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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガチャガチャ

作者: たってぃ

8/6…加筆・修正。pixivに重複投稿。

 ちゃりん。

 ガチャっ。ガチャガチャガチャ……。

 ちゃりん。

 ガチャ、ガチャガチャっ。ガチャガチャガチャガチャ。

 ちゃりーん。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。


 乱暴にドアノブをまわす音に、沖名おきなミオは眠りから浮き上がった意識を無理矢理深淵にひっこめようとする。

 まったく、なんだっていうのよっ!

 彼女が住んでいるマンションは【セキュリティー万全】が売り文句。地下駐車場にはモニタールームのある警備室に、各階には常駐警備員がいる。

 命は金では買えない。だからこそ、それなりの金額の家賃を滞納せずに払っているのに、不審者の侵入を許すなんて。

 心の中で毒づいて寝返りをうつと、殴られて腫れた頬が枕に当たった。

「くうっぅ~……」

 悲鳴をあげないように歯をくいしばる。へし折れた歯の隙間からもれた声が部屋に響き、全身が緊張で強張っていく。依然とドアをガチャガッチャとまわす不審者への恐怖。自分が起きている事を悟らせたくない警戒心に、心臓がバクバク音をたてて血を送り出す。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。

 早く帰ってよ。あぁ、痛み止めを飲みたい。コップを氷いっぱいにして、キンキンに冷え切った水で痛み止めを流し込みたい。

 気分爽快を通り越して、あまりのここち良さに痛みごと嫌な記憶をまるごとリセットできる筈だ。

 痛みを自覚した脳みそが脈打つ感覚。全身に熱があっというまにまわり、体中の毛穴から汗が噴き出て止まらない。

 恐怖。苛立ち。警戒心。痛みと熱に凝り固まり、無意識にベッドの中で胎児のように丸くなる。

「ふーふーふー」

 爛れてひび割れた唇から獰猛な呼吸が漏れた。

 血走る瞳は壁の向こうにある出入り口のドアを睨みつけ、ドアノブをまわす相手の正体に殺意をたぎらせる。

 もしかして、一哉かずやかしら?

 不審者に該当する人物に思い当たり、最後に見た「激怒に染まった赤い顔」を思い出す。

 毛孔から蒸気が噴き出しそうな一哉の形相は赤鬼そのものだった。

「一哉っ! 好い加減にしてよっ!!!」

 思い出した途端、怒りで跳ね起きるミオ。

 ずんずんと廊下を歩き、目を吊り上げて耳障りな音をたて続けるドアに向う。

 相手が一哉ではないかもしれない。それすらもどうでもいい。

 玄関の靴箱には、いざとなったら武器になる金属バットが眠っている。

 ドアは絶対に開けない。ドアスコープで相手を確認したら、一哉じゃなかったら警察に通報する。一哉だったら、殺しもいいからバットで殴りつける。

 獰猛な感情のギリギリ一線で、ミオの脳みそは判断を下す。

 殺す。殺す。ぶっ殺すっ!!!


