警備にあたる事となったのだ。父は石の騎士として役割をまっとうしなければならない、お前の特別な誕生日であったが許しておくれ。一日も早くコパを見つけだし騎士学校に入学できる事を願っているよ。 ヨーキ、今回の件が片付いたらまとまった休みをもらおうと思うのでそれまで頼む。ケスリョも元気でいるか?今日は帰れないが、また近々会えるから良い子でいておくれ」

 そうひとしきり喋るとインコは静かになった。ヨーキがインコの首に掛けられた小瓶から小石を一つ取り出してインコに与えるとインコの体が今度は水色に光り、咳と共にオレンジ色に光る小石を吐き出した。ヨーキはその小石を小瓶に戻すとインコに語りかけた「わかりました。子供達も残念がってはいますが納得しています。会える日を皆で楽しみにしています。お気をつけて」そして喋り終わるとインコの鼻先で手を叩いた。するとインコの体の光が収まり、インコはヨーキの言葉と一字一句違わない言葉を喋ってから、開けたままになっていた箱の扉から外へと飛び去っていった。

「残念だけど仕方ないわね」

「父さん帰ってこないの?なーんだ、つまんないの~」

 ケスリョが口をとんがらせている。

「・・・丹色の鷲か、どんな奴等なんだろう」

「そうね、今までお父さんが対処してきた事件とはちょっと様子が違うみたいね。でもね、あなた達のお父さんならきっと大丈夫よ、何も心配する必要はないわ」

「そうだよね、僕もそう思うよ母さん」


 石の騎士とは国を守るために国王の命によりディネの力を得た戦士を指す名称である。現在リヨース王国には五人の石の騎士がおり、タミ達の父であるヤクータはそのうちの一人なのである。リヨース王国のあるジューク大陸は合計十一の国々で構成されており、そのすべての国が王国制をとっているのだが、それぞれの国にもまたリヨース王国と同様に石の騎士が数名おり、彼らが各国王を守る事でこれまで永きに渡って一定の平和が保たれてきたのである。そんな重要な役職である故に石の騎士は子供達にとって憧れの職業となっていて、本気で石の騎士になる事を目指す子供達の為に設立された学校こそがタミやアレクが入学しようとしている国立騎士学校なのだ。

 正直な気持ちを言えば、タミは父親が帰ってこない事にがっかりしたし、その新たな任務が父親にとって危険なものに思えて心配にもなったが、今日は自分にとって特別な誕生日である、気を取り直して、その晩はヨーキが用意してくれたごちそうを楽しんだ。ヨーキはプレゼントに、これまで発見されたアビテの力が記載された事典を、絵が得意なケスリョは家族を描いた絵をタミへと贈った。ヨーキはタミが寂しくならないように気を使ってくれたのか、いつもより少しだけお喋りで、少しだけ笑い上戸だった。タミはそんな母の気遣いに心から感謝して、おやすみの挨拶をすると自分の部屋へと向かった。


 部屋でベッドに横になって、昼間アレクがくれたストーンライトをいじっていると今日一日に起きた様々な出来事がタミの頭に浮かんできた。コパの事、オキサラマの事、騎士学校の事、アレクの事、でも最後は父ヤクータの事を考えていて、父親の職業の重要性を誇りに思い、一日も早く父親の役に立ちたいという想いが大きくなっていく。父親の役に立つ為にはどうすればいいのかと改めて整理して考えると、まずは騎士学校に入学しなければ何も始まらない事実が重く圧し掛かってきて、いよいよ昼間見つけたコパが気になって仕方なくなってしまう。すっかり眠れなくなってしまったタミがどうやればオキサラマに襲われる事なくコパを手に入れる事が出来るか考えていると、一つの考えが思い浮かんできた。静かにベッドから抜け出すとタミはベッドの下を何やら探し始め、やがて一本の網を見つけ出した。その網の柄と麻酔槍とを粘土で固定してから紐でグルグル巻きにするとタミはそれを軽く振り回してみる。その振り心地が思ったよりずっとしっかりしていた事がタミの気持ちを加速させた。居ても立ってもいられなくなったタミはいつものバッグを手に取り部屋を出ると、一歩一歩慎重に階段を降りていくが最後の段から足を降ろしたところで思いがけず大きく床が軋む音が響き渡り、タミはその場で固まり動けなくなる。だが暫らく待ってもヨーキが起き出してくる気配はなかった。外に出ると辺りの家は寝静まり、灯りといえば月明かりだけであったが、アレクから貰ったストーンライトで足元を照らしてみると少しだけ勇気が沸いてきて、その光に背中を優しく押されるようにタミは歩き出した


