第六十五話 寒い時は鍋に限る
直哉が鍛冶場へ到着すると、メントールが出迎えてくれた。
「親方! お疲れ様です! まだ、微調整が終わっていないので、もう少し時間がかかります」
「一応見て回るね。案内は不要だから、微調整を続けてください。それと、外でイベントがあるので、時間を作って参加してください」
「わかりました」
直哉は鍛冶場を巡り、生産を始めている職人もいて、順調そうだと思った。
販売所の方へ来ると、入り口は閉まっており、ジンゴロウが直哉を待っていた。
「伯爵様ようこそおいでくださいました。現在従業員達はイベントの手伝いに出ております」
「そっか、それでは後で確認しに来る事にしますね」
直哉はそう言って会場へ戻ろうとした。そこへ、ジンゴロウから声がかかった。
「伯爵様。お願いがあります」
直哉は振り向いて、
「何でしょうか?」
「おいどんにも、鍛冶場を使わせてください」
直哉は本気の人達に使って欲しかったので、
「この場所は、鍛冶に真剣に取り組む人に使って欲しいのです。ジンゴロウさんはうちの屋敷での仕事がありますが、それを辞めて取り組む覚悟がありますか?」
「あ、いえ、そこまでは無いです」
直哉は困惑して、
「では、どうして鍛冶場を使いたかったのですか?」
「伯爵様のお屋敷で使う品を、おいどんも造り出したくて」
直哉は納得して、
「それなら、屋敷にジンゴロウさん専用の鍛冶場を建てますよ。その方が搬入出が楽でしょ?」
ジンゴロウは頭を下げて、
「過分なお言葉、ありがとうございます。そのお言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
直哉は、
「もちろんですよ」
と、言いながら土地タブを操作して、屋敷の近くに鍛冶場を建設した。
「炊き出しのイベントが終わったら、確認しに行きましょう」
「ありがとうございます」
直哉はジンゴロウの願いを聞いた後で、コテージへ戻ってきた。
コテージ付近には大量の食材が運び込まれていた。
「これは凄いな」
ドラキニガル達が食材を分けながら調理を開始した。
エバーズ達は、周りに集まってきた者達を整列させる作業に追われていた。
直哉がコテージの前で会場を確認していると、
「お兄ちゃん、机と椅子の準備が終わったの!」
「こっちも、完了だ!」
直哉は、
「どうだった? 椅子は足りそう?」
「大丈夫だったの! でも、結構寒いところがあるから、そこの席は不評なの」
「ラリーナの方は?」
「こちらは、問題無かったぞ。いや、子供連れが多かったな、それが危険になるかもしれないな」
直哉は問題点を整理して、
「じゃぁ、リリの方には火の魔法石を使った暖房器具を造り出すか」
MP回復薬を飲んでから、スキルを発動した。
「リリ、不評だった場所は何処?」
「こっちなの」
リリは直哉の手を引いて不評だった場所へ案内した。
不評だった場所に到着した直哉は、
「確かに寒いな。それなら、ここに暖炉のような暖房器具を風よけとして設置すれば、風が入り込みにくいし、空気を暖める事が出来るな。それに、魔法石を直接触れないようにしてあるから、安全面も問題無い」
そう説明しながら暖炉を、風が入り込みにくいような向きに配置した。
「これが出来るだけで、寒さが和らぐの!」
リリは暖炉の前ではしゃいでいた。そのうち、寒くて不評だった場所に人々が集まりだした。
「こっちは、これで問題無いな、後はラリーナの方の子供連れの対応ですね」
直哉はラリーナの元へ向かった。
ラリーナのもとへ到着すると、子供達が元気に走り回っていた。
それと、乳飲み子を抱えた方が集団で固まっていた。
「そのままにしておくと、迷子が出たり、他の人とぶつかって危険だよな」
直哉は周囲を見渡し、まだスペースに余裕がある事を確認して、託児スペースを造り上げた。
