第七十三話 フィリアの闇とリリの成長
「それで、どうしたの?」
「何がですか?」
「嫌な夢と言っていたけど、話せば楽になるのでは?」
フィリアは意を決し、話し始めた。
「昔あった事を夢で見ました。お父様が生きている頃の。私の身体に流れるエルフの血は、私から全てを奪い去りました。お父様だって、私を遠ざける様になった」
フィリアは涙を流しながら話していた。
「そっか、遠ざけられたのか。それは辛いな。でも、それは本当にお父さんの指示だったのかな?」
フィリアは直哉の言葉が理解出来ず、
「それ以外ないと思うのですが?」
「だって、フィリアは三歳の頃の話しでしょ? 流石に覚えてないのでは?」
直哉は自分の考えを聞かせた。
「確かに、朧気にお父様の事を覚えている程度です。ですが、私達は城から放り出された事に変わりはありません」
フィリアは確かに父親が何と言っていたかの記憶がなかった。
「うむむ。それは、正室や側室達のした事だと思うよ」
「そんな事! わかりませんよ!」
フィリアは感情を爆発させていた。フィリアの様子を見ながら直哉は何かを考えていた。
「前にフィリアが人間に近いのは、お父さんの血が強いからと説明していなかったっけ?」
「はい。封の事は私とお母様の秘密でした」
「そっか、そんな大事な事を話してくれたのだね、ありがとう」
直哉が頭を下げると、
「これで、直哉様とも秘密を共有出来ます」
フィリアの言葉に、
「そうだね。また、フィリアの事を理解出来たよ」
と答えた。
「ところで、フィリアのお父さんはどんな人だったの? 俺はゲームの中でもバルグの元国王にはあった事がないのだけど」
直哉の話題を変えた質問に、フィリア昔の事を思い出しながら、
「お父様は偉大な方でした。大きく強かった、と思います」
「そんな人がどうして倒されたんだろう? 第一王子や第二王子も倒されたのでしょ? 第三王子も狙われていたみたいだし、フィリア達だって逃げてきていた。余程強いやつが現れたって事だよな」
直哉は不思議だった、王様がそれ程強いのであれば敵を倒せるし、王様以上に強い敵だったのであれば、その敵は何処へ行ったのだろうか。だけど、今考えても答えは出ないので心の中に仕舞い込んだ。
「何にしても、フィリアが無事だし良かったよ」
フィリアは冷静さを取り戻し、
「そうですね、直哉様にも巡り会えましたし。まさか、国を追われてから最高の伴侶に出会うとは夢にも思いませんでした」
「俺にとっても、フィリアは大切な人だよ」
フィリアは思い詰めた顔で、
「私の身体にエルフの血が流れていても変わりませんか?」
「初めて会った時から、フィリアの身体にはエルフの血が流れているのでしょ? そんなフィリアを好きになったんだから、エルフの血が流れていても変わらないよ」
フィリアの表情が和らぎ、
「直哉様がはじめてです。私のエルフの血を気にしないと言ってくれた人は」
「後は、バルグでの真相がわかれば、問題が解決しそうだけどね」
「お母様なら何か知っている可能性がありますが。私にはわかりません」
「現状では闇の中と言うわけだ」
フィリアは改めて聞いてきた。
「直哉様に質問があります」
「なんだい?」
「私だけの直哉様で居てくれますか?」
「残念だけど、フィリアだけでは無いよ。リリとラリーナも同じだから」
「私は何番目ですか?」
「順位を付ける事はしたくないけど、もし付けるなら三人とも一番だよ」
「ありがとうございます」
フィリアは礼を言った。
「それで、素のフィリアには、戻ってくれないの?」
「今はまだ」
「そっか、残念だよ。まぁ、気長に待つよ」
「お願いします」
直哉がフィリアを連れて一階に降りると、
「フィリアお姉ちゃんだ! もう、大丈夫なの?」
リリとラリーナが心配して寄ってきた。
その後ろをエリザとマーリカが続いていた。
「心配をかけました。大丈夫です」
「無理するのは、私達に任せておいてくれ。フィリアは、直哉を治療出来る唯一の存在なのだから」
「ラリーナ。ありがとう」
フィリアは涙ぐんだ。
「さて、飯にしよう。俺達の料理は残っているかな?」
「見事に肉料理が見当たりませんね」
「犯人はわかるけどね」
「えへへ」
リリが何故か照れていた。
「お二人のお料理はこちらに死守しております」
