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日本滅亡  作者: TAMAJI
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No.006 二日目 08時 ~ 09時

 No.006 二日目 08時 ~ 09時


 修はいい機会だと考えて、舞台下から離れる。このまま帰ってしまうつもりだった。

 ところが、途中でいきなり腕を掴まれてしまう。


「どこいくの? すぐに始まるよ」


 修の腕を掴んで言ったのは、ワゴン車の助手席に座っていた李尊美り そんみだった。


「あー、いやトイレに行こうと……」


 咄嗟に修はごまかしてしまう。


「ああ。ならトイレはそっちじゃなくて、あっちだよ。早くしな」


 言われてから、修は改めて李尊美を見てみる。公園の中にいる女性の中では圧倒的に若い。それでも、修よりも少し年上だろう。肌の露出が多い挑発的な服を着ている割には化粧っ気がなくひどくアンバランスな印象だった。

 顔立ち自体は悪くないが、李尊美のひどく攻撃的な性格がモロに表情に出てしまっていて、女性らしい魅力はほぼ皆無であった。

 改めて見ても、背後から見た印象とさほど変わらないというのが、修の李尊美に対する心象であった。

 なにはともあれ、すんなりとは帰れそうもなくなったので、とりあえずトイレに向かう。

 公園に設置された壇上では、弁士による演説が始まった。驚いたことに一番最初の弁士は灘であった。


「我々同志達の力で、ついに米軍を日本から叩き出すことに成功しました。これで、日本が戦争に巻き込まれる可能性は遠のきました。でも、まだ油断してはいけません。憲法違反の自衛隊がまだ日本には存在します。自衛隊が存在するかぎり、他の国は安心できません。日本が戦争できない国にすることこそ、世界平和に繋がるのです! 中国が脅威なのではありません。日本が武器を持ち続けることが脅威に繋がるのです。たとえ攻めてきても、日本が武器を捨てていれば、戦争なんて起きっこない。話し合うしかない国ならば、かならずわかってもらえる。さぁ、みんなで自衛隊廃止に向かって戦いましょう!」


 灘の演説に、公園にいた人々が呼応して声援を上げる。

 その内容にはなんとなく違和感を感じたのだが、修にははっきりとした指摘はできなかった。っていうか、これまでそんなことを考えたことがなかった。日々の暮らしのことで、ずっといっぱいいっぱいだったし、それは今も変わらない。

 もう、いい加減この場所を抜けだして、大学に向かわないと講義に間に合わなくなる。ほぼ徹夜状態で仕上げたレポートを無駄にしたくなかった。

 とりあえず、トイレに入って、そこからどうやってこの公園から抜けだそうかを考えるつもりだった。

 なのに修は、トイレの前でまた捕まってしまう。


「すみません、少しいいですか?」


 丁寧な口調で話しかけてきたのは、ずいぶんと髪に白髪の目立つ四十代後半くらいの男だった。この公園にいるほとんどの参加者よりは若いが、修から見たら随分と年上である。

 ピンクのシャツにループタイを掛けて、カーキ色をした薄手のジャケットを着ている。下はタイトな紺色のスボン。明らかにそれなりのコーディネートを意識した着こなしで、この公園にいる他の人間からは浮いている。

 修が足を止めたのも、そのせいだったかもしれない。


「はい、なんでしょう?」


 すると、呼び止めた男はなぜか意外そうな表情を見せる。ただ、それは一瞬だけで、すぐに名刺を差し出してきた。

 修はそれを受け取り確認する。どうやら、記者のようだった。


「フリーでやらせてもらっている、三島小路(みしま こうじ)と申します」


 軽く頭を下げながら、自己紹介を終えると修の反応を待つことなく、すぐに質問をしてくる。


「すみませんが、先ほど共社党の箍先生とお話しになられてましたよね? 差し支えなければ、まずはどのようなご関係かお聞かせいただけますか?」


 その質問を受けた修は、戸惑ってしまう。ほんの短い時間会話をしただけなのに、それを見られていたとは思わなかった。


「関係って言われましても……友人に紹介されて、初めて会っただけですので」


 このとき、スピーカーの性能をためそうとでも言うかのような大音量で新たな弁士による演説が始まってしまう。おかげで、三島には声が届かなかったようで、手を耳に当てるジェスチャーで聞こえないと示してきた。


「場所を変えませんか?」


 修も言葉で言いながら、公園の外を指差してジェスチャーで伝えようとする。

 すると、三島はうなずきながら指でOKサインを作り承諾の意思を伝える。

 結局、修と三島は近くに喫茶店があるのを見つけてそこに入る。

 店内は落ち着いた感じで、昔ながらの喫茶店といった雰囲気だった。客は少なく、というよりは修と三島の二人しかいない。すぐ近くで見るからに危なそうな集団が集会をやっていれば、客も寄り付かないということなのかも知れない。

 ただ、修個人としては、外の騒ぎにうんざりしていたので、空いているのはありがたい。二人は窓と出入り口の双方から一番離れた席に座る。


「何にします?」


 席に座るとすぐ三島が聞いてくる。まだメニューも開いてないのだが、修は反射的にコーヒーと答えておいた。どちらかというと紅茶の方が好きなのだが、喫茶店ならコーヒーを頼んでおいた方が無難だろうと判断した結果である。


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