地面よりも十センチ程高い位置にお座敷を造り、乳飲み子を連れていても楽なように、靴を脱いで上がる場所とした。そこへ、柵を作り子供が勝手に出て行けない用にした。
靴は、靴箱を用意し、木の板を鍵とした扉をつけた。
こうして直哉達は、イベントに参加してくれた人々全てが楽しめるように、色々な工夫を施していった。
その様子はメントール達が、しっかりと見ていて、直哉の造った暖炉や靴箱などを再現しようと躍起になっていた。
直哉がコテージへ戻って来ると、料理の準備も整いアシュリーが、イベント開始の挨拶をする準備をしていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。建物の方はどうでした?」
「冒険者ギルドの方は問題ないですね、鍛冶場の方はもう少し時間がかかります」
「そうですか。わかりました」
そう言うと、アシュリーは縁側の窓を開け、
「皆の者!」
と、話始めた。
アシュリーが、コテージから姿を見せると、その場に集まってきた人々が、平伏し始めた。
(いつ見ても凄いな。見慣れてきてはいるけど、やって欲しいとは思わないな)
「面を上げよ!」
会場の人々が一斉に顔を上げた。
「この度は、急な呼びかけであったにもかかわらず、よくぞ集まってくれた」
アシュリーは会場を見まわしながら、
「今回の集まりは、ここにいる直哉伯爵が、皆に食事を提供してくれると言う事と、この地、西門周辺の新しい施設の紹介をするために集まって貰った」
アシュリーが右手を挙げると、ダライアスキーが前に出て、
「まずは、建物を紹介する。西門前を見よ!」
会場の人々は昨日まで無かった西門前の大きな建物を見た。
「入り口横にある建物が冒険者ギルドの西門支部となる」
ダライアスキーは一人の男を呼び寄せた。
「それでは、紹介する。ギューサ! 前へ」
ダライアスキーに呼ばれて、ギューサが前に出てきた。
「はじめまして、ご紹介にあずかりましたギューサです」
「この者を、西門支部の支部長に任命する。精進するように」
ギューサは恭しく礼をした。
「若輩者の私に、ここまでの大任を、任せていただきありがとうございます。皆様のお役に立てるように頑張ります」
「ちなみに、一階の酒場と三階以降の宿屋は一般にも開放しているので、冒険者でなくても利用出来ます」
ダライアスキーが締めくくった。
ダライアスキーとギューサが後ろに下がり、アシュリーが前に出た。
「次に、その隣の建物の紹介です。現在は建設中ですが、中心に商業施設、その周りに鍛冶場を建設中です。近いうちに稼働を開始する予定です。こちらは稼働を開始したら再度お知らせします」
会場内に料理の匂いが漂いはじめ、ざわつき始めたので、
「それでは、最後に本日の炊き出しの責任者である、エリザとその補佐である直哉伯爵に挨拶してもらおう」
会場が一気に盛り上がった。
エリザがガチガチになりながら、
「本日はお日柄も良く、また、お集まりの皆様に」
と、訳のわからぬ事を良い始めたため、
「エリザ! ストップ!」
と、直哉は止め、
「それでは皆さん! 楽しく暖かい一時を過ごしてください!」
とまとめた。
エリザはホットしながら、直哉を見ていた。
アシュリーは少し不満げではあったが、
「それでは、みなさん頂きましょう」
と、イベントを開始した。
酒場の主人は酒のつまみ系の料理を作り、ドワーフ軍団はルグニアの伝統的な料理を、ドラキニガルは直哉達に教わった焼きそばを振る舞った。
ホスト役の直哉達は、料理の手伝いや、座敷客への対応等に追われていた。
そんな時、リリが両手に料理を持ってやって来た。
「お兄ちゃん! アシュリーさんが、これでも食べて休憩してって言ってたの!」
「ありがとう、リリ! その言葉に甘えて、休むことにするよ」
そう言って、近くの空いていた椅子に座った。
「うむ、旨いな」
