望まない再開
オオヤの村の国境警備の為に設けられた駐屯地は、普段は三十名程度の兵士しかいないこじんまりとした駐屯地であり、その土地柄のせいかどこかのんびりとしたところがあったが、今日に限ってはピリピリとした雰囲気が漂っていた。それというのも今朝方に一羽のデリバーが飛んできて、来客の情報が入ったのだが、その客人がつい今しがた到着したところだったのだ。
「こんな辺境の地までわざわざご苦労様です。ところでいったい何用で次期石の騎士ガイア様がこのような所までいらしたのでありましょうか?」
「うむ、実はな国王直々の命により、ある子供を捜して各地をまわっているところでな」
「子供と申しますと例のヤクータ様のご子息でありますか?」
「ああそうだ。十三歳の少年なんだが、何か心当たりはないか?」
「小さな村ですので見慣れない子供がいれば気が付くかもしれません。ちょっと部下達に聞いてみるとしましょう」
そう言うと男は後ろを振り向き大声を上げた。
「ここにいる者の中に最近になって十三歳くらいの男の子を村で見かけるようになった者はおらんか?」
その場には十数名の兵士がいたが、隊長の言葉を聞いてガヤガヤと話し始め、やがて一人の兵士が代表して話し始めた。
「村の食堂で働いている子供の中に、最近になって、よく見かけるようになった少年が一人います。年の頃もちょうど合っているかと思います」
それを聞いていたガイアは眉をピクりと動かしてから言った。
「・・・まずはその店に案内してもらうとするか」
ジョビの家の武道場ではジョビがタミに向かって杖を振り続けていた。杖がタミに当たる度にカツッといった高い音が室内に響き渡った。
「さてと今朝はこれくらいにしておくかの。明日からは剣術の練習に石の力を盛り込んでやってみるとしよう」
「はい!ありがとうございました。それじゃ酒場のほうにいってきます」
タミはそういって走り出した。いつもの畑に囲まれた道を抜け目抜き通りに出ると、ちょうど店の前あたりに人だかりができているのが分かり、タミは走るのをやめて歩き出す。店が近づいてくると店の前にいる人々の中に兵士が混じっているのが分かり、タミは胸騒ぎを覚えた。店の十コンプ程手前で立ち止まり、何があったのか様子を見ていると店の中から一人の男が出てきた。
なんともなしにその男の顔を見たタミは体中から冷や汗が噴き出してくるのを感じた。
「なんであの男が!?」
タミがそう呟いたその時、ガイアがタミの方を向いて二人は目を合わせた。一瞬の沈黙の後にガイアが叫んだ。
「あのガキだ!捕まえろ!」
突然の出来事に呆然としていたタミだったが、我に返ると猛然と走り出して目抜き通りから裏道へと入って行った。途中で通行人とぶつかりそうになりながら、馬が入ってこれないような狭い道を選んでジグザグと進み、少し広い道に出たところで後ろを振り返ると髭の男も狭い路地から飛び出してきたところだった。男の手が赤く光るのが見えて、タミはとっさにすぐ横の建物の中へ飛び込む。タミが飛び込んだのは知らない食堂の裏口だった、コックの罵声を浴びながら厨房を抜け、店の入り口から通りに出ると丁度近くにいた兵士がタミを見るなり「いたぞ!」と叫ぶ。兵士と反対方向へ走り出そうと向きを変えると正面から炎が飛んでくるのが見えた。タミが横っ飛びで避けると炎はすぐ後ろにいた兵士に当たり、兵士は叫び声を上げながら炎に包まれた。食堂の中からも人が出てきて騒ぎ始める「大変だ!水!誰か水を持って来い!」騒ぎが大きくなる中、タミは恐怖で立ち尽くしてしまい気が付くと回りを兵士に囲まれていた。
「ここまでだな小僧、まあなかなか頑張ったじゃないか」
「なんでお前がリヨース兵の人達と一緒にいるんだよ!みんなわかってるの?この男は丹色の鷲なんだよ!」
「はあ?何を言っておるのだ!この方は新たなる石の騎士ガイア様だぞ!」
「え?石の騎士だって??」
「なにを勘違いしているか知らんが、そういう事だ、丹色の鷲などと馬鹿な事は言わんでもらいたいもんだ」
「・・・そんなバカな・・・」
思いもよらないその言葉にタミは体の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
「よし、とっとと捕まえろ」
