母との再会
一方のタミも順調にヨーキ達へと近づいていた。物陰に隠れながら塔のすぐ近くまで来たところで城の中へと入り、塔へと続く渡り廊下を一気に走り抜ける。塔に着いて視線を上に向けると階段が螺旋状にはるか上へと続いていた。ユーウから塔の階段部分には身を隠す場所が無いと聞いているので、もしも途中で衛兵と遭遇したならば戦って切り抜けるしかなく、しかも後の事を考えると騒がれる前に素早く倒さなくてはならない。そんな事を考えているとタミの緊張度は更に高まった。周囲の音に注意を払いながらも足早に階段を上って行くと幸い衛兵に出会うことなく扉へと辿り着いた。扉についた小窓から部屋の中を覗きこむと安楽椅子に座って編み物をするヨーキとベッドの上で本を開いているケスリョの姿が見えてタミは思わず涙ぐむ。
「母さん、ケスリョ」
大声とも小声ともつかぬ中途半端な声で呼びかけると、人の気配に気付いたヨーキが編み物を置いて扉へと近づいてくるのが見えた。ヨーキにしてみれば衛兵が水でも持ってきてくれたのだろうと扉へと向かっただけだったので、小窓の向こう側に見える顔の一部が誰なのか分かった時には驚きのあまり大声を出していた。
「タミ!タミじゃないの?どうしたの、何が起きたの?」
「助けに来たんだ、遅くなってゴメン。今、扉を開けるから」
母の声に反応してケスリョが走り寄る。
「ねえ兄ちゃんがそこにいるの?兄ちゃん!助けに来てくれたんだ」
小窓からこっちを見ようと必死にピョンピョンと飛び跳ねている弟の姿を微笑ましく思ったところでタミは両腕を赤く光らせると扉を殴り始める。扉は木製だったが、おそらくは搬送用の馬車と同じ素材なのだろう、ちょっと殴ったくらいでは壊せそうにない。
「タミ、後ろ!」
夢中になって扉を殴っていたタミはヨーキの声で後ろを振り返った。
「なかなか丈夫な扉だろう?いちおうは牢屋みたいなもんだからな」
ニヤニヤしながら髭をいじるガイアの姿がそこにあった。
「自分から来てくれるとは親切じゃねえか、お陰で探す手間が省けて助かったぜ」
「クソッ」
腰に差した剣へと手を掛けたタミをなだめるようにガイアが落ち着き払って話しだす。
「まあ、そんなにいきり立つなよ。お前がこんな所まで来れた事には本当に驚いているし、尊敬の念を感じたと言ってもいいくらいだ。まあ、だからと言って見逃すわけにもいかないが、お前のその勇気を称えて直接、母親と話をさせてやるよ。お前だってそんな扉越しで話しただけで捕まるのも嫌だろう?」
「な、何を企んでるんだよ!」
タミはガイアの言葉に混乱した。その言葉を信用するべきではないと頭の中で警笛が鳴っていたが、その反面、母親や弟を抱きしめたい想いが顔を覗かせていたのも事実であった。タミに考える時間を与える間もなく、ガイアはタミの脇に立つと鍵穴に鍵を差し込みガチャガチャと回し始める。扉が開くと同時にガイアが中へと入って行き、タミは慌てて後を追う。そして部屋に入ったタミの目に飛び込んできたのは母の喉元へナイフを突き立てたガイアの姿だった。
「何やってんだよ!」
「こうした方がお前も素直に言う事を聞くだろう?」
「騙したのか?」
「騙したわけじゃないさ、このままだって話は出来るだろ?遠慮しないで話せばいいさ」
「ふざけるな!母さんを離せよ!」
母親の状態に気付いたケスリョが二人に駆け寄るとガイアの足を蹴飛ばしまくっている。もちろんガイアにとっては蚊に刺されたのと変わりのない事だったが、喚き散らしながら手足を動かし続けるケスリョに些かイラついたガイアが軽く足を振るとケスリョはボールの様に宙を舞った。
「ケスリョ!」
ヨーキはケスリョの名を叫ぶとナイフの存在を忘れてしまったかのように首を捻り、ガイアを睨みつけた。ベッドの上へと落下したケスリョは大声で泣きわめいている。タミが剣を抜き、ジリジリと二人へと近づいている時だった、ヨーキはタミの目をじっと見つめると落ち着いた声で言った。
「ケスリョは私に任せて」
タミが答えるより早く、ヨーキの体に異変が起こった。体全体がピンクに光ると体中からは銀色の毛が生え始め、口がせり出すとそこからは犬歯がのぞき、耳は尖っていった。
「獣、獣人か!」
狼型獣人へと変貌したヨーキはガイアが握るナイフを弾き飛ばすとケスリョに向かい飛び跳ねた。一瞬ひるんだガイアに向かって体を光らせながらタミが突進していく。ガイアに体当たりしたままタミは押し進み、その背後にあった窓を突き破ると地面へ向って真っ逆さまに落ちていった。
