第九十一話 パルジャティア湖畔の塔攻略 前編
◆パルジャティア周辺の仮拠点
リカードは、仮拠点に居たレオンハルトに声を掛けた。
「おはようございます。随分と大がかりになりましたね」
リカード達は昨日と変わらず五人のまま。
パルジャティアの方は、王城からレオンハルトと、近衛騎士六人。冒険者ギルドからは冒険者五人が参加、その他、非戦闘員が二十人ほど集合していた。
ほとんどが戦士、剣士等の物理系攻撃者で、冒険者の中に魔術師が一人いるくらいであった。
「みなさん、肉弾戦ですね」
フィリアは呆れながら、直哉が作り置きしていたタブレット型のMP回復薬をかき集めていた。
以前直哉が倒れた時に、回復薬不足のために戦闘が困難になったのを直哉に伝えると、MPがあるときに、こつこつとタブレット型の回復薬系を多数作り置きしてあった。
「こちらの回復薬をみなさんに配っておきましょう」
フィリアは個数を確認して、十粒ずつ配っておいた。
(これで、戦死者の数を減らせればそれに超した事はないですね)
「レオンハルトさん。パルジャティアからはここにいるメンバーで全員ですか?」
リカードの質問に、
「あと、ステファニーが数名の護衛と共にやってきます」
「パルジャティアの防御が無くなるのですか?」
「いや、冒険者ギルドのマスターは居ますし、腕利きの冒険者はまだいます。それに、近衛騎士や魔術師にもそれなりの者が残っていますので、数日程度であれば大丈夫だと思います。最悪の時は、勇者様の周りの方に期待します」
「あー、リリちゃん達か。一応声を掛けておこう」
そう言って、屋敷に戻ろうとしたが、ラリーナがスッと前に出てきた。
「私が行ってくるよ、リカードはここで指揮を取ってくれ」
そう言うと、屋敷の方へもの凄い速度で帰って行った。
「流石、速いな」
リカードは呟いた。
時間が経つにつれ、物資がどんどんと運び込まれてきた。
「この量を運ぶには結構な人員が必要ですね」
「そうですね、そしてそれを管理する者。護衛する者など、どれだけ人が居ても足りませんよ」
レオンハルトはため息をついた。
最後の物資と共に、ステファニーがやってきた。
パルジャンも一緒に付いてきていて、
「まさか、パルジャン様も?」
と、レオンハルトは驚いていた。
みんなが驚いていると、ステファニーは、
「本日、お集まりのみなさん、出発の前にパルジャン様からお言葉があります。心して聞くように!」
その声に、ざわついていた者達はパルジャンを注目した。
「急な話でみなに迷惑を掛ける事に、心からお詫びする。本来であれば私自ら先陣を切って闘わなければならない所であるが、今の私では足手まといにしかならない事を十分に理解している。だが、この場所に集まってくれた者達は、我がパルジャティアの精鋭達ばかりだと思う。勇者のお仲間と共にあの塔を取り返してきて貰いたい。あの塔は、我が母が好きだった景色が見られる唯一の塔なのだ。私はその景色をまた見られるようになる事を切に願う。みんなよろしく頼む」
パルジャンは頭を下げた。
「その情報は、今じゃない方が良いのでは? と思ったけど、パルジャティアの者達が盛り上がっているから問題無いか」
リカードの言葉通り、パルジャティアの面々は士気がうなぎ登りで、逆にリカード達は下がっていた。
そんなリカード達の所にステファニーがやってきた。
「不思議そうな顔をしていますね」
「そうですね、我々には何の事か良く分かりませんでした。先代のお妃様の事ですよね?」
「はい。先代のお妃様、パルジャン様のお母様であるビフィミール様はこのパルジャティアにとって、女神様と崇められた方でした」
「その様なお方がいらっしゃるのですね」
ステファニーは首を横に振りながら、
「ビフィミール様は病気にかかり、余命数年となった時にパルジャン様を産み、その後数年で息を引き取りました。パルジャン様は物心ついた時には、自分を産んだせいで母が死んだと思い込んで随分とご自分を責めました」
リカードは驚きながら、
「その様な事があったのですね」
ステファニーは話を進めた。
「何とか落ち着きを取り戻した時によく見ていたのが、あの塔からの景色でした。ビフィミール様もよくその塔からの景色を見ていました。ですので、あの塔を解放するのは我々の悲願でもあるのです」
「それほどの場所なら、もっと早くに開放しに行かなかったのですか?」
リカードの疑問に、
「勿論行きました。我が国最強の傭兵団を引き連れて。ですが、その都度仮面の男が現れて傭兵達をキメラに変えていったのです」
「そうでしたか。疑ってしまい申し訳無い。それでは、塔を解放しに行きましょう」
リカードは頭を下げた。
パルジャンは護衛と共に城へ戻り、ステファニーと剣士風の側近二人が残り塔の解放軍は、戦闘員・非戦闘員含めて四十人となった。
「なかなかの規模ですね」
リカードはレオンハルトに話しかけた。
「そうですね。あの失敗以来の規模ですね」
レオンハルトは遠い目で答えた。
行軍は、非戦闘員と物資が大量にあるため、非常にゆっくりとなった。
