ベンケの沼
ベンケの沼はタミ達の住むヤツヨの村からだと急ぎ足で歩いても二時間少々はかかる森の中にあり、周辺にあるどの村からも同じくらい離れていた事もあって昼間でも人気といえば旅人や荷物を運んで村を行き来する商人が時々通りかかるくらいの寂しい場所にある、ちょっと不気味な雰囲気を持った沼だった。
最初はあまり乗り気でなかったタミだったが、空はどこまでも青く晴れ渡り、そんな中をアレクと色々な話をしながら歩く事はタミにとってピクニックと変わりのない楽しい一時であったので、いつの間にかオキサラマの事もたいして気にならなくなっていた。そんな時、タミはふと気になった事をアレクに問いかけた。
「あのさぁアレク・・・お前が十三歳になった時から、毎日のように二人で一緒にコパを探してきたじゃない?、正直な話これまではお前の為に探している感じもあったんだけどさ、僕も十三歳になったからには自分の事も考えなきゃいけないと思ったりしてさ」
「ああ、そうだな」
アレクは何かを感じ取り、真面目な顔で答える。
「そこでなんだけどさ、これからも同じように二人で協力して探していくとしたらさ、二人が同時にコパを見つける場合だって考えられるだろ?万が一そうなった時はどうすればいいか考えておいた方が良くないかな?」
「・・・うーん同時にかぁ・・・確かにそうなる場合も有り得るよな・・・俺としてはこれからも変わらず二人でコパ探しをしていきたいと思ってる・・・そうなった時のルールは決めておくべきかもな」
「ルールかあ・・・じゃあこんなのはどうだろ?とにかく見つけた事を先に声に出した方が自分の物にできて、もう一人はそのコパを手に入れるのに必ず協力しなければならないとかさ」
「ああ別にそんな感じで構わないぜ。でも今日だけは先に俺が見つけたとしてもお前に譲るからよ」
「そっか・・ありがと・・・」
「ハハハ、でも今日だけだぜ。明日からは今、決めたルールだからな」
「もちろんわかってるよ」
そう言って、二人は目を合わせて笑いだす。
「ところでタミはさ、プラタやディネを見つけた時の事は考えた時はある?」
「えっ、コパも見つけられないのに何言ってんのさ。 そんな事を聞くって事は、もしかしてアレクはもしもプラタとかを見つける事が出来たら、自分で呑んじゃおうとか考えてるの!?」
タミの言葉に再びアレクの表情が真剣なものになっていく。
「・・・正直言って素直にお城に献上するのは勿体無いって気持ちもあるよ、だけど本気で呑んじゃおうとか考えている訳じゃないよ。まあ、その時になってみないと分からないとも言えるけどな」
「またそんな事、言ってさ~、ホントにダメだからね」
「タミは全然そんな事を考えたりもしないのか?」
「うん、僕がもしプラタを見つけたら、お城でコパ三個と交換してもらって、まーそうだな一個は君に進呈するか」
「え、マジで!やっぱ持つべきものは友だよな」
「まぁそんな夢みたいな事を言ってないで、まずはコパを見つけなきゃでしょ」
そんな話をして歩いているうちに気が付くと辺りには背の高い木々が増え始め、森の様相となってきていた。そして二人の前に一つの立て看板が現れる。薄汚れた、その看板には黒いペンキで次の文字が書かれていたのだった。
危険生物注意!水辺に近づくな!
