第九十五話 落ち着いた日常
フィリアの目覚めを待っていたリカード達は、目を覚ましたフィリアと共に、湖岸の塔を隅々まで探索して、完全に取り戻した事を確認した。
久しぶりに全ての窓が開放されて、従来の塔に戻りつつあった。
レオンハルト達、パルジャティアの者達は感極まっていた。
そんな中、フィリアはラリーナと共にパルジャンの母が見ていたという景色を眺めていた。
「塔の上から見る景色は格別ですね」
フィリアの呟きに、
「これで、直哉とリリが居たら言うこと無いのだがな」
ラリーナが続いた。
「あら? シロは良いのですか?」
フィリアは意地悪く聞くと、
「あれはまだ幼いからな。ダメと言われても付いてくるだろう」
「確かにそうですね」
フィリアは微笑んだ。
二人は直哉が眠り続けている方向を見ながら、ゆっくりとした時を過ごしていた。
「直哉様は目を覚ましたのかしら?」
「いや、それなら、私に思念が飛んで来ると思う。それが無いからまだなんだと思う」
ラリーナの言葉に、フィリアはうつむきながら、
「私の力がもっとあれば、直哉様をお救いできたかもしれないのに。自分に力がない事が悔しいです」
「それは、私達も同じだ! フィリアだけのせいじゃないさ」
「ですが!」
熱くなったフィリアを宥めるように、
「フィリアは少し考えすぎだよ。私やリリの様に好き勝手に振る舞って見てはどうだ?」
「それは、直哉様にも言われました」
「直哉にも無理してると思われているようだな」
「無理をしているわけではないのです。私は、私を律しているのです。私は、ハーフエルフ。王である父にとって最大の汚点です」
「そんな事は無いと思うけどな。だが、それを知るすべはもう無いのか」
「はい。残念ですが」
「ちなみに、今でもエルフの血が入っていることは嫌か?」
「それが、良く分からなくなりました。直哉様どころか、出会う方全てが血について何も言ってこないので、少々困惑しています」
「ハーフだからって、私は気にしないがな。むしろ、誇りに思うよ」
「銀狼の血でしたっけ?」
「そう。父から受け継いだこの血の力、そして母から受け継いだ技の力。この二つが私の誇りだよ」
フィリアは自分の胸に手を当てて、
「私の身体に流れるエルフの血を憎んでいた時期がありました。ですが、直哉様と出会って、直哉様と行動を共にしていると、憎む気持ちを和らげてくれる。きっと、これが私の心に潜む暗い思いなのですね。この、憎しみという気持ちが」
「そうか。でも、自分だけで何とか使用とするなよ、必ず直哉を頼れ。もちろん私やリリでも良いがな」
「わかっています。私たちは家族ですものね」
フィリアは微笑んだ。
そこへ、リカードが声を掛けた。
「二人の時間を邪魔して悪いが、そろそろ夕飯の時間だそうだ。今日は遅いからこの場に泊まり、明日の朝、凱旋する」
「わかりました。それでは行きましょうか」
「おう」
フィリアとラリーナは、カソードについていって非戦闘員達から熱烈な歓迎を受けた。
「聖女様!」
「聖女様!」
「聖女様!」
それは、先の戦闘でフィリアの信者になってしまった者達であった。
「困りましたね」
「難しい所だよな」
フィリアは困惑しながら席に着いた。
食事は携帯式の食糧がメインで、湖で捕れた魚料理が出されていた。
リカード達、ガンツ達も舌鼓を打って料理を堪能していた。
その日はそのまま眠りにつき、次の日の朝を迎えた。
予定通りに野営を終えて帰路の旅路に着いた。
道中は何事もなく、日が暮れる前にはパルジャティアへ到着した。
◆パルジャティア
パルジャティア城では、リカード・エリザ・レオンハルトがパルジャン・ステファニー・ドランクリンに塔の開放と仮面の男の撃破、レッドムーンの頭であるエルムンドの撃退を報告すると、
「ありがたい! 直ぐにでもあの景色を観に行きたい!」
パルジャンが目を輝かせていた。
「それでは、塔の視察準備を致します」
ステファニーは立ち上がると、侍女に視察の準備を始めるように伝えた。
視察には、パルジャン・レオンハルトを始め、近衛騎士達と冒険者の一団がお供する予定となった。
城の防衛にはステファニーが残ることになり、直哉が目覚めた時の対応役でもあった。
「次に、難民達の問題ですね」
ステファニーは、斬り込んできた。
「身体の具合が悪い人は結構な数になり、街の診療所や屋敷の地下はその収容で一杯です。早急に難民用の建物を造らないと、野宿する人が増えてしまいますね」
