作戦開始
それから二日後、リヨース城下町のとある宿屋の薄暗い地下室ではタミ達三人が話し合っていた。ドアをノックする音が聞こえ、ドアが開くと頭が禿げ上がった小太りな男が入ってくる。男はテーブルの真ん中にパンとハムが入った籠とカップを三人分置くと喋り始めた。
「すいません、こんな物しか用意できなくて」
「いや、これほどの危険を冒して、かくまってくれているだけで十分だよ」
「大きな声では言えませんが、町の住人の中にも最近のリヨース王はおかしいと思っている人間は少なくありません。何しろ次から次へと私ら国民の負担が大きくなるような法案が成立していますし、それに伴い町の治安も悪くなっています。中には別人が化けているんじゃないかなんて言うやつもいます。ユーウ様やヤクータ様にはこれまでも幾度となく助けていただいています。こんな時くらいはできるかぎり協力させて下さい」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ、できるだけ関係ない人間は巻き込みたくなかったんだがそうも言ってられなくてな」
「関係ないなんて言わないで下さい。私もリヨース国の国民です、国王が今のままではと将来に不安を感じていたところですから」
「うん、そうだな。すまん、もう少しの間、協力してくれ」
男は恭しく頭を下げると部屋を出て行った。
「別人が化けているか・・・すでに一般国民の目にも、そのように映っていたりするんですね」
「そうじゃな、だがそのおかげでここの主人のような協力者がいてくれているわけだがな」
タミとユーウの二人は揃って頷く。
「そろそろ本題に入りますが、明日はナイカの国葬がコロシアムで行われます。当然、城内はいつもより手薄になるでしょう、罠が仕掛けられている事も考えられますが、それを差し引いてもヤクータ達の救出には明日が最善と言えるでしょう」
その晩遅くまで三人は話し合いを続け、作戦の大筋を決めたのだった。
次の日の夕刻に三人はエンガの森に多数ある湖の中でも最大級の湖の畔に立っていた。エンガの瞳と称される、深い緑色をした針葉樹に周囲を囲われた湖は淡いブルーの湖面に沈みゆく太陽を映し出している。
「ここがその水竜が住み着いておるというガミン湖か」
「ええ、ここ数週間で何頭もの家畜が襲われているようですし、目撃者も何人もいますので水竜が潜んでいるのは間違いないでしょう」
「そしてこの川がリヨース城の堀まで繋がっているというわけじゃな」
「城まではおおよそ3千コンプ・・・まあなんとかなるでしょう」
「うむ、頼んだぞユーウ。この作戦が成功するかどうかはおぬしにかかっておるでな」
「水竜は通常は夜行性、昼間は水底で眠っていて、そろそろ起きだす時間でしょう」
ユーウはそう言うと黙って二人の会話を聞いていたタミの方を向き、タミと目が合うとニコッと笑い、軽く拳でタミの胸を叩いて言った。
「そんな心配そうな顔すんなって、俺の酸素の力はコパ力とはいえ、15分かそこらは息が続く、あとはこの翼の力が水中でも役立つところを見せてやるよ。だからタミもしっかり川の流れ出しまで誘導頼んだぜ」
「うん、わかった。任せといて」
そう言うと二人は拳を合わせた。程なくして太陽が山の向こう側に沈み、あたりが薄暗くなった頃にユーウは湖へと飛び込んだ。そして一度水面から顔を出し、二人に向かって手を上げると再び水中へと消えていった。それからのタミは来るべきその時に備えて目を凝らして湖面を見つめ続ける。時々呼吸をしに上がってくるユーウらしき姿は確認することができたが、これといって何事もないまま一時間近くが経った頃だった、対岸の方で小さな影が湖から飛び出したのが見えた。
「よし!ユーウが飛び出したわい」
ジョビがそう叫んだ直後だった。小さな影を追いかけるように水面を割って巨大な影がジャンプする。巨大な影はすぐに湖へと落下して、着水時の衝撃は波となってタミ達がいる側の岸まで押し寄せた。そんな中、小さな影の方は空中に留まっていた。
「なにをやっておるタミ!合図を送らんか!」
タミが慌てて手に持っていたストーンライトを点滅させると空中に浮かんでいた小さな影が再び湖に飛び込んでいくのが見えた。タミはライトを点滅させたまま川の流れ出しへと湖畔を走っていく。湖を見ると小さな影が湖から飛び出したかと思うと水面すれすれを飛んでいて、そのすぐ後ろには大きな波しぶきが立っていた。波しぶきの中から時々巨大な物体が見えたかと思うと恐ろしげな唸り声が聞こえてくる。やがてタミの目にも小さな影がユーウであると確認できた。ユーウは水面すれすれを飛んでは水中へと潜ってを繰り返し、やがてタミとジョビの脇を通って川へと入っていった。波間からそいつが姿を現したのはその時だった。鱗で覆われた白っぽい体に赤く光る目、鋭い歯が並んだ大きな口、その姿と大きさにタミは恐怖を感じた。
