第七十六話 それぞれの想い
「さて、俺たちも戻りますか」
直哉は、ベドジフ達と共に、工房へ戻ってきた。
「それでは、出来ることから始めてください。俺は街を見てきます」
「はい! わかりました! 親方もお気をつけて!」
直哉とマーリカはベドジフ達と別れ、ルグニアの街へ出た。
マーリカは、
「ご主人様。具体的は何処へ向かわれるのですか?」
「ん? 最終的には南門を見てから帰ってこようと思ってるよ」
「何故ですか?」
直哉は西門を通り越し、新しく出来た住宅街を歩きながら話した。
「アシュリー様にこのルグニアの強化を頼まれたからね。現在のルグニアを見ておかないと、何をどうやって強化するかわからないからね」
マーリカは疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ご主人様は、何故そこまでするのですか?」
「そこまでって?」
直哉は疑問を疑問で返した。
「このルグニアの強化だって、ご主人様のお力があれば、どのような事でも強化に繋がるのに、ちゃんと下調べをしてその上で強化策を考えるなんて、元々ルグニアに住んでいる者でもここまではしませんよ」
「それは、俺は対価を貰っているからだよ」
直哉の意外な返事に、
「対価、ですか?」
「そう、本来俺はこの世界に居ない存在だったんだよ。それなのにこの世界の人々、バルグフルやルグニアの人々は暖かく俺を迎え入れてくれた。だから、バルグフルもルグニアも今以上に豊かになって欲しいって俺は思うんだ。がから、俺の出来ることを出来る範囲で頑張ろうって思ったのだよ」
「やっぱり、ご主人様は変わっておられますね」
マーリカは思わず思っていたことを口にした。
「そうかな? 自分では普通だと思っているのだけど、他人から見たら変なのかな?」
「でも、それがご主人様の魅力なのでしょう。私はそんなご主人様だからついて行こうと思ったのです」
直哉も良い機会だと思い、マーリカに尋ねてみた。
「そういえば、マーリカは何で俺につき従ってくれるの? お父さんの命令? それとも監視?」
「始めは、父様に言われて従っておりました。そういう意味では父様のご命令です。ですが、ご一緒するたびに直哉様の一面を知ることが出来、段々と惹かれていきました。この辺りはご主人様のお言葉では監視に当たると思います。そして、最終的にはもっとご主人様の事を知りたい。もっと私自身の事を知ってもらいたい。そう思うようになりました」
マーリカは直哉に抱いていた思いをさらけ出してくれた。
「そうか。ありがとう。俺は幸せ者だね。マーリカの事を聞かせてもらえるかい?」
マーリカは悲しい表情を見せた後、
「わかりました。ですが、あまり面白くないお話になるので、せめて景色の良いところに行きませんか?」
「わかった。マーリカに従うよ」
直哉はそう言って、マーリカについて行った。
詰め所から城壁を登り、周囲に人が居ない所まで来ると、
「ご主人様は、私の本当の両親の事はご存知ですか?」
マーリカの問いに、
「いや、まったく知らない」
直哉は正直に答えた。
マーリカは淡々と話し始めた。
「私は黒豹族の生き残りです」
直哉はゲームで遭遇した記憶を呼び戻した。
「黒豹族? って西の大草原に数多く住んでいる種族?」
「はい。数は多くありませんし、正確には住んでいた、ですが」
マーリカは、少し強い口調で返してきた。
「何があったのか、聞いても良いかい?」
「ご主人様に取って、ご不快なお話しになりますが、よろしいでしょうか?」
直哉は覚悟を決めて、
「ここにきて、尻込みはしないよ。聞かせて欲しい」
「わかりました」
マーリカの話し始めた。
「私たち黒豹族は、西の大草原の一角に隠れ住む種族でした。私の母は黒豹族の族長の娘でした。父はどこかの国の王族と名乗っていた人間でした」
(胡散臭いな)
「その時の族長は父を大層気に入って、母との交際を認めました。そして、母は私を身籠り、私が大きくなるまでは、平和に暮らしていたが、私が六歳の時に悲劇が起きました」
マーリカは涙を流し始めた。
「その男が、山賊達に後を付けられ、村の前で斬り捨てられました。山賊達は、黒豹族の革が目当てでした。私以外の村人は殺されました。私は山賊達にさらわれ、黒豹になるように色々されました」
(幼い子供には辛い事だよな)