タミともつれ合うように空中に投げ出されたガイアだったが、タミの体が離れると迫り来る地面に向って掌を突き出した。そこから出た炎が地面を焦がし続けると、みるみるガイアの落下速度が落ちていき、地面まであと少しのところで炎が止まると、ガイアはそのままうつ伏せの状態で着地した。地上へ一足早く落ちていたタミは石化から戻るとガイアが致命傷を負っていないのに気が付き剣を抜く。ガイアは怪我こそしなかったものの、その代償に石の力を使いすぎていた、こちらに向かって歩いてくる少年の姿が霞んで見える。
「どうせ逃げられんぞ!諦めておとなしくしろ!」
自分の状態を悟られない為に牽制するようにガイアは叫ぶ。
「・・・諦めるもんか」
呟くようにタミは答えたが、自分はともかく母親や弟のことを考えると何が最善策なのか分からなくなっていた。自分が落ちてきた塔の上を見上げてみたが窓硝子が割れているのが見えるだけで中の様子はまるで分からない。気が付くと背後からは大勢の衛兵がこちらに向って走って来ている。結局、ガイアに反撃する間もなく次々と集まってきた衛兵達によって囲まれる事となり、タミに出来る策が尽きるのも時間の問題だった。
ガイアにしてみれば思った以上に早く衛兵が集まってきた事に助けられたと言えた。落下直後にタミが攻撃してきたならば倒されはしないまでも取り逃がしていた可能性は大きかったのだ。だが幸いディネ力を持った少年はその事に気付かないでいてくれた。もう少ししたら体力も回復し石の力も使えるようになる。そうなったら全力を出して一気に片付けてしまおうとガイアは考えた。集まってきた衛兵達は剣や槍を構えてはいたが二人との間に一定距離を保ち様子を伺っている。そんな状態が十数秒続いたところでガイアは頭の中で呟く「そろそろいけるか」両肩をぐるりと回してから一呼吸置くとだらりと垂らしていた両腕から次々と炎を打ち出す。迫り来る炎を前にタミの脳裏にオオヤの村での出来事が蘇った。自分が避けた炎が兵士に命中すると、彼が瞬く間に火達磨になってしまった、あの時の事が生々しくタミの頭の中で映像化された。「あんな思いは二度としたくない」そう願ったタミの体が赤く光り全ての炎を受け止める。ガイアは手を休める事なく炎を打ち続けて、それらはタミの体に当たっては飛び散ったが、そのうちの一発の炎が大きく狙いを外して飛んできた。気が付いたタミが左腕を目一杯伸ばすと炎は指先に当たり軌道を変え夜空に向かって見えなくなっていった。そんなタミの様子をじっと見ていた兵士の一人が誰にという訳でもなく呟いた。
「あの少年、なんだか俺達の盾になっているように見えないか?」
周りにいた何人もの兵士達がその兵士を見つめ、それから再度タミの背中に目をやっていた。その間も炎を受け続けていたタミだったがついに耐え切れず、そのままひっくり返ってしまう。タミという盾を失うと、一発の炎が後ろにいた衛兵の一人に直撃して、その衛兵は一瞬で炎に包まれてしまう。近くにいた衛兵達が慌てて消火をしようと走り出す。石の力を使いきって倒れているタミにはガイアが近づいていく。もう抵抗する力が残っていないとみたガイアが近くの衛兵に命令する。
「よし、じゃあこのガキを父親の隣の牢にでも放り込んでおけ」
普段だったら石の騎士の命令にすぐさま反応する衛兵達であったが、この時に限っては誰一人として動き出さなかった。
「お前ら、耳が無くなっちまったのか?」
その言葉にも動き出す者は無く、誰もがただ二人をじっと見つめていた。
「・・・まあいいだろう、ガキとはいえディネ人だからな。お前らに任せて逃げられても面倒だ。俺様が直々にぶち込んでやるとするか」
そう言ってタミを引き起こそうとしたガイアの前に二人の衛兵が立ちふさがった。
「なんだ、お前ら?」
「その少年を牢に入れさせる訳にはいきません」
「はあ?何を言っているのか分かっているのか?俺に逆らうって事は国王に逆らうって事だぞ!自分達の立場を考えてから喋れよ」
「たとえ国王に逆らう事になっても、今この少年をあなたの好きにはさせません」
「・・・何を勘違いしているのか知らねえが、俺も自分の仕事は果たさせてもらうぜ、力ずくでもな」
ガイアはその衛兵を突き倒した。だがすぐに別の衛兵が立ちふさがり、その後も次々と衛兵がタミの前に立ち、ガイアの目からタミの姿は見えなくなっていった。ガイアは苛立ち、邪魔をする衛兵達全員を焼き払ってしまいたい衝動が首をもたげかけた時だった。衛兵達の人垣を掻き分けるようにしてタミが姿を現した。
「皆さん、ありがとうございます。でも自分でどうにかしてみます」
思わず衛兵の一人が声に出す。
「どうにかなんて、この状況で無理に決まっている」
