第五十九話 地下迷宮 入り口
◆ルグニアの城下町
先ほどのラリーナとのやりとりを見ていたマーリカが、
「ご主人様。その術は、忍びの物ですか?」
「えっ? 忍びに遠距離で会話する術なんてあるの?」
「ございます」
そう言って、術を発動させた。
「これを、お持ちください」
自分の髪の毛を一本、少しだけ切って、懐から取り出した小さな袋に入れて渡してきた。
「これでよいの?」
(ご主人様、聞こえますか?)
頭の中でマーリカの声が響いた。
「おー! 聞こえるよ! ん? もしかして」
直哉はステータス画面を開くと、音声チャットの欄にマーリカの名前が出ていたが、こちらからのアプローチは出来ないようであった。
(友録は出来ないのか。残念だな)
「ところでマーリカ。そのスキルで他の人と話せるの?」
「もちろんです。皆様にもお渡ししておきます」
「よろしくね」
マーリカはリリ達に袋を手渡した。
◆ルグニア城
身支度を終えた直哉達は、ルグニア城へやってきていた。
アシュリーに面会を求めると、近衛騎士の一人が謁見の間まで先導してくれた。
扉の外で待っていると、
「勇者直哉様と、そのご一行様。中へどうぞ」
直哉達が中に入ると、
「準備が整いましたか? それでは、これを渡しておきます。渡してあげなさい」
アシュリーの傍にいた近衛騎士が、直哉へ何かを持って来た。
直哉はそれを受け取って、じっくり観察してみた。
持つところは直方体となっていて、片手でなんとか持てる大きさとなっている。持つところの上にニワトリの脚のような形の三つ叉の爪が生えていて、武器としても使えそうな代物であった。
「これは、何ですか?」
「それは、地下迷宮を開けるための鍵という事らしい。確かに地下迷宮の入り口にはその鍵の爪を差し込む穴が空いているのだが、差し込んでも反応が無いのでな」
「すでに、入り口に立つ事しか出来ないという訳ですね」
「そうなります」
直哉は鍵を見て、持つところがスライドしそうな事に気がついた。
(ここが空いて何かヒントでも出てくるのかな?)
「くっ。ぐっ」
直哉の力では全くスライドしなかった。
「と、とりあえず、地下迷宮の入り口へ行ってみましょう」
アシュリーは申し訳なさそうに、
「本来であれば、城の者を連れて行って欲しかったのだが、ダライアスキーは忍びの里、エバーズはアンナが戦線離脱のため動けず、適任がいないのです」
「大丈夫なのじゃ、わらわがおるのじゃ」
エリザが動けぬ城の者に代わり、その任を努めると言ってきた。
「そうであったな。エリザ、頼む。無理だけはしないように」
「わかったのじゃ。任せるのじゃ」
「よろしくお願いします。エバーズ! 直哉さんを地下迷宮の入り口まで案内しなさい」
アシュリーの傍にいたエバーズは、
「承知いたしました」
直哉達を地下迷宮の入り口がある、地下道へ案内してくれた。
「この扉の奥に、地下迷宮の入り口と思われる扉がある。一緒に行けたら俺も楽しめたのだが、残念だよ」
エバーズはそう言い残して、帰って行った。
◆地下迷宮への入り口
直哉は扉の前に立つと、
「みんな、準備はよい?」
「大丈夫!」
直哉が先頭で扉を開けると、迷宮特有の土と石の匂いが充満していた。
「石造りの建物で、石と土の匂いには慣れていたと思っていたけど、ここの匂いは強烈だな」
「慣れるまで時間がかかりそうですね」
直哉のつぶやきに、フィリアが答えた。
「さて、とりあえず鍵を試しに行ってみますか」
通路には等間隔に壁画が埋め込まれていて、その間に明かりの魔法石が埋め込まれていた。
壁画の大きさは、高さ1メートル、幅1・5メートルの大きな物で、地面から1メートル程高いところに埋め込まれていた。
「ほえー、でかいな」
直哉は壁画の大きさに圧倒されながら進んでいくと、
「何か落ちているの」
リリが何かを見つけてきた。
それは手の平サイズの壁画の一部で、裏に『8』と書いてあった。
しかし、どの壁画にもこの一部をはめ込める場所が空いていなかった。
「なんだろうコレは?」
とりあえず壁画の破片をイベントボックスの中へ入れて、先を急いだ。
他に落ちていた形跡は無く、鍵穴の附いた扉の前にたどり着いた。
扉は、大きな円形の扉で、鍵穴は近くにある腰ほどの高さの石柱に開けられていた。
「とりあえず、差し込んでみるか」
直哉が鍵を差し込んだところ、周囲は何の変化も起きなかった。
「さて、どうしたものか」
「お兄ちゃん! リリは入り口から、他に変な所がないか調べ直してみるの」
「私も付き合おう」
リリにラリーナが続いた。
「では、私は開かずの扉を調べる事にします」
「わらわも調べるのじゃ」
フィリアとエリザが扉を調べ始めた。
残った直哉とマーリカは石柱を調べていた。
「これはなんだ?」
石柱の裏を調べていた直哉は、
切れ目が入っている事に気が付いた。
直哉は、バールの様な物を造りだし、切れ目を広げようと力を込めた。
「おりゃ! ぐぅ・・・」
切れ目はびくともせず、途方に暮れていると、マーリカがハケの様な道具とアイスピックの様な道具で、裏面をくまなく調べていくと、
「ご主人様、こちらにも切れ目があります。というか、繋がっています」
と言いながら、巧妙に隠していた溝を掘っていった。
「長方形の形に溝が出来ていて、溝の上側に動かせそうなスペースがあるな。まるで、リモコンの電池を入れるところの蓋のような感じだな」
(と、言う事は、下の部分を押しながら上にスライドすればよいのかな?)