 ちゃりん。

 ガチャっ。ガチャガチャガチャ……。

 ちゃりん。

 ガチャ、ガチャガチャっ。ガチャガチャガチャガチャ。

 ちゃりーん。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。


 ドアスコープを覗きこもうとした時、ミオは気付いた。

 ガチャガチャドアノブをまわす音の前に、ちゃりーんとまるで小銭が落ちる音がする。

 そして、その音はドアに取り付けられた郵便受けから響いている。


 ちゃりん。

 ガチャっ。ガチャガチャガチャ……。

 ちゃりん。

 ガチャ、ガチャガチャっ。ガチャガチャガチャガチャ。

 ちゃりーん。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。


 耳を澄ます。やっぱり、不審者は郵便受けに何かを入れてから、ドアノブをガチャガチャまわしている。

「………」

 意味も意図も見えない一連の行動を想像して、頭の中の不審者像が一哉から一気に得体のしれない人物にかわった。

「いや」

 無意識に拒絶の言葉が出た。

 怒りの感情が強く出た分、反動で恐怖と恐れがミオの感情を支配する。

「いや……。いやだぁ」

 いや、いや、いやっ。

 言葉が眼前の現実を肯定する。発した己の声が頭の中に反響して、怒りで蓋をしていた恐怖心が黒い触手をのばしてミオの意識をからめとる。

「いやああああああああああああああああああああ………っ!!!」

 もう駄目だった。理性が決壊して、爆発した恐怖が悲鳴となって周囲に響き渡る。

 顎が外れる程に口を開いて、腫れた頬が歪に引きつった。

 ガンガンと脳を揺らす痛みと共に、とけた飴のようにぐにゃりと歪んでいく世界。

 助けて、誰か……。

 ミオは意識を手放した。限界だった。



 恋人の一哉が社会人になり、彼は悪い方向に変ってしまった。

 叶うなら記憶を持ってあの頃に戻りたい。一哉が大学の先輩であり、面倒見がよく、教授にかわってゼミ生を取り仕切る姿が眩しくて、ほのかに憧れを抱いていた時期に。告白をしてきたら申し訳なさそうに頭を下げて断るのだ。

 ミオは夢想しながら、自嘲気味に唇を釣り上げた。

 一哉にされた不快な出来事を思い出し、毎日金属バットを眺めて溜飲を下げる自分が惨めだった。

「本当に学生は呑気だよなぁ。こっちは会社で休みたくても休めない身なんだぜ? あーあー、お前を見ていると戻りたいよ。無責任なガキっぽい学生時代に……」

「だったら、いいよ。無理してデートしなくても。わたし一哉に無理させたくないし」

 ミオだって、一人暮らしと大学とバイトで休む余裕なんてない。家賃に生活費と自炊と大学の単位、自分の健康を管理する為の休憩時間……。それらを頭に入れて、時間を削りながらデートの時間を捻出しているのだ。

 その点で言ってしまえば、一哉は自分よりイージーモードの筈だ。

 付き合った後に知った、裕福な実家暮らしでバイトをしたことがないのが彼の自慢。ある意味、学生時代の頼もしかった一哉は、じつは他の人間より余裕があったからできた虚像だった。

 しかし、自発的な面倒見の良さとリーダーシップが発揮できるのは一哉自身の良さだ。同じ状況でも他人だったら、こんなめんどくさい事はしない。……そう、思いたかった。

「はぁ~。そんなこというなよ~。付き合ってくれよ~」

 全くこれだ。突き放せば甘えてくる姿に、嫌悪感がこみ上げてくる。

 折角の青空も緑あふれる初夏の公園もくすんで見え、モザイクの路面に落ちるじゃれあいながら腕を組む自分達の影が滑稽に見えた。

 こいつと別れたい。それが正直なミオの気持ちだ。

 だが……。

「うん、こっちこそごめんね。キツく言いすぎた」

 気持ちとは正反対の言葉を吐く、リップに濡れた唇。学友たちの顔が脳裏にちらついて胸を圧迫する。大学でミオと一哉が付き合っている事を知っている面々は、ミオの愚痴を我儘だと、被害妄想だと切り捨てて、殴られた時のアザを見せても「自演乙」と呆れられた。

 自分よりも一哉の方が信頼されている現状。

 もしも一哉の機嫌を損ねればたちまち、孤立する現実を彼女は恐れ、一哉の方も暗に匂わせていた。

 ミオの通っているK大学は、就職氷河期を通り越してバブル以前から就職活動に力を入れていた。


【男も女も関係なく

社会に貢献できる人材育成】


 そのスローガンのもとに卒業生は数多の企業で活躍し、名の通った企業の重役はK大のOBで固まっていると言う噂が流れるほどだ。

 噂の温床となっているのは、K大卒業生の恩恵。

 もし、会社訪問でゼミの話題が出た場合。重役が自分と共通のゼミだと分かれば、内定が確定したも同然だ。

 男だろうが女だろうが、仕事が出来まいが不景気だろうが関係ない。

 繋がりを深める、結束を固める、人物重視……耳ざわりの良いエコひいき。

 居心地のいい場所を作る近道は身近な人間を周りに囲う事なのだから。

 が、デメリットも存在している。

 大学生活の態度と評判が就職活動で大きく左右されるのだ。

 孤立する程の評判が悪い生徒はいらない。大学を訪問するOBの耳に入ってしまったら最後、孫請け会社まで顔と名前が瞬く間に広がり、就職活動の大きな障害となって立ちはだかるのだ。