「リカードさん達の方で何とかならないのですか?」
リカードは、
「直哉が目を覚ませば全て解決出来ますが、それまではそちらで何とかして貰えませんか?」
パルジャンはステファニーに、
「勇者直哉さんが目を覚ますまでの一時的な処置として、城の一部を開放しよう」
「治安が下がりますがよろしいのですか?」
「それは、近衛騎士達に頑張って貰おう」
「畏まりました」
レオンハルトは、近衛騎士達に指示を出し、塔まで同行する者と城の警備をする者に分けさせた。
「リカードさん達は、まだ居てくださるのですよね?」
「直哉次第ですが、目を覚ませば挨拶に来ると思います」
「分かりました。数日で戻りますので、出来ればパルジャティアの防衛をお願いします」
リカードは自分の頼みのせいで治安が低下するのを聞いていたので、
「承知いたしました」
パルジャン達とリカード達が話している頃、城下町では買い出し班が出ていた。
◆パルジャティア城下町
ゴンゾーは荷物持ちにガリウスを連れて店を巡っていると、アンナとマーリカが酒場で休憩している所に出くわした。
「ゴンゾーさん!」
「これはアンナ殿。それにマーリカ殿。お食事ですか?」
「はい。良かったら、お二人もどうですか?」
ゴンゾーはバテバテなガリウスを見て、
「そうですな、お言葉に甘えるとするか」
「あ、ありがてぇ」
ガリウスは酒場の空きスペースに荷物を降ろして大きなため息をついた。
二人の前にも飲み物が出され、ゴンゾーは焼き魚を、ガリウスはモーモー肉のステーキを注文した。
アンナとマーリカの前には野菜を中心としたヘルシーなメニューが並んでいて、対照的な夕食となった。
「結構な量を買い込んだのですね」
「我々だけなら問題無いのですが、怪我人のみなさんや、村に帰れない方への援助物資もあるので爆発的に膨れあがりました」
「屋敷の周りにも、まだまだ沢山の人が居ますからね」
「はい。直哉殿に頑張って貰うしかありませんね」
四人で食事をしていると、五人組の冒険者が入ってきた。
「おや? そちらはパルジャティアの英雄様達ではありませんか?」
ゴンゾーが、
「そちらは、ガンツさんとその仲間の方々ですね」
「どもども」
お互いに挨拶しながら、冒険者達は隣の席に着いた。
しばらくお互いの食卓に集中していると、リンダがゴンゾーの元へやってきた。
「あの」
「何でしょうか?」
「聖女様はご一緒ではないのですか?」ゴンゾーは、
「フィリアさんですか?」
「はい」
「彼女なら、今は夫の元で看病していますよ」
リンダは、
「お会いになることは出来ないのでしょうか?」
「いや、大丈夫だと思う」
リンダはパッと輝いた顔で、
「それなら、お願いしたいことがあるので、食事が終わったら顔を出しますね」
そう言って、自分の席へ戻った。
ガンツ達はアルコールを飲んでいて、大いに賑やかになっていた。
ゴンゾー達は食事が終わったので、
「それでは、私たちは先に行きますね」
冒険者達にそう告げると、ゴンゾーとガリウスは荷物を置きに屋敷へ、アンナとマーリカは城へ向かい、リカードとエリザを待つつもりであった。
◆直哉の部屋
直哉は眠っていた。
リリの話しでは、黒い鳥を倒してからの直哉の寝顔は、だいぶ安らかになったと。
「確かに、湖岸の塔へ行く前に比べると、もの凄く顔色が良いですね」
「そうなの! いっつも、青白い顔で怖かったの。でも、昨日の夜からは違ったの」
ラリーナはリリの話しを聞きながら、シロに向かって、
「その鳥にお前が気が付いたんだって?」
「わん! わん!」
シロがラリーナに擦り寄って、
「くぅんくぅん」
ラリーナに甘えていた。
「リリも凄かったと聞いているよ」
「えへへ。頑張ったの!」
リリは褒められて嬉しくなった。
「後は、いつ、お兄ちゃんが目を覚ますかなの」
フィリアは直哉の髪を撫でながら、
「まさか、火山の時と同じだとは思いませんでした」
「でも、リリが元凶を倒したのだし、後は目覚めるのを待つだけだな」
そう言って、夫婦水入らずの時間がを過ごしていた。
そこへ、リンダが他の冒険者仲間と共に、やって来た。
「聖女様! お願いがあります!」
扉の前で大声を上げた。
フィリアは、
「どうかしましたか?」
と、扉を開けてから話し掛けた。
「聖女様の旅に、私も連れていって欲しいのです!」
リンダの目が本気なので、
