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愚かな前進  作者: nana
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3

 個体という観念をなくしたかのように蠢く通行人という団体の一部になって、ビルの谷底を黒の上質なトレンチコートを着た高遠は歩いていた。もうすぐ春といってもまだ肌寒い。

 通行人という団体の中に黒の無難なトレンチコートを着た『織田撫子』という個体を見つけて高遠は歩調を緩めた。向こうもこちらに気づいたようで、こちらに近づいてくる足がわずかに重たくなったようだ。

「たかとーに、なでしこちん!」

 唐突に横からぶつけられた声に高遠と撫子の足はその場で完全に止まった。

 声がした方向に顔を向けた二人の頭の中に、『時凍星港』という文字が同時に浮かび上がる。

 星港は自身の顔によく似合う、シンプルに整った黒のトレンチコートをはためかせながら赤信号の横断歩道を事も無げに渡って、二人に近づいてきた。

「久しぶりー」

 笑顔の軽薄さ加減も高校生の頃とちっとも変わらない彼を二人は表面には感情を見せずに眺める。

 撫子は内心後悔していた。たまの休みに実家になど帰ってしまったことを。平日の実家には人の気配などせず問題なく母の仏壇の前で手を合わすことができたが、帰り道に仕事以外では会いたくない人間1と2に会ってしまった。家から動かないのが、休日の過ごし方としてはきっと一番正しいと痛感する。

 立ち止まった三人を避けて通行人という集団は進んでいく。べたべたと引っ付くカップル、スーツ姿の男性、スーツ姿の女性、だらしない制服姿の男子生徒の集団、ジャラジャラと装飾品を付けた頭の軽そうな女たち。そして、特別な人間にしか見えない人間ではないと主張するかのように美しい容姿の悪魔と、制服姿で放課後を過ごす悪魔付きの少女……。

 高遠に気づいて立ち止まりかけたまゆこを高遠は一瞬キッと睨んだ。まゆこはビクッとして少し歩調が乱れはしたが、通行人という集団のまま、高遠達の前を通り過ぎた。まゆこの隣にいる、他の人間には見えていないであろう悪魔が通り過ぎる瞬間、高遠達をチラリと見た。

「普通聞かない?今何してるとか」

 沈黙のまま立ち止まるのに耐え切れなかったのか、星港が話しを切り出した。

「興味がない」

 高遠がこの場から早く逃げ出したい衝動に駆られ、話しを打ち切るかのように冷たく言った。撫子も高遠の言葉になんら異論はない。

「へー、さっき会った『たかとーが来るまで学年首位』は根掘り葉掘りオレの経歴について聞いてきたよ、何にも答えてあげなかったけど。ついでに自分の輝かしい経歴について長々と語って幸せそうだった。給料のいい外資系企業に就職して、結婚して子どもができて、平凡な幸せってヤツ?」

 高遠は彼の口から出てくる言葉には興味がなく、その綺麗に整った顔とはアンバランスな軽口を明るく叩く星港が、最後にロンドンで会った時とまったく変わらない顔で立っていることが気になった。まるで歳をとることを忘れたかのように。容姿はいっさい変わらず、毒々しさだけが禍々しく強くなっている。

 高遠の心の中を見透かすように星港がにやっと笑った。

「オレはね、NASAにいるんだよ、すごいでしょー」

 自分の話しになど反応を示さない二人の様子などいっさい気に留めず星港は話しを続けた。

「『ノアの箱舟』を作ろうと思ってね」

 その三人だけに通じる合言葉のような言葉を星港が口にすると二人の表情がビクッと小さく動く。その小さな表情の動きを見つけて星港は楽しそうにクスクス笑った。

「人の心に勝る遊び道具はないよね~。何気なさを装った言葉を浴びせて、相手がどこに反応するかを見極めて、自分が相手をどこに落としたいかを決めて、そちらにゆっくり追い込んでゆく。凡人には理解することができない境地だろうね」

 その口ぶりは凡人を上から見下ろす天才というよりも、自分が人間以上の存在と宣言しているように高遠には聞こえて不愉快だった。

「じゃあ、またねー」

何か他のものに興味を移したように星港はあっさり高遠と撫子から離れて通行人という集団の中に潜り込んで行った。撫子も星港の後を追うように歩き出した。

残された高遠は、自分はどうするべきかと考えるように一瞬だけその場で立ち尽くし、すぐに動いた。

過去に関わった人物が現在に現れた。星港との再会で確実にまだ正体がつかめない何かが動き始める予感がしていた。

ビルの壁に設置されている大きな画面では本日のニュースが流されており、何かの式典に出席した女性東宮の貼り付けたようなアルカイックな微笑みがその様子を見つめるように映し出されていた。

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