第七十八話 氷の究極魔法
◆試練の間
リリはいつの間にか一人で殺風景な場所に飛ばされていた。
「ここは、氷の試練を行う空間です」
グラチエイの分身が現れ、説明してくれた。
「この場所は、氷の力が最大に増幅される場所です。この場所で、貴方の力を試します」
リリは周囲を見渡して、
「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃん? あぁ、一緒に居た男か。外で私の分身が相手をしている」
リリはがっかりしながら、
「そうなのね。寂しいの」
「それでは、氷の究極魔法を習得するための試練を始めます」
グラチエイの分身はリリの前に降り立った。
「まずは、オリジナル魔法を見せてみろ」
「わかったの!」
リリは魔力を練りこんだ。
「氷を司る精霊達よ、我が魔力と共に敵の動きを止めよ!」
「フリーズ!」
リリの放った魔法はグラチエイの分身に当たった。
「なるほど、身体中の温度を一気に下げて、動きを鈍らせ、氷の耐性の無い者を死に至らしめる魔法だな。だが、こんなものか? お前の身体に眠る力を使えば、もっと強くなるのに」
グラチエイの分身の言葉に、リリは飛びついた。
「リリのこの力の事を知っているの? 教えて欲しいの!」
「今は試練の最中だ、終わったら教えてやる」
その言葉を聞いて、リリは俄然やる気が出てきた。
「よーし! それならサッサと終わらすの!」
「次は、氷の攻撃でこいつらを破壊しろ」
グラチエイの分身が更に数体現れた。
「無論、こいつらも反撃をしてくるし、こいつらには氷の攻撃以外は無効化される」
「やってやるの!」
リリは氷系魔法を唱えた。
「氷を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を討て!」
「アイスニードル」
ドドドドドドド
全弾グラチエイの分身に当たったが、
「その程度の魔力では、我が身体を貫くことは出来んぞ!」
その言葉通り、グラチエイの分身はリリの魔法を吸収した。
「むぅ! それなら、むっ!」
次の魔法を使おうとしていたリリに、グラチエイの分身からの攻撃が飛んできた。
「行け! 我が破片よ!」
まるで、アイスニードルの様な攻撃がリリを襲った。
「よっ! ほっ! うわっ!」
何とか回避しているリリに、
「これだけですか? こちらの攻撃は始まったばかりですよ」
「むぅ!」
リリは焦っていた。
(どうすれば良いの? お兄ちゃん助けて!)
「ふむ。どうやら、この程度のようですね」
グラチエイの分身が攻撃を止めた。
「あれ? もう終わりなの?」
「貴方の力はこの程度のようですね、もっと力をつけてから・・・・」
「待って欲しいの!」
リリはグラチエイの分身に待ったをかけた。
「まだなの! まだなの!」
「それなら、この私に力を見せなさい」
「むぅ」
リリは考えた。
「お兄ちゃんが居ればもっと力が出せるの!」
グラチエイの分身は、
「自分自身の力が、他人によって変わることなど無いと思うけどな」
「そんな事無いの!」
リリは強い口調で言い切った。
「ふむ、お兄ちゃんとはあの方のご子孫様か。わかった、手配しておこう」
そう言って、何かをつぶやいた。
◆氷の神殿
グラチエイは何かと話しているようであった。
「そうか。こちらで聞いて見る」
グラチエイは直哉を見て、
「中に居る娘が、お前が居ないと力が出ないと言っている。どうするかね?」
直哉は少し考え、
「その場合、難易度が上がるのですか?」
「それはそうですよ」
グラチエイは頷いた。
直哉は、
「そのことをリリに伝えてくれる? それでも俺が居たほうが良いか。どのみち、俺は戦闘に参加してはいけないのだろう?」
グラチエイは、
「戦闘の参加は無理だな、あの娘の試練だからな。それでも良いか聞いてみよう」
とつぶやき、分身と話を進めた。
「それでも、小娘はお前に来て欲しいそうだ」
「わかった。みんな、行ってくる」
「リリちゃんをお願いします」
「抜かるなよ」
「気を付けるのじゃ」
「お気を付けて」
皆に見送られ、直哉は試練の間へ飛んだ。
◆試練の間
直哉を見つけたリリは、直哉に飛び付いた。
「あー、お兄ちゃんなの!」
「どうしたの?」