「行くぞタミ!早く乗るんじゃ」
いつの間にかジョビはモモに跨っていた。タミが急いでジョビの後ろに飛び乗るとモモは勢いよく走り出す。川は緩やか蛇行していたが二人を乗せたモモは一直線に最短距離で外堀の水門を目指していた。
リヨース城の内堀へと川が流れ込む部分には水門が設けられていて、衛兵二名が常駐していた。大雨でも降らない限り、基本的には何もすることがなく、人目につきづらい事から緊張感も低くなりがちで、大抵の衛兵は水門に配属されるとすぐに退屈してしまうような部署だったので、一部の怠け者を覗いては好んで配属される事を望む衛兵はいなかった。この日に水門の担当となった衛兵二人も例外にもれず退屈していた。
「しかし今日も何も無い日だな・・・」
「まあ、そう言うな。平和なのに越したことはない」
「それはそうだが俺もナイカ様の葬儀に参列したかったと思うとな」
「それは俺も同じだが、だからといって誰も警備につかない訳にはいかないからな・・・」
ちょうどそんな話をしている時だった、前方の森から何かが飛び出してきた。反射的に二人の衛兵は槍を構えた。飛び出してきた物がどんどん近づいてきて、それが馬だとわかった、馬には誰も乗っていないように見える。何で無人の馬がと不思議に思ったのと同時に二人の兵士は意識を失った。倒れこむ兵士の傍には手を青く光らせたジョビが立っていた。タミはその脇を駆け抜けると水門のハンドルを急いで回し始める。すぐにジョビも駆け寄り一緒になってハンドルを回す。
「さすがですね老師」
「まだまだおぬし程度には負けておれんからの。さあもうそこまで来ておるぞ、急いで水門を上げてやらんとな」
「はい!」
ジョビが言ったようにユーウはもう水門が見える位置まで来ていた。どうやらまだ水門は上がりきっていないようだったが、いくしかないとユーウは覚悟を決めた。いったんスピードを落として水竜を引き付けると3/2ほど開いた水門の下を一気に通り抜けて、そのままのスピードで水上へと飛び出した。ものすごい音がしたかと思うと、吹き飛ばされた水門の格子が空中のユーウをかすめて飛んでいく。内堀の水面はさざ波だっていたが波しぶきは消えていた。
「さてと最後の仕上げといくか」
ユーウは剣を抜くと再び水の中へと飛び込んでいった。堀の中でウロウロと泳ぎ回る水竜を見つけると光の羽をはばたかせ、水竜に一気に近づくと手にした剣を水竜の弱点とされる胸鰭の根元あたりに突き刺した。ユーウが剣を抜くとそこからは赤黒い血が噴き出し、周囲の水が赤く染まっていく中、興奮した水竜は体の色をくすんだ青へと変化させ闇雲に暴れだす。ユーウは素早く水竜から離れると水中から飛び出して、水門の影に身を潜めているタミ達の元へと急いだ。
「ごくろうであったユーウ」
「なんとか上手くいきましたね」
「うむ、それでは反対側へ向かうとしよう」
城を見ると衛兵達が掘のあちこちを壊し始めた水竜に気が付き騒ぎ始めている。ユーウが超低空で飛び始めると同時にジョビとヤクータはモモを走らせた。城を挟んで水門から反対側の位置に辿り着くと予想していた通り見張り台に見える衛兵はまばらだった。モモに林の中で待っているように言い聞かせて戻ってきたユーウはタミとジョビの腕を掴み、一つの見張り台に向かい一気に飛び立った。突然現れた三人に驚く間もなく見張りの衛兵はジョビの力によって意識を失っていた。三人は誰にも気付かれる事なく城に潜入することに成功したのだ。
「では予定通り老師はヤクータ救出をお願いします。俺達は奥方救出に向かうとします」
見張り台の下で三人は二手に分かれる。ジョビが近くにあった入り口から城の中に消え、タミ達二人は外を廻って南の塔へ向かおうとした時だった、前方に見える壁が大きな音を立て崩れたかと思うと土煙の中から水竜が姿を現した。だがその姿はタミが波間から見た姿とは少しばかり違っていた。ほんのりとブルーに光った水竜は長いその尾を振り回しては近くの城の一部を砂でも崩すように壊していった。かなりの人数の衛兵が槍や弓で応戦していたが興奮した水竜を止めるには至らない。
「ヤベエッ!あいつ獣人を喰ったかなんかして魔獣石を取り込んでやがった!ああなった時の竜族はマジでやべえんだ」
「あ、足なんか無かったよね・・・」
「・・・タミ、お前一人で行けるか?あいつを大人しくさせるのは衛兵達には少しばかり荷が重い、放っておくとマジで城がめちゃくちゃにされちまう」
「・・・うん、塔の位置は覚えてる。衛兵の人達も少ないし、何とか大丈夫」
ユーウはタミの肩を軽く叩くと水竜へと向かい翼を広げた。




