第八十話 ラリーナの覚醒
◆ルグニア城
城へ着いた直哉達は、謁見の間へ通された。
謁見の間にはアシュリーとダライアスキーが控えており、エバーズ達は居なかった。他に近衛騎士など数名が控えていた。
「本日は度々ありがとうございます」
直哉達一同は頭を下げた。
「それで、火急的用件とか。何があった?」
「はい。まずは、こちらをお返しいたします」
直哉は採掘場の通行証をアシュリーに返した。
「そして本題ですが、先程、魔術師ギルドの傍でリリと男が口論になり、両名とも魔法を行使しようとしていたので、私が間に入り止めました」
「なんと、先程報告にあった騒ぎはお主達が首謀者であったか。して、何故そのような事になったのだ?」
アシュリーの問いかけに、
「おれは、俺も聞きたいです。リリ、フィリア話せる?」
直哉はリリ達に話すよう促した。
「んと、フィリアお姉ちゃんと一緒に、魔術師ギルドで新しいスキルを覚えたから、お兄ちゃんに合流するために街に出たところで、変な人がお兄ちゃんの悪口を言っていたの」
「私は、周りの人も関心が無かったようなので、無視して通り過ごそうと思っていたのですが、リリの逆鱗に触れたらしく口論になりました」
「だって、お兄ちゃんのことペテン師とか言ったの。許せないの!」
リリは両腕をブンブン振りながら怒っていた。
「それで、どうなったの?」
「その後、男の方が、直哉様より強い所を見せるとか言い始めて、ますますリリが怒ってしまって、街中で乱闘寸前まで行きましたが、そこへ直哉様が来てくださったので、騒ぎは収まりましたが、直哉様を誹謗中傷していた男は、煙幕を使って逃げ出したため、残念ながら逃げられてしまいました」
フィリアはリリの頭を撫でながら説明を終わらせた。
フィリアの説明を聞き終えたアシュリーは、
「現在エバーズが、街であった騒ぎのもう片方の首謀者を、捕らえに行って貰っている。直ぐに捕らえるであろう。それで直哉よ、その煙幕とはどのような物であった?」
「俺が見た限り、地面に玉の様な物を投げつけて煙を出すタイプでした。しかも、爆発のような事を起こし、一気に煙が広がる代物でした」
直哉の説明にダライアスキーが入ってきた。
「この世界で一般的に使われるスモークは、このように紐を引いて煙を出した後で地面に放り投げる物が一般的です。直哉伯爵が言ったタイプは、レッドムーンが使用しているものに酷似していますね」
「つまり、またもや奴らに侵入されたというわけか?」
「いいえ、恐らくこの間の残党共だと思われます」
「確かに、その可能性の方が大きいな。という事は、これをきっかけにルグニアの壁の内側に居残る残党共を一掃出来る可能性が出てきたと言うことですね」
アシュリーとダライアスキーが話していると、謁見の間の入り口が騒がしくなった。
入り口を見ると、若い近衛騎士が、
「エバーズ様より伝令があります」
と、叫んでいた。
それを聞いたアシュリーが、
「よい、通しなさい」
と、招き入れた。
近衛騎士は、直哉達の更に後方で止まり平伏した。
「こういう時は面倒だな。面を上げて報告せよ」
「はっ! 現在エバーズ様、アンナ様は街中に潜むレッドムーンの残党が根城として使っていた古い民家より残党を追い出し各個撃破しています。数時間後には全員捕らえるか倒すかになる模様です。ただ、思いがけない反撃により周囲の民に被害が出るかもしれないので、対応して欲しいとの事です」
そう報告して、懐から一通の書状を取り出した。
「こちらが、エバーズ様からの書状です」
アシュリーはダライアスキーを見て、ダライアスキーは文官にその書状を受け取らせ持ってこさせた。
「ふむ、この刻印は本物ですね。中を見ても良いですか?」
「構わぬ」
ダライアスキーが中を確かめると、
「確かに近いことが書いてあるな、それと直哉伯爵への依頼が書いてある」
「何でしょうか?」
「少し待ってくれ、まずはアシュリー様に見てもらう」
ダライアスキーはアシュリーに耳打ちし、書状を見せた。
「ふむ。確かにな」
アシュリーは直哉を見て、
「直哉伯爵よ、エバーズからの依頼で、レッドムーンの包囲殲滅戦に加わって欲しいとの事。嫁達やエリザ、マーリカにも同様の依頼が出ている。頼めるか?」
「もちろんです。ラリーナは直ぐに呼べるので直ちに向かいます」
(ラリーナ、聞こえる?)
