第九十二話 パルジャティア湖畔の塔攻略 中編
野営の準備をしていたリカードの元に、冒険者達がやって来た。
まずは、大盾を持った男が、
「先程はありがとうございました。俺はガンツといいます。見ての通り戦士です」
次に、金属鎧の男が、
「おかげで、リンダが助かりました。私はバールと申します」
布製の鎧を着けた男は、
「出会ったばかりとはいえ、パーティー内で死者が出るのは悲しいですから。私は盗賊のハルパです」
革製の鎧を着けた男が、
「お前は悲しまないじゃないか。おっと、俺はジャスだ」
と言ってきた。
そして後ろに控えていた女が、
「本当にありがとうございました! 私は魔法使いのリンダです」
と、ペコリと頭を下げた。
「いや、あれは中々危険でしたね。傷の具合は如何ですか?」
「リカードさんの奥義で受けたダメージは殆ど無くなりました。出発前に頂いたこのタブレットと呼ばれる回復薬のおかげですね。市販されているどの回復薬より効果がありますし、飲み物では無いので、連続して使用できますね。まぁ、連続して使用するほどの傷を受けたら死んでしまいますけど」
リンダはペロッと舌を出した。
「ふむ、これから先の戦闘では油断なきように、お願いしますね」
「わかりました!」
そう言ってリンダは去って行ったが、残りの男たちはその場に残った。
リカードは男達に向き合って、
「どうかしましたか?」
男達は、
「先程の戦いを見て、あなた方が一番強いと見ました。もし良ければ、俺達に魔法使いの居る戦い方を教えてくれないか?」
「よろしいのではありませんか?」
リカードにゴンゾーがそう言ってきた。
「だが、見回りをしなくても大丈夫なのか?」
「それは、私が行こう」
いつの間にか来ていたレオンハルトが声をかけて来た。
「そちらはよろしいのですか?」
リカードは近衛騎士達の様子を聞いてみた。
「こちらは、治療が終わり休息を取らせています。ですので、私は動くことが出来ます」
リカードは少し考え、
「わかりました。ゴンゾー! 見回りの指揮を頼む」
そのまま、レオンハルトを見て、
「ゴンゾーの指示に従ってもらえますか?」
レオンハルトは一礼して、
「了解しました」
「ゴンゾーさん、お手並み拝見します」
ゴンゾーはレオンハルトに頷きながら、
「承知。とは言っても、各々別々の場所を見て回るだけなのですがね」
レオンハルトはゴンゾーと見て回る場所を確認して、偵察任務に出かけていった。
ほかに、ゴンゾーとラリーナが偵察に出るようであった。
リカードは、訓練メニューを考えて。
「アンナさん、フィリアさん、リンダさんも来てください。戦闘訓練をします」
そう言って、冒険者五人と、フィリアとアンナを集めて、説明した。
「まずは、フィリアさんはリンダさんに戦闘中の詠唱について教えてあげてください。あの速度ではこれからの戦いでは厳しくなると思います。続いて、リンダさんが詠唱している間に、私とアンナさんとフィリアさんでリンダさんを目標に攻撃をしますので、皆さんはそれを防いでください。アンナさんが魔法を発動できる様になれば難易度を上げていきます」
リンダは、
「お願いします。フィリアさんの魔法詠唱を見て凄いと思っていた所です。私にもあれだけの詠唱速度があれば、もっと戦えるのにと思いました」
ガンツたちも、
「こんなことで、俺達の実力が上がるのであれば、文句は無いな」
そう言って、各々準備を始めていた。
その間に、野営準備は着々とすすみ、休んでいた近衛騎士達も自分たちの実力不足を実感したらしく、
「我々にも、訓練をつけていただけないでしょうか?」
と、リカードを頼ってきた。
「そうですね」
リカードは少し考え、
「では、勇者直哉に始めて教えたことを教えましょう」
そう言って、型を教え込んだ。
「この、構え・防御・攻撃のセットを繰り返してください。もちろん、それぞれの動きの時、その動きをしっかりと感じながらやってください。現在の直哉は朝の食事の前にかなりの数をこなすという」
「いまだに、この型を鍛練メニューに入れているのですか?」