直哉はリリの持ってきた料理に舌鼓を打っていた。
ドラキニガルの作った焼きそばは、冷めていたものの、味付けは良くあっという間に、美味しく食べきった。
ドワーフ軍団の伝統的な料理は、根菜類の炊き込みご飯で、味は薄い醤油ベースでこちらもあっという間に、食べてしまった。
酒場の料理は、リリのチョイスなのか、肉串で色々な種類の肉を堪能する事が出来た。
「どれも美味しいな。あえて言うなら、汁物が欲しいな」
「汁物って?」
「スープとか、鍋とか」
「鍋? 鍋ってあれ?」
リリは調理場の大きな鍋を指差した。
「ん? そうそう、あれで肉とか野菜とかを煮る料理だね。味付けは、寒いから辛味噌なんてどうだろう?」
直哉の説明にリリは段々興奮してきて、
「食べたいの! お兄ちゃんの料理!」
リリのリクエストを叶えるべく、調理場へ向かった。
ドラキニガルに鍋料理を説明すると、
「こちらをお使いください。焼きそばに使う麺は全て茹でたので、この鍋は空いています」
直哉は酒場の主人から肉を、ドワーフ軍団からは根菜類とご飯を、ドラキニガルからはキャベツと調味料を分けてもらった。
ドラキニガルは、直哉に言われた通り、鍋を綺麗にした後で、大量のお湯を沸かしていた。直哉は、持ってきた肉と根菜類をドラキニガルに切ってもらい、沸騰したお湯に出汁を入れた後に放り込んでいった。
肉と根菜類が煮えてくると、旨味が溶け出してよい匂いがしてきた。
そこへ、キャベツをむしりながら投入してしばらく煮込んだ。
最後に味噌を味を見ながら投入して、
「ピリ辛になる香辛料って何がありますか?」
直哉はドラキニガルに聞いた。
「スープに溶かすのであれば、これですね」
そう言って、真っ赤なペースト状の調味料を取り出した。
「どれどれ」
直哉は紙で造った器を取り出して、味噌鍋からスープをすくって、真っ赤な調味料を少量混ぜてみた。
「これは旨い!」
自画自賛するほどの出来だった。
出来上がった辛味噌鍋は大変好評で、酒場の主人やドワーフ軍団からレシピをねだられた。
辛いのが苦手な人には、ご飯を入れて辛さを紛らわさせた。
「お・い・し・い・の!」
リリはホクホク顔で野菜を食べていた。
「おぉ! リリが野菜を食べてる!」
直哉は驚きを隠せなかった。
「そうなの! いつもの野菜は青臭いけど、今日のはとっても美味しいの!」
「そうなんだ。これなら明日から野菜を食べられそうだね」
直哉はドラキニガルに聞こえるように言った。ドラキニガルは直哉の意図をくんで、
「承りました」
と、返してきた。
「やっぱり、ご飯は美味しく食べたいの!」
リリはご満悦でご飯を堪能していた。
イベントの最中、直哉の周りには常に誰かが来ていて、大工の依頼や、鍛冶の依頼、アイテムの作成依頼などが後を絶えないため、全ての依頼は明日以降、鍛冶場が稼働したら聞くと言う事で落ち着いた。
「どうしても、直哉伯爵に造って貰いたいのです!」
「直哉伯爵なら、きっと良いものを造ってくれる!」
等、言いたい放題だったので、
「俺の信頼する弟子達なら、俺と同じ物を造れるようになりますよ。物によっては、俺よりも良い物を造れるので、出来るだけ、彼らに造らせる事にします」
と、ルグニアの今後を考えた決断を話した。
子供達も直哉の周りに集まり、先日の戦いの事や、バルグフルでの活躍談を聞きたがった。
もちろん、女性達からの熱い視線も受けており、それを見ていた男性陣から暗い視線を受け取り、中々に居心地が悪かった。
(元の世界の俺だったら、こんな場所には居なかったよな。いつも、ソソクサと逃げて、家に帰って自分の世界に籠もっていたよな。こんな思いをするならって。でも、確かに居心地が悪いけど、俺は一人じゃない。隣にはリリが居てくれて、近くにはフィリアとラリーナを感じられる。今、俺は元の世界では感じられなかった感覚を味わっている)
