第五十八話 長い一日の始まり
◆直哉伯爵の屋敷
深い後悔に囚われた直哉は、思いっきり寝坊していた。
「お兄ちゃーん! 朝なのー! 起きるのー!」
自分を揺さぶる小さな手を感じながら目を覚ました。
「あれ?」
「おはようなの!」
「リリか? どうしてここに?」
「どうしてここに? じゃないの! 朝の鍛練は終わって、ご飯の準備も終わったのに、お兄ちゃんだけが来ないから、みんな、心配してるの!」
直哉は重たい頭を必死に動かして、
「起こしに来てくれてありがとう。もう大丈夫だから。顔を洗って準備したら、降りていくよ」
と言ったが、リリは動かなかった。
「本当に大丈夫なの? お兄ちゃん、辛そうなお顔なの」
直哉はハッとした。
「リリにはお見通しだね」
「やっぱり、何かあるの! 辛い事があるなら、リリ達に言って欲しいの! 何も解決出来ないかもだけど、話を聞くぐらいは出来るの!」
真剣なリリの言葉に、直哉は涙を流した。
「ごめん。女の子の前で泣くなんて、格好悪いよな」
「そんな事無いの。嬉しい事も悲しい事も一緒に共有できれば問題ないの。だから、今はリリの胸に顔を埋めて泣いていて良いの」
そう言って、直哉を優しく包み込んだ。しばらく泣いていた直哉は、
「ありがとう。おかげですっきりしたよ」
「そう? お話してくれるの?」
リリの頭を撫でながら、
「そうだね、みんなに聞いてもらおう」
「わかったの!」
直哉は身支度を終えた後、リリと共に一階へ降りていった。
「あー、ずるいの! 先に食べてるの!」
リリの声に、使用人たちは慌てて立ち上がった。
「あまりにも遅かったので、先に頂いてましたよ」
「ありがとうフィリア。それで問題ないですよ。皆さんも席について、食事の続きをしてください」
そう言って、リリと共に自分の席へ座った。
「おっ肉! おっ肉!」
直哉が席についたのを見て、ドラキニガルは直哉の料理を運んできた。
「本日の朝食になります。リリ様にはシラシラ鳥の丸焼きと、ジャイアントトードのステーキです」
「わーい! シラシラ鳥ってはじめてなの!」
リリは目の前に置かれた料理に釘付けだった。
「直哉様には、ご飯とお味噌汁、サラダと、煮魚を用意いたしました」
「おぉ! 魚だけでなく、野菜も一緒に煮込んだんだ」
「はい。旨みが染み込みますので」
直哉は料理を受け取り、
「それでは、いただきます」
リリと一緒にご飯を食べ始めた。
「それにしても、今日はゆっくりだったな」
「あぁ、そうなんですよ、昨日の夜、考え事をしていたら寝るのが遅くなってしまって」
「それは、私たちには言えない事なのか?」
ラリーナが干し肉を齧りながら聞いてきた。
「いや、みんなに聞いてもらおうと思う」
直哉に注目が集まった。
「俺って、この世界の疫病神なのかなって」
「どういう事ですか?」
「俺がこの世界に来たから、魔物があちこちに襲い掛かっているのかなって思うと、俺がこの世界に来なければ、みんなは平和に暮らせたと思ってしまうのですよ」
直哉の言葉に、
「それは、考えすぎなのじゃ。この街の周りは、柵ではなく壁がそびえているのは分っておるよな。このルグニアは、昔から魔物に襲撃されているのじゃよ」
エリザの説明にドラキニガルが続いた。
「そうですね。それに、その壁も何度壊されたかわかりません。僕も何度か襲撃されたことがあります」
「おいどんも親方と一緒に戦った事があるぞ。まぁ、昔の戦闘で親方が亡くなって以来、武器も腕も鈍っているけどね」
ジンゴロウに続きフィリアがマーリカの頭を撫でながら言った。
「それに、この子もこの子の里も直哉様が居なかったら、今回の襲撃でかなり危険だったのでしょ?」
「そう考えると、直哉が来なかったら、この街が平和ではなく、消滅していたと考えるのが妥当ではないのか?」
マーリカを見た直哉が、
「あなたはマーリカさんですよね? そういえば、皆さんそれぞれの紹介がまだでしたよね?」
「申し訳ありません直哉様。先ほど食事の前に済ませてしまいました」
「ありゃ、そうだったのですね」
気持ちの整理をするために話題を変えようとして、失敗した。
「ありがとうございます。皆さんは俺の心の支えです」
「一人で悩む必要は無いですよ。そのために私たちは直哉様と共にいるのですから。一人で苦しい時は皆と共有しましょう。解決する糸口があるかもしれません」
直哉はまたしても涙を流した。
「あれ。何で涙が出てくるのだろう? 心が温かくてこんなにも幸せなのに」