二人は同時にゴクリと唾を飲み込む。
「やっぱりいるんだ・・・」
「どうする?」
「どうするって、ここまできて、このまま帰れるかよ」
「でもオキサラマってデカいヤツは十コンプ(一コンプは約1.2メートル)近くなるらしいよ・・・」
「そんなのがいたら、俺らなんか一飲みだな・・・」
立て看板の効果は絶大だった。それまでは楽観的だったアレクもいささか緊張してきているのがタミにも伝わってきた。二人の心の中では未知の生物オキサラマへの恐怖が少しづつ大きくなっていったが、それを口に出す事で臆病者と思われる事を二人が望むはずもなく、幾分足取りがゆっくりになったものの、その足を止める事なく森の奥へと進んでいった。程なくして二人の前に沼が姿を現す。想像していたよりも透き通った沼の水に手を入れると、天気のおかげもあって、水はそれ程冷たくもなかった。それから二人はしばらく話し合い、一人は周囲に異状がないか見張り専門の係をして、もう一人がコパを探すという事で意見がまとまった。二人は十五分おきくらいに役割を交代する事にすると、沼の周りを歩き始める。
「うわ~、もう靴がグチャグチャだよ」
「仕方ないよアレク、何の苦労もなしにコパが見つかるはずないんだからさ」
「まあオキサラマに襲われる事に比べりゃ苦労でもなんでもないけどな~」
「本当だよ、しっかり見張っててよね」
「ああ任せておけって」
そうして二回ほど交代をして歩いていると前方に砂利敷きの浜のようになっている場所が拓けてきた。
「なぁタミ、あそこは珍しく泥々のグチャグチャじゃなくて石がゴロゴロしてるみたいだぜ」
「ホントだ、そしたら休憩もかねてさ、あの辺りの石も調べてみようよ」
二人は子牛ほどの大きさの石を見つけるとその上に腰掛け一息つくと話し始めた。
「さてと、見た感じちょうどアビテっぽい大きさの小石はたくさんあるみたいだけど、水を汲む物も持ってきてない事だし、石を水に落としていって探すとすっか?」
「そうだね、ここから見るかぎり、けっこう沖の方まで底が見えるくらいの遠浅みいたいだから、どんどん石を沼に投げてっても、いざとなったら取りに行く事は出来そうだしね」
「だな。少なくとも見える範囲にはオキサラマはいないと考えていいよな」
この二人の考えは半分正解の半分間違いであった。タミが感じたように水深が膝下くらいの浅瀬が続いてはいたけれども、その先の水の色が変わっている部分は二人が考えているよりもずっと深く、ほぼ垂直に落ち込んだ先の水底にはタミ達の恐れている彼が息を潜めていたのだ。もちろん二人はそんな事に気付くはずもなく、小石を沼に向って投げ込み始める。最初はすぐ足元に落としているだけだったのだが、そのうちどちらからともなく水切り合戦が始まってしまう。
「おしっ!今のは十二回いったぜ」
「えーっ、抜かれたぁ、くそーまだまだ」
そんなふうに大騒ぎをしている訳なのだから当然オキサラマは二人の気配に気付き、行動を開始する。彼らはその見た目から一般的にはあまり賢い生き物だとは思われていないのだが、タミ達が出会った個体はかれこれ七十年近く生きており、長く生きている分だけオキサラマの中でも特に優れた知能を持っていた。彼はその巨体にまで成長する過程でエサを使って獲物を釣るという知恵を手に入れていたのだ。彼は水底の棲み処に保管している、とっておきの餌を周りの普通の砂利ごと口に含むと一気に水面付近まで浮上して、その餌を吐き出した。砂利が舞い上がる中、吐き出された小石の一つが緑色の光を放ちながら静かに浅瀬の底に沈んでいく。
「アレク!ちょっとあそこ!!」
「なんだよタミ、今のは俺の記録を超えてはないぜ」
「そうじゃなくて、あそこだよ!緑の光が見える!」
「緑って・・・コパか!?どこだよ!」
「あそこだよ、あの水の色が変わる手前のところ」
タミはとっさに足元にあった拳ほどの大きさの石を拾うと、それを投げてアレクにコパの位置を教えようと考えた。タミの投げた石はきれいな放物線を描いて緑色の光の一コンプ程手前に大きな音を立てて落ちる。そしてタミのその行動は結果的に二人の命を救う事となった。緑の光からほんの少し先のドロップオフで張り付くように獲物が近づくのを待ち構えていたオキサラマは、その音を獲物が捕食範囲に入ったものと勘違いした。