「大丈夫? お兄ちゃん?」
急に黙ってしまった直哉を、リリは心配していた。
「うん。平気だよ。リリ達が居てくれるから、俺は前に進む事が出来る。本当にありがとう」
そう言って、やさしく頭を撫でた。
「ん? 急にどうしたの? 良くわからないけど、どういたしましてなの!」
良くわからないけど、直哉が頭を撫でてくれるので、リリは嬉しくなった。
「リリちゃんばかり、ずるいですわ」
それを見ていた、フィリアとラリーナも周りにやってきて、直哉にくっついた。
「三人ともありがとう」
直哉は三人を抱きしめて、今の幸せを噛みしめた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、
「これにて、閉会とする」
アシュリーの宣言により、イベントが終了した。
「皆さんは、集まってくれた人々を、混乱無く帰してください。その後で、俺が会場を解体します」
直哉の言葉に、
「親方! 俺たちも手伝います!」
メントール達が直哉を手伝いに来た。
「ありがとうございます。メントールさん達も人々の誘導に当たってください」
「了解しました!」
メントール達は直哉の言うことを素直に聞いてくれた。
その様子を見ていたアシュリーが、
「直哉よ、あの者達のランクアップのチェックをしてやってくれぬか?」
と、言って来た。
「俺で良いのですか? ルグニア様の方が適任ではないのですか?」
「あの者達は、直哉を親方として見ておるから、直哉がチェックした方が喜ぶのではないでしょうか?」
アシュリーは、メントール達を目で追いながら、直哉を諭した。
「わかりました。彼らに関しては俺が責任を持ちます。ですが、実際のところ、何をすれば良いのですか?」
直哉の疑問に、
「見習いから正規の鍛冶職人になるには、大きく変更する点はありません。直哉伯爵が彼らの資質を見極め、私に報告する。それだけです」
「報告すると、アシュリー様が見習いからランクアップをしてくれるのですか?」
「はい、鍛冶ギルドの長が使用していた、ランクアップの機械を使います。本来なら新しい鍛冶ギルド長の仕事ですが、今は空席なので、国王である私が代行します」
直哉は、アシュリーの言葉を聴いて、
「わかりました。明日にでも、面接をします」
「お願いしますね」
そう言って、話を終了させた。
そして、炊き出しの会はに集まった人々は、アシュリーとエリザ、そして直哉に礼を言って順番に帰っていった。
直哉は、余った食材は、酒場とドワーフとドラキニガルに分けさせ、自分は会場の分解に入った。
リフォームとリサイクルをフルに使い、会場を解体して行った。
ゴミに関しては、リリ達がアシュリーに収集場所を教えてもらい、片付けていった。
忘れ物は、お城の方で預かってくれることになり、一時間ほどで綺麗になった。
「直哉伯爵、本日はイベントご苦労様でした。また、今回のイベントを手伝ってくれた者達にも礼を言う」
アシュリーはその場の皆に礼を述べた。
「また、直哉伯爵と共に居れば、このような機会も訪れると思う。その時も、手を貸してくれると私としても嬉しく思う」
アシュリーは皆を見回した後、
「それでは、本日はこれにて終了しましょう」
アシュリーの宣言により、皆は所定の場所へ帰って行った。
そんな中、直哉とメントール達が話していた。
「メントールさん、明日、時間を作ってもらえますか?」
「もちろん良いですが、何をするのですか? そして、何時ごろが良いですか?」
メントールの疑問に、
「鍛冶職人見習いから鍛冶職人になれるかどうか、俺がチェックすることになりました。ですので午前中に時間を作ってくれると助かります」
「親方が見てくれるのですか?」
メントール達は喜んだ。
「お待ちしております」
「それじゃぁ、俺たちも帰りますか」
メントール達に見送られ、直哉達は帰路に着いた。