先頭にレオンハルトと近衛騎士、それに冒険者達が周囲を警戒しながら進んでいた。
中盤には、非戦闘員達が物資と共に歩いていた。
後ろにはリカード達とステファニー達が並び、後方警戒を行っていた。
半日ほど進み、ようやく塔が見えてきた頃、モンスターの襲撃が起こった。
「敵襲! ゴブリン、コボルトの群れ、横の湖にリザードマンの群れ、反対側からはサンドワームの群れ」
いち早く敵の集団を見つけたレオンハルトはそう叫んでいた。
「こんな街道沿いなのに!」
「多すぎる!」
「お母さん!」
前衛の近衛騎士達が恐慌をきたしていた。
「やれやれ、どこの近衛騎士も似たような感じだな」
リカードはため息をついた。
そんな中、冒険者の五人は近衛騎士達の前に出て、戦闘を開始した。
重鎧と大盾をもった男と、金属製の鎧に剣と盾を装備した男が前に出て、その後ろに皮や布系の鎧を着た男が左右に散っていった。最後に残った魔術師風の女の子が詠唱を開始した。
「爆発を司る精霊達よ、・・・・・・」
魔力が集まりつつあるが、時間がかかりそうであった。
「どぅりゃ!」
「せりゃ!」
盾役の二人が目の前のゴブリン・コボルト、そしてサンドワームの方に突撃して、敵の注意を引きつけていた。
湖側のリザードマンは近衛騎士達に任せるようであった。
フィリアはリカードを見て、
「援護した方が良いのでは?」
「いや、前方からしか襲撃が無いのはおかしい。恐らく、後方からはさらに強いモンスターが襲いかかるはずだ」
と、フィリアの判断を却下した。
その言葉通り、後方からは大きな鳥形のモンスターと、湖の中からは、キメラになった傭兵たちが非戦闘員達に襲いかかってきた。
「こっちも戦闘態勢だ!」
リカードは叫んでいた。
フィリアは詠唱を始め、ゴンゾーとラリーナは飛び出した。アンナとステファニーとその側近二人は出遅れ、右往左往していた。
ゴンゾーとラリーナは目で合図して、ゴンゾーは上空の敵を、ラリーナはキメラを止めに走っていった。
「アンナはラリーナの援護を! ステファニーさん達はゴンゾーと共に、上空の敵を近づけないように!」
リカードの叱責に弾き出されるように飛び出していった。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその加護を仲間に与えたまえ!」
大きな魔力がフィリアを中心に巻き起こる。
「ディバインプロテクション!」
後衛の全員に光の加護が加わった。
さらに、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏し邪悪なる者に裁きの鉄槌を!」
再びフィリアの魔力が炸裂した。
「エンジェルフィスト!」
空から攻めてきた鳥たちは、この光の攻撃を受けてかなりのダメージを負い、ほとんどの鳥が落下してきた。
「はぁ! 八連撃!」
「魔神斬り!」
ステファニーの側近二人は、落ちてきた鳥を殲滅していった。
「なんだか、身体が軽い!」
「いつもよりダメージが多い気がする!」
フィリアの加護により、いつも以上の能力を発揮出来る事に驚きながら、
「癖になりそうだぜ」
「確かにな」
と、連携しながら倒していった。
そこへ、新たな鳥形のモンスターが襲いかかってきた。
「むぅ、流石に空のモンスター相手では、手も足も出ないな」
「防御に徹するか?」
そこへ、ゴンゾーが、
「拙者がたたき落とすから、トドメを!」
そう言って、木々を使って上空へ大きく跳躍した。
さらに、ステファニーが魔法を使った。
「火を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏し敵を追尾せよ!」
「チェイスファイア!」
無数の炎が鳥に当たるまで追いかけ続けていった。
さらに、
「火を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏し敵を撃ち抜け!」
「フレイムアロー!」
炎の矢が鳥たちを打ち抜いていった。
炎を逃れた鳥たちの傍に、跳躍したゴンゾーが襲いかかっていた。
「奥義! 天翔乱撃!」
炎とゴンゾーの奥義により、第二陣の鳥たちは全て地面に叩き付けられた。
二人の側近が落ちてきた鳥たちを殲滅している時、ラリーナとアンナは非戦闘員に被害が出ないようにキメラ達を倒していた。
「そらそらそらそら!」
ラリーナは非戦闘員に群がろうとするキメラを、片っ端からその足をポンポンと刎ねとばしていった。
「えぃ! やぁ!」
アンナは、ラリーナが動きを止めてくれたキメラにその剣を振るってさらにその場に釘付けにしていった。
後衛部隊は非戦闘員へモンスターを近づける事無く殲滅していったが、前衛部隊は近衛騎士側が徐々に押されてきていた。
全体を見ていたリカードは、
「このままじゃ、非戦闘員に犠牲が出てしまう。ゴンゾー! ここは任せる!」
そう言って、闘気を溜めていった。
「荷馬車を動かすなよ!」
荷馬車の方へ走っていき、その上に飛び乗り、さらに上空へ飛び上がった。
「絶空!」
上空から近衛騎士達に当たらない角度でリザード達に奥義を繰り出した。
ドゴッ!