(おっ? 直哉か。どうした?)
(これから、エバーズさんの依頼でレッドムーンの残党狩りに出るので、手伝って欲しい)
(わかった。一緒にいるエリザと共に駆けつけよう。それで、場所は何処だ?)
「アシュリー様、場所は何処ですか?」
直哉はアシュリーから場所を教えてもらい、ラリーナに伝えた後で、城を後にした。
◆レッドムーン残党軍との戦い
南門から西門へ、向かう途中にある古びた教会に立て篭もっていた。
「エバーズさん、状況はどうなっていますか?」
「おぉ、直哉伯爵! 良く来てくれた」
エバーズとアンナが快く迎えてくれた。
「現在数名のレッドムーン残兵を拘束していて、残りは五名といった所だ。だが、人質を取って立て篭もられ、迂闊に手が出せなくなった」
「もともと、この教会に立て篭もっていたのでは無いのですか?」
「もとは、向こうの古い民家を数軒勝手に使っていたようだ。現在は全ての古い民家を捜索して、レッドムーン残兵を追い出すことに成功したが、この教会に立て篭もられた。中に入っていったのが五名だったので、残りは五名と判明した」
「民家以外に居る可能性は無いのですか?」
「可能性はあるが、今はここが最優先だな」
「人質は何名居るのですか?」
「わかっているところで、シスター二名と子供が三名だ」
直哉は状況を考え、
「わかりました。ラリーナは後ろに回りこんで、エリザは建物が見渡せる場所へ、マーリカは連絡役としてエリザに着いて行って。フィリアは俺の横へ、リリは正面へ」
「了解!」
直哉の支持で、リリたちは配置についた。
(マーリカ、そこから敵と人質を見る事が出来る?)
(ここからだと、敵は三名、人質は子供達が三名見ることが出来ます。残りのシスターは見当たりません)
「エバーズさん、シスターは若い女性ですか?」
「そうだ。・・・・まさか!」
「恐らく。上から見て人質の子供三名と、敵が三名しか見えないとの事でした」
「あまり、悠長に待っていられないな」
「はい」
(ラリーナの方は、何かわかる?)
(裏口の方は、少し前まで女性の悲鳴が聞こえていたが今は静かになっている。突入しても良いか?」
(ちょっとだけ待って。マーリカ上から三名を狙撃できる?)
(エリザ様が出来るとおっしゃってます)
「エバーズさん、エリザの射撃と共に、ラリーナを裏から突撃させます。それと同時に正面から突っ込んで、人質を救出してください」
「わかった。合図を待つ」
(ラリーナも、それで良い?)
(合図を待つ。出来るだけ急いでくれ)
(わかった)
(マーリカ、そっちはどう?)
(撃つそうです!)