ドラキニガルが料理を暖め直しと直哉達に出した。
「お肉! まだあったの!」
それを見たリリが食いついた。
「ちょっと! リリ様! こちらは伯爵様とフィリア様の料理ですよ」
リリと格闘しながら料理を出すドラキニガルを見て、直哉達は笑い合った。
(本当に直哉様と出会えて良かった。お城で姫として過ごすのも悪くはないが、こうやって気のおけない仲間達と過ごす時間は、私にとって、掛け替えのない時間です。直哉様のためなら、この封を解いても構いません)
フィリアの心の闇が少し晴れた。
一段落したところで、イザベラが街の様子を聞いてきた。
「伯爵様。街の様子は如何でしたか?」
「そうだね、あちこちで火災が発生していた模様だけど、ダライアスキーさん達、城の方々が消火を担当していましたね」
直哉が現状を伝えた。
「そうでしたか、死者などは出ていないとの連絡があったので、大きな被害が出ていないとは思っていましたが、伯爵様の言葉を聞いて安心いたしました」
「外側の壁も目立ったダメージは無さそうだったし、一番の被害は南門への魔物襲来かな?」
直哉の質問にマーリカが続いた。
「そうですね、それと城で話していたのは、採掘用の施設が半壊したこと位だと思います」
イザベラが驚いたように、
「それは、大変ですね。人的被害は出ていないのでしょうか?」
「おそらくは」
直哉達の会話を聞いていたリリは眠くなってきたらしく、直哉の膝の上に乗りながら眠りについた。
「リリ、寝るならベッドで寝てくれ」
何度か起こそうとしたが頑なに拒否されたので、甘えているのだと思った。
直哉はリリを膝の上に乗せ、会話を再開させた。
「俺が確認した限りでは、この屋敷と西門の建物、北側から東側、そして南側の城壁は問題なかったですね」
直哉は見てきたことを伝えた。
「なるほど、わかりました。ありがとうございました」
イザベラは満足したようだ。
直哉とフィリアはさらに話を続けた。
「後は、南側に来た魔物達の処理だね。遺跡が原因だから、今後も襲撃は続くと思う」
「そうですよね。城壁で弾き返せる場所ならば、悩む必要は無いのですが、南側は、バルクフルとの街道がありますから、放置も出来ませんね」
「まぁ、明日アシュリー様に聞いてみよう」
「そうですね」
「そして、大きな問題は遺跡の事だよな」
遺跡という単語に反応したラリーナは、
「はじめの機械人形は口からの攻撃さえなんとかなれば、通常攻撃は強くなかったな」
続いてエリザが、
「そうじゃの。急所に当てるのも、苦労したのは初めだけじゃ。じゃが、あの口からの兵器は厄介じゃった。細かい破片を撒き散らすは完全に防げないのじゃ」
「確かにあれを防ぐには、最後に出したあの盾を使うとか、水と風の加護で何とかするとか、ぶっつけ本番な事しか思い付かなかったよ。でも、直風を受けて、あの程度の怪我で済むとは、凄いですね」
そんな、直哉の言葉に、
「そうじゃ、これの修理をお願いするのじゃ」
そういって、小型の弓を取り出した。
「これは、また随分とボロボロだね」
直哉が確認すると、無数の破片が食い込み、前面に大量の傷が出来ていた。
「まさか、これで防御したの?」
「そうじゃ、弓の中心を動かさずに回して防いだのじゃ」
「それで、射てるの?」
「始めは苦労したのじゃが、慣れればどうということはなかったのじゃ」
「凄いですね。そこまで出来るのであれば、弓に風の魔法石を仕込んでエアシールドを付けてみるか」
直哉はスキル《魔法の武具作成》を発動して、エアシールドを造り出し、弓と合成させた。
「これで、魔力を注ぎ込むと、中心には風の効果がないけど、周囲には風の盾が出来上がるようになる。ただ、この風の盾は鋭いから武器にもなるので気をつけて使って」
直哉は効果を説明しながら、エリザに渡した。
「魔力を注ぐとは、どうやるのじゃ?」
「試すのであれば、地下鍛練場でやろう」
直哉が誘うと、
「是非とも、よろしくなのじゃ」
と、直哉と二人きりになれると嬉しそうに返事をした。
だが、実際に降りてくると、リリは直哉にくっついたままだし、ラリーナは魔法の武器の効果を見てみたいと付いてくるし、フィリアとマーリカも直哉が行くなら私も行くと、結局全員が地下へ来たのであった。
かなりガッカリしているエリザに、
