第四十九話 直哉伯爵の鍛練
◆次の日
直哉が目を覚ますと、三人娘が張り付いており、起こさないように抜け出すのに苦労した。
(ふぅ。MPは全回復したし、傷も塞がった。バッドステータスも無し。よし! 軽く汗を流してくるか)
直哉がコテージを出ると、外でイザベラが、
「直哉伯爵様おはようございます」
と、平伏して待っていた。
「おはようございます。顔を上げてください」
「ありがとうございます」
イザベラが顔を上げると、直哉は剣と盾を取りだしていた。
「どこかへお出かけですか?」
「ここで、朝の鍛練をしようと思いまして」
そう言って、部屋の奥のスペースへ移動して、基本の型を繰り返していた。
イザベラはその姿をジッと眺めていた。しばらくしてリリとラリーナが起きてきて、
「おはようなの」
「おはよう」
「伯爵夫人方、おはようございます」
と平伏して挨拶した。
「リリには過分な対応は不要なの!」
「ちなみに、直哉もあまり好まないぞ」
二人の言葉にイザベラは、
「えっ? そうなのですか? 高貴なお方は我々の様な者がお側に居るだけで気分を害するのでは?」
「お兄ちゃんはそういう事に拘らないの」
リリの言葉に、
「その様な方がいらっしゃるのですか?」
「そうなの。お兄ちゃんは凄いの!」
そう言って、直哉と並んで基本の型をなぞっていた。
その後、フィリアが顔を出してイザベラを呼んだ。
「イザベラさん、朝食の準備を手伝っていただけませんか?」
「かしこまりました」
フィリアに連れられてテーブルを見たイザベラは驚愕した。
「朝からこれほどの量をお食べになるのですか?」
テーブルには大量の肉料理が置かれていた。
「それは、ほとんどリリさんの分ですね、直哉様はこちらの定食と呼ばれるメニューで、今日は煮魚定食です。ラリーナさんはこちらの酒のつまみで、私はこのうどんですね。イザベラさんは何を食べますか?」
「私は他の従業員と共に食べますのでご容赦を」
「そうでしたか、わかりました」
二人は朝食の準備を済ませて、イザベラは自分の朝食を取りに戻り、フィリアは直哉達のために身体を拭くためのお湯を用意した。
「ふぅ、今日こそ平穏でありますように」
フィリアは祈りを捧げた。
直哉達が鍛練を終え、身体の汚れを落として食卓へ着いた。
「わーい、今日もお肉なの!」
「いただきます!」
四人はそれぞれの料理に舌鼓をうっていた。
フィリアがうどんを、ラリーナがつまみを食べ終えたころ、部屋を訪れた者がいた。
「おはようございます、アンナです。お迎えにあがりました」
「どうぞ! 入ってください」
直哉はアンナを部屋の中へ呼び込んだ。
「失礼します。あれ? 部屋に入ったのに、また家?」
アンナがコテージの前で悩んでいると、後ろからイザベラが声をかけた。
「あなたは、どちらさまですか? こちらの部屋の方へ、どのようなご用件でしょうか?」
「あなたこそ、誰ですか? この部屋はバルグフルの要人が借りているはずです、高貴なお方に不要に近づかないでください」
直哉はアンナがなかなか入ってこないので、様子を見に出てみるとイザベラとアンナが言い争っていた。
「何をしているのですか?」
「直哉さん!」
「直哉様!」
直哉は二人の話を聞いて、
「アンナさん、こちらはイザベラさん、この宿の方で俺の部屋を担当している方です。そしてこちらはアンナさん。ルグニアの近衛騎士団長の側近の方です」
と、お互いを紹介した。
「それで、お二人は上がらないのですか?」
「私は、お部屋の清掃をするためにあがろうと思います」
「あ、コテージ内の清掃は要りませんよ。コテージは建て直してしまいますので」
イザベラは呆気にとられた。
「私は直哉様達の食事が終わり、準備が出来次第お城の方へ来て頂きます。昨日の報告と報酬を受け取ってもらいます」
「わかりました。食事は私以外は終わっているので、中でお待ちしてください」
アンナは直哉の言葉に従いコテージの中で待つことにした。
直哉達の準備が整い、アンナの前に並んだ。みんなが外へ出た後で、
「コテージ内に、忘れ物ないね?」
と、みんなに確認した後で、直哉はスキルを使いコテージを分解して倉庫へ送った。
「・・・・・」
アンナとイザベラは呆気にとられていた。
「アンナさん、行きますよ?」
直哉に促され、慌てて付いていった。
「おはようございます。どうでしたか? 我がジルギスの宿は? と聞くのは野暮ですね。と、そうそう、イザベラはお役に立ちましたか? もし、気に入ったのであればお安くいたしますよ!」
「考えておきますね」
直哉は、動揺を隠しながら答えた。
