No.007 二日目 09時 ~ 10時
No.007 二日目 09時 ~ 10時
ウェイトレスが水を持って注文を取りに来る。あまり愛想の良くない店員で、顔立ちは悪くないが印象としては好印象とはいいかねた。店に客がいないのは、なにも外の騒ぎばかりではないのかも知れない。
三島が自分の分も合わせてコーヒーを二つ注文する。ウェイトレスが立ち去ると、水を軽く口に含んだ後、もう一度さっきの質問を修にしてきた。
「先程はすみません。改てお尋ねしますが、共社党の箍先生とはどういったご関係なんですか?」
その質問に、修の方もだいたいさっきと同じ意味の答えを返す。
「あれは、友人に紹介されて挨拶をしただけですよ。お会いしたのはあれが初めてですし、それ以外にはこれと言った関係はありません」
せっかく喫茶店まできたのに、こんな答えで申し訳ないなと思いながらも正直に答える。他には、どう答えることも出来ないのだからしかたない。
「なるほど。では、灘秀太郎という人物はご存知ですか?」
三島はまったく残念そうな素振りも見せずに、すぐ次の質問をしてきた。
ただし、今度の質問はさっきに比べるとだいぶ関係性が深くなる。
「灘は、俺……いえ、僕の友人です。高校で同じクラスで、その頃は一緒に遊ぶことがありました」
そのおかげで修は、こうしてなんだか妙な集会に引っぱり出されることになったのだが、そのことについては語らないでおく。
「ほう。では、それなりに彼のことをご存知だと?」
なにやら含みを持たせるような言い方で、三島は確認をしてきた。
「ええ。ただ、最近は会ってなかったので、今、灘が一体何をやっているのはか知りません」
どうみても、あぶない連中と関わっているように感じた。そういうこともあり、修は無意識のうちに若干距離を置いた言い方になってしまう。
「いえいえ、警戒しなくてもかまいませんよ。あなたが……えっと、そういえばお名前を伺っていませんでしたね。差し支えなければ教えてもらえませんか?」
一方的に名乗られて、そのまま質問に入ってしまったので、修は自分の名前を伝えていなかった。
「高良田修です。たからは財宝の方ではなく、たかいよしと書きます。おさむは修理するのしゅうです」
修は簡単に自分の名前を告げる。こういう時は名刺があれば一発なのだが、学生の修にそんなものはない。
「ありがとうございます。で、話しの続きですが。高良田さんが彼らと深い関係性をお持ちではないことは承知してます。だからこそ、高良田さんに声を掛けたんですよ」
その話しを聞いて、修はわけがわからなくなった。フリーの記者だと名乗っている三島は、たいした情報がないと分かっている相手に取材をしているということなのだろうか?
「僕は彼らのことについて、ほとんど何もしらないと分かっていて声を掛けたということですか?」
修は自分が感じた疑問を、そのまま三島にぶつけてみる。
ちょうどそのとき、ウェイトレスがコーヒーを運んできた。相変わらず不機嫌そうな顔をして、テーブルの上にコーヒーカップを置く。ただ、意外なことに一切音をたてず、とても丁寧な置き方だった。
三島は何も入れずにコーヒーを口にした。すると、急に驚いたような表情をして、カップの中のコーヒーを見る。まずかったのかなんなのか、よくわからない反応が気になって、修も自分のコーヒーを口にした。
すると、口の中に微かな酸味と共にまったく嫌味のない苦味と、砂糖がないのに甘い感じのする味が広がる。そして、芳醇なコーヒーの香りが鼻腔を刺激した。
「おいしいですね、ここのコーヒー」
紅茶派の修ですら、そう言わざるを得ない美味しさだった。
「確かに、そうですね。自分で誘っておいてなんだが、正直驚きましたよ」
ここに誘ったのは三島だったが、この店の事を知っていたわけではなかったようだ。
修はなぜ、ここに誘ったのか改めて考えてみる。コーヒーが飲みたかったわけではない、ということは今の反応から見ても間違いないだろう。修から何か聞き出せると期待していたというわけでもなさそうだ。なにしろ、本人がそれを承知で声を掛けたと言っているのだから、間違いないだろう。
そう考えると結局何をしたいのか、修にはさっぱりわからなかった。結局尋ねるしかない。
「それでは、聞かせて貰えますか? なぜ僕なんです? 何が聞きたいんですか?」
今度は、修の方からつっこんで尋ねる。
すると三島はゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置きながら、修の顔をじっと見つめる。
「その前にお尋ねしたいんですが、昨夜魚釣島に中国人が上陸したというニュースが流れたことをご存知ですか?」
いきなりそんな質問をされ修は戸惑う。そういえば、昨夜灘と会っていた定食屋のどでかい音量のテレビに、そんなテロップのニュースが流れていた記憶があったような気がする。
「昨夜、テレビのテロップでそんなニュースが出ていたような気がします」