そして、エリザの矢が放たれた。
直哉はその矢を確認して、
「突撃してください!」
皆に合図を送った。
直哉の合図と共に、裏口からラリーナが飛び込んだ。
子供を見張っていた敵が動こうとしたとたん、エリザの矢によってその命を散らした。
エバーズ達は正面より中に突入し、突然敵が目の前で死んだことに、パニックになっていた子供達を見つけて保護していた。
その時、教会の奥からラリーナの怒りの叫びと殺気が周囲に充満した。
「この、外道共が!」
エバーズが駆けつけると、両手両足を引きちぎられ、無残な姿で横たわるレッドムーン残兵の姿と、無理やり犯され、そのまま殺されていたシスターの姿があった。
「くっ。また民を守ることが出来なかった」
エバーズは悔しさに唇をかみ締めながら、ご遺体を運び出そうとしたが、ラリーナの異変に気がついた。
「グルルルルルルル」
エバーズは驚き、
「その男から離れろ! 直哉! 今すぐ来てくれ! ラリーナの様子がおかしい!」
エバーズが叫ぶ前に直哉は走り出していた。リリとフィリアとマーリカがそれに続いた。
「ラリーナ!」
「お姉ちゃん!」
「ラリーナさん!」
「ふぅ」
直哉とリリとフィリアはラリーナを呼び、マーリカは意識を失った。
「グルルルルルルル」
ラリーナは直哉達が見ている前でドンドン銀狼に姿が変わっていった。
「まずい、完全に銀狼に乗っ取られたか?」
直哉の警告に、リリとフィリアは詠唱を開始した。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し仲間に風の恩恵を!」
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその加護を仲間に与えたまえ!」
「エバーズさん、周囲の封鎖を厳重にお願いします。ラリーナは俺達が止める。それと、マーリカを安全なところへ連れて行ってください」
エバーズはラリーナの銀狼化と直哉の迫力に気圧され、
「わかった、周囲とマーリカは任せておけ」
と、マーリカを担いで教会を出て行った。
「グルルルルル」
完全に銀狼化したラリーナは直哉達に踊りかかってきた。
「エアフィールド!」
「ディバインプロテクション!」
リリとフィリアの魔法が直哉達を包み込む。
「おっ?」
二人の加護の力が上がったようで、直哉は身体の速度が上がり回復力が上がったことに気がついた。
「むぅん!」
今までならば間に合わない速度であったが、風の加護のおかげで、盾を使いラリーナの攻撃を弾くことが出来た。
「キャウン」
ラリーナは吹っ飛びながらも体勢を整えもう一度攻撃する姿勢をとった。
「うぐ。だが、このくらいなら! うりゃあ!」
体勢を整えたラリーナの眼前には、訓練用の剣と盾を装備した直哉が斬りかかって来ていた。
「ガオーン!」
ラリーナは直哉の攻撃を爪を使って逸らし、牙を使って直哉に反撃してきた。
体勢を崩されていた直哉は、強引に盾を振り上げた。
牙による物理攻撃は、盾によって弾かれたが、銀狼化による攻撃が直哉に襲いかかった。
「ぐぅぅ」
風と光の加護が無ければ致命傷になった攻撃であったが、今は裂傷を負う程度であった。
「マリオット!」
直哉はマリオットで防衛網を飛ばして、周囲に張り巡らせた。
「今なの!」
「氷を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を討て!」
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏し邪悪なる者に裁きの鉄槌を!」
「アイスニードル!」
「エンジェルフィスト!」
リリは氷の礫を造り出しラリーナへ攻撃し、フィリアも光の塊を飛ばしていた。
ラリーナは器用に避けたり弾いたりしていたが、周囲の網がジリジリと寄って来ていることに気が付いた。
「ガオーン」
ラリーナは一鳴きすると、直哉の方へ突っ込んできた。
直哉はラリーナの両前足と牙による攻撃を見切り、牙による攻撃を剣で、右前足の攻撃を盾で防ぎ、左前足の攻撃は右肩の防具に任せた。
物凄い衝撃が直哉を襲ったが、吹き飛ばされず踏みとどまった。
「くぬぬ」
直哉はリジェネの発動を感じていて、更に光の加護による回復量が増えたことも実感した。
直哉はラリーナの動きを止めるため、爪の食い込んだ右腕に力を入れて爪を固定して、口に剣をくわえさせ盾で爪を弾きながら、盾を持っていた手で右前足を押さえ込みながら、ラリーナを引き寄せた。
「グルルルルル」
ラリーナの動きが止まったのを確認後、
「リリ! フィリア! シスターと敵の遺体を運んでくれる?」
二人がシスターの遺体を運び出し、レッドムーンの死体を片付けた。
「よし、後はラリーナだけだ。ラリーナ聞こえる?」
(駄目だ逃げろ。私ではこいつを押さえられない)
ラリーナの意識はまだあるようであった。
「このままでは、銀狼に飲まれるぞ!」
(わかってはいるが、私だけではどうにもならん)
(くっそ、何か無いのか。何か。リズファーさんは心の弱さと言っていた。それを乗り越えるには、銀狼に強さを示すと言うことか? という事は、一度解き放ちそれを打ち倒せれば良いのかも知れない。だけど、どうやって解き放てば良いのだろう?)
