第六十四話 鍛冶場と宿舎と冒険者ギルド 後編
直哉達が休憩していると、空から大粒の雪が降り始めた。
「あらら、ただでさえ寒いのに、降り出しちゃったよ。MPは少しはあるね」
直哉はスキルを使用して、コテージを出した。
「とりあえず、中に入って暖まろう」
二人は中に入って、暖まる準備をした。
「私は温かい飲み物を用意いたします」
コテージにはコタツが完備されていて、直哉はコタツに入って飲み物を待っていた。
「ここに座ると、外の状況がわからないな」
直哉は壁の一部をリフォームして、大きな窓を用意して、そこからも出られるよう(縁側の様な感じ)にした。
そこへ、フィリアが暖かいお茶と、煎餅を持ってきて、二人はコタツで暖を取りながら、職人たちの作業を見守っていた。
「これ程の腕前があるのに見習いなんて、ルグニアは随分と変わっているのですのね」
「そうだよねぇ、バルグフルは自分の店を持っていれば見習い卒業だからね。簡単だったよ」
「それはきっと直哉様だからですよ。他の人間なら出来ませんよ」
「そうかなぁ?」
直哉は困惑していた。
窓の前に三人の人影が現れた。
「ご主人様、お二人をお連れしました」
マーリカがイザベラとジンゴロウを連れて帰ってきた。
「おいどんたちに何か御用ですか?」
「よく来てくれました。お二人には、新しく建てた施設の使用方法を説明してあげてくれるかな? そろそろ、わからないと苦情が来ると思うから」
そう言っていると、ギューサとメントールがやってきて、風呂の使い方を教えて欲しいとの事なので、
鍛冶場にはジンゴロウを冒険者ギルドにはイザベラを派遣した。
使用人たちを見送った時、
「こんにちは、直哉伯爵」
と声のするほうを向くと、そこには、アシュリーとダライアスキーがいた。
「順調そうですね」
「アシュリーさま、ダライアスキーさん。こんにちは! 今、皆さんに内部を調整してもらっています。近いうちに終了しますよ」
ダライアスキーは呆れながら、
「相変わらず、出鱈目な方ですね。わずか数時間でこれ程の施設が出来上がるとは」
「ところで、こちらの家は、直哉伯爵の簡易式お屋敷ですか?」
アシュリーはワクワクしながら聞いてきた。
「はい。少ないですが、居間、休息部屋、風呂を完備してあります」
アシュリーは目を輝かせて、
「私が使っても良いですか?」
「もちろんです、ダライアスキーさんもどうぞ。あちらに入り口がありますので、そちらへお回りください」
直哉は二人を招待した。
アシュリーは、部屋に上がり着ていた上着を衣紋掛けにかけてから、奥にコタツを見つけ、
「あれは、コタツ! 入っても良いですか?」
「構いませんよ。フィリア、二人にお茶とお茶請けを用意してくれるかい?」
直哉がフィリアにお願いした。
「承知いたしました」
フィリアがお茶を用意して、四人でのんびりしていた。
しばらくすると、ギューサとイザベラがやってきて、
「冒険者ギルド、酒場、宿屋の準備が完了しました」
「これで明日から、冒険者ギルド支部を開始出来るっす」
「あなたがギューサですね?ご苦労様です。明日から、よろしくお願いします」
アシュリーがギューサに労いの言葉を述べた。
「凄く綺麗な方っすね。こちらも、直哉伯爵の嫁っすか? でも、何処かで見たことがある気がするっす」
ギューサが悩んでいると、
「申し遅れました、私はルグニア国王アシュリーです。以後、お見知りおきを」
ギューサは、アシュリーの言葉を理解した瞬間、その場に平伏して、
「申し訳ありません。平に平にご容赦を!」
と、許しを請うた。
「面を上げよ!」
アシュリーの声にビクっとしたギューサが恐る恐る顔を上げると、穏やかな表情のアシュリーと目があった。
「ここが、お城なら問答無用ですが、直哉伯爵のお屋敷です。ですので、無下に命を取ることはいたしません」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ギューサは感謝していた。
ダライアスキーも何も言わずに、そのやり取りを聞いていた。
「それで、どうでした? お風呂の使い方は」
「そうですね、一度聞いただけでは使いこなせるか不安っすね、だから、今日は自分たち職員が宿に泊まってみるっす。実際に使ってみて、お客様目線で対応マニュアルが作れれば、最高っす」
ギューサは熱く語った。
「なるほど、それでは何か質問が出てきたら、遠慮なく屋敷まで来てください」
「あざーっす。アスターケアもばっちりとは、商人の鏡っすね」
直哉は困惑しながら、
「今の俺は商人では無いですがね」
「ですが、その心は商人に繋がるものがあるっすね。まさに《お客様は神様です》の精神っすね!」
ギューサの声を聞きながら、商人時代の事を思い出していた。
◆直哉の商人時代、バザールの話
「バザール様、このままでは従業員たちが、みんな居なくなってしまいますよ」