「隣にいたフィリアが直哉を抱きしめて、大丈夫ですよ。どんな時でも私たちは一緒ですから」
しばらく泣いていた直哉であったが、しばらくしてからドラキニガルの作った料理を堪能した。
「さて、俺は城へ行くので、後を任せても良いかな?」
持ち直した直哉がそう言うと、フィリアとラリーナが、
「私はこの屋敷の細かなことを指示しておきます」
「手伝おう」
リリとエリザが、
「リリは、お兄ちゃんが心配だから着いていくの」
「わらわも行こう」
と言ってくれた。直哉はマーリカを見て、
「マーリカさんは、留守番しててね」
「私も行きたいです」
「しかし、マーリカさんは、恐くないの?」
「今は、大丈夫だから」
(つまり、何らかのトリガーがあると言うことですね)
「わかりました。それなら、一緒に来てください」
「ありがとうございます」
それぞれの分担が決まり、
「それでは、行ってきます」
「お気を付けて」
フィリア達に見送られ、城へ向かった。
「マーリカさん、恐くなったらすぐにしがみついてね。おぶって行くから」
◆ルグニア城
(今のところ、マーリカに変化はないな)
城門に到着して、
「おはようございます、直哉です。ダライアスキーさんに呼び出されてきたのですが」
門番は、
「勇者直哉様。お待ちしておりました。今、係の者が来ますので、中でお待ち下さい」
と言って、城門を開けた。
しばらくすると、アンナがやってきた。
「直哉様、こちらへどうぞ。アシュリー様がお待ちです」
直哉はアンナに連れられて、奥の私室に連れてこられた。
「アシュリー様、直哉様をお連れいたしました」
「どうぞ」
許可を得て、アンナは扉を開けて直哉を案内した。
部屋の中には、アシュリー・シギノ・ダライアスキー・エバーズがテーブルを囲んでいて、直哉達を招いていた。
「ようこそ直哉伯爵。それに、リリさん。マーリカさん、エリザも良く来てくれました」
直哉は違和感を覚えながら、ダライアスキーを見ると大丈夫だという雰囲気をかもし出していたので、
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
アシュリーはニコリと笑い、
「と、言うことなので、お前達は下がっていなさい」
と、使用人達を追い出した。
「ダライアスキー頼みます」
ダライアスキーは杖を取りだし、部屋の周囲に結界を構築していった。
「これで、大丈夫です。時間制限がありますが、数時間は保ちます」
アシュリーは肯いて、
「では、直哉伯爵達はこちらへ、ダライアスキーから話しは伺いましたが、伯爵からもお願いします」
「わかりました」
直哉は、昨日会った、レンをベースに造られたキメラの事を話した。
途中でアンナがエリザに、
「あなたのせいで、兄は! 兄を返してください!」
と詰め寄る場面があり、マーリカが怯えだし直哉の背中に張り付き、エバーズがアンナを押さえていた。
「と言って、去っていきました」
直哉は、一部始終を余すことなく伝えた。
最後にペンダントを取りだして、机の上に置いた。
「エバーズ、アンナに返してあげて」
アシュリーの言葉に、エバーズは机の上のペンダントをアンナに手渡した。
アンナはそのペンダントを見て、中の写真が小さい頃の自分と兄だったので、両手で抱きしめて泣いていた。
「さて、ダライアスキーよ、どう思う?」
ダライアスキーは腕を組みながら、
「もし、城に捉えていたキメラと同じであれば、魔物になるでしょうね。そして、そのキメラを造れるということは、エルムンドは何らかの方法で、魔物を使役しているということ、そして、合成する魔法を覚えたということですね。さらに、我々に恨みを抱いていると思われます」
「エバーズはどう思う?」
「あいつは、昔から頭の良い奴だったからな、俺とは見えてる物が違ったのかなと」
アシュリーは二人の意見を聞いた後、
「直哉伯爵は、どう思いますか?」
「エルムンドに会って、話しをしてみるのが近道ですね。発端は、シギノ様を襲撃したことなのか? もっと根深い物なのか。レンさんは表に出てきてくれましたが、エルムンドはエリザの身体を乗っ取っただけですから。あれが、エルムンド本人で、いつもあの調子であったのであれば、話しが出来る感じではないですが。あと、レンさんに関してですが、キメラの状態から助ける事は出来ますか?」
ダライアスキーは、
「エルムンドであれば知っているかもしれないが、私には見当も付かない」