 この大学で孤立するわけにはいかない。過去に自殺者まで出した先人たちの悲劇を知っているからこそ、ミオは慎重に慎重を重ねて一哉と付き合った。

 両親との折り合いも悪く、頼れる親戚はマンションの保証人になってくれた年金暮らしの祖父母のみ。その上、奨学金を抱えている為、就職活動で躓くわけにはいかないのだ。

「いっ」

 二の腕を突然つねられて声をあげそうになる。

 顔をあげればニヤニヤ顔の一哉が言う。

「それにしても、ミオちん。ちょっと太ったかな~。二の腕がぷにぷにだよ」

「そっ、そうかな?」

 顔が思わず引きつった。どちらかというと全体的に痩せた方で、今月に入ってベルトの穴が一気に三個も縮まった。貧相な体がさらに貧相になったことを誤魔化したくて、ゆったり系のワンピースに半そでの上着を羽織る格好だった。

「そうだよ。一人暮らしだからって、好い加減な食生活しているからこんなことになるんだよ。だから、俺が定期的にチェックしないとミオちんが、ミオぶーになっちゃうね」

 カラカラ笑うこの男に殺意が芽生えてくる。弁当箱を入れているバックの重さが増して、見えない悪意がミオの細い体を押しつぶそうとしている。

 定期チェックと称している手作り弁当での食事は、今の彼女にとって苦痛そのものだ。

 学生時代はミオの作った弁当を「おいしい、おいしい」と誉めてくれたのに、社会人になってからは「まずい」と始まり「味が濃い」「しつこくい」「人間の食べ物じゃない」と貶めながらガツガツ食べるようになった。

 それに。

「あーっ。このサンダル、この前のデートで俺が選んだヤツだね」

「うん。一哉が似合うって買ってくれたヤツだよ」

 レザーのベルトに造花のヒマワリがのっかっている、少し厚底のサンダルだった。正直厚底は趣味ではない上に歩きづらく、のっかっているヒマワリが安っぽくて嫌いだった。

「ぅっわあー。ごめんね、実際穿かせてみたら似合わないね」

 だからって、大袈裟に溜息をつかないでほしい。

「ねぇ。裸足で歩いてくれないかな?」

「え?」

「えっ。じゃないよ。カレシの失敗をカバーするのが、カノジョの役目でしょう? 失敗を目の当たりにして傷ついた俺の気持を、君は無視するんだね」

「失敗じゃないよ。それに気に入っているし」

 嘘に嘘を重ねている空々しい自分に、ミオは泣きたくなった。

「ミオは自分だけ良ければいいんだね。だけどね、みんなが俺の失敗を見ているんだよ。君の我儘が俺に恥をかかせているってわからないのっ!」

「………」

 悔しくて下を向き、唇をかんだ。仕事のストレスで豚の様に太り、よれよれのシャツにジーンズのだらしがない姿。こんな奴にいいように言われている自分が、なにより嫌だった。