ゴボッツ!!大きな水音と共に水しぶきが上がる。
タミとアレクの二人は驚いて目を合わせる。
「今のは・・・」
「ああ、水の中に何かいる。それもかなりデカい・・」
「そ、そうだね、一瞬だったけど、かなりの大きさだった・・きっと奴だよ」
二人はほとんど同時にさっき座っていた石に立てかけておいた槍に目をやっていた。
「あれじゃあ、役に立ちそうにないね・・・」
アレクは水しぶきが上がった付近を難しい顔をして見つめ、何やら考えているようだ。
「なあタミはどうしたい?」
「・・・多分あの光って見えるのはコパだ、それは間違いないと思う。だけど光が見えているのは何かがいる場所のすぐ近くだ、こんな槍だけで取りに行くのは自殺行為だよ。一旦は家に帰って、作戦を練ってから出直すしかないと思う」
「・・・そうだな、わかった。今日はお前の誕生日だ、お前がそう考えるなら、そうする事にしようぜ」
二人はそう話すと後ろを振り返り、水中に輝く緑の光を今一度見つめてから、とぼとぼと歩き始める。実際に落ちているコパを見つけたのは二人にとって初めての経験であった。
今まで捜し求めていた物が手の届くところで自分達を呼んでいるかのように輝いているのに近づく事ができないもどかしさ。水面はさっきまでの静けさをすっかり取り戻していたが、二人が思い直してコパを取りに行く事を考えさせないだけの恐怖を得体の知れない巨大な生き物は二人へ植え付けていた。
「あの場所があいつの住処なのかなぁ?」
「さあ、どうだろうな。今日はたまたま通りかかっただけかもしれないしな」
「そうだったら良いのにね・・・」
「そうだな。そうだったらいいな」
その後もあちこちと寄り道をしながら日が暮れる少し前に二人は村に着いた。
「じゃあ今日のところはお互い家で作戦を考えて、明日はそれぞれの意見を出し合う事にしようぜ」
「そうだね、あんまりのんびりしていると誰かに先を越されちゃうかもしれないから、なるべく急いだ方がいいもんね」
「何かいい作戦が思いつけばいいんだけどなぁ」
「きっと二人で考えれば良い作戦が思いつくよ。オキサラマについても本か何かでちゃんと調べてみようよ、弱点が見つかるかもしれないしさ」
「そうだよな、弱点くらいは何かあるはずだよな」
「うん、そう思う・・・じゃあ今日はもう帰るよ、また明日ね」
「ああ、じゃあまた明日な・・・なあタミ、本当は俺、コパを見つけてお前の誕生日プレゼントにできれば最高だと思ってたんだけど・・・コパを見つけたのはお前だし、それもまだ手に入るかわかんないからさ・・・これやるよ、誕生日おめでとな」
アレクはタミに小さな筒の様な物を差し出した。この世界にはアビテの他にマテリアと呼ばれる様々な力を持つ石も存在していて、それらはアビテと違い、石そのもの、または道具と組み合わせる事で人々に恩恵をもたらしていた。アレクがタミに渡したのはストーンライトと呼ばれている道具で、マテリアの一種である発光石の力で闇を照らすとても便利な道具であり、その光はさっき見つけたコパのように緑色の淡い光ではなく、青白くとても明るいもので、様々な道具に利用されているのである。
「これってアレクが小遣いを貯めて手に入れたストーンライトでしょ?すごく大事にしてたじゃん、もらえないよ」
「まぁ、だからこそお前に持っていてもらいたいっつーか・・・それにお前だって俺の十三歳の誕生日には大事にしてた単眼鏡をくれたしな」
タミはそのライトをアレクがすごく大事にしていたのを知っていたので、貰ってしまうのは何だか申し訳ない気がしたが、反面そんな大切な物をくれるというアレクの気持ちも嬉しくて、迷った末に受け取る事にする。
「本当にいいの?後で返せって言わない?」
「言わねーよ、その代わり大事に使えよな」
「ありがとねアレク」
物ばかりが大切という訳ではないと分かっている二人だったけれど、お互いの誕生日にお互い大切にしていた物を相手に贈った事でなんだか二人の絆が深まったみたいで、自然と笑顔になる二人の姿がそこにはあった。