「私に、貴女を連れていく権限はありません。全て、こちらで眠りについている、直哉様の判断が必要です」
フィリアの説明に、
「わかりました! また、明日伺います!」
と言って、出ていった。
フィリアは軽くため息を付きながら、
「今は、直哉様以外の事を考えたくないのに」
と、ボヤいていった。
夕食の時に、リリとシロが子供達に捕まり、
「あー、ワンコだ!」
「ピンクのおねーちゃんだ!」
「わーい!」
と、子供達になつかれて大変であった。
食事中もゆっくりすることが出来ず、周りの大人達が慌てて止めていた。
「ご飯の時間は、ご飯を食べるの! ちゃんと、ご飯を食べたら、その後のお風呂の時間まで遊ぼうなの!」
子供達は喜びながら、ご飯を食べに、自分の席に戻っていった。
その後は、リリ達も落ち着いて食事を取ることが出来、ご満悦であった。
この後、子供達によるエンドレスだと錯覚するような遊ぶ時間が待っているとは、夢にも思わなかった。
そして、次の日、ついに直哉が目を覚ました。
◆直哉の屋敷 現在
「と、いった事がありました」
みんなの話を聞き終えた直哉は、
「まずは、難民の処遇とパルジャティア王国のパルジャンさんとの話し合いだな」
直哉は食事を取り、嫁達と熱い包容をした後で、やるべき事を洗い出して、箇条書きにした。
「難民の支援。パルジャンさんとの対談。エルムンド捜索のための拠点の構築。現時点ではこんな所だな」
直哉はリカードを呼び出した。
しばらくしてリカードがアンナと共にやって来た。
「すまない、リカード・・・・とアンナさん? おはようございます」
直哉はどうしてアンナさんが居るのかわからないと首をかしげながらも挨拶をした。
「おはよう。直哉、先に俺達の要件を済ませてよいか?」
「えぇ。もちろんですよ」
「アンナさんは、俺と共にバルグフルへ来てくれるそうだ」
直哉は驚いて、
「えぇ? どうしてその様な事に?」
「今回の兄の件で、共に行動して、リカードさんと共に居るのが心地よくなりまして、これがどのような感情なのかを確かめるためにも、リカードさんの造るバルグフルを見てみようと思いました」
「そういうことだ」
リカードは嬉しそうに言った。
「よくわかりませんが、おめでとうございます!」
思わぬことで、驚いた直哉であったが、
「それで、リカードに頼みたいことがあったのだけど、別の人に頼んだほうが良いのかな?」
直哉が気を使うと、
「いや、大丈夫だ。何をして欲しいのだ?」
「難民たちの家を建ててしまって良いのかどうか聞きたいので、お城の人とつなぎをつけて欲しいのだけど」
直哉の提案に、
「わかった、付いて来てくれ。アンナは待っていてくれ」
リカードに連れられて、直哉はパルジャティア城へやって来た。
「面白い造りの城ですね?」
直哉は、リカードと同じ事を言った。
「私もそう思ったよ」
直哉とリカードは談笑しながら場内へ入った。
城では、リカードから話を聞いたステファニーが、迎えに来てくれていて、歓迎してくれた。
「ようこそ、お出でくださいました。勇者直哉様。奥に席を用意してありますの、こちらへどうぞ」
ステファニーは、直哉とリカードを案内した。
席に着くと、侍女たちが飲み物を用意してくれて、直哉達はそれを受け取った。
「さて、お体の具合はいかがですか?」
「ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です」
ステファニーは微笑んで、
「それは、良かったです。それで、本日は難民達の件ですか?」
「はい。難民達のために、このパルジャティアの湖周辺に家を造ってしまって良いのかを、聞きに来たのですが、どうですか?」
ステファニーは、パルジャティア周辺の地図を取り出して、
「この辺りであれば問題ありません」
と、示してくれた。
直哉は、マップを開いてそれを記録して、
「わかりました。それでは、これから造りに行って来ます」
そう言って、立ち上がった。
ステファニーは、直哉の力を見てみようと思い、
「私も付いて行って良いですか?」
と、聞くと、
「もちろん良いですよ。それと、難民達でこちらへ移住したいという方も連れて行きましょう。そのまま、自分たちの家として使ってもらいます」
直哉は、スキルを発動させて、先に家のデータを作成していた。
「それでは、用意してきますので、直哉様の屋敷でお待ちください」
「わかりました」
直哉とリカードは城を後にした。




