第九十話 リカードと直哉
リカード達五名はパルジャティアへ到着した。
パルジャティア城は、雨と風を最大限生かせるように、城の周りには湖から川が流れている。
城へ入る橋は有事の時は上げる事が出来、川が天然のお堀となっていた。
周囲には風が吹き荒れ、矢はもちろん、攻城兵器の岩ですら逸れて行くほどであった。
「なかなか、面白い造りになっているな」
リカードが感心しながら城のつくりを見ていた。
謁見の間へ通されると、三名の男と兵士達が待っていた。
段上に大きな椅子に座る男は小柄で、リリと同じくらいの大きさしかなく、そして幼かった。
段下に、帯剣した大柄の男と、武器は装備していないものの、隙の無い構えの男が立っていた。
この二名は、リカードの父オケアノスと同じくらいの年であった。
ステファニーは謁見の間全体に通る声で、
「勇者直哉様のお供、リカード様、ゴンゾー様、フィリア様、ラリーナ様、アンナ様をお連れいたしました」
段上に居た幼子が、
「良く来てくれた。礼を言う」
その声を聞いた兵士達が、一斉に敬礼した。
リカード達は、ステファニーに連れられ、段下まで進んだ。
「して、ステファニーよ、勇者様はいらっしゃらないのか?」
武器を装備している男からステファニーに声がかけられた。
「勇者様は先程の戦いで病に倒られておりました」
「なんと、我らの希望が!」
兵士達にも動揺が走ったのが確認できた。
「その話は、勇者様が回復されてからでお願いします」
ステファニーはそう言うと、
段上の幼子は、
「レオンハルト、ドランクリン、控えさせなさい」
そう言って、リカード達を見て、
「私は、パルジャン。このパルジャティアの国王を務めておる。そして、帯剣しているのが、近衛騎士団長のレオンハルト、隣の男が、冒険者ギルドのマスターであるドランクリンです」
その挨拶に、リカードが前に出て、
「私がリカードと申します。お互いに色々と含む物があると思いますが、今は同じ敵を持つ仲間ということで、共闘を申し出たいのですが」
レオンハルトはどういう事だ、と言わんばかりの視線をステファニーに向けた。
「私たちが見ていたように、勇者直哉様ご一行は、湖岸に新しく出来た施設を完全に破壊してくれました。そして、湖岸の塔に拠点を置いていたレッドムーンを駆逐しに行くそうです。この作戦に、我々パルジャティアからも力を貸そうと思うのですが、いかがですか?」
さらに、食料の買い付けや、村人の保護等も伝えた。
パルジャンは迷うことなく、
「もちろんです! あの、湖岸の塔を取り戻すのはパルジャティアの、いえ、私の願いなのですから」
そう言って、レオンハルトとドランクリンに指示を出した。
「それでは、討伐開始は明日の朝ということで、よろしいですかな?」
アンナは今すぐにでも行きたい様子であったが、リカードは、
「構いません。明日の朝参ります」
レオンハルトは、
「城までの往復時間がもったいないので、街の外に仮拠点を造りそこに集まりましょう」
と、提案してきた。
リカードは、
「私どもとしては、レッドムーンの殲滅が任務ですので、何処に集まろうが関係ありません」
「では、そのように手配しておきます」
そう言って、話をまとめた。
そこで、パルジャンは、
「そうだ、今夜はこの共闘を祝して、決起会を催してみたら良いのでは?」
そう言い出した。
「恐れながら、今夜は出陣の準備で参加できる者が多くありません。不満を抱く者が現れます。今夜は自重してください」
ステファニーに怒られ、シュンとなっていた。
リカードは自分も昔はこうやって怒られていた事を思い出して、
「差し出がましいようですが、ささやかな晩餐と言うのはいかがですか? 私どもの方からも数名行きますので、それなら不満が起こりにくいと思いますが?」
と、口に出していた。
パルジャンは、
「それです! 是非やりましょう!」
ステファニーは、
「そのくらいなら、良いでしょう」
と言って、侍女達に指示を出していた。
「それで、晩餐には、どなたがいらっしゃるのですか?」
「直哉が目を覚ませば、直哉を連れてきます。無理なら、私とフィリア、そしてエリザを連れてきます」
「わかりました」
城を出た五人は、パルジャティアの街で村人の治療施設や、買出しが出来る場所を案内してもらい、大量の食材を買い込み、屋敷へ帰ってきた。
「あれ? もう終わったの?」
出迎えたリリが目を丸くして聞いてきた。
「いや、パルジャティアの王が動いてくれたので、明日の朝、兵を率いて攻め込むことになった」
それを聞いたリリは、
「また、死者が出てしまうの。お兄ちゃんが悲しむの」
「そうだな。直哉の事だから、自分のせいでと、思うのであろうな」