「そうなったら、次の従業員を雇えばよい! お客様を満足させるために、キリキリ働きなさい」
バザールはそう言うと、商品を仕入れるために生産者の元へ行った。商店を預かる者の暗い気持ちに気付くことなく。
「このままでは、みんな駄目になってしまう。私の力で、従業員達の平和をバザールから取り戻す!」
バザールが生産者の元へ行くと、
「バザールが来たぞ! 追い返せ!」
生産者達が徒党を組んで、反抗してきた。
「なんだその態度は! 買ってやらないぞ!」
「ふん! バザールに売るくらいなら、その辺に捨てた方がマシだ! 良いから帰れ!」
石や食べ物の端を投げつけられ、ブツブツ言いながら店に戻ってくると、誰も居なかった。
「おい! 誰か居ないのか! 店番は何をしている! 従業員は何処へ行った!」
バザールが店を確認すると、商品や売上金などは全て手つかずでそのまま置いてあるが、店番や従業員が統べていなくなっていた。
「何と言う事だ! まぁ、また新しい従業員を雇えばよいか」
バザールはそう思い、人員を募集したが、一向に従業員が集まる事はなく、バザールは廃業する事になった。それだけでなく、店には誰も寄りつかず、またバザールに品物を売ってくれる人も居なくなった。
「何故だ!」
バザールは困惑して叫んだ。
●モニタの前の直哉●
(何でだろう? 情報板の完璧な稼ぎ方を実戦したのに、確かに最初の内はもの凄く儲けたけど、今は誰も買ってくれないし、売ってくれない。何が悪かったのか。っと、情報板に更新情報があるな。この方法だと、いずれ全ての街で売買が禁止になる。今の時代、一方的な搾取は自らの身を滅ぼすだけだ。他の方法を取るべきだ)
「もう遅いよ! この街は売買が禁止になってしまった。他の街に行くしかないか」
直哉は、課金アイテムを購入してバザールのアイテムボックスから取りだした。
《移動用ポータル》一回だけ行った事のある街へワープする事が出来る。《転移石》の上級版。
《転移石》は街の中の好きな場所へ飛ぶ事が出来る。
●ゲームの中のバザール●
バザールは、店の商品やお金を整理して、移動用ポータルを使い、港町バラムドへワープした。
それを見ていた街の人々は、
「やった! バザールが去っていった! 今日は宴だ!」
お祭り騒ぎになっていた。
◆港町バラムド
●モニタの前の直哉●
(ここで、新しい商店を購入するか。でも、商売のやり方を考えないと、前の街の二の舞だよな。しっかりと情報を集めて頑張ろう)
色々な商店を周り、店主と従業員、客や生産者の動向や意見を聞き、
「これは、《お客様は神様》ではなく《お客様も神様》とすれば、良いのか? 商店、お客、生産者の全てがWINになる方法を考えれば、良いのではないのか?」
そう考えると、直哉は実行に移した。
●ゲームの中のバザール●
まずは、街の奥にある安い物件を購入して、その街の商人ギルドへ所属する。その後、街の中の投げ売り商品を目利きを使用して良品をゲットしていく。
また、生産者の元を訪れ、専属契約をしていない者達から、契約を取り付け、店の商品のラインナップを充実させていった。この時の契約では、商品を買い取りにするか委託にするか選択して貰い、お試しとして売れた時に判断する方法も用意した。
同時に、従業員を雇い入れる。この時の雇用形態をその日の利益からの歩合だけでなく、固定金額を払う方式にした。これは、バザールが今まで貯えた財産があるから出来る方法であった。
開店から数日は客足もなく、このままではヤバイと言われていたが、一人、また一人と客がやってくると、予想以上の品質の商品が格安で売られていると評判になり、あっという間に繁盛し始めた。
この時、今まで通り従業員や生産者を酷使すれば、売り上げは飛躍的に上がったのだけれど、バザールは違う方法を取った。
売り上げが上がり続けると、従業員にボーナスを支給し、繁忙期には従業員の数を増やし一人当たりの疲労を軽減していった。また、生産者にはお客を直接紹介して、場合によっては生産者とお客が直に売買するようになり、その支援を重点的に行っていった。
そうすると、生産者もお客もバザールの店に訪れては、お金を落とすようになり、どんどんお店の資金が増えていった。これにより、お店、お客、生産者の全てがWINの状態になり、その方法をバラムドの商人ギルドへ報告すると、殆どの商人がその方法を取り入れ、港町バラムドが大いに繁栄した。
◆回想終わり
(昔、あんな事があったから、その考えは賛同出来ないな。まぁ、考え方は人それぞれだから、ギューサさんはそれで良いけどね)
直哉は、心の中で毒づいていた。
直哉は話しを切り替えるため、
「さて、そろそろお腹も空いてきたし、お昼の準備でもしますか?」
「お屋敷に戻られますか?」
「アシュリー様達は一緒に食べますか?」