「ですが、私は黒豹になれませんでした。ですので、山賊は私を人間のまま殺そうとしました。その時です、今の父様が助けに来てくれたのは。父様は西の大草原で起こっていることを調べるために偵察に来ていたとき、私を発見したそうです。山賊達を問答無用で斬り捨て、私は九死に一生を得ました。そして、忍びの娘として、現在まで育てられました」
「そんな事があったのだね。俺には想像することしか出来ないけど、辛かっただろうに」
直哉はマーリカを抱き寄せていた。優しく頭を撫でながら、
「その山賊達は、どうなったの?」
マーリカは泣き顔を直哉の胸に埋めたまま、
「殆どの者は死んだそうですが、頭が見つかっていないとの事でした」
「行方は?」
「ソラティア共和国です。父様の話だとソラティア共和国の王族ではないかと語っておりました」
「根拠は?」
「装備と紋章です」
直哉は呆れるように、
「山賊の時に、王族の装備と、その紋章を付けていたの? 馬鹿なの?」
「それは、わかりません」
直哉は深いため息をついた後で、
「そっか、マーリカの事はわかったよ。それで、これからどうする?」
マーリカは直哉の胸から顔を上げて、
「どうする、とは?」
「聞き方が悪かったね、マーリカはどうしたい? 俺は手を貸すよ」
マーリカは驚きの表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
直哉は真面目な顔をして、
「それは、マーリカと知り合えたからだよ。俺がこの世界で生きているという証が欲しい」
「私は、本当のことが知りたい。なぜ、私たちの里が狙われたのか、本当にソラティア共和国の王族が指示していたのかを」
「わかった。リリもソラティアで究極魔法を覚えたいと言ってるし、一緒に調べよう」
「ありがとうございます」
(そっか、マーリカは黒豹のハーフか。これで、五人のハーフが集まったか。偶然にしては不自然すぎるな。システムとやらの意思が働いている可能性が高いな。予言の書には異種族の垣根を超越しって書いてあったけど、垣根を超越ってどういうことだろう? 直哉は頭をひねっていた)
「ご主人様? 大丈夫ですか?」
マーリカは黙ってしまった直哉を心配した。
「あぁ、ごめん。また、考え事をしていたよ」
「差し支えなければ、私が話を聞きますよ? 話すことで、ご主人様のお心の負担が減らせるのであれば、私は嬉しいです」
そんなマーリカに、バルグフルでの予言を聞かせた。
「里の予言と同じ内容ですね。それで、何を悩まれていたのですか?」
「垣根を超越って事だけど、どういうこと? って考えてるんだよ」
マーリカは直哉の疑問に共感し、
「なるほど。私たちの種族の垣根? 超越? 確かに言い回しがおかしいですね」
「だから、どういうことなのかを悩んでいるのだよ」
協力を申し出た。
「そうでしたか。わかりました。私の方でも何かわかりましたら、お知らせします」
「お願いするよ」
直哉達は城壁を降りて南門へ向かった。
南門に近付くと、城壁の上にエリザが鍛練しているのが見えてきた。
「お疲れ様」
直哉が声をかけると、
「お疲れ様なのじゃ」
と言いながら、直哉の造った簡易型リフトを使い降りてきた。
「マーリカもお疲れ様なのじゃ」
「お疲れ様です。エリザ様」
「して、何の用じゃ?」
エリザが疑問に思っていると、
「現在のルグニアを見ておこうと思ったのだよ」
「現在の?」
「うん。ルグニアの強化をする前に、何処をどれだけ強化するかを考えるための、情報収集ですね」
「流石じゃの。直哉殿はルグニアにとっての希望じゃの」
「そんな訳で、ルグニアの街並みを見ています」
「そうじゃったか。時間があれば、わらわに付き合って欲しかったのじゃが」
「別に構いませんよ」
直哉は承諾した。
「ありがたい」
エリザは直哉とマーリカと共に、鍛練を開始した。
エリザは、行き詰まっているので直哉に聞いてみた。
「直哉殿から見て、わらわの攻撃はどうなのじゃ?」
「真っ直ぐで正統派の攻撃ですね」
「じゃから、読みやすいということかえ?」
「そうですね。どれ程正確な攻撃でも、何処に射たれるか解れば対応出来るからね」
「ぐぬぬ」
直哉が正直な感想を述べると、エリザは唸ってしまった。
「でも、二段射ちは良かったよ。盾を出していなかったら、危険だったよ」
「そうじゃったか」
エリザは活路が開けそうな感じがした。
「あの系統で、死角になる攻撃を増やせば、エリザの正確な攻撃が活きてくると思う」
「死角?」
直哉は少し考えて、
「そう、例えば頭上とか、障害物を回り込むとか」