「そう聞いている。あいつは、自分が弱いことをいつも嘆いていた。強くなりたいと。だから、近道などしないで、日々の鍛練を積み重ねていって、ようやく俺達に追いついたと言うわけだ」
「始めから、強かったわけではないのですね?」
「あぁ」
「わかりました!」
近衛騎士達も、勇者と同じくらい強くなれるという妄想を糧に、型の鍛練を始めた。
「なるほど。高速詠唱の鍵は一度に練り込む魔力量ですか」
リンダはフィリアから詠唱の基本を学んでいた。
(でも、この程度であれば魔術師ギルドで教わるはずですが。物忘れが多い方なのですかね)
フィリアはそう考えながらも、丁寧に基礎部分を教えていった。
「ジージよりわかりやすい!」
リンダは詠唱速度が速くなるのが分かるので、楽しくなってきた。
「ジージって?」
「私が教わった魔術師ギルドの先生です。言葉が難しすぎてよく解らなかったし、出来ないとすぐ怒るからあの時間は嫌いだった」
フィリアは納得しながら、
「何処にでも居るのですね。教えるのが下手な先生は」
リンダはフィリアの言葉に大きく頷いて、
「それでいて、何で聞いていなかったんだ! って怒るから、いや、聞いていたけど、意味がわからんって答えたら、この程度が理解できないなら、辞めてしまえって言ってきた」
リンダは発動体を握りしめ、
「幸い、発動体は貰っていたので、この程度を理解させられないなら、先生なんて辞めてしまえって言って、飛び出しちゃった」
フィリアは、
「その発動体を見せてもらえますか?」
リンダから発動体を受け取ると、
「やっぱり、安全装置が付いてますよ」
「安全装置って何ですか?」
「見習い期間は魔法の暴走が起こりやすいので、発動体を一度に通過する魔力量を制御しているのですよ」
「だから、溜めにくいのですね?でもどうしたら良いのでしょう」
「安全装置を解除するか、発動体を新しくするか、ですね」
フィリアの選択肢に、
「解除って、誰にでも出来るのですか?」
「残念ですが、付けた本人でないと解除は困難です。直哉様なら、何とかするかも知れませんが」
リンダは暫く考えてから、
「このまま、この発動体を使いたいのですが、良いですか?」
フィリアは少し困惑しながら、
「最大の力が出せないので、大変ですよ」
リンダは力強い目でフィリアを見つめ、
「それでも、初めて魔法を使えるようになったのが、この発動体なので使っていたいのですが駄目でしょうか?」
フィリアは、これだけ思いが強いのであれば大丈夫であろうと考え、
「わかりました。そのままで、特訓しましょう」
「ありがとうございます」
魔法発動の基礎を鍛え直し、始めに比べ飛躍的にましになったころ、リカード達も準備が出来ていた。
「それでは、始めますか?」
リカードの合図で、冒険者達は、リンダの周りに陣取った。
「それでは、行くよ」
リンダは、魔力を練り始めた。
「ほぅ、詠唱前に魔力を練るのか」
リカードは感心しながら、リンダの方へ突撃を開始した。
「そらそらそら!」
「せぃ、やぁ!」
「こちらですね」
リカードとアンナはスピードで翻弄して、防御陣を突破していった。
フィリアは、隙をうかがいながら、リカード達がすり抜けやすいように一撃を入れていた。
「くっそ! また抜かれた!」
「ぐぁ。弾かれた」
「ここで攻撃だって?」
「まったく当たらん」
初めのうち、ガンツ達はリカードの速度に翻弄されて、手も足も出なかったが、何度かやっていく内に、ようやく追いついてきた。
何度か繰り返すうちに、やっと詠唱を完了することが出来て、冒険者組はその場にへたりこんだ。
「ここまでだな。フィリアの魔力も回復したし、アンナも良い汗をかくことが出来たな。野営の準備が出来た様だし休憩にしよう」
リカードはそう言って冒険者達と近衛騎士達を休憩させた。
その時、夜営地の背中を任せている森の奥で異変が起こった。
その場を見回っていたレオンハルトは、周囲の異変をピリピリと感じ取ってきた。
(先程から周囲の動物たちの姿が見当たらない。静か過ぎる。こんな時は、何か起こる前触れだな)
そう思って身構えたとき、気づかれたとばかりに大量に襲いかかってきた巨大な鳥達と、それを凌駕するほど大きな熊が襲いかかってきた。
「くっ。空と地上の同時攻撃か!」
