太后の想い
リヨース国王は値踏みする様にユーウの顔を暫らく見つめてから話し始めた。
「ナイカの事件の次の日、地下牢に男を一人、収監させたそうだな?その者はいったい何者なのだ?」
ユーウは心の中で舌打ちした。まだ獣人からはちゃんと話を聞けていない。出来ることならば誤魔化したいと考えたが、おそらく国王は男の正体に感づいているのだろう。国王を納得させるだけの理由は思いつかず、諦めるしかなかった。
「はい、報告が遅れましたがあの者はナイカ失踪の鍵を握る容疑者であります」
「容疑者?つまり獣人か?」
「はい、熊型の獣人です」
「なぜそのような重大な事をすぐに報告しないのだ!」
「申し訳ございません。しっかりと調査し、確証が得られてからと思ったものですから」
「それにしても何かしらの報告はするべきであろう、馬鹿者が!」
「はっ、まことに申し訳ございませんでした!」
「・・・もうよいわ、お前はもうその獣人に近づくでないぞ」
「し、しかし国王!私に最後まで責任を持って調査させていただけませんでしょうか!」
「ええっうるさいわ!もう下がらんか」
ユーウはそう叱責され内心腹立たしかったが、相手が国王の姿をしている以上は引き下がるしかなかった。
次の日、ユーウは再び国境警備の状況を確認する為に朝早くから出かけていた。夕方になり城に戻ると、城下町にあるコロシアムにはたくさんの国民が集められていた。胸騒ぎを覚えたユーウは急いでコロシアムへと向かう。ユーウがコロシアムに着くと壇上では国王が話し始めたところだった。
「石の騎士であったナイカが失踪し、現在まで見つかっておらんのは、皆も知っているところだと思うが、わが国防軍はナイカ失踪の原因となった憎むべき獣人を既に捕らえている。奴は背後から隙を突いてナイカを襲い、殺害した後に底なし沼に沈めたと話している」
国王の驚くべきその言葉にコロシアムはどよめいた。
「石の騎士であったナイカは王国の為に本当に力を尽くしてくれた。我々はナイカの功績をこれからも決して忘れる事はないであろう。だがそれと同時にナイカを失った悲しみもこのままでは忘れる事が出来ないのではないだろうか?そこでナイカを弔う意味でも今日この場でその憎むべき相手の処刑をおこないたいと思う!」
国王がそう述べるとコロシアムはわずかな静寂の後に大歓声に包まれた。興奮する民衆とは対照的にユーウは狼狽していた。
「シューミ、エンザス、どういうことだ!?あんた達は知っていたのか?」
「・・・うむ、我々もついさっき聞かされたところなのだ。もう少し調査してからでもと説得はしてみたのだが国王の意志は固くてな、どうする事もできなかった・・・」
そう言うとエンザスはユーウの肩に手をかけた、だがユーウはその手を払いのけ、舞台が設置されたフィールドへと続くゲートに向かって走り始める。ゲート内ではユーウが捕らえた獣人が鎖に繋がれ待機させられていた。人間の姿の獣人は息も絶え絶えにすっかり弱っていて、まったく抵抗している様子はなかった。
「お前達!いいか俺が戻ってくるまで待っているんだ、これから国王にかけあってくる」
獣人を監視している兵士達にそう声を掛けると今度は壇上でナイカについて雄弁に語り続ける国王の元へ向かって走り出した。やはり国王はおかしい、ナイカの遺体も見つかっていないのに容疑者を処刑するなど有り得ない話だ。逆に考えれば容疑者に早く消えてもらいたいという気持ちの現われとも取れる。だとしたら尚更、説得できる話ではないだろう。しかしそれでもユーウは何もしないで獣人が処刑されるのを黙って見ている事など出来なかったのだ。結局、何も手立てが思い浮かばないまま、ユーウは国王の元へと着き、壇上に立つ国王に向かって声を荒げた。
「国王!どうかお考え直しを!」
足元から聞こえてくるその声で国王はユーウの存在に気が付いた。
「またお前か、なぜそう私に逆らうのだ。もう、うんざりじゃ、お前もヤクータ同様に牢に入るがよかろう」
その言葉に側近の一人がすぐさま反応する。
「衛兵!衛兵達よ、石の騎士ユーウを捕らえるのじゃ」
側近の言葉を聞いた衛兵達は戸惑いながらもユーウへと近づいていった。ユーウはすぐさま逃げ道を探したが、四方八方から衛兵がユーウに向かって集まりだしていた。
「ちっ、仕方ねーな」