ガイアの指示にロープを手にした兵士がタミを縛り上げようと近づいた時だった、一陣の風が吹き抜けたかと思うと兵士達の前にタミの姿はなかった。気が付くとタミは空の上にいた。足元に目をやると慌てた様子の兵士達の姿が小さく見えたかと思ったら、次に炎の弾丸が迫ってきているのに気が付いた。
「おっとディネ人がいるんだったな」
タミは声の主の方を向く。
「ユ、ユーウさん!」
炎は次々と二人をめがけて飛んできたが、ユーウはタミを抱えたままヒラヒラとそれらをかわすと一気にスピードを上げその場から離れていった。みるみる小さくなっていく二人を見つめガイアは呟いた。
「まいったなこりゃ」
ユーウはタミを抱えたまま、しばらく空を飛んでから森の中の小さな池のそばに着地した。
「ユーウさんですよね?」
「ああそうだよ。お前さんの父君とはちょっとした仲でな・・・その辺は老師から聞いてるよな。まあなんだ、城を追われてからも俺なりに調査は続けていたんだがな、そんな中、俺らの代わりに石の騎士になった野郎がオオヤの村に向かっているとの情報が入ってな、文字通り飛んできたって訳だ」
「ともかく、ありがとうございました。助かりました」
「ああ、なんとか間に合って良かったよ」
「あ!そうだ老師は大丈夫かな?」
「老師なら心配いらんよ。もう暫くしたらモモを連れて、ここらに来るはずだよ。どっちにしても俺らが心配するようなタマじゃないけどな」
ユーウの言った通り、一時間ほど経つとモモに跨り老師がやって来た。
「先ほどは突然申し訳ありませんでした、老師」
「おおユーウよ!突然訪ねてきたと思ったら、やぶからぼうにモモを連れて逃げろとはのお、相変わらず慌しい男じゃわい。まあそれはともかく元気でおったか?城を追われてからは連絡が途絶えて心配したぞ」
ユーウは久しぶりに会うモモの口元あたりを撫でている。モモは久しぶりに主人に撫でられ気持ちよさそうに目を閉じている。
「ご心配おかけしました。老師も相変わらずお元気そうでなによりです」
「タミはどうじゃ?怪我などないか?」
「あ、はい、大丈夫です。もう少しで捕まるところでしたが、ユーウさんのおかげで助かりました。あの老師・・・僕のせいでこんな事になっちゃって、ごめんなさい」
「・・・タミよ、ヤクータはワシにとっても大事な弟子の一人なのじゃ、そしておぬしも今となっては同様じゃ。自分のせいなどと気に病む必要は無いのじゃぞ。それにの、今こういった状況になったのは行動を起こすべき時が来たという事なのかもしれん、しばらく酒は絶たねばならんがの」
行動を起こすべき時が来たという老師の言葉にタミの胸は高鳴った。今まで考えないようにと修行に没頭してきたが、堰を切ったようにヤクータ・ヨーキ・ケスリョ・家族への想いが勢い良くこみ上げてくる。
「ユーウよ、おぬしもただ逃げ回っていただけではあるまい?まずはどんな話を聞かせてもらえるのかのう」
「そうですね、ですがまずは一息いれましょう。今日のところはここで野営する事にしませんか?まずはその準備をして落ち着いてから、ゆっくり話したいと思いますが如何でしょう?」
ユーウはここまで飛んでくる途中で隠しておいた荷物を一つ拾い上げて持ってきていた、その中からカップや鍋などを出してお湯を沸かす準備をし始める。ジョビが到着する前にタミが水汲みと薪拾いを済ませていたので、発火石で火をおこすとその周りに置いた椅子代わりの丸太みんなで座った。ユーウはお湯が沸いてくると石茶をいれて、それを老師に渡すとにっこり笑った。
「酒じゃなくて、すみません」
「まったくじゃわい・・・ま、仕方ないがの」
それからユーウはまず城を出てからの自分の行動を簡単に話すと、その中で仕入れた情報ではヤクータやヨーキ達に健康的な問題は無いらしい事を話し、タミを安心させた。
「話を聞くかぎりでは以前にも増して、国王の行動がらしくないものになっているようじゃな。何かの目標に近づいてきているという現われかもしれん、もはやヤクータの家族の為というよりも国の為にも急いで対処せねばならんようじゃ。ところでおぬしのところには丹色の鷲は接触してこなかったのかのう?」
「ええ、俺のところには何も」
タミが我慢しきれずに話し始めた。
「ちょっと話してもいいでしょうか。さっき村で僕を捕まえようとした男なのですが、あいつは自分のことを石の騎士だと言っていました。ユーウさんの話に出てきたワセカ王国から来た男があいつで間違いないんでしょうか?」
「ああ、俺も実際に会ったのは初めてだったんだが、間違いないと思うよ」