「泣いちゃったの。ごめんね、俺が悪かったから。許して、ね?」

 まるで、自分が折れた形に振る舞う姿。

 どうして、こうなってしまったのかと彼女は途方に暮れた。

 告白された時の舞い上がっていた自分を殴りたい。

 だって、一哉はミオを愛していないのだ。彼が欲しがったのは自分に都合よく動き、ストレス発散のサンドバックになってくれる奴隷だったのだから。

 K大生の恩恵があるからと言って、全てうまく行く甘い話は無い。社会に出て自分の思い通りにならない事が増た事により、一気に化けの皮が剥がれたのだ。



 店内なのにぬるい風が吹いていた。

 デートと称して、無理矢理連れて行かれたデパートの一角。淀んだ何かが吹きだまっているようなその場所には、カプセルトイの自販機が壁一面に並んでいた。

「二足歩行アニマル」「世界のサボテンとなまこ」「宇宙の砂」……。

 アンバランスでファンシーなラインナップと、前衛的ともいえる意味不明なカラフルさ。人工的な騒がしさが不気味な雰囲気を払しょくしようと健気に稼働している。

 だが、これは愚かしい逆効果だ。壁一面の自販機から醸し出される威圧感が、静かに横たわる陰鬱な空気に得体のしれない存在感を与えている。

 隠し切れてもいない。誤魔化し切れてもいない。その証拠に、此処にいるのはミオと一哉だけだ。

「懐かしいよな、ガチャガチャ。小さい頃夢中になって、まわしているうちに目当ての商品なんかどうでも良くなって、自販機の中身が空になるか、自分の財布が空になるかガチャガチャまわし続けたんだ。本当に戻りたいなぁ、あの頃に」

「…………」

 なにかの前置きなのか、実感をこめて饒舌に語る一哉に対しミオは反応に困った。

 微笑ましいエピソードを語っているつもりだとしたら笑えない。その微笑ましい思い出の一哉が、現在の一哉と繋がっているからだ。

「それで、ミオにやってほしいのがコレなんだ」

 彼が指さす自販機は「幻獣シリーズ」と題されて、ユニコーンやドラゴンと言ったファンタジー生物のイラストが貼られていた。

「なんていうか都市伝説的な。こういう神秘的なモノには、神秘的なものがワザと入りこんでいるんだって、会社の先輩が言ってた」

「神秘的な……」

「うんそう。なんでもケセランパサランが入っている事もあるんだって」

「なんですかそれ?」

「知らない。白くてふわふわで、捕まえた人に幸福をもたらす未確認生物だよ」

……そんな都合の良い未確認生物がいるなんて知らなかった。

「でね。最近、辛気臭い顔をするようになったミオの為に、このガチャガチャを紹介したわけ。……なんだけどぉ」

 ぐちゃりといやらしく歪む一哉の顔に、ミオは嫌な予感がした。

「ミオなら神様が同情して、ケセランパサランを引き当ててくれると思うんだよね」

 そうか。それが狙いか。一哉の思考が読めて暗澹とした気分になった。

 出る筈のない玩具をわざとひかせて、ケセランパサランがでないミオをあざ笑おうとしているのだ。下手をすれば何度も何度も、自販機の中身が空になるか、自分の財布が空になるまで。