「この辺かな?」
直哉は下の部分を押しながら上に力をこめると、
ガチャ!
と、いう音と共に、上にスライドした。
「よし!」
と、言った瞬間、石柱の後側が外れて、直哉達の方に倒れてきた。
「あぶない!」
直哉とマーリカは慌てて飛び退いた。
近くにいたフィリアとエリザが駆けつけてきた。
「直哉様! ご無事ですか?」
「あぁ、少し驚いたが、俺もマーリカも無事だよ」
「ご、ご主人様、石柱の中をご覧下さい」
マーリカに促された直哉が中を確認すると、
「これは、先ほどの壁画の一部? でも、バラバラだな? それに、横にメモリみたいなのがあるな」
壁画の一部を入れるスペースは全部で5個あり、そのうち4つは埋まっていた。メモリの方は全部で20個あって、今は全部消えていた。
「とりあえず、空いているところにさっきのかけらを入れてみるか」
直哉が壁画の一部をはめ込むと、メモリが8個分点灯した。
さらに、はじめから取り付けられていた壁画を外すと、『0』と書いてあった。
「これだ! みんな、壁画から、コレを見つけよう」
直哉の指示の元、みんなで壁画の一部を探しだした。
「結構見つかったね、というか、巧妙に隠してあったね。そして、壁画から取り外したら外した部分のスペースに新しい壁画が浮かび上がってくるとは、夢にも思わなかったよ」
直哉は『7』と『6』の壁画をはめ込むと、石柱が輝きだした。
「よし! これなら開くだろう」
直哉は意気揚々と鍵を取りだし、使ってみたが、今回も反応が無かった。
「あれ? 反応無し?」
「全部付けないと駄目なのかな?」
色々付け替えてみたが、やはり動作しなかった。
「なにかが足りないということだろう。でも、一体何が」
みんなで頭を捻っていると、
「そういえば、お兄ちゃん爪の方で何かしてなかった?」
と言われて、
「そうだ、こっちにも溝があったんだ」
皆でその溝を見ていると、マーリカが溝を綺麗にしていった。
「こちらも動かせそうですね」
そう言って、直哉に手渡した。
マーリカの言葉通り力をこめると、持ち手部分がスライドしていき、中から使いきったかけらが出てきた!