ベンケの沼へと向い歩き始めたタミだったが、暗闇の中を一人で歩く夜道はやはり心細く、普段はなんでもない道がやけにおどろおどろしく思え、鳥の鳴き声一つで心臓が縮み上がるようだった。幾度となく引き返したい思いが込み上げてきたが、その度に誰かがあのコパを見つけて持って行ってしまうのではないかという不安が頭をよぎり、重い足を前へと進ませていた。そんな葛藤を繰り返しているうちに気が付けば沼の畔まで辿り着いたが、闇夜に包まれた沼は更に不気味さに磨きがかかっており、湖畔に生える木々もまるで近づくなと威嚇する化け物の様に見える。

しかしタミはここまで辿り着いた開き直りからか、いつしか帰りたいという思いは顔を出さなくなってきていた。靴がドロドロになって中に水が入ってくるのも気にも止めず、ほとんど無心で歩き続けて砂利の浜に着くと、昼間とまったく同じ場所でコパは緑色の光を放っていた。その光は辺りが暗い分、昼間みた時よりもタミの目には、はっきりと美しく映った。緑の光が見えるその場所が奴の住処なのか、それともアレクが言ったように昼間はたまたま奴が通りかかっただけだったのか、タミには判断がつくはずもなかったが、もはやタミの恐怖心は麻痺状態となっていて、槍を握り締めると迷いもなく沼へと入っていく。昼間はそれほど感じなかったのだが、日が沈んだ後の沼の水は冷たく、長く浸かっていると足が痺れるようだ。緑色の光の手前で立ち止まると槍の先に括り付けられた網を器用に使い緑の光をすくい上げる。網の中から緑色の光を摘み上げて、その光の主が本当に自分が求めている物に間違いないか確認するように目を凝らした時だった、誰も居ないはずの岸辺に何かの気配を感じたタミは考える間もなく慌てて振り返っていた。

「アレク!!」

 そこにはパジャマ姿でこっちを見つめるアレクの姿があった。

「・・・タミ・・・たまたま目が覚めたんで部屋の空気を入れ替えようと思って窓までいったら、お前が家から出て行くのが見えてよ、時間が時間なんで気になって付けてみたんだ・・・お前さ、抜けがけしようなんて汚いんじゃないか?こんな事しなくても、あのコパはお前の物だと思ってたのによ!」

「違うんだアレク!」


ドッパン!


タミが叫んだその時のことだった、タミのほんのすぐ先で突然水しぶきが上がったかと思うと焦げ茶色をした巨大なヌメヌメとしたものが現れた。それこそがサンショウウオの化け物オキサラマだった。視力は殆んど無いオキサラマだが、タミの体温を感じ取ると唸り声をあげてタミに襲いかかってくる。

「うわああ!」

 恐怖がタミの体を駆け巡った。ともかく岸に上がらなければと無意識のうちに岸に向かって走りだすが、慌てたあまり水に足をとられると前のめりに倒れてしまう。すぐさま起き上がり前方に網槍を構えたがオキサラマの大きな口が網の部分をもぎ取っていくのと同時にタミは三コンプ先の水面へと弾き飛ばされた。その衝撃で手にしていたコパはタミの手を離れ、更にその先へと飛んでいく。呆然と立ちすくんでいたアレクだったが緑の光が宙を舞って飛んでいくのに気が付くと、沼へと落ちた緑の光に向かい猛然と走り出した。アレクに考えている余裕は無かった、ただタミを助ける為には石の力が必要だという事だけが本能に訴えかけていた。コパを拾い上げると迷わずそれを口に放り込む。次の瞬間、アレクの体を緑の光が駆け抜ける。アレクは頭の先からつま先まで電気が走ったような感覚を覚えた。次にタミの方に目を向けると、オキサラマは再びタミに襲いかかろうとしているところだった。