「……ということで、がんばってね。あと、俺ちょうど小銭ないからミオが出してね」

「わかった」

 もうなにも考えないようにしよう。

 ミオは小銭を入れてハンドルをまわす。


 ちゃりん。

 ガチャっ。ガチャガチャガチャ……。


「えっ」

 出てきたものに、二人は目を点にした。

 カプセルの中にいる白くてふわふわの生物。

「これ、ケセランパサラン?」

 一哉に尋ねようとしたら、ミオの視界に一哉の拳が映った。

「どうしてっ! どうしておまえだけえええっ!」

 一哉の罵倒が聞こえた。

 歯が折れた音が聞こえた。

 骨がきしむ音がした。

 何度も何度も殴られた。

 命の危険を感じて逃げだした。

 そして、ケセランパサランは……。



「んっ」

 玄関で気をうしなっていたミオは意識を取り戻した。

「いった、たたた」

 口に出してもしょうがないと思いつつ、苦痛を訴えるミオ。

 よろよろと立ちあがろうとした瞬間、まるで待っていたかのように郵便受けが開いた。

 ジャリっ。

 ジャリリリリリリリリリリリリ……。

「えっと、これって」

 余りの現実離れした光景に呆気にとられる。

 玄関に盛られた小銭の山に、昨晩の出来事が思い出されて小さな身体を小刻みに震わせる。

「もしかして、ケセランパサランのご利益?」

 ぽつりと呟いて「だったら、恐くない方法にしてよ」と愚痴る。

「ちゃりーん。がちゃがちゃ……」

 口にだしてハンドルを回すように手をひねる。なるほどガチャガチャっぽい。ガチャガチャをまわす一連の動作を思い出して納得する。

 否。ミオは納得しようとした。そうでもしなければ、恐怖で身体が動かなくなりそうだったからだ。



 数時間が経過し、やはり恐くなったミオはマンションのオーナーの女性に昨晩の出来事をぼかして話した。

 一哉に殴られて腫れた顔は「歯医者で治療をしたからだ」と説明し、「寝ている時に、誰かがドアを無理矢理こじ開けようとしていた。気を失ってしまい、警備室にも警察に通報出来なかった」と伝えた。

 オーナーの方も動転して、ミオと一緒に警備室にあるモニタールームで映像を確かめる事になった。

「あっ」

 住民側がロックを外さなければ開かない筈のドアが開き、常駐している警備員を素通りする男の影。人物を特定しようにも、常にノイズが走り肝心な所で黒くぼかされて、まるで影が動いているように見えた。

 特定に至るまでの存在がつかめない人物。

 付き合っていたミオだけが影の正体に気付いた。

……一哉だった。

 一哉はまるでガチャガチャをするかのように、ミオの部屋のドアノブをガチャガチャまわし続けていた。

「失礼だけど、沖名さん……。この人に心当たりはないかしら?」

「すみません。知らない人です」

 本当に申し訳なさそうに答えるミオ。対するオーナーの女性は気まずそうに「そう、ごめんね」と短い謝罪を返す。

「ちょっと、責任者はだれよっ!」

 苛立ちを隠さずに怒鳴るオーナー、側にいるミオはそれどころではない。

 ケセランパサラン。心の中に渦巻いていた殺意。私の願い。

 胸にすとんと落ちた確信に、全身の力が抜けて目から涙がこぼれてくる。

「あっ。沖名さん、大丈夫。大丈夫だからね」

 慰める言葉にミオは両手で顔を覆い頷く。

 そうだ。私はもう、大丈夫なのだ。



 エピローグ。


 ガチャっ。ガチャガチャガチャ……。

 ちゃりん。

 ガチャ、ガチャガチャっ。ガチャガチャガチャガチャ。

 ちゃりーん。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。



 あぁ。また聞こえる。

 これで、何度目だろうか。

 オーナーにはあの日以降、不審者は来ていないと話していたが、じつはまだ怪異は続いていた。

 現在、一哉は行方不明となり、恋人の失踪で周囲に同情を集めたミオは、大学を無事に卒業して上場企業に就職した。

 彼がどうやって生活しているのか、どうやって資金を調達しているのかわからない。

 一哉は思い出したようにふらりと現れて、ドアノブをガチャガチャまわし小銭の山を残して去っていく。

 残された小銭は当初、罪悪感はあったものの一哉に負わされた折れた歯と怪我の治療にあてられ、現在は生活費の一部として活用させてもらっている。

 ふと、ミオは思った。

 一哉の中では、この状況はガチャガチャをまわしているつもりなのだろうか。

『懐かしいよな、ガチャガチャ。小さい頃夢中になって、まわしているうちに目当ての商品なんかどうでも良くなって、自販機の中身が空になるか、自分の財布が空になるかガチャガチャまわし続けたんだ。本当に戻りたいなぁ、あの頃に』


――本当に戻りたいなぁ、あの頃に。


 人に幸福を与えるケセランパサラン。その場にいた、ミオと一哉。

 一哉の願いは? 彼はいつまで、ガチャガチャをまわし続けるのだろうか?

「もしかしたら、死ぬまで……」

 思わず口について出た言葉。

 だが、そうなのだろうと奇妙な納得があった。

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