リザードマンの群れに直撃して、残り数体まで数を減らす事に成功した。
「コレならやれる!」
「うぉぉぉぉぉ!」
近衛騎士達は恐慌から抜け出し、各々の実力を出し始めた。
「これなら、大丈夫か? 後は冒険者達の方か」
リカードが冒険者の方を見ると、男四人がモンスターを上手く一カ所に集結させていた。
「ほぅ、なかなか良い連携ではないか」
リカードが感心していると、魔術師の魔法が完成した。
「爆発を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を蹂躙せよ!」
「エクスプロージョン!」
ドゴーン!
直哉の放つ半分以下の威力しかなかったが、モンスターの群れは完全に消滅していた。
「直哉の魔法に比べて規模は小さいが、十分に効果のある使い方だな。さて、他に敵が居たら今が一番危険だな」
リカードはさらに周囲を警戒すると、森の方に隠れて居るモンスターがこちらを狙っている事に気が付いた。
「まだ、敵が居るぞ! 気を抜くな!」
リカードが叫ぶと同時に森や茂みから無数の矢が発射された。
狙いは、今回の戦いで魔法を使った者達。
「せぃ! やぁ!」
フィリアは自分に向かって飛んでくる矢をたたき落としてから、魔法を使おうとした。
ステファニーに向かって打ち出された矢は、
「あ、アブねぇ!」
「あねさん!」
二人の側近により全てたたき落とすか、側近がその身を挺して防いでいた。
だが、冒険者の女の子は反応する事が出来ずにいた。
「避けろー!」
冒険者仲間の男達が叫びながら走り出そうとした時、
「絶空!」
リカードは防御が間に合わないと判断し、奥義を魔術師の周辺に打ち込んだ。
「きゃぁ!」
魔術師は奥義のエネルギーでよろめき、その場に倒れ込んだ。
その周囲を矢がヒュンヒュンと飛び交った。
「敵を倒すんだ!」
冒険者四人は茂みに向け走り出し矢を撃っていたゴブリン達を倒していった。
最後の一体を倒し終わった時、近衛騎士達と冒険者達は満身創痍であった。
「ふぅ、やっと、終わった」
リカードはその場をレオンハルトに任せて、後方へ戻って来た。
「おつかれさん」
フィリアとラリーナとアンナに声を掛けた。
「いま、フィリアさんがキメラに魔法を行使しています」
リカードがフィリアの方を見ると、丁度浄化の魔法を使っているところであった。
「ブレイクウィケンネス!」
金色の鎧を身に纏って、光魔法を使うフィリアの姿を見た非戦闘員達は、
「まるで聖女様のようだ」
と誰とも無く口にしていた。
フィリアの魔法によって、キメラ化していた人間達の魔物部分は浄化され、安らかに眠りにつく事が出来た。
「ふぅ。無事に送り終わりました」
少し疲れた表情でリカードへ報告した。
「ありがとう。お疲れ様です」
リカードは礼を言って、全体の被害状況を確認していった。
近衛騎士たちは大小様々な傷を負っていた。レオンハルトも傷を負っていたが、これは、近衛騎士を庇った時の傷であった。
冒険者達は、小さな傷が殆どで、一番ひどいのは絶空を食らった魔術師であった。
リカード達は、フィリアの魔力消費が激しい事を除き、問題はなかった。
ステファニー達は、側近の二人は傷を負っていたが、ステファニー自身は無傷であった。
「一戦しただけでここまで被害が出るとは、予想外だ」
リカードは脱力していた。
レオンハルトはリカードの所へ来て、
「このままでは、近衛騎士達が足手まといにしかならない。少し休憩を取りたいのだが、いかがかな?」
リカードは、
「そうですね、こちらも要のフィリアが魔力を使いすぎているので、休みますか」
レオンハルトとステファニーは非戦闘員達に、この場で休息を取ることを伝え、野営の準備を始めさせた。




