第八十二話 移動手段
◆ルグニアの街
ルグニア城から西門へ続く道を直哉達は歩いていた。
「あっ! 勇者様だ!」
「伯爵様! 良い野菜が採れたので見ていきませんか?」
「こっちは特上のモーモーキングの串焼きでぃ」
と、直哉を中心に活気が拡がっていった。
「ほぅ。直哉殿は人気者ですな」
「勇者様か。ありだな」
「何がですか?」
「勇者の称号だよ。既に直哉は、バルグフルだけでなくルグニアからも絶大な支持を得ている。それならば、両国の伯爵というよりは、勇者として広めた方が国のしがらみが無く動けるであろう」
「なるほど。その方が確かに動きやすいですね」
そう話していると、リリがお肉屋さんから串を貰ってきていた。
「お兄ちゃん! お肉美味しいの!」
直哉はリリの頭を撫でながら、
「フィリア、悪いけどこのお金でお勧めしてる物を買ってきてくれるかい」
「わかりました。リリちゃんの分も払っておきます」
フィリアはお金を受け取り、商人達の方へ向かった。
「済まないが、エリザも付き合ってあげてくれ」
「荷物持ちじゃな。了解した」
エリザがその後を追っていった。
街の人たちからの歓迎を受け、一段落したので、直哉はリカードに聞いてみた。
「そういえば、バルグはどうだったのですか?」
リカードは直哉から受け取った、お勧めされていた果物を囓りながら、
「最悪だった。王国制が崩れたのに、やっている事は王国制とかわらん。それでいて、民主制を歌っている所が危険だよ」
「そうですか。噴火に関しては何か言ってました?」
「いや、そういった危機管理も無くなっている。それ以上に王国制の頃の貴重な資料や文献は殆どが処分されてしまっていた」
「それは、悲惨ですね。と、言う事は転移石の作り方の文献も処分されてしまったのですか?」
「恐らくはな」
リカードの報告にショックを受けた直哉は、みなが食べ物を堪能している間に、情報を整理した。
(バルグフルとルグニアは何とかなりそうだけど、バルグは国家崩壊の危機で転移石の作り方の文献もなくなった。こうなってしまうと、あまり行く価値が無いな。ただ、イベントにバルグを救えとあるからな。どうするかはこれから考えるか。次にソラティアは鎖国で封鎖開始。時間が経てば範囲が広がると。バラムドは情報なしか噴火までの時間はかなりあるから、まずはルグニアの対噴火用ドームを完成させる。その間にソラティアへ行き、可能な限り究極魔法の習得とレッドムーンの撃破。最高なのは、マーリカの事が判明することだな。その後、ルグニアの鍛冶職人と共にバルグフルへ戻り、噴火対策の開始。こんな感じかな。どこまで上手くいくかはわからないけど、これが最善な気がする)
直哉は考えがまとまり、意識を現実に戻すと、皆が心配した顔で直哉の事を見ていた。
目の焦点が合ったのを確認したリカードが話しかけてきた。
「考えはまとまったか?」
「はい」
直哉は、先程の考えを話した。
その言葉を聞いて、リカードはゴンゾーをみてから、
「それなら、私たちもついて行こう」
「お二人ともですか? 心強いですが、大丈夫なのですか?」
「バルグフルの王族として考えたら普通は大問題だが、今回の俺の課題は、お前たちをバルグフルへ連れ帰る事だからな」
「連れ帰るですか?」
直哉は眉をひそめた。それを見たリカードは、
「悪い意味ではなく、噴火対策の具体案を話し合うのに、お前が居ない席だと、話が進まないのでな」
「それは、危うい兆候ですね。会議で話が進まないのは、衰退の兆しだと母が言ってました」
「そうだな。我が宮廷魔術師のシンディアも同じことを言っていた」
「そうでしたか。出過ぎた事を言いました。申し訳ない」
直哉は頭を下げた。
「いや。むしろそう言ってくれる方が、俺はありがたい。私に問題を気付かせる忠告は、私のため、バルグフルのためになるからな」
頭を上げつつ、
「そう言って貰えると助かります」
そこへ、ゴンゾーが会話に入ってきた。
「それに、直哉殿と一緒にいると、停滞していた動きが、一気に加速する感じがするのだ」
すかさず、リリも、
「それは、リリも感じるの! お兄ちゃんといると、一気に成長できる感じがするの」
シャドーボクシングを始めた。
「ほっほっほ。どのくらい強くなったのか、後で見てあげよう」
ゴンゾーの申し出に、
「わーいなの!」
リリは喜んだ。
「そういえば、近衛兵のみなさんは元気ですか?」
「ん? ラナ達か?」
「はい。リカード達を守るって一生懸命だったのを覚えています」
「今回は安全な旅になる予定だったから、説得して城へ置いてきた」
「ありゃ。絶対拗ねますよ」
「大丈夫だろう。だいたい呼び寄せるのに数日かかってしまう。明日にはソラティアへ行くのであろう?」
「はい。その予定です」
「それなら、事後報告でよいだろう」
「あれは、無いのですか?」
「あれ?」
「転移石です。バルグフルの屋敷とここを繋げたら楽だろうなと」
「ふむ。そう言うと思って、最近仕入れがあったと、王国と取引している商人が持って来たのを買って持って来た」
そう言って、懐から転移石を取りだした。
直哉は転移石を受け取り鑑定のメガネで説明欄をよく読むと、
《転移石》この医石は、街の中なら何所でも繋げる事が出来る。ただし、他の街へは行けない
(やっぱり駄目か。街から街への転移はゲートを使っていたから、この世界もそうなんだろう。そういえば、課金アイテムに無かったかな?)
