No.001 一日目 22時
No.001 一日目 22時
テレビの音量がうるさかった。
食堂のテレビなのだが、人気のある店特有の騒然とした店内の中でも聞こえるように、ボリュームが最大になっている。
少し離れれば、この騒がしい店内でならあまり気にもならないようなものなのだが、高良田修が座った席は天井付近に置かれているテレビの真下だった。
それでも、一人なら雑音の一部くらいにしか思わないので、あまり気にも止めなかっただろうが、あいにくと今日は友人と一緒だった。
バイトの帰りにばったりと出くわして、そのまま一緒に晩飯でもという話になったのである。
大きな看板に、殴り書きのような字で『おおもり食堂』と書かれている。入り口は木製の引き戸が何枚も並んでいて、すべて開くとそのまま屋外とつながってしまうような作りになっている。
客が座るテーブルは固定式のものではなく、木製のテーブルを2つほど並べ、そこに広いテーブルクロスを敷いたものが中央に2つ。
それに、四人用の小さめのテーブルが店の隅に2つ置かれている。
店の壁一面に、手書きのお品書きメニューが貼り付けられており、客はその中から注文をするようなシステムになっている。
そういったものすべてに年季が宿り、油がいい感じで染み付いていた。
この店のどこをどうとってみても、定食屋そのものであり、実際に定食屋以外のなにものでもなかった。
客層は学生が中心で、どのメニューを頼んでも基本が大盛でありおまけに安い。特に体育会系の学生にとってはなくてはならない定食屋となっている。
修はそれほど量を食べる方ではなく、体育会系でもないのでこの定食屋にくることはあまりないのだが、友人が一緒ということでこの店にやってきた。
その友人は、今修の目の前でテレビの音量に負けない大きな声で修に話しかけてくる。
友人の名前は灘秀太郎。同じ大学に通う学生だ。
高校の頃はよくつるんでいたが、学部が違うということでゼミも異なり、最近では会うこともなくなっていた。
「なぁ、聞いてんのかよ?」
灘が少し苛立ったような様子で修に聞いてくる。
「ああ、聞いてるって」
見るからに億劫そうに、修が答えた。というのも、このセリフを聞いたのはこの店に入ってから初めてではない。何度も聞かれていたからだ。
「裏皇統譜って知ってるか?」
いきなり聞き慣れない単語の登場に修は戸惑った。唐突になんでそんな言葉がでてきたのか、さっぱりわからない。
「なんだよ、それ?」
騒音の中、修は戸惑いの表情を隠そうとはせず逆に聞き返す。
「俺も知らん。聞くように言われたから聞いただけだ」
少し怒ったかのように灘が答える。
「なんだよそれ?」
逆ギレされたような気分になり、修としてはさらに戸惑いを深めるような反応をするしかなかった。
「まぁいい。それより、お前も俺と一緒に活動しねぇか?」
まるで先の質問はなかったかのように、灘はテンションを上げて新しい質問をぶつけてくる。おそらく、こっちが灘にとっての本題だったのだろう。
「いやだよ。バイト忙しいし」
修は即刻断った。
「はぁ? 少しは、俺の話聞いてたのかよ?」
まるで責めるような灘の言葉に、修は内心いささかうんざりしていた。
「だから、聞いてるって」
返事がきつくなっているのは、何度も同じ返答ばかりなので、さすがに少々イラッとしたからだ。それに、バイトあがりで疲れている上、帰ってからまとめなくてはならないレポートもある。
「聞いたんなら、わかんだろ? 俺らが行動しなきゃ、ダメなんだってよ? アメリカ軍がいなくなっても、自衛隊は憲法違反なのは変わんないんだよ。このままほっといたら、絶対戦争になるんだって、そんな当たり前のこともわかんないのかよ?」
これも、何度目かの話だった。どこか上から目線なのを感じて、それもまた苛つかせる元となっている。テレビの音がうるさいおかげで、ある意味救われている感じかも知れない。
「だから、さ。バイトで忙しいんだって。だいいち、そんなの俺には関係ないだろ」
この答えも、『おおもり食堂』に入ってから何度目かになる。
以前の灘はこんなヤツじゃなかった。久しぶりに会ってみたら、とてつもなくウザイやつになっていた。
何か、騙されたような気分になったが、大音量のテレビと周囲の雑音にかき消されるように、修が出しているそんな空気は霧散してしまっている。
「じゃあさ、こうしないか? 明日、俺らデモやるんだ。そのデモに一回きてみなよ。そうすれば、俺らの言ってることが正しいんだって、お前にも理解できるからよ」
一体、この押し付けがましい熱心さはどこからくるんだと思いながら、修はどうやって断ろうかと思案していると、タイミング良く注文した料理が運ばれてきた。
修は『おおもり食堂』では定番と言っていいとんかつ定食で、灘は牛丼である。どちらもご飯は山盛りで食べきれるか心配なほどだ。
「いただきます」