「むぅ、やってみるのじゃ」
「最終的にはエルムンドが使っていた、放てばどんなに回避されようとも当たる矢が、射てるようになれば最高だね」
エリザは思いっきり嫌な顔をして、
「その名前は聞きたくないのじゃ。直哉殿達にとっても、忌まわしい記憶なのでは?」
「俺は大丈夫だよ。むしろ強力な攻撃として驚いたから。エリザが使える様になれば、俺は嬉しいよ」
少し落ち着きを取り戻して、
「そんなものなのかえ?」
「そんなものですよ」
エリザは直哉に言われた撃ち方を実践すべく、鍛練を開始した。
「さて、俺たちはルグニアの街を確認しに戻りますか」
「了解しました」
直哉はマーリカを連れて、ルグニアの散策に戻った。
南門に詰めていた兵士に採掘場の場所を聞いた。
「な、勇者直哉様!と、見知らぬ女性。採掘場にはどの様なご用件でしょうか?」
「現在のルグニアの状況を調べておこうと思ったのだよ」
兵士は納得したようで、
「そうでしたか。アシュリー様からの通行証をお願いします」
「いや、持って居ないのだが」
兵士は申しわけなさそうな顔をして、
「申し訳ありません。アシュリー様からの通行証が無い者は通せないのですよ」
「そうでしたか、わかりました。次回は貰ってから来る事にします」
「よろしくお願いします」
兵士と別れ、お城の方へ向かった。
「さて、こんな感じかな」
直哉は一通り街の様子を見て回った。メニューを開き、メモを追加していった。
「これから、何処へ行きますか?」
マーリカの質問に、
「屋敷に戻って、情報を整理しますか」
「畏まりました」
二人は城から屋敷に向けて歩き始めた。
屋敷の近くの森に差し掛かったとき、森の奥から、気合いの入った声が聞こえてきた。
「うらぁ! どりゃぁ! そりゃあ!」
直哉が声のする方を見ると、長巻を木の葉の様に振り回すラリーナの姿が、目に入った。
「あの剣を、あの速さで振り回せるのは凄いことだよな」
「そうですね。私はあの風圧で倒されそうですよ」
マーリカは怯えながら呟いた。
しばらく二人が見ていると、
「そんな所から、こっそり見られると、気が散るからこっちで堂々と見てくれ」
そう、声をかけられ、直哉とマーリカはラリーナの近くへやって来た。
「何ですか? これは?」
近づいて見ると、ラリーナは闇雲に長巻を振り回していたのではなく、硬そうな岩に向かって振るっていた。
「これは、リズファー流の奥義を得るための特訓だ」
直哉は興味を引かれ、
「奥義? 特訓?」
「そうだ、この岩を切断する威力を持つ奥義、それを飛ばす奥義、そこまでは母上が実践してくれていたので何とか成りそうなのだが、他にもあって、最終奥義は物凄いらしい」
直哉は、ワクワクしながら、
「心の中のリズファーさんに教えてもらったら?」
「それが、最近話しかけても答えてくれないのだ。恐らく、私の中の銀狼がそろそろ目を覚ますのではないかと思っている」
「そっか。それで、鍛練の時に手合わせをしたんだよね」
「そうだ。それに、私自身が押さえ込めるだけの力があれば良いのだからな。奥義の習得を最優先にするよ」
ラリーナが鍛練に戻ると、森の中という視界の悪い条件の中、ピンクの物体が空から降ってきた。
「おーにーぃーちゃーんーなの!」
そのままの勢いで飛び込んできたリリを、直哉は咄嗟に造ったクッション性の高い素材の鎧を身にまとって受け止めた。
ぼよーん
リリは直哉の鎧にすっぽりと覆われた。
「ヤッパリお兄ちゃんなの!」
直哉は冷や汗をかきながら、
「物凄いところから、登場したね」
「うんなの!」
リリは直哉にスリスリしながら、
「氷の魔法を習得して、ウキウキしてたらお兄ちゃんの気配がしたの! だから飛び込んだの!」
直哉は驚きながら、
「えっ? もう、オリジナル魔法を習得したの?」
「うんなの!」
「まじか。早すぎるぜ」
リリがくっ付きながら、
「でもね、覚えようとしていた時、ちょっと怖かったの!」
「何があったの?」
リリは、顔を離して見上げながら、
「風の魔法の時みたいに、心の奥にある氷の力とお話していたの。そしたら、心の更に奥に大きく冷たい力が眠っていたの」
「大きく冷たい力?」
「そうなの。物凄く怖かったの」
直哉はリリの頭を撫でながら、
「それで、その力はどうしたの?」
「なんかね、鍵のついた折の中に入っていたの。だからそっとしておいたの」
「そっか。それなら良いか」
直哉はリリを優しく包み込んだ。