直哉達は宿を出て、城へ向かった。
◆ルグニア城
直哉はアンナに聞いてみた。
「あのような人身売買は日常茶飯事なのですか?」
アンナは首をひねりながら、
「ん? 人身売買とは何ですか?」
「お金で人を買ったり売ったりすることですね」
アンナは、
「あぁ、それなら普通のことじゃないですか? バルグフルでは労働力を買うという事はしないのですか?」
直哉は、言葉の意味を考え、
「あぁ、そういうことでしたら、バルグフルでもありますね」
と、納得した。
「納得していただけたのであれば、謁見の間へ参りましょう。アシュリー様とエリザ様、そしてエバーズ様やダライアスキー様がお待ちです」
「了解です」
直哉達はアンナに連れられ謁見の間に到着した。
「よく来てくれました」
アシュリー達は立ち上がり、直哉達を出向かえた。
直哉たちはテーブルに着き、昨日の詳細を報告した。
「そのようなことがあったのですか、エリザ、その弓は今でもあるのかい?」
「あの弓は、直哉様の攻撃により折れた後粉々になったのじゃ」
「確かに破砕しました」
それを聞いたアシュリーは、
「そうか。ならばエリザの事は不問に処す」
その決定に、エバーズやダライアスキーは驚いて、
「それはなりません! 国家反逆罪に問うべきです」
アシュリーは、二人を見て微笑みながら言った。
「罪を犯したのはエリザではありません。彼女の父エルムンドです」
「しかし!」
「犯罪を犯したものを罰するのは当然ですが、その家族をも罰すると言うのは、我がルグニアにはそのような法はありません。それにこのエリザと私は姉妹です。家族を罰するのであれば、私もその対象になりますが、それを考慮しての発言ですか?」
今までに無いはっきりとした物の言い方に、エバーズとダライアスキーは驚きを隠せなかったが、アシュリーの堂々とした姿は、前国王であるバルドズムの片鱗を見せるのであった。
「失礼いたしました」
二人はアシュリーの前に平伏した。
「良い。二人がこのルグニアの為に助言してくれていることは明白である。面を上げなさい」
「はは!」
二人は今までよりもしっかりとした面持ちで顔を上げた。
「それでは、エリザ様の事は如何いたしましょうか?」
「エリザには、エリザのやりたいことをさせようと思います。エリザ、あなたは何かやりたいことは無いのですか?」
アシュリーは隅で小さくなっていたエリザに問いかけた。
「わらわは、わらわは母上の病気を治し、母上と姉上と共に暮らしたい」
「では、母上の病気を治療するための情報を集める為に力を貸しておくれ」
「わかりましたわ。姉上」
アシュリーはエリザに微笑んだ後で、直哉の方を向いた。
「お待たせいたしました。バルグフルの使者で冒険者伯爵の直哉さん」
すでに待ちくたびれたリリは直哉の膝の上で眠っていた。
「いえいえ。ふと思ったのですが、お母様の病状ってどのようなものなのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「眠りについたようで起きられないと言うやつですよね? 俺もそれに近い事に陥ったっことがあります」
直哉の言葉に、アシュリーは、
「直哉さんご自身が眠ったままの状態になったのですか?」
「次の日には起きましたが、俺の夢の中の事がきっと役に立つと思います」
「何が起こったのか聞かせてもらえるか?」
「もちろんです」
アシュリーとエリザはもちろん、眠っていたリリも目を覚まし、直哉の言葉に耳を傾けていた。
「俺の場合、夢の中で両親の夢を見ていました。両親は共に働いていて、家には滅多に帰ってこない存在でした。夢の中では、家族が一緒になって団欒を過ごしていました。いつまでも続いてほしいと思う夢。過去にあったことや、こうなって欲しい事などが永遠と繰り返される夢でした」
「どのようにして、戻ってきたのですか?」
「俺の場合は、両親との団欒中に、フィリアの温もりを感じて、心の奥が暖かくなって来て、そこで目を覚ましました」
直哉の言葉にダライアスキーが、
「その時直哉伯爵の身に何が起こっていたのですか?」
フィリアが直哉を見て、
「私とラリーナさんで、直哉様を暖めておりました」
「暖める?」
フィリアは赤くなりながら、
「はい。私達の温もりを直哉様に届けておりました」
ダライアスキーは直哉達の言葉を頭で整理すると、
「つまり、夢の中の事よりも、現実世界の事の方が良ければ目を覚ますと言うことですか?」
「恐らくは、俺の時の事を考えると、そういう結論に至ります」
ダライアスキーは尚も考え、
「シギノ様が現実世界で望む事とは、何であろう」
直哉は迷いