第八十四話 勇者直哉誕生
それから恙無く晩餐会は進行していった。
ギューサ達、冒険者ギルドの人達や、メントール達、弟子とその家族等や、イザベラ達、屋敷の人達も集まってきていた。
「随分と盛大に行われるのですね」
直哉は流石リカードを歓迎する宴だよな。
直哉が感心していると、奥からシギノが正装に着替えて姿を現した。
「バルグフルの皆様には、私個人の勘違いにより、大変不快な想いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
リカードの前に立ち、深々と頭を下げた。
「あくまでも、ルグニアの総意ではなく、シギノ様の個人的な勘違いとして欲しいと言うことですね」
シギノは頭を下げたままであった。
リカードは何かを考える振りをしていて、アシュリーや直哉達が何かを言いたいのを目で制していた。
「わかりました。それでは、シギノ様には、これからは我がバルグフルとルグニアの姉妹関係締結を率先してやってもらいましょう」
そこで、シギノがようやく顔を上げた。
「リカードさんはそれでよろしいのですか?」
「はい。元々勘違いだったわけですし、バルグフルの人間も私とゴンゾー、そして直哉だけですから。この誤解を解いたのも直哉と聞いています。これこそがバルグフルとルグニアが共に歩んでいける事の証明だと思いました」
シギノはリカードの話にしっかりと耳を傾けていました。
「それでしたら、直哉さんが率先するのが良いのではありませんか?」
その言葉にリカードはニヤリと笑い、直哉の方をチラッと見て、
「彼には、もっと大きな仕事を任せる予定です。そう、この世界の架け橋を彼に頼もうと思っています」
シギノは驚きながらリカードの顔を見ていたが、
「そんなこと、出来るわけが・・・・」
「ない。とは言い切れないと思いますよ。彼が来てからバルグフルは大きく変化しています。そして、このルグニアも変化していると、私は感じています。それなら、この世界の他の国でも同じように変化していくのでは無いだろうか? 私はそう思います」
シギノは首を振りながら、
「そんな事・・・でも」
と、葛藤してた。
そんな事を言われているとは思いもしない直哉は、リリ達と城の料理を堪能していた。
「たっぱり、魚料理は美味しいね。寿司とか刺身が恋しいよ」
直哉のつぶやきに、
「寿司? 刺身? どのような料理なのですか?」
興味をもったドラキニガルが聞いてきた。
「大まかに言うと、魚を食べやすい大きさにカットして、そのまま食べるのが刺身。酢飯に刺身を乗せたのが寿司ですね」
直哉の言葉に、
「まさかとは思いますが、生のまま召し上がるのですか?」
「えぇ、ほとんどは、生のまま食べます。ですが、食べられるものも決まっていますので、こちらで無理に作らなくても良いですよ。生食は危険ですから」
ドラキニガルは、
「直哉様が危険を冒してでも食べたい料理、是非味わって見たいものです」
「そうですね、機会があれば食べに行きましょう」
ドラキニガルが下がると、リリが肉の串を持ってやって来た。
「やっと、このお城のお肉も美味しくなって来たの!」
「前は、味が無いか濃い味付けだったものね」
「そうなの! でも、ようやくお兄ちゃんの味が定着し始めたの! うれしいの!」
そう言って、持ってきていた肉を頬張った。
直哉がリリの頭を撫でてあげると、幸せそうな顔をして、そのまま直哉の膝の上に乗ってきた。
「ほら、ちゃんと座ってないと、せっかくのドレスが台無しだよ?」
「はーいなの」
空返事をしているリリはいつもの服ではなく、お城で新調してもらったドレスを着ていた。
ピンクを基調にしたドレスで、若干動きにくそうではあった。
「いつも、リリちゃんばかり、ずるいです」
フィリアが頬を赤らめながら、直哉に擦り寄ってきた。
「どうしたの? いつも以上に甘えて来てるけど」
「うふふ」
その時、フィリアからアルコールの臭いを感じ取った。
「お酒?」
「すまん直哉。ほんの少し飲ませただけなのだが、こうなってしまった」
ラリーナがお酒のグラスを持ちながらやって来た。
「そうだったんだ。酔ったフィリアなんて珍しいから、新鮮だよ」
「ちょっと! 私が甘えに来たのに、他の女を甘えさすなんて、どういう事ですか!」
そう言って、胸を押し付けて来た。
フィリアも、リリと同じく新しいドレス姿であった。エルフにしては豊かな胸を持っていて、その豊かな胸を強調したデザインのドレスで、直哉の身体にはその柔らかさが充分に伝わってきた。
反対側にはラリーナが収まり、直哉は嫁達の温もりを感じて、幸せを味わっていた。
しばらくして、アシュリーは会場に響き渡る声で、
「さて、本日は我がルグニアとバルグフルとの交流が、親密化されるという歴史的な日になったのだが、皆さんにもう一つお伝えすることがあります」
会場に居る全ての者がアシュリーを見ていた。
「本日、ここに居るバルグフルのリカード王子と話した結果、我がルグニアとバルグフルを、新しく良い方向へ導いた人物に、新しい称号を与えようと思う」
アシュリーは微笑みながら直哉を見て、
「直哉伯爵!」
アシュリーに呼ばれ、
「えっ? 俺ですか?」
と困惑しながら立ち上がった。
「直哉伯爵が、このルグニアにとって、貢献度が高いことは皆さんもおわかりであろう。ある所では、ルグニアの勇者として称える者もおるという」
会場に居る者はアシュリーの演説を聞き入った。
「それは、ルグニアだけでなく、バルグフルでも同じようであると聞く。そこで、直哉伯爵には、正式にこの世界の勇者として、その称号を贈りたい。今はこの話に、まだ、ルグニアとバルグフルしか賛同していないが、いずれ全ての国が賛同してくれれば、名実共に勇者となるであろう」
アシュリーは直哉に、
「それでは、未来の勇者、直哉殿! お言葉をお願いします」
会場は直哉の挙動に釘付けであった。三人の女性を侍らせた鍛冶職人の男に。
「えっと、とりあえず、三人とも離れてくれるかな?」
「いやなの!」
「いやです!」
「断る」
直哉は困った笑いを浮かべながら、
「この様な場所で、この様な姿で申し訳無い。俺は何も聞かされていなかったので、今回の事は青天の霹靂です」
直哉がまじめに話し始めたので、三人は直哉から離れ、聞く体勢になった。
「今はまだ、何をしたら良いのかわかりませんが、俺の出来る事を一つずつ、しっかりと熟して行こうと思います。もちろん俺一人で全て出来る訳ではありませんので、ここにいる嫁達と共に、そしてみなさんと共に歩んでいこうと思います」
直哉が一礼すると、会場は割れんばかりの拍手と声援に包まれた。
その後、色々な人々が直哉の元へ訪れ、お祝いを言って来てくれた。
「はぁ」
直哉はようやく一息ついた。そこへ、酔いの覚めたフィリアが、
「直哉様どうぞ」
と、飲み物を渡してくれた。
「ありがとう」
一気に飲むと、疲れた身体にスッと染み渡るような感じがした。
「うまい」
そんなやりとりをしていると、ニヤニヤと薄笑いを浮かべたリカードがやってきた。
「どうだ? 驚いたろう?」
直哉はため息をつきながら、
「滅茶苦茶驚きましたよ」
「まぁ、でもこれで、ようやく私と直哉の関係が同等か逆転したな」
リカードの言葉に、
「どういう事ですか?」
「このまま直哉が、この世界の勇者になれば、国という枠を超えたこの世界のトップになる訳だ」
直哉はその言葉の意味を考え、
「滅茶苦茶、責任重大じゃないですか!」
と、喰ってかかった。
「あっはっは。まぁ、直哉なら大丈夫だ!」
リカードの言葉に、
「無駄にプレッシャーだけは掛けてくるのですね」
「どうだ? 王族と言うだけでプレッシャーをかけ続けられた、私からのプレゼントだ」
直哉はうんざりしながら、
「そんなプレゼントは要りませんでしたよ」
と、リカードとやり合いながら、時間は過ぎていった。
宴もたけなわとなり、みなが大騒ぎしている中、アシュリーが直哉とリカードへ近づいて来た。
「さて、勇者直哉よ。明日はいよいよソラティア方面へ、レッドムーン関連で行くのであろう?」
アシュリーの言葉に、
「そうですね。完全に封鎖される前にそれだけは終わらせておきたいです」
「そこで、頼みがあるのだが、この子を連れて行って欲しいのだ」
そう言って、アンナを直哉の前に立たせた。
「いや、それは」
直哉が困っていると、
「私が足手まといなのは充分承知しております。それに、兄と闘う事になると言う事も。ですが、それでも、兄に会いたいのです。是非お願いします」
直哉が悩んでいると、
「良いではないか?」
リカードが口を挟んできた。
「この者は、強い意志を持っている。ここで拒否したら、それこそ一人でも突撃するような、強い意志だ」
アンナはリカードに擁護して貰っている時も、直哉から目を反らさなかった。
「うーん。では、今夜からリカードさんとゴンゾーさんで、鍛えてあげてください。どのみちレッドムーンの潜伏場所まで、隠れながら行くと日数がかかりますので」
アンナは、リカードとゴンゾーに頭を下げた。
「よろしくお願いします。一人前とまでは言いません。自分の身を守れる程度にはお願いします」
(それも、以外と大変なんだけどね)
直哉は敢えて口には出さなかった。
「わかりました。私たちの全力を持って、アンナ殿を鍛えてさし上げますよ」
「と言う事になりそうです」
直哉はアシュリーに言った。
「それと、直哉殿。必ず私の元へ戻って来てくださいね」
「それって、どういう・・・?」
直哉が聞き返そうとしたが、アシュリーはその場を後にしていた。
嫁達は、不穏な空気を感じたので、再び直哉にくっついてきていた。
◆直哉の屋敷
晩餐会がお開きになり、直哉達は全員で帰って来た。
「それでは、アンナ様のお部屋の準備と、お風呂、軽食等の準備をいたします」
使用人達は、急いで部屋の準備に取りかかった。
直哉とフィリア、エリザとマーリカも準備を手伝い、リリとラリーナは地下訓練場の準備を始めた。
リカードとゴンゾーはドラキニガルの出してくれたお茶をすすりながら、自分たちの武具のチェックを始めた。
アンナは何をして良いのか分からず、立ち尽くしていた。
「座っては如何ですかな?」
ゴンゾーの言葉に、その場に座り込んだ。
暫くして、直哉達が降りてきて、
「あれ? どうして床に座っているのですか?」
「あ、いえ、すみません」
何故か謝るアンナに、
「とりあえず、荷物を部屋に運んでください。こちらのイザベラが案内します。と言っても、顔は知っていますよね?」
そう言って、アンナにイザベラを紹介した。
「本日は色々と教えていただけるとありがたいです」
アンナはイザベラに頭を下げた。
「アンナとやら、荷物を置いたら、着替えて下の鍛練場へ来なさい」
リカードはアンナを鍛練へ誘った。
「リリも! リリも!」
リリは参加を表明するために飛び跳ね、ラリーナは小さなシロを撫でながら、
「私も参加したいが、こいつをどうにかしないとな」
と言っていた。
「シロの鍛練なら俺も付き合うよ?」
直哉の申し出に、
「わん! わん!」
シロは尻尾がちぎれんばかりに振って喜んでいた。
「私は、明日の準備をしておきますね」
フィリアは直哉やリリ、ラリーナの荷物も纏めるつもりであった。
「それなら、私は明日からの料理を作っておきましょう。人数も多いので大変でしょうから」
ドラキニガルも準備を手伝ってくれるようだった。
エリザとマーリカは風呂に行き、鋭気を養う事にした。
リカードとゴンゾーがアンナとリリの相手をしている横で、直哉とラリーナはシロの相手をしていた。
「さぁ! かかってこい!」
直哉が両手に装備した盾を鳴らすと、
「わん! わん!」
シロが小さな身体を目一杯使って走ってきた。
速度は遅いが。
「どのくらいの攻撃力なんだろう?」
直哉は腕を出して、噛みつかせてみた。
「ぎゃうん!」
小さな口で噛みついた結果、直哉の腕がすっぽりとハマってしまった。
ジタバタするが、取れる気配はなく、ラリーナの助けによって、脱出出来たが、相当辛かったようで、今日は噛みつこうとしなかった。
鍛練後、直哉がシロを撫でながら、
「大丈夫?」
と、口を撫でてあげると、
「くぅん」
と、気持ち良さそうに甘えた声で鳴いた。
「まだ、実践どころか鍛練もダメだね」
直哉がラリーナに言うと、
「仕方ないか」
「ラリーナもこんな感じだったしね」
「ここまで酷くは無かったと思いたい」
ラリーナは項垂れた。
「とりあえず、戦闘中シロを運ぶ為のアイテムでも造りますか」
直哉はスキルを発動させ、良い感じのタスキを造り、戦闘中は誰かに巻きつけるという方法を取る事にした。