レオンハルトは剣を構えて迎撃体制を取った。
熊の一撃を剣で捌きながら、頭上を警戒していた。
その異変は、ラリーナとゴンゾー、そしてリカードとフィリアが感じ取っていた。
ラリーナとゴンゾーは、その場の見回りを切り上げ、レオンハルトの元へ行く途中で合流した。
「リカードさんには?」
ゴンゾーに話しかけると、
「気づいてくれるでしょう」
「では、救出?」
ラリーナの言葉に頷いて、
「急ぎましょう」
やり取りを終えた後、
「先行する」
ラリーナは銀狼へと姿を変え、颯爽と森のなかを駆け抜けて行った。
「流石に速いですな。ですが、リカード様。敵の本意に気がついてください」
そう呟いてゴンゾーも、ラリーナの後を追っていった。
「アンナさん、フィリアさん」
と二人を呼びに行くと、身支度を整えたフィリアが出てきて、
「森の奥で異変が起こった様ですね。アンナさんは着替えていますので、少し経てば出てくると思います。他の方には伝えないのですか?」
リカードはフィリアに、
「時間がありそうなら、伝えに行ってくる」
そういって、飛び出して行った。
「わかりました。アンナさんの支度が出来次第、先行しますね」
「お願いします」
リカードはフィリアと別れて、近衛騎士と冒険者の元へ向かった。
リカードの元に、冒険者たちが集まってきた。
「何か起こったのですか?」
リカードは先程感じた違和感を説明した。
「森で異変が起こったようだ。私達は森を見てくるので、この場の防衛を頼みたい」
冒険者達はざわめきながら、
「わかりました。ですが、出来れば早く帰って来てくれることを願います。我々では、自分たちの身は守れても、非戦闘員の護衛までは手が回りません」
そう言って、送り出された。
その頃、レオンハルトは苦戦していた。
「くっ」
熊の一撃を捌いていた手は既にしびれ、感覚が無くなってきていた。
「このままでは不味いな」
そう言って、タブレット型の回復薬を食べていた。
そこへ、不意を付いた鳥の攻撃がレオンハルトに襲いかかってきた。
上空より、死角を付きながら森の中を飛んで来たので対応が遅れ、持っていた剣を弾き飛ばされてしまった。
「しまった!」
驚愕の表情を浮かべて固まったレオンハルトに、熊はニヤリと笑いながらその一撃を降り下ろした。
そこへ、
「ワオーン」
銀色の矢となったラリーナが、降り下ろされている熊の腕に攻撃し、その腕を一撃でもぎ取った。
「ぐるぁぁぁ」
突如訪れた痛みに、熊はラリーナを睨み付けながら唸りをあげていたが、
「せぃ!」
人型に戻ったラリーナの一撃を避けることが出来ずに、脳天を叩き割られてキラメキながら絶命した。
「ぴぇー」
空で状況を見ていた鳥達が何かの合図を送るかの様に鳴いていた。
「奥義! 天翔乱撃!」
その鳥達に、ゴンゾーの奥義が炸裂した。
「ぴぇー、ぴぇー」
ボトボトと落ちるなか、半分くらいの鳥達が奥義を回避し、新たな獲物を観察していた。
ラリーナはもう一度銀狼化すると、木々を使って、上空の鳥達に襲い掛かっていた。
「がるるるる」
その、牙と爪により、次々と地面に叩き落されていく鳥達。
「ぎゃーっす」
最終的には逃げ出そうとする鳥も出てきていたが、それは、ゴンゾーがすかさず、
「奥義! 天翔乱撃!」
と、追撃していった。
地面に落ちた鳥達は、復活したレオンハルトの攻撃により、殲滅が完了した。
「ふぅ。助かりました」
レオンハルトが二人に礼を言うと、
「こちらは陽動だったみたいですね。早く野営地に戻りましょう」
ゴンゾーはそう言って、レオンハルトを促した。
三人が戻っている間、フィリアとアンナが森の異変が起こった場所へ向かおうとすると、キメラ達が襲いかかってきた。
「これほど野営地の近くに敵が! しかも数が多い! フィリアさん! リカード様と連携を取らないと、危険です」
アンナが叫ぶと、キメラ達が喜ぶかの様に襲いかかってきた。
「きしゃー」
アンナがキメラの攻撃を防いでいる中、フィリアは落ち着いて、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に邪悪な力を祓いたまえ!」
魔法を唱えた!