直哉は久しぶりに課金の欄を見てみた。
(うーん。どうやら表示がグレーなのはレベルが足りないのではなくて、ロックがかかっているようだ。この降魔の剣や召喚の杖とか取り出せたら戦力アップなんだけどな。それに、この英雄の鎧とか。確か致命傷を受けても即時回復でHPが全快する魔法が付与されていたよな。・・・・ゲートはアイテムの中だよな。おっ、全HP回復・全MP回復のポーションが取り出すことができるぞ。それと、ゲートが残っていたけど、ロックがかかっているか。残念だ)
直哉は残っていた全HP回復・全MP回復のポーションを全て取り出してアイテムボックスへしまった。
「駄目でした。転移石じゃ街から街へ飛ぶことが出来ません」
「そうか、残念だな」
直哉はがっかりしながらルグニアの街を案内した。
◆直哉の屋敷
直哉はリカード達を一通り案内した後、ルグニアの屋敷へ案内した。
「バルグフルの屋敷より小さいか?」
リカードの感想に、
「そうですね。俺たちと使用人しか住んでいないので、バルブフルより小さくなりました」
直哉は説明していた。
「そうだったか。ふむ、使用人が居るのか。少々確かめてみるか。直哉よ、私が呼ぶまで外で待機していてくれ」
そう言って、リカードは屋敷の中へ入っていった。
リカードが屋敷へ入ると、イライザが一人、何かをチェックしているようで、音がした扉の方を見て、驚いた顔をしていたが、
「ここは、直哉伯爵のお屋敷です。どのようなご用件でしょうか?」
と、話しかけてきた。
「私は、直哉の親友のリカードと言います。直哉は居ますか」
イライザは胡散臭そうな目を向けて、
「伯爵様は現在お出かけになっております」
「戻ってくるまで、中で待ってて良いかい?」
「申し訳ございません。伯爵様より、予定のない人や私との面識のない方は入れるなと定められていますので。どうしてもお待ちいただくのであれば、この先に冒険者ギルドがあります。その一階が酒場となっておりますので、そちらで御くつろぎください」
そう言って、冒険者ギルドの場所を教えようと外へ出ると、そこに直哉が居る事に気が付いた。
「直哉伯爵様、お帰りなさいませ」
ちらっと、リカードを見た後、
「こちらの方が伯爵様にご用があるそうです」
「わかったありがとう。と言うか、いつまで続けるの? リカード」
直哉の注意に、
「そうだな。申し訳無い。私は本日この屋敷にお世話になる、バルグフルの第一王子リカードです」
「そして、こちらがゴンゾーさんです」
「今日はよろしくお願いします」
イライザは驚きながらも、
「そうでしたか。バルグフルの王子とは知らずに数々のご無礼。申し訳ありません。それと、伯爵様こういう事は事前に通知していただかないと、こちらにも用意がありますので」
直哉は頭をかきながら、
「申し訳無い。先ほど決まったので、今朝言う時間が無かったのだよ。急いで用意出来るかな?」
「お任せください。二名分のお部屋をご用意いたします。ドラキニガルにも人数変更を伝えておきます」
「よろしく。でも、夜ご飯はお城に招待されているので、明日の朝をお願いします」
「わかりました」
イライザが立ち去ってから、直哉達は一階の食堂で雑談に花を咲かせていた。
「なかなか良い使用人を見つけたな。普通、雇い主にあそこまで言える人物は居ないぞ」
「はい。俺の悪いところはどんどん指摘してくれるので、助かってますよ」
リカードは意地悪く、
「鬱陶しいとは思わないのか?」
「えっ? 何故ですか? 折角悪い部分を治すチャンスをくれているのに、鬱陶しいとは思えませんよ」
「本当に直哉は面白いやつだ」
「そういえば、バルグフルの屋敷のみんなは元気にしてますか? 使用人達の殆どは友好を深める前にこっちに旅立っちゃったから。あまり記憶に残ってないので」
直哉はバルグフルの様子を聞いてみた。
「そうだね、ミーファが良く纏めているよ。キルティングやティアがしっかりと補佐しているし屋敷の運営は問題無いと思う。だが、来客用の方はだいぶ廃れてきているぞ。直哉が居ないから訪問する意味が無いみたいだからな」
「そうですか。大体わかりました」
そこへ、
「お部屋の用意が出来ました。リカード様、ゴンゾー様こちらへどうぞ。伯爵様方もお風呂の用意は出来ています」