リリは直哉にスリスリしながら、
「あのね、リリ一人じゃ上手く考えがまとまらないの。だから、お兄ちゃんに考えて欲しいの!」
直哉はグラチエイを見て、
「口出ししても良いのですか?」
「その分難易度が上がりますが、問題ありませんよ」
それを聞いた直哉はリリを見て、
「それで、何を聞きたいの?」
リリは直哉にくっ付きながら、
「この人に、リリの力を見せたいの!」
「どのような事をしたの?」
「リリの氷魔法で、あの人達を攻撃していたのだけど、途中から攻撃されてどんどん押し込まれて行っちゃったの」
リリは一生懸命に状況を伝えた。
「なるほどね。では、リリが戦っている時に口を出せばよいのだね」
「お願いするの!」
リリがグラチエイの前に立つと、
「準備は出来ましたか?」
「よろしくお願いしますなの!」
リリはペコリと頭を下げた。
「約束どおり先程より厳しく行きますよ」
そう言って先程より多く分身が現れた。
「そでれは、私にその力を見せなさい」
その言葉が合図だった様にグラチエイ達はリリに踊りかかっていた。
しばらく両者の戦いを見ていた直哉は、
「リリ! どうして拳を使わないの?」
「えっ? 氷の攻撃以外は効かないの!」
リリの言葉を聞いて、
「だから、氷の属性を持った拳だよ! 俺と考えたやつ!」
リリはハッとした。
「それなら、いけるの!」
リリは腕をぐるぐる回し、
「やってやるの!」
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
「スライスエア!」
風の魔法に乗り制御しながら、
「氷を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏しこの大気を凍結させよ!」
次の魔法を待機状態にして、更に闘気を練り上げていった。
「行け! 我が破片よ!」
そんなリリを見てグラチエイは焦り気味に氷の礫を大量に飛ばした。
「それは、アマアマなの!」
リリは風の魔法で大幅に上がった移動力を使い、完全に回避しながら近づいていった。
「くっ! 行け! 我が息吹よ!」
グラチエイから、冷気が放出された。
「リリ! そのまま行くのは危険だ!」
直哉の注意に、
「わかったの!」
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ!」
上空で氷の礫を回避しながら、新たな魔法を練り上げた。
「バーストトルネード!」
リリの周囲に風の障壁が出現した。
「なんだと! 我が冷気が飛ばされるほどの風だと?」
リリはニヤリと笑い、
「ちぇっすとーなの!」
「クールブリザード!」
「魔神氷結拳!」
バリン! バリン! バリン!
と、順番にグラチエイの分身を打ち破っていった。
「流石だね。あれなら、大丈夫だな」
直哉の読み通り全てのグラチエイを撃破した。
「やったの! やっつけたの!」
リリは直哉に飛び付いた。
「なかなかやりますね。この強さなら、問題はないようだ」
グラチエイが姿を現した。
「えっへんなの! これが、お兄ちゃんの力なの!」
リリは直哉にくっついたままで言い放った。
「ふむ。面白い二人組みだ」
グラチエイは気を引き締め、
「では、最後の試練を行う。リリよ前に出なさい。ここからは直哉殿も助言無用に願おう」
「わかりました。リリ、頑張って!」
「はいなの!」
リリは言われたとおり前に出た。
「それでは、最後の試練だ。この私と、魔力同調せよ」
「うにゅ?」
「はじめ!」
とりあえず、リリは意識を集中した。
「どうした? 呼び出さないのか?」
リリは泣きそうな顔で直哉を見た。
直哉は落ち着くようにと、首を縦に振った。
その甲斐あってリリは、魔力を練っていった。
「氷を司る精霊達よ!」
リリは周囲にいるグラチエイに意識を傾けた。
「フム」
グラチエイの魔力と、リリの魔力が良い具合に混ざり合ってきた。
(これなら、上手くいきそうだね)
直哉がホッとしていると、リリに異変が起きた。
「ぐぬぅ。うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「リリ!」
(あれは、魔力暴走? いや、違う。何かを押さえ込もうとしているのか!)