アシュリーがダライアスキーの方を見ると、肯いたので、
「直哉伯爵がよろしければ、ご一緒させてください」
「もちろん、大丈夫ですよ。エリザも喜びますから」
そう言って、アシュリーを誘うと、傍にいたギューサが、
「俺達も行って良いっすか?」
「構いませんよ」
「よっしゃ! みんな! 直哉伯爵がご飯をご馳走してくれるっす! 食べたいものは集まってくるっす!」
と、大声で叫んだため、結構な人数が集まってきた。
「勇者様がついに炊き出しをしてくださるぞ!」
以前集まった人々がぞろぞろと集まってきた。
「普通に炊き出しをしても良いのですか?」
「一応、国の認可が無いと、そういうイベントは禁止になっています」
「なるほど。どうやれば、認可を頂けますか?」
「本来なら、数日以上前に認可を求めて頂きたいのですが」
ダライアスキーは苦言を呈した。
「そうですか。それなら、今日も諦めて貰いますか」
直哉が呟くと、
「認可が降りれば、これ程の人数の炊き出しを用意できるのですか?」
「それも、今から買い出しですね」
「前途多難ですね。それでも炊き出しを行いたいのですか?」
「それはそうですね、折角、俺を頼って来てくれているのですから、それに答えたいですね」
「そうですか、わかりました。ダライアスキー! 今回の炊き出しを国を中心として行う事とする。そして、その任を我が妹、エリザに託しその補佐として直哉伯爵を指名します。これなら対外的にも問題ないでしょう」
「自分の国なのに、色々と面倒なのですね」
直哉の感想に、
「それは仕方ありませんよ、私の国だからと言って、私の好きな事だけをやっていては、国が成り立ちませんよ」
「それもそうですね」
「それでは、アシュリー様の要請をエリザ達に伝えてきます」
「よろしくお願いします」
直哉はフィリアにアシュリー達の相手をしてもらい、マーリカと共に屋敷へ戻った。
ちょうど、ドラキニガルが昼食の買出しへ行こうとしていたようで、入り口でばったりと出くわした。
「伯爵様おかえりなさい」
「ドラキニガルさん、ただいまです。今時間ありますか?」
「はい、大丈夫です」
直哉はドラキニガルに炊き出しの事を話した。
「わかりました、西門前に行って、炊き出しの打ち合わせをしてきます」
「お願いします。マーリカは一緒について行って、アシュリー様にドラキニガルさんを紹介しておいてくれるかな? 俺は、屋敷にいる人を全員連れて行くから」
「承知しました」
ドラキニガルはマーリカと共に西門へ向かった。
直哉は、屋敷にいる残りのメンバーをかき集め全員で西門へ向かった。
直哉達が西門へ到着すると、物凄い人数が押し寄せていた。
「この、大雪の中凄い人だよな」
直哉は驚きを隠せずにつぶやいた。
先行してたドラキニガルはドワーフのご婦人方と、冒険者ギルドの酒場の人と話を詰めていた。
「直哉伯爵様。丁度良いところへ来てくれました」
「どうしたのですか?」
「実は、これだけの人が集まっているので、酒場を開放するのは危険なので、外で調理できる場所を作って欲しいのですが、頼んでしまっても良いでしょうか?」
「わかりました、どのような感じに仕上げますか?」
直哉は調理人たちの要望を聞きいれ、スキルを発動した。
「エバーズさん。皆さんで調理場のスペースを確保してください。リリとラリーナ、それにジンゴロウさんも手伝ってくれる」
「わかった」
皆が返事をして、スペースの確保を始めた。
調理スペースを確保したところで、直哉が数種類の屋台を造り出し、順番に配置した。
「おぉー、勇者様の力だ!」
民衆が沸きあがった。
その後、たくさんのテーブルと椅子のセットを造りだし、エバーズ達は、会場の整備に大急がしとなった。
「でも、このままじゃ、雪が降っていて寒いよな」
直哉は、頭上高くに透明の屋根を設置して、雪が降り注ぐのを防いでいた。
材料の買出し隊が、直哉からお金をもらい各々使用する食材等を買いに行った。
直哉はアシュリー達から、今回の炊き出しの流れを確認すると、冒険者ギルドの支部が出来たこと、大きな鍛冶場とその販売店を建設中な事を発表することを聞いた。
「では、これからが本番ですね。エリザとサラサは、このままコテージに居てアシュリー様の相手をしていてください。俺は冒険者ギルドや鍛冶場等の内部を確認してきます」
「冒険者ギルドのほうは念入りに頼みます」
アシュリー達に見送られ、直哉は冒険者ギルド支部へ向かった。
冒険者ギルドの支部に着くと、ギューサが出迎えてくれた。
「なおさん、ちっす」
「ギューサさんこんにちは。中を見させてもらえますか?」
「大丈夫っすよ」
ギューサの案内で酒場・ギルド・宿と巡り、問題が無い事を確認した。
「この後の炊き出しで、この支部が出来た事を発表しますので、気を引き締めてください」
「わかったっす!」
直哉は念を押しつつ冒険者ギルド支部を後にした。