「ブレイクウィケンネス!」
周囲を光のエネルギーが支配していた。
「グギャー」
キメラ達は近づく事も出来ずに浄化されていった。
「な、何という魔力!」
先程の光よりはるかに強い力に、アンナは絶句していた。
そこへ、リカードがやって来て、
「すまない。遅れたようだ」
と、言ってきた。
「どうやら、森の異変は陽動の様ですね」
戦闘で疲労を感じていないフィリアは、周囲を警戒しはじめた。
「その様ですね」
「あちらは、ラリーナとゴンゾーさんに任せて、私達はこちらの護衛に回った方が良さそうです」
リカードはアンナが呆けているので、
「アンナさん、どうかしましたか?」
アンナは気を取り直して、
「いえ。フィリアさんの力を見て本当に驚いただけです」
それを聞いたりカードが、
「それはそうだろう。あの直哉の嫁だぞ?」
「そうでした」
リカードとアンナが理解しあっている時、フィリアは急激に疲労を感じてきていた。
「申し訳ありません。今の私では、ゴンゾーさん達を助けに行けません。しばらく休みたいのですが」
そう言って、目を閉じた。
「仕方が無い、ゴンゾーたちが戻るまで、野営地で防衛だな」
リカードはそう言って、野営地へ戻り、女性陣を集めてフィリアを簡易ベッドまで運んでもらった。
「今日はこのまま、ここで警戒だな」
リカードにアンナが、
「ゴンゾーさん達は大丈夫でしょうか?」
「まぁ、ラリーナさんが居るから戦力としては問題ないと思うのだけど、レオンハルトさんの実力しだいかな?」
そう言っていると、ゴンゾーたちが帰ってきた。
出迎えたリカードにレオンハルトは、
「いやー、参りました」
と、頭をかいていた。
「何が起こったのですか?」
「鳥と熊に襲われました」
熊と言われてアンナは直哉が動かしていた、ぬいぐるみを思い浮かべていた。
「一応熊はラリーナ殿が一刀両断で倒し、鳥たちも我が奥義とラリーナ殿の攻撃、そしてレオンハルト殿の攻撃で殲滅いたしました」
「そうでしたか、とりあえず、追撃は無さそうですね。ですが、本日はココまでのようです。順番に見張りに立って、それ以外の人は休みましょう」
リカードはそう言って、三人を労った。
野営地では簡単な食事と、簡易的な寝床が造られており、普通の冒険者の野営よりかなりランクが高かったが、リカード達には物足りなく感じていた。
「やっぱり、直哉が居ないとこれが精一杯だよな」
そう言いながら、硬い肉を味の薄いスープに浸してかじりついていた。
「そういえば、お風呂は無いのですよね」
アンナは残念そうに言った。
「そりゃそうだろう。あれは、王族だって数日に一度の代物だぞ」
リカードは突っ込みを入れた。
直哉の便利さを実感しながら夜を過ごして行った。