「正解だね!」
かけらを再セットしなおすと、爪の先が光始めた。
「みんな、いくよ!」
鍵をはめ込むと、石柱自体が輝き始めた。
そして、大きな音と共に閉まっていた扉が開き始めた。
「おー、扉が開いていく」
中は巨大な空間になっており、無数のお宝が鎮座していた。
金銀財宝や武具などが、透明のケースに収められていて、天井からの明かりを反射していた。
「こ、これは凄い!」
「これだけあれば、ルグニアは安泰じゃな」
思い思いの感想を言っていた。
「とりあえず、周囲を確認しよう。それと、アシュリー様に報告だね。マーリカちゃん、悪いけど頼めるかな?」
「はっ。内容は如何いたしますか?」
「地下の入り口を開ける事に成功し、中に大量財宝を発見した。調査員を送って下さいと」
「承知!」
マーリカは忍びらしく、サッと跳躍して地上へ戻っていった。
「俺たちは、中に入ろう」
そう言って、中に踏み込んだ。直哉は鑑定のメガネを装備しながら見渡すと、
「そこそこの値打ちの物ですね。でも、そこまで良いものはないかな」
だが、中の宝ではなくケースを鑑定して驚いた。
「このケースは、強化ポリカーボネートなのか! コレがあれば装備品を強化出来る!」
直哉は後ろ髪を引かれながら、部屋の様子を確認していった。
そして、本が収納されている区画を見つけて、表紙を見ていった直哉はある本の表紙の柄が気になった。
「この本、バルグフルにあった本に似ている」
(これが予言の書なら、バルグフルの冒険者が持って行った訳では無い事になるな。でも、今は鍛冶の本が先決だな)
そのまま、鍛冶系の本を探していったが、上級職になるための本は見つからなかった。
(そう簡単には見つからないよな)
直哉ががっかりしていると、ラリーナの声が部屋に響いた。
「直哉! 奥に扉があるぞ!」
皆がラリーナの傍へ集まると、小さな扉が付いていた。
「向こう側から鍵がかかっている感じだね」
「扉を壊せば進めるぜ!」
「確かに。それは、最後の手段として、何か変なところがないか周囲を確認しよう」
直哉の言葉に、みなが周囲を探していると、入り口の方から
「おぉ! 本当に開いている! って、もの凄い財宝だ!」
と、興奮するダライアスキーの声が聞こえてきた。
「あんなに興奮したダライアスキーの声を、はじめて聞いたのじゃ」
エリザが呆れていると、マーリカの案内で、調査団5名とダライアスキーが合流した。
「直哉伯爵! 凄いじゃないですか! これは快挙ですよ!」
鼻息を荒くしたダライアスキーが、案内していたマーリカを押しのけて直哉に詰め寄った。
「落ち着いて下さい。連れてきていただいた、調査団の方々がどん引きしてますよ!」
ダライアスキーはハッとして、
「も、申し訳無い。私とした事が」
そう言って、落ち着きを取り戻そうとしていた。
「では、こちらの調査は任せます。俺たちはそこの扉を開ける方法を探そうと思います」
直哉は後ろの扉を見せた。
「この扉は何処に続いているのですか?」
「今のところ開けられないので、わかりません」
直哉の解答にがっかりしながら、
「そうですか、それでは、そちらは直哉伯爵にお任せいたします。こちらは我々にお任せください」
「はい。お願いします。それと、あそこの本棚に予言の書らしき本があったので確認しておいてください」
「なんですと! おい、確認を頼む」
傍にいた1人に調査を依頼した。
「それと、お願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「ここのお宝を入れているケースが欲しいのですが」
何でそんな物を欲しがるのだろうという顔をしながら、
「ケースですか?」
「はい」
「わかりました。アシュリー様に伺っておきます」
「お願いします」
直哉の真意がわからなかったので、
「これだけの財宝がある中で、ケースをご所望とは、どんな秘密があるのですか?」
「あのケースは衝撃に強い透明の板なんですよ。アレを使って武具を強化したいと思いまして」
欲しがる理由がわかったので、
「なるほど、素材として欲しいのですね」
「はい」
「わかりました。他に何かありますか?」
「いえ、それだけですね」
「それでは、調査の状況を見てきます」
「こちらも、扉を何とかしてみます」
直哉が戻ると、扉の周辺を調べている仲間達が目に入った。
「どうだい? 何か見つかった?」
「地面に四角い溝があったので、ここに何かあると思います。ただ、どうやれば出てくるのかわからないのですが」
と言って、地面をさした。
「確かに何かありそうだね」
直哉も扉を調べはじめた。
(うーん、ただの扉にしか見えないよな。どこかに押したり出来る場所も無さそうだし、鍵穴らしきものも無い。まさか!)
マーリカも違和感を感じたようで、
「ご主人様。この扉はダミーではないでしょうか?」
「そんな気がする。ラリーナ、壊してみよう」
ラリーナはニヤリと笑い、
「任せな!」
そう言って、武器を構えた。
「せぃやぁ!」
ガギン!
物凄く硬いもの同士がぶつかる音がして、
カラン
と、武器が落ちる音がした。
「くぅ、しびれる!」
ラリーナがうめき声を上げた。
「やはり、ダミーの様ですね。ということは、他に入り口がある可能性が出てきたね」
直哉の言葉にみなが頷き、もう一度部屋の捜索を始めた。