「ありがとう。リカードさん達もお風呂行きますか?」
リカードは少し考えてから、
「飯の時間までまだあるよな? それなら、先に鍛練をやろう。汗を流すのはその後で良かろう」
「わかりました。みんなもそれでよい?」
直哉は全員が承諾した事を確認してから、
「鍛練場は地下になります。荷物を置いて、鍛練用の服を着たら降りてきてください。リフトの使い方はバルグフルの時と同じです」
直哉達は、着替えを済ませ、地下の鍛練場へ集まった。
◆地下鍛練場
「ここも、同じ造りだな」
リカードが感心していると、
「床材や壁材に断熱効果の高い素材を使って、外からの冷気の遮断と、内側の暖房効果を高めていますよ」
直哉の説明に、
「なるほどな。その土地ならではの建築技術が使われているというわけか」
「そういうことです」
「準備出来たの!」
「私も出来た」
「わらわも良いかぇ」
「ご主人様!私も鍛えたいです」
「拙者が、リリ殿、ラリーナ殿を引き受けよう」
「それじゃあ、エリザとマーリカは俺とリカードの手合わせの後で、鍛えよう」
「わかったのじゃ」
「わかりました」
「リカード、行くよ!」
「かかってきな!」
直哉とリカードが戦闘体制をとっていた時、ゴンゾーとリリ、ラリーナコンビの闘いが始まっていた。
「リズファー流、瞬迅殺!」
ラリーナは一気にゴンゾーへ肉薄して、剣を突き立てようとした。
「おっ! 随分と速いですな」
ゴンゾーは冷静に回避した。
「ぬ?」
そこへ、銀狼の力が襲い掛かる。
「なんと! これもダメージが来るのか!?」
ゴンゾーは驚きながら大きく回避した。
(さすがゴンゾーさんだ。初見でラリーナの瞬迅殺を回避するとは)
直哉は感心していた。
「今の技は凄いな」
リカードも感心していると、リリの声が響いてきた。
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
「氷を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を討て!」
「氷を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を討て!」
「スライスエア!」
「ちぇっすとー」
(おっ、魔法貯蓄だ。しかも三個になってる)
「何か嫌な感じがしますね」
ゴンゾーはそう言いながら距離を取った。
そこへ、ラリーナが突っ込んできた。
「おや、戻ってくるのが早くなりましたね。これは、少々本気を出さないといけませんね」
ゴンゾーが力を溜めた。
二人は、ゴンゾーの動きが止まったと思い、ラリーナとリリはお互いに目で合図をして突撃していった。
ラリーナは地上から、リリは空中から包囲を狭めていった。
「アイスニードル! ツヴァイ!」
上空から氷の礫が大量に降り注ぐ。
「ぬぅん!」
ゴンゾーは礫の気配を読み取り正確に避けていた。
「そこだ!」
そこへ、ラリーナの長巻での攻撃が迫ってきた。
「ふん!」
ガキン!
ゴンゾーはラリーナの攻撃を剣で受け止めた。
「今だ!」
「はいなの!」
「アイスニードル! ツヴァイ!」
別の場所へ移動していたリリから、更なる礫が降り注いだ。
「フムフム。やりますね。ですが!」
ゴンゾーは溜めていた力を解放した。
「奥義! 天翔乱撃改!」
今までは空中に対してのみの攻撃だった奥義が、地上への攻撃も加わり攻撃回数も上がっていた。
「ちょ!」
「まずい!」
リリとラリーナは何も出来ずに後方へ大きく下がった。
そこへ、
「甘いですぞ!」
「第二奥義! 突刺牙崩!」
ラリーナの瞬迅殺と同じく、猛スピードでラリーナに肉薄して剣を突きつけた。
「くっ。参りました」
ラリーナは素直に負けを認めた。
「むぅ。リリ一人じゃ厳しいの。参りましたなの」
リリはラリーナが負けてしまったので、勝ち目が無いと判断して負けを認めた。
「お二人とも物凄く成長していますね。ゴンゾーは感心しました。戦闘力も上がりましたが、リリさんの状況判断力が上昇しているのには、大変驚きました。ですが、本当の戦いでしたら諦めずに足掻くことをお勧めしますよ」
「ありがとうございました」
「わかったの!」
二人はゴンゾーに礼を言って休憩に入った。