「そうですか。わかりました。以上です」
直哉はマーリカを落ち着かせながら話していった。
アシュリーは、
「情報が欲しいところですね。こう言う時、忍びの力が必要なのですが、昨日の襲撃で人員が揃うまで数日かかってしまう。どうしたものか」
「城の者を動かしましょう。忍びの里には遠く及ばないが、無いよりはマシでしょうから」
「そうですね、それでは、ダライアスキー、エバーズ両名に勅命である、三日以内にエルムンドの現在地を発見せよ!」
「承知!」
二人は恭しく頭を下げた。
「さて、直哉伯爵には話さなくてはいけない事と、相談がある」
「何でしょうか?」
「お恥ずかしい話しなのですが、実は、前々からルグニアの鍛冶ギルドの質が下がり、その上、直哉伯爵に教えられそうな上級の職人が、先の戦で戦死してしまったのだ」
直哉は驚いて、
「それでは、俺は上級職になれないのですか?」
その問に、シギノが答えた。
「職人から伝授することは無理だが、我がルグニアには、先祖が鍛冶を始める時に読んだとされる、秘伝の書があるらしい。それは、城の地下にある迷宮の奥に厳重に保管されていると聞く」
「言い回しが聞いた感じなのは、確定情報ではないのですか?」
「残念ながら、私がこのルグニアに嫁ぐ前の話で、夫のバルドズムから聞いたのだ」
直哉は納得して、
「なるほど」
「そう言うことなので、地下迷宮へ潜って貰い、その秘伝の書を持って来て欲しいのだ」
「俺たちにその話をすると言うことは、危険があると言うことですよね?」
アシュリーは肯いて、
「そのとおりだ。迷宮には古代ドワーフ達が造った罠が設置されており、数多くの魔物が徘徊していると聞く。それでも行ってくれるか?」
「俺に、断る理由はありませんよ。俺が見てしまっても問題無いのですか?」
「はい。問題ありません」
「それなら、喜んで探してきます」
直哉は、アシュリーと契約をした。
「迷宮へ行く時には声を掛けて下さい。お渡ししたい物があります」
「わかりました。その時は仲間を連れて来ます」
「朗報をお待ちしております」
「そうだ。今回の話とは別なのですが、俺の工房を建てても良いですか?」
「どういう事ですか? 永住してくれるのですか?」
アシュリーは嬉しくなって聞いてきた。
「流石に永住はしませんが、ルグニアに大きな鍛冶場を造りたいです」
「それなら、鍛冶ギルドと相談する所ですが、現在、ギルドを運営出来る方が存在してません。ですので、鍛冶ギルドに在籍する全ての者達に投票してもらい、問題なければ、ルグニアの市民に問いかけて見ましょう」
話がどんどん進んで行くので、
「相談した手前、言い辛いのですが、俺で良いのですか?」
直哉の疑問に、
「それを決めるのも、民達ですよ」
アシュリーは微笑みながら答えた。
「なるほど、了解しました」
直哉は礼を言って、リリ達と城を後にした。
◆ルグニアの商店街
リリが、肉屋の前を通ったとき、
「お兄ちゃーん。お肉! お肉の串食べたい!」
「えっ? さっき、かなりの量を食べたと思うけど?」
「お肉は別腹だよ!」
リリがとんでもない事を言い出した。
「いやいや、はじめて聞いたよ」
「あはははは。直哉殿たちは、面白いのう」
「むー、エリザお姉ちゃん、笑うなんて酷いの!」
そんなやり取りを見ていたマーリカは、
(不思議な方々です。私の心の奥も暖かくなっていくのを感じる。この方々なら、私の心も)
「ん? どうしたの? 何かあった?」
「いえ。何でもありません」
「そう? 何か欲しいものがあったら、ちゃんと言ってね」
直哉はマーリカの頭を撫でて言った。
「あー、ずるいの! リリも、リリもやってなの!」
「はいはい。これなら良いよ。おいで」
「わーいなの!」
エリザは傍で、微笑みながらその様子を見ていた。
(やはり、良いものじゃの)
「さて、迷宮へ行くための買い物をしますか」
「フィリアお姉ちゃん達に伝えないの?」
「そっか、じゃぁ、伝えて見る」
直哉はステータスを表示させ、友録からラリーナを呼び出した。
(ラリーナ。ラリーナ、聞こえる?)
(ん? 直哉か? どうした?)
(鍛冶職人の上級職になるために、ルグニア城の地下迷宮へ行くことになったのだけど、その準備の買出しへ来ているから、フィリアと一緒に合流しないか?)
(私は行くけど、フィリアに聞いてみよう)
その後、ラリーナとフィリアも合流して状況を確認した後、買い物を楽しんだ。