リカードはそう言いながら、エリザを見つけ、
「エリザさん。今夜パルジャティアの王と晩餐があるので、来てもらえますか?」
「わらわか?」
「はい。ルグニアの代表として。フィリアは直哉の嫁代表として、そして、私はバルグフル代表として顔を合わせようと思う」
「わかったのじゃ。ルグニアの正装で行くのじゃ」
そう意気込んだ。
フィリアとラリーナは直哉の所へ行き、その傍に居るようであった。
リカードは身体を清めに向かおうとすると、アンナに呼び止められた。
「リカードさん。何故、時間を無駄にするようなことをなさるのですか? このまま逃げられたらどうするのですか?」
リカードはアンナをしっかりと見て、
「アンナさん。現状をしっかりと見てください。我々の要である直哉は倒れたままだ。全てを無事に終わらすのは不可能ですよ。少しでも成功率を上げるには何でもしておかないと。直哉が目を覚ました時に死んでいましたでは合わせる顔が無いのでな」
アンナもそれはわかっていたようで、
「そうですね。それは、そうですが・・・」
話しは終わりだと思ったリカードは身を清めるために、風呂へ向かった。
アンナは拳を握り締め、グッと堪えるそぶりを見せた。
それを見ていたゴンゾーは、
「アンナ殿。その行き場の無い思いは明日の作戦でぶつける様に、今は堪えてください」
「リカードさんは凄いですね。私は今すぐにでも飛び出したいです」
ゴンゾーは昔を思い出すように、
「リカード様も、昔はアンナさんと同じように、無鉄砲な方でした」
アンナは、
「どのような方だったのですか?」
自分と同じような人と言う事で、興味がわいた。
「そうですな、思い立ったら直ぐに飛び出していく方で、いつも何処かへフラフラと行ってました」
アンナは既に風呂に行ったリカードの姿を思い出していた。
「今は落ち着きがありますね。どうして変わられたのですか?」
「それは、直哉殿に出会ったからですな」
「その時の話を聞かせて貰えますか?」
ゴンゾーは出されたお茶をアンナにも渡して、
「あれは、リカード様のお父上、現国王のオケアノス様と言い争いの時に、自分の力を見せてやると言って。数名の近衛兵と飛び出して行った事があってな」
アンナは驚いて、
「そんな事があったのですか? どのような言い争いだったのですか?」
ゴンゾーはため息をつきながら、
「確か最初は晩御飯のおかずを取り合った所から始まったのです」
アンナはさらに驚いて、
「その様な事で?」
「えぇ。リカード様は何でも自分の思い通りに行かないと、直ぐにへそを曲げて、飛び出していきました」
アンナはクスリと笑った。
「それで、どのようにして直哉様と?」
「それは、私と宮廷魔術師のシンディア様が、一計を案じて、バルグフルで起こっている問題を解決させる事で、王家の人間としての自信を付けさせようとしたのです」
アンナは、あのリカードにその様な時代があった事に驚いた。
「そして、あの出来事が起こりました」
ゴンゾーは辛そうな顔をした。
「何があったのですか?」
「あれは、目標の蛇神の湖で活動している時に、魔族が現れたのです」
「魔族?」
ゴンゾーは、怒りを心の奥に仕舞いこみながら、
「えぇ、真っ黒な霧で出来たぬいぐるみで、あの時はウサギのぬいぐるみだった。それが、滅茶苦茶強くてな。それまでのリカード様はバルグフルでも負けなしの剣士だったのですが、駆け出しの近衛兵達を守りながらの戦いで遅れを取ってしまい、右腕を切断されてしまいました」
アンナは驚き続けながら、
「切断って、治せるのですか? というか、直哉さんは出てこないのですか?」
ゴンゾーはフフッと笑いながら、
「その時ですよ、颯爽とリリちゃんがぬいぐるみに突っ込んで行ったのは。いや、流石の拙者も何も出来なかった。あの時、あの速度で、あの攻撃を繰り出して来るとは驚きましたぞ。それどころか、直哉殿、リリちゃん、フィリアさんの連携が良く取れていて、我々の近衛兵にも教えたいくらいであった」
「その時の戦いを見てみたかったです」
アンナの感想に、
「拙者は二度と御免ですがな。その後は直哉殿達が優勢に攻めていたが、ぬいぐるみの魔法で一気に押し込まれそうになっていた。だが、直哉殿の魔法で敵の魔法を相殺させ、さらに直哉殿がその場で造り出した大きな盾の後ろに隠れ、敵を追い払ったのじゃ」
「そんな事が、あったのですね。その後はどうなったのですか? リカードさんの腕はどうなったのですか?」
ゴンゾーは話を進めた。
「その後は直哉殿と問題を解決して城へ戻りました。その時のリカード様は、まさに水を得た魚のように生き生きとしていました」
ゴンゾーはお茶を飲んで一息つくと、先を進めた。
「城に着いて別れる時のリカードは、まるで子供の様に駄々をこねていましたよ」
「ふふふ。何だか可愛らしいですね」
アンナの反応を見ながら話を進めた。
「リカード様を治療師に預け、顛末をシンディア様に報告すると」
「その方は、不思議な術を使ったのですね? 何も無い場所からアイテムを取り出したりしたのですね?」
興奮したシンディアを珍しく思いながら、
「そうですな。彼個人の戦い方は素人同然でしたが、戦闘中のアイデアはかなりのものでした。戦い方を覚えれば、歴戦の戦士になれると思います」
「わかりました。試したいことがあります。ゴンゾーさんは、リカードを連れて鍛冶ギルドへ向かってください。私は、許可を貰ってから後を追います」
「鍛冶ギルドでは、直哉殿が、バルグフルに伝わる本に浮かび上がってきた世界を救う者に酷似している事を知り、驚きと同時に納得しました」
「その後は、直哉殿に報酬としてサイボーグの書を渡して、リカード様の腕を造れるか試した所、想像以上の物を造ってくれました」
アンナはリカードの腕を思い出しながら、
「見た目は本物の腕と変わらないですよね」
「それも凄いし、何と言っても、今の所メンテナンスが必要無いのが凄いです」
「凄い方なんですね」
「そうですな」
そこへ、正装を済ませたリカード・フィリア・エリザが降りてきた。
リカードはバルグフル王家の紋章が入った服を着ていて、気の良いお兄さんの様であった。
フィリアは、白を基調とした神官服を着用して、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
エリザは、服に鍛冶をイメージした大量の飾りが付いた衣装を着ていて、ルグニアの者だと直ぐにわかった。
アンナは、はじめはリカードに見とれてしまい、呆けていたが、フィリアとエリザが降りてきてリカードと話始めると、心の奥がモヤモヤしはじめた。
(リカードさんって、あの様に笑うのですね。出会ってから数日しか経っていないですが、私は、リカードさんの事を殆ど知らないのですね)
アンナは三人を見送ると、何故か涙が浮かんでいた。
「アンナ殿」
ゴンゾーは誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
◆パルジャティア城
三人を見た門番は度肝を抜かれていた。
「バ、バルグフル王家の紋章!」
慌てた門番は持ち場を離れ、レオンハルトとステファニーを呼びに行ってしまった。
「まいったね。門番が居なくなったから、私達はココで待ちぼうけですね」
リカードはあっけらかんといった。
「やはり、王族の紋章はやり過ぎだったのではないですか?」
リカードにフィリアは突っ込みを入れた。
「そうじゃぞ。わらわの様にその土地の民族衣装にしないから驚かれたのじゃ」
その後、レオンハルトとステファニーが来てくれて、事なきを得たリカード達は、晩餐会場へ案内された。
「また、凄い格好で来ましたね」
ステファニーはリカードに苦言を呈したが、
「ここまでやれば、呼ばれない方からの反発は無くなると思ったので、この服で来たのですよ」
「しかし、王族の詐称はどの国家でも・・・・・」
ステファニーは釘を刺そうとしたが、バルグフルの王位継承権を得たのが、リカードという名前だった事を思い出していた。
「もしかして、リカードさんはバルグフルの王子ですか?」
「いかにも。だが、今は勇者直哉と共に、レッドムーンを殲滅する旅に出ているのだ」
「まさか、このまま、ソラティアを攻略する気では無いですよね?」
「それは、直哉次第ですよ。直哉がやると言うなら力を貸しますが、直哉から攻略すると言うのが、想像出来ません」
「そうですか。直哉さん次第ですか。わかりました。直哉さんがその気にならないことを祈ります」
晩餐会場へ到着したリカード達は、順番に挨拶した。
「本日はお招きにあずかり光栄に存じます。私は勇者直哉の仲間、バルグフルのリカード王子です」
続いてエリザが、
「同じく、勇者直哉さんの仲間、ルグニアの王女アシュリーの妹のエリザです」
最後にフィリアが、
「私は、勇者直哉様の妻の一人フィリアです」
パルジャン達は呆気に取られていた。
「ゆ、勇者というのは、バルグフルとルグニアの手のものだったのか!」
リカードは笑いながら、
「いや、どちらかと言えば、俺たちが直哉の元に集いし者。と言うことですかな」
その後は、気を取り直したレオンハルトとステファニー、そしてパルジャンと有意義な晩餐を過ごすことが出来た。
「それでは明日の朝、街の外の仮拠点で会いましょう!」
リカード達は、明日の作戦を成功させるため、屋敷へ帰還した。