「やめろぉぉぉ!!」

アレクはそう叫んだつもりだった。しかし実際には、その叫びは普段のアレクの声とは全く異質なものだった。大気が震えて、タミは耳の奥に激痛を感じて力いっぱい両手で耳を押さえて丸くなっている。一方のオキサラマというとまるで石にでもなってしまったかのようにピタりと動きが止まっていた。

「いまのうちだタミ!」

 そう言ったアレクの声は再び普段の声へと戻っていて、押さえていたタミの耳にも言葉としてかろうじて届くと、タミは急いで走り始める。水しぶきを撒き散らせながらアレクの元までくると立ち止まっていたアレクの腕を掴み「行くよ!」と呼びかける。その声を合図に二人は全力疾走で沼とは反対方向へと走り出す。木々の隙間を見つけては小枝に引っかかれるのを気にも止めず、必死に足を動かした。やがて並んで走っている二人の後ろから地の底から響くような唸り声が聞こえてきた。その声を聞いた二人は無言で顔を見合わせたかと思うと一段とスピードを上げて走って行く。そうして、もういくら頑張っても走れない状態となって、倒れ込むように草の上に転がった時には沼から数百コンプ離れていた。ゼエゼエと肩で息をしながら沼の方に目を凝らしたが幸いな事にオキサラマが追ってくる気配はなかった。

「助かった~」

 アレクが声を上げる。だがその後は二人とも喋る事も忘れ、寝っころがったまま、ひたすら呼吸を繰り返す。ようやく鼓動が落ち着いてきたところでタミが声を出した。

「ともかく歩き始めよう」

「ああ、そうだな」

 二人は時々、後ろを振り返りながらゆっくりと歩き始めた。全身びしょ濡れだった二人にとって夜風はとても厳しいものだったが二人は黙って歩き続ける。心臓が悲鳴を上げるような痛みは収まっていたがタミの胸はチクチクと痛いままだった。薄っすらと空が明るくなり始めて、ヤツヨの村まで後もう少しといった所で思い切ってタミは話しだした。

「ごめんねアレク、抜けがけとか考えていた訳じゃないんだ。ただ父さんの事を考えていたら早く騎士学校に入学しなくちゃって気が焦っちゃってさ、そしたらせっかく見つけたコパも寝ている間に誰かに取られちゃうんじゃないかって心配になってきちゃって・・・でもそれが抜けがけなんだよね・・・ゴメン」

 そう言い終わるとタミはアレクの顔を横目で見た。アレクは最初こそ難しい顔をして黙っていたがニコっと笑顔になると話し始めた。

「俺もゴメンな、結局俺がコパを呑んじゃってよ」

「・・・でもそのおかげでオキサラマに食べられずに済んだよ」

「そうなんだろうけどよ・・・やっぱりゴメン」

 タミはアレクがもう怒っていないのが分かるとホッとすると同時に暖かい気持ちになり、不思議と寒さも和らいだ気がした。

「ところでそのコパの力ってなんなのかな?」

「うーん、さっきは俺としては無意識で叫んでいただけって感じなんだけど・・・なんだろうな・・声の力って言えばいいかなぁ・・・でも、どうせなら火の力とか風の力とかドバっと派手なやつがよかったんだけどなぁ」

「ハハハ、贅沢言うなよな~、ともかくこれで入学できるじゃない」

「ああ、これで入学できる。石の騎士への第一歩が踏み出せるんだよな」

そう言うとアレクは遠くにぼんやりと見える村の灯りを見つめながら微笑んだ。

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