「グラチエイ! リリ所に行くけど、失格にするなよ!」
そう言いながら、直哉はリリの元へ駆け寄った。
「リリ! リリ! しっかりするんだ! リリ!」
「直哉よ、離れなさい。その魔力の渦の中では、おぬしの身体が保たぬぞ」
グラチエイの忠告に、
「マリオネット!」
直哉はいつも装着している珠を、魔力の奔流から遠ざけて、疑似部位連携を使用し体力を回復させる場所を確保しつつ、リリを抱き寄せた。
「うぐぐ」
直哉は身体が引きちぎられるような感覚に襲われながらリリを抱きしめ続けた。
「こんのぅ!」
リリは必死に身体から溢れ出る氷の力を押さえ込んでいた。
「リリ!」
「お兄ちゃん!」
無数の魔力の刃が直哉に襲い掛かって、直哉の身体は傷だらけになっていた。
疑似部位連携でリジェネを複数起動していなければ、危険なほどの力が溢れ出ていた。
「リリ、落ち着いて。その力もリリの一部だよ。リリが否定したらその力はリリから離れていってしまうよ」
リリはその言葉を聞いてハッとしてしまった。
その瞬間、今まで押さえ込んでいた力があふれ出し、直哉を包み込んでいた。
◆リリの精神世界
「こ、ここは?」
直哉が目を開けると、一面真っ白な世界が続いていて、正面に大きな鉄格子がはめられ、中に大きな物体が横たわっていた。
鉄格子には大きな錠前が二個付いていて、人間に力では開けられそうに無かった。
(あそこに横たわっているのはドラゴン?)
直哉が近づこうとすると、門の両脇から二人の人物が姿をあらわした。
「侵入者よ! それ以上近づくな!」
「今は、貴方に構っている暇はありません。強制排除します」
二人が何かをしようとしていたので、
「ちょっと、待ってください。リリの事で話があります」
直哉の言葉に二人の動きが止まった。
「何故、その名を知っている」
男の方が鋭い眼光を向けてきた。
「リリは、俺の嫁です」
「まさか! あのリリが嫁入りだと!」
男の方が驚きの声を上げた。
「今、氷の究極魔法を覚えるべく試練を受けているのですが、精霊と魔力同調をしようとしたら、身体の中から膨大な魔力があふれ出し、制御出来なくなっています」
「膨大な魔力ですって?」
女の方も驚きの声を上げた。
「ですので、その原因を探りに来たのです。何かご存知ありませんか?」
「もう、氷の究極魔法を覚えられるほど、力をつけてきたのか」
「でも、この力を制御するまでには成っていないか」
「ならば、今一度封印せねばなるまい」
「そうね。ちなみに、貴方の名前を伺っても良いかしら?」
「はい。俺は直哉。異世界から来て、バルグフルとルグニアで伯爵の称号をもらっています」
「そうか。薄々感じていると思うが、我々はリリの両親だ。ここで、リリが一人前に成ったときのために力を封印している」
「今回はその力が弱まったという事ですか?」
「いや、むしろ、リリの力がこの身体の中の力にも影響を及ぼしたのであろう。封印を解く時が近いとだけ言っておこう」
「今回は応急処置的に封印するので、氷の試練には影響出ないでしょう」
「お願いします」
「うむ、任されよう」
「また、お話を聞かせてもらえますか?」
「どうだろう? 我々はここに封印した時の思念しかないからな、本体が何処にいるのか、生きているのかも解らんし、次回来た時も、同じやり取りになるだろう」
「そうですか」
「まぁ、貴方を直に見てみたいわ。何と言ってもリリの夫なのですから」
「そうだ。直に会って言わせてもらわねば、結婚を認めよう、だが一発殴らせろ、と」
「では、会うまでにそのパンチに耐えられる程の防御力を身につけてきますよ」
直哉と、リリの両親との会話は、現実世界ではほんの一秒にも満たない時間で行われていた。
グラチエイから見ると直哉の捨て身の効果により、リリは安定を取り戻したように感じた。
「お兄ちゃん!もう、大丈夫なの!治療に専念して欲しいの」
「そうか。大丈夫か。後は頑張れ」
直哉はふらつきながら回復薬を取り出して、飲み干した。
「うん。頑張るの!」
リリは魔力を安定化させて、氷の精霊達と同期を図っていった。
周囲には氷のエネルギーが充満し、究極魔法の準備が整った。
「いきますなの!」
リリは周囲にある魔力を制御し、
「氷を司る精霊よ、我が名の下に集いその力を示せ! 我が名はリリ。ここに集いし精霊に命ずる! 目の前に広がる色彩豊かな世界を白銀に変えよ! 全ての動きを止める輝きを!」
「アブソリュートゼロ!」
部屋一面を物凄い冷気が充満していった。
「これは、不味いな」
直哉はその威力を身をもって体験していた。
「元の場所へ転送してやる」
グラチエイは直哉を神殿の方へ飛ばして、それ以上ダメージを負わないようにしてくれた。
◆氷の神殿
戻ってきた直哉が、慢心創意なのに気がつき、フィリア達は直哉に駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「死ぬな!」
「凄い怪我じゃの」
フィリアの懸命の治療により、直哉の呼吸は穏やかなものになった。