(直哉よ。早く逃げるんだ。私は怖い、この銀狼が私の身体を乗っ取り、直哉達を傷つけている事が)
(それは、銀狼の力が強いから?)
(そうだ! だから全力でその力を押さえ込んで・・・・)
「違う! 押さえつけるのではなくて、相手の強さを認め、その上で勝負するように持ち込むんだ!」
(そんなこと・・・)
「出来る! 銀狼の血を引くラリーナなら! リズファーさんの娘であるラリーナなら! 俺の嫁でもあるラリーナなら出来る!」
直哉の叫びはラリーナの心を激しく揺さぶった。
(私は何を勘違いしていたのだろう。この心の奥底から湧き上がる感情も私の一部という訳だ。それを否定する意味など無い! 銀狼勝負だ!)
その瞬間ラリーナの身体は、目映い銀色に包まれた。
光が集束していくと、中心には銀狼と、ラリーナの姿があった。
「私を信じてくれる人のため。そして私自身のため、お前を超える! そして、我が力となれ!」
ラリーナは直哉の造った長巻を構え、銀狼へ突撃した。
銀狼も、ラリーナに突撃して中央でぶつかった。
「ガフ」
銀狼の攻撃は浅く、直哉の造った防具の前に威力を失った。
ラリーナの攻撃は銀狼の腹部を突き刺し致命傷を与えた、
「銀狼よ! 我が力となり、共に我が夫を支えて行こう」
「御意」
致命傷を受けた銀狼は、銀色の粒子となってラリーナに取り込まれた。
ラリーナが、目を閉じて心の奥に問いかけた。
「我が元へ来い!」
その直後、ラリーナの身体から銀色の粒子が噴出し、小さな銀狼が、ラリーナの傍に現れた。
その直後ラリーナは気を失った。
直哉はその光景を見て、気を緩めた。
「終わったね」
直哉がラリーナを支え、リリとフィリアが掛けより、直哉を支えた。
「今のは、何だったのだ?」
戦闘が一段落したのを見て、エバーズが聞いてきた。
「ラリーナの内側に眠る、黒い思いが吹き出した結果です。ラリーナの思いは破壊衝動ですね」
言い切った直哉に、
「何故、そこまでわかるのだ?」
直哉は胸に手を当てながら、
「銀狼を従えてから、俺の心にラリーナの思いが流れ込んで来ています」
「不思議なものだな」
「俺もそう思います」
エバーズと直哉は大きな危機を乗り越えた事に安堵した。
「ようやく、一息つけそうだな」
「はい。何とか終わったようですね」
「だが、また、レッドムーンによる犠牲者が出てしまった。」
そんな、エバーズの姿を見た直哉は、
「すみません。もっと早くに突入させれば、シスターの命を救えたかもしれなかったのに」
「いや、そもそも、この場所に逃げ込まれた我々の落ち度だよ。直哉伯爵は子供達の命を救ってくれた。それだけでも感謝しますよ」
そういって、近衛騎士達に指示を出していた。
「それでは、俺達は周辺の調査をしてから、城へ報告しに行きます」
直哉の申し出にエバーズは、
「すまない。頼む」
そういって、直哉達を送り出した。
直哉たちは周辺の古い民家を徹底的に調べながら城へ戻った。