その衛兵の言葉は他の衛兵全員の考えを代弁したものだった。実際タミにはもうガイアに対抗できる力は少しも残っていない。だがいくら衛兵達がかばってくれたとしても、ガイアからこのまま逃げきる事はできないだろうとタミは感じていた。だったら犠牲を大きくするよりも自分一人でやれるだけやってみようとタミは考えた。
「おとなしく牢に入る気になったのか」
「誰がおとなしくなんかしてやるもんか!」
「ハッハッハ、そうこなくっちゃなあ」
言い終わるか終わらないかのうちにガイアが斬りかかる、石の騎士・・いやディネ人の
本気の一撃をどうにか剣で受けたタミだったが、受け流すことは出来ず吹き飛ばされると壁にぶつかって倒れこむ。その衝撃で離してしまった剣を慌てて拾おうとするタミにガイアが早歩きで近づいて剣を振り上げた時だった、後ろから何かが物凄い勢いで近づいてくる気配を感じ取ったガイアは剣を一旦下ろし後ろを振り返る。その正体を理解したのと同時にガイアは突き飛ばされていた。無様に地面に倒れこんだガイアとタミがほぼ同時に目を向けた先には獣人と化したヨーキが立っていた。一瞬の沈黙の後にその場にいた衛兵達が一斉に騒ぎ出した。「獣人だ!獣人が出たぞ!」衛兵達の敵意はガイアからヨーキへと切り替わってしまった。
「まって!その人を、その獣人を傷つけないで!」
タミのその叫びはごく一部の衛兵の耳にしか届かなかった。何人かの衛兵がヨーキに斬りかかったがヨーキはそれらを払いのけ、雄叫びをあげる。何処からか弓を持った衛兵が現れるとヨーキに向かい一斉に矢を放った。その矢のほとんどはヨーキに当たり、ヨーキは天を仰いだかと思うとばったりと倒れた。声にならない叫び声を上げてタミがヨーキに駆け寄り、その体を揺さぶるとヨーキの体がピンクに光り、見慣れた母の姿へと戻っていった。
「母さん!母さんしっかりして!」
母親を傷つけられて半泣きになっている十三歳の少年にガイアは容赦が無かった。不敵に笑みを浮かべながら、つかつかと近づくと手にした剣を振り下ろす。
ガキッ!まさに火花が散った。
「すまん遅くなった!」
そこにはガイアの剣を受けて立つユーウの姿があった。ユーウの姿を認識したタミが叫ぶ。
「母さんが!母さんが!」
「大丈夫だ!心配するな、リヨース国衛兵は基本的には麻酔矢しか使わん、母君は気を失っているだけだ」
ユーウのその言葉を聞いたタミがヨーキの口元へ耳を近づけてみると微かにだが呼吸をする音が聞こえてきて、タミが安堵の表情を浮かべたところでガイアが叫んだ。
「きさま!余計なところでしゃしゃり出てきおって!許さんぞ!」
「こっちこそ許さねー!ガキ相手にせこい攻撃しやがって!ぶちのめしてやるよっ!」
怒りを露わにしたユーウが言い返すと、そこから先はまさに石の騎士が力を出し切った戦いとなり、そこにはタミや衛兵達が入り込む余地は無かった。ガイアが次から次へと発射する炎をユーウが光の翼を羽ばたかせ避けながら切りかかる、それをガイアがはじき返す。しかしその戦いは長くは続かなかった、それはそれまで石の力を使って弱者を追い詰めていた者とそうでない者との気持ちの差であった。地面に仰向けに倒れたガイアの喉元に剣を突きたてユーウが言う。
「ここまでだ。死ぬ前にここにいる者達に自分が丹色の鷲だと打ち明けてみてはどうだ?」
ガイアは黙ってユーウを睨み続けた。
「黙ってないで何とか言えよ、場合によっちゃ命だけは助けてやってもいいんだぜ」
ガイアが口を開こうとしたその時だった。
「何の騒ぎなのだこれは!」
それまでユーウとガイアの戦いを傍観していた衛兵達が一斉に姿勢を正した。
「国王・・・」
「何をしておるのだユーウ!貴様よくも我が城内でそのような暴挙を!」
もちろんユーウは頭では国王が偽者だと考えていた。しかし見た目はどこから見てもリヨース国王そのものであり、その事がユーウが手にしている剣にあともう少しの力を込めることを邪魔していた。その隙をガイアは見逃さなかった。倒れたまま右手でユーウの足首を掴むとその手を赤く光らせる。火柱が上がりユーウが炎に包まれる。一方でガイアの手が光り出した瞬間、タミは走り出していた。前方に火柱が見えるとタミは滑り込みながら最後の力を振り絞り、その足を石化させる。タミの足はガイアの右腕を蹴り飛ばし、炎に包まれていたユーウは自由になるのと同時に上空へと飛び立った。夜空に炎の軌跡を残しながら外堀へと一気に速度を上げると大きな水しぶきを上げて堀へと飛び込む。数秒後に水面へと顔を出したユーウは暫らく城の方向を見つめていたが、やがて諦めたように城とは逆の方向へと飛び立った。