そう言ったユーウの背中が赤く光ると翼のような形をした光が現れた。ユーウが軽く地面を蹴り上げるとフワりと体が宙に浮かび上がり、次に風が舞い上がったかと思うと、そこにはユーウの姿はなかった。
結局、衛兵達はユーウを捕らえる事は出来なかったが、獣人の処刑は国王の目論見どおり実行された。壇上に設置された処刑台を見て自分の運命を悟った獣人が人間から獣人へと変化して暴れ始めた為、その場で衛兵達に槍で刺し殺されたのだった。そして民衆の興奮が収まったところで国王の口からナイカの国葬が十日後に執り行われる事が発表された。
ユーウが姿を消してから程なくして、リヨース国王は石の騎士を含めた王室執行部の幹部に招集をかけると驚くべき提案を発表した。
「ヤクータ、ユーウの二人が反逆者と成り下がり、そのうえナイカまでも失ってしまい、石の騎士もシューミとエンザスの二名だけとなってしまった。この事実は既に隣国も知る事となってしまったと考えられる。このまま放っておいては王国の平和を維持していくのに支障をきたしてしまうであろう、そこで新たに石の騎士を迎えたいと思うのだが、残念な事にすぐにでも石の騎士として務まる人材が我が国内にはいないようなのだ。そこでなんだが特例として国外から有望な人材を石の騎士として迎え入れることとする」
「国外からですと!?我が王国の長い歴史の中でそのような事例はありませんぞ!」
「他国から国を守る為の石の騎士に他国の人間を任命するなど矛盾以外のなにものでもないではありませんか!」
これまで国王の横暴な提案にも渋々従ってきた大臣達もこの時ばかりは猛烈に反発した。
「そんな事はわかっておるわ、だから特例なのだよ」
「そうは言っても候補者の当てはあるのですか?」
「うむ、実はな友好国であるワセカ王国の国王が我が国との友好の証として一人の男を推薦してくれておるのだ。なんでも近々ワセカの石の騎士になる予定だった者らしく、既にディネの力も得ているとの話だ」
「ワセカ王国ですか?・・・はたして信用してよろしいのでしょうか?」
「確かに古くは敵対していた時期もあったが遠い昔の話のことだ。お互いの信用なくして真の友好は築けんぞ。それにな、候補者はすでにワセカを旅立ち、あと数日で我が城を訪れるはずである」
ここでまたひとつどよめきが起こったが、それを制するように国王は話を続けた。
「私とていきなりその候補者を石の騎士に祭り上げるつもりはない。ともかくだ、その者の実力が石の騎士として相応しいものかどうか見極めねばなるまい」
国王を除いた会場にいた人間のほぼ全員が、国を守る要である石の騎士に他国の人間が就任するなど、これほどおかしな話はないと考えていたが、エンザスが最後まで反対意見を主張しただけで最初はあれほど反発していた大臣達でさえ次第に強くは反対できずになっていた。そしてそのエンザスの意見に国王が耳を傾ける事は最後まで無かった。
その日の夜のことである。これまで国王の振る舞いを黙って見ていた太后であったが、この時ばかりは黙認する訳にはいかなかった。まずは二人きりで話をしようと考えた太后は夜遅くに国王の寝室のドアを叩いた。
「母親の私の目から見ても、最近のあなたの行動はおかしいですよ。いったい何があったと言うのですか?」
「何もありませんよ母上。ただこれまでのやり方ではこれ以上の我が国の発展は無いと気付いただけですよ」
「国の発展?あなたはこれまで国民の幸せこそが国の発展へ繋がると考えてきたじゃないの、だからこそあなたは歴代の国王の誰よりも国民の信頼を得る事ができたのよ。それがいったいどうして・・・ともかく他の国から石の騎士を迎え入れる事など私が許しません!」
普段はその性格を表わすようにおっとりした口調の太后が、かつて無い程の厳しい口調で息子を叱りつけたわけだが国王は動じる事なく冷たく笑うと言った。
「どうやら母上はお疲れのようだ。暫くの間、静養されるのがよろしいであろう・・・そうだ一人で塞ぎ込んでもいけないので子犬を一匹、供に付けてあげましょう」
そうして太后はヨーキ達がいる塔の対面の塔へと、精神的な病を患ったという名目で幽閉されてしまったのだった。
前代未聞の国王の提案から二日後、一人の男がリヨース城の門を叩いた。その男こそ誰あろう、ヤツヨの村近くの森の中でヤクータと対決し、あと一歩のところまで追い詰めた髭の男ガイアであった。だがしかし、その事を知る人間はリヨース城内には残念ながらいなかった・・・地下牢のヤクータを除いては。