「あいつなんです!父さんや僕を殺そうとした丹色の鷲の男は!」
この事実はさすがにユーウも初耳だったようで驚いた様子で声を荒げた。
「なんてことだ!?確かにワセカから仕入れた情報では国王が使者を送ったという話は確認できなかったんだが、よりによって丹色の鷲のメンバーが石の騎士だと・・・」
「それが事実なら事態は深刻じゃの・・・」
さっきまでは多少は和やかな雰囲気もあったのだが、もはや三人の顔にそういった余裕は見られなくなっていった。そんな中、ユーウが思い出したように話し始めた。
「ナイカの失踪現場での話ですが、ナイカが絶命したとしたら、その時に彼が取り込んでいたストーンは体外に排出される訳ですが、現場では一つのストーンも発見されておりません。当然これは犯人が持ち去ったとも考えられますが、私が捕らえた獣人が処刑された際にも魔獣石しか出てこなかったようです。やはり獣人の裏に丹色の鷲の存在があると考えるべきでしょう。ナイカ殺害自体には疑問が残りますが、ナイカの力が丹色の鷲の手に渡ったと仮定すると錬石術が気になってくるのです。タミは錬石術というものを知っているか?」
タミは不意に話を振られて何のことか考えてしまったが、すぐに錬石術が何かを思い出した。
「・・・僕は予備学校で魔獣石になってしまう代表的な組み合わせを習っただけなんで、難しいことはわかりませんが」
「うん、まあそういった意味での知識も必要な事ではあるんだけど、本来は取り込むアビテの組み合わせでより強力な力を持ったアビテを生み出す研究を指すんだ、これまで色々な組み合わせが発見されているけど、その中の一つに土・変化・石の三種の組み合わせってのがあるんだ。その内の土だが、これはナイカが持っていた力なんだ。次に変化、これはリヨース城内の保管庫で厳重に保管されているはずだが、敵が国王を操っているとしたら、手に入れるのは難しい事ではないと考えられる、しかもすでに手に入れているとしたら国王を操るのではなく、国王そのものに変化して入れ替わっているのかもしれない・・・そして石、タミが追われている本当の理由はそこなのかもしれない」
タミは「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。自分が追われる理由にそんな意味があるとは考えてもみなかった。
「それでその錬石術の効果はどんなものなんじゃ?」
「はい、文献によれば自分の持っている石の力を数倍から数十倍と増幅させることが出来るようです。すべての石がディネだとしたら、その力はとてつもないものになると考えられます」
「なるほどの、それは欲しがる輩も多いじゃろうな。ともかくじゃ、考えている以上にタミへの追跡は執拗になるということじゃな」
「ええ、ですのでタミには何処か安全な場所に隠れてもらい、老師には面倒かけますが私達二人で行動したほうが得策かと・・・」
ユーウのその言葉にタミはすぐにでも反論したいところだったが、ヤツヨの森の中でガイアと戦った時の事が頭をよぎった。また自分が足を引っ張る事になってしまったらと考えると簡単に反論する事はできなかった。そしてまた老師も考え込んでいたので三人の間に沈黙が続いた。やがて老師が話し始めた。
「ユーウよ、おぬしの意見は尤もな話じゃと思う。だがの、おぬしが想像している以上にタミは成長しておるぞ。これから先、タミの力が必要な場面も出てくるとワシは考える。どうじゃ、タミも含めて作戦を立てていかんか?」
その言葉を聞いてユーウはタミの顔をじっと見つめていたが、突然タミの顔めがけて殴りかかった。タミの顔が赤く光り、石化する。その顔と僅かな隙間を空けてユーウの拳があった。
「まあまあの反応だな・・・わかりました、私に異論はありません」
オオヤの村のジョビの家にはガイアが兵士を引き連れて来ていた。瞑想の間でガイアは腕を組んで黙って丸太を見つめていた。そこへ駐屯部隊の隊長が入ってきた。
「ガイア様、家の中をくまなく探してみましたが隠れている人間はおらず、手がかりになりそうな物も見つかりませんでした。食料と酒があるばかりで後は書物が多少ありましたが、これはよく調べてみないとわかりませんがちょっと見たかぎりは手がかりにはならないかと思われます」
「・・・そうか、お前達は引き続き、ここを調べてくれ。俺は奴らを探しに、すぐにでも出発した方が良さそうだ」




