出発
暗闇の中に一番星のように鮮やかに光り輝く緑の光が見える。足元に冷たい水の感触を覚えながらピチャピチャと音を響かせ、吸い寄せられるように光へと近づき、微かに震える手をゆっくりと光に近づけていく。
「おーいタミーッ!起きてるかー!」
あともう少しで澄んだ水底に沈む、小石に手が届きかけたところで何処からか突然聞こえてきた、聞き覚えのある声にタミは現実へと引き戻される。開いた瞼が再び重力に従うようにゆっくりと閉じはじめたが、さっきより更に大きな声で自分の名前を呼ぶ声が耳に入ってくると、一巻だけネジが巻かれた様にゆっくりと脳が活動を開始した。
「ん~、眠っ」
半分も開いていない目をこすりながら、ほとんど落ちる様にしてベッドから抜け出すとよたよたと窓に近づき、眠気を振り払うように一気に窓を引き上げて二階から外を覗きこむ。窓の下には玄関先に立って満面の笑みでこちらを見上げている親友アレクの姿が見えた。
「ちょっとアレクさ~、いくらなんでも早すぎないかぁ」
「やっぱりまだ寝てたのかよ!今日が何の日か分かってんのかよ、まったく」
まだ半分寝ていると言っても間違いでない状態のタミだったけれど、アレクのその言葉に脳は敏感に反応して思わず不満が口に出る。
「まったくって・・・そりゃあ自分の誕生日くらい分かってるよ」
ボソボソと小さな声でつぶやいてから、眠気を覚ます様に大きく息を吸うとアレクに向かって声を張り上げた。
「ともかく朝ごはんくらい食べさせてよ、食べ終わったらすぐに行くから、家で待っていてよ」
「わかったー、急いで食えよ!」
いつもの事といえばそうなのだが、アレクは少しばかりせっかちで、慌ただしくタミの生活をかき乱していったりする。でもタミはアレクのそんなところもけっして嫌いなわけではない。これまでだって時々喧嘩はするけど仲良くやってきた。これから先もずっと友達でいたいと心から思う。タミは苦笑いを浮かべて背伸びをすると階段へと向った。
「おはよう」
大きなあくびをしながら階段を下りてくると、さっきより幾分、口が滑らかにになってきたタミはキッチンで忙しく食事の準備をしている母親のヨーキに向かって声をかけた。
「おはようタミ、アレクったら今日はやけに早いのね」
「うん、なんだか僕の誕生日と関係あるみたいだよ」
「あらそうなの?ふ~ん・・・でも、あなた達の事だから結局はいつもの様に日が暮れるまで一日中コパを探しまわって過ごすんでしょうね」
「ん~まぁ、多分そうなると思う・・・それにしても誕生日だからといって簡単にコパが見つかる保証もないのに、ちょっと張り切り過ぎだと思うんだよね、ましてや自分の誕生日でもないのにだよ」
キーヨはいったん手を止めて振り返ると、タミの目を見つめて言った。
「ねえ、もしかしたらなんだけれど、アレクは誕生日プレゼント代わりにあなたコパをに見つけてくれようと考えているんじゃないのかしら?」
「んー、確かにアレクの考えそうな事だけど・・・」
「ともかく、せっかく張り切って誘ってくれているんだから、急いで朝ごはん食べて、行ってあげなさいよ」
「うん、そうだね」
タミがテーブルに着くとそこには七つ歳の離れた弟のケスリョが既に朝食を食べ始めていて、スクランブルエッグをケチャップとぐちゃ混ぜにしている。
「おはよ」
タミはケスリョの頭をワシャワシャと撫でると椅子に座った。
「うん、おはよ兄ちゃん」
ケスリョはチラりとこちらを見て応えると、たいして興味が無い素振りですぐまた視線を戻すと、なんとも真剣にスクランブルエッグをかき混ぜ始める。
「今日は父さん帰って来られるんだよね?」
朝食を運んできた母親のヨーキに向かってタミは問いかけた。
「ええ、何か緊急な仕事がなければ帰って来てくれるはずよ、何と言ってもあなたの特別
な誕生日ですからね」
「父さんと会うのも久しぶりだな~」
「そうよねぇ、あなたの予備学校の卒業式以来ですから、二ヶ月ぶりくらいかしら?」
タミ達の暮らすリヨース王国では学校へ行く事自体は義務付けられてはいないのだが、大抵の子供達は五歳を過ぎたくらいから予備学校と呼ばれる学校で文字や剣術の基礎を学んで、それから専門分野に分かれた上級学校へと進学するのが一般的だった。そして数ある上級学校の中でも最も卒業するのが難しいと言われているのがタミやアレクが目指している国立騎士学校なのである。騎士学校は入学するのも勿論簡単な事ではなく、必ず二つの条件を満たす事が必要とされている。一つはタミがまさに今日、条件を満たす事になる十三歳という年齢であり、もう一つはコパと呼ばれる小石の力を身に付けている事であった。この世界には総じてアビテと呼ばれる、様々な特殊な能力を呑み込んだ人間に与える不思議な力を持つ石が存在しており、アビテはその力の強さでディネ・プラタ・コパと3種に分類されているのだが、その中でも一番力が弱いとされているのがタミ達が毎日探し歩いているコパと言う訳だ。
「ごちそうさまー、じゃあアレクのところに行ってくるよ」
「ええ、いってらっしゃい、今日はごちそう作って待っているから、あまり遅くならないようにね」
「わかってるって」
タミは明るくそう言うと、いつも持ち歩いている紺色の肩掛けバッグを手に取って外へと飛び出していった。
窓から入ってくる日差しから想像していた通り、外に出ると雲ひとつない青空が広がっていて、草の匂いをまとった暖かな風がかすかに吹いていた。タミの家の向かいに住むアレクは自分の家の玄関先に座り込んで難しい顔をして何やら地図らしき物を眺めている。
「アレク、おまたせ!」
「おうタミ、待ってたぜ。マジで今日こそはコパを見つけてやろうぜ!」
「そ、そうだね、でもさ今日はとても雨なんか降らなそうな感じだよね・・」
「うん、そこで提案なんだけどさ、今日は思い切ってベンケの沼に行ってみないか?」
「ベンケの沼・・・そこって確か、あいつがいるって噂のある沼・・だよね?」
「そう、その沼。 俺さ、改めて考えてみたんだけど。いくら一番埋蔵量の多いはずのコパといっても、これまで散々探したけど見つからなかった訳じゃない?これからはある程度は危険がある場所もあえて選んで探していくべきだと思うんだ」
「・・・まあ確かにそうだな、もっともな話だとは思うよ、これまで考えもなしに闇雲に探してきた結果、未だに見つける事が出来ていないわけだしね」
「そうだろぉ、だからこの機会に探し方を変える意味でも行ってみようぜ、どのみち今日みたいな天気じゃ、水場じゃないと見つけるのは厳しい訳だしさ」
「でもさ、もし本当にオキサラマがいたらヤバいよね」
「まあな、本当にいたらヤバいかもな。 でもヤツは水から上がったら、えらくノロマだっていう話だから浅瀬で探す分には大丈夫なんじゃないか?」
「・・・うん、わかったよ。確かにこれまであっちの方面は探してなかったもんね、この機会に行ってみようか」
「じゃあ念のため、護身用に麻酔槍でも持って出発しようぜ」
そうして二人の運命に少なからずも影響を与える事となる一日が幕を開けたのだった。