「それではエリザ。武器に魔力を込める方法だけど、始めは矢を番えた時に発動させて見よう。それで、感覚を掴んだら通常時に発動するという事にしよう」
「わかったのじゃ」
エリザは気を取り直し、矢を番えて的を見た。
「そしたら、風の盾をイメージしてみて」
エリザは言われるがまま風の盾をイメージした。
すると、弓の横の部分から風が吹き出し、盾の形を形成した。
「おぉ! 身体の力が吸われるような感覚が襲ったのじゃ」
「上手く作動したみたいだね、それがエアシールドだよ」
エリザは弓を構えて、
「これで、相手の攻撃を防ぐ事が出来るのかぇ?」
「いや、出力的に精々飛び道具を反らす事くらいしか出来ないよ」
エリザはガッカリしていたが、
「マーリカ、飛び道具で攻撃してみるのじゃ!」
マーリカの攻撃を反らしてみようと、鍛練を開始した。
「いきます!」
マーリカの懐から左右三本ずつの、計六本の棒手裏剣を取りだして、エリザに向かって投げつけた。
エリザはエアシールドを展開して、迎撃を開始した。
矢の射線上の棒手裏剣は矢で、それ以外はエアシールドを使い防御した。
「これは、中々凄いの!」
エリザは興奮しながらエアシールドを堪能していた。
「ふにゅ?」
リリが目を覚ましてエリザの新装備を見た。
「あー、凄いの! お兄ちゃんの新作?」
「そうだよ、風の魔法石で盾を造ったんだ」
リリは魔力を練り始めた。
「ふんぬー」
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力と共に!」
リリの詠唱が途中で止まったので、
「ちょっと、リリ。詠唱知ってるの?」
「判らないの。でも、イメージは出来るからやってみるの」
リリは風の盾をイメージしていた。
(まさか、新魔法の創造か? 確かにカソードの時に究極魔法を覚えるために修得したけど、今のリリにそれが出来るのか?)
新魔法の創造:魔法士がその系統の究極魔法を修得するための最初のステップ。
「一応みんな下がって。魔法が暴走するかもしれないから」
直哉の警告に、フィリア達はリリから距離を取った。
「ふんぬー・・・、来たの!」
リリは風の精霊達とのコンタクトに成功し、魔法を教えて貰った。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力と共に不可侵の領域を造りたまえ!」
「インバイラボウシールド!」
リリの周囲に風魔法で造った進入不可能なエリアが出来上がった。
「まじか!」
直哉は興奮しながらその光景を見ていた。
「出来たの! でも、強すぎて盾じゃ無くなっちゃたの!」
リリも興奮しながら直哉の元へ行こうとしたが、周囲が固定されている事に気がつき、
「どうしよう、動けないの」
リリは自分の作った周囲のフィールドを突破できずに悩んでいた。
「真下は?」
「こっちは、行けそうなの。でも、もうMPが持たない」
リリは意識を失いその場に落下した。
「世話のかかる」
ラリーナが持ち前の瞬発力で、落ちてきたリリを受け止めた。
直哉達も駆け付け、魔蓄棺を外し、MP回復薬を振りかけて回復を待った。
「このまま部屋に戻りましょう」
フィリアの提案に、
「そうだね。リリを部屋に寝かせて、風呂に行きますか」
直哉達は風呂へ向かった。
直哉が風呂に到着すると、先客がいた。
「これは、伯爵様。先に入らさせて貰ってます」
ジンゴロウとドラキニガルであった。
「二人ともお疲れ様です」
ドラキニガルは、自分より身分高い者と一緒に入ることにまだ慣れてないようだったが、ジンゴロウの方は慣れてきているようであった。
ジンゴロウは前から聞こうと思っていたことを質問した。
「伯爵様は異世界から来たと聞きましたが、どのような世界だったのですか?」
「そうですね、この世界みたいに魔法という概念がなく、全て機械でまかなっています」
直哉の言葉に、
「機械ですか?」
「そうです。明かりを灯す、水を流す、それこそ何でも」
「りょ、料理はどのような感じなのでしょうか?」
ドラキニガルも聞いてきた。
「唐揚げやうどん、パスタやサンドイッチなど、色々ありますよ。調味料も豊富ですね」
「素晴らしい所ですね! 是非一度学びに行きたいですね」
直哉は遅くまで使用人たちと会話を楽しんで、明日の為の英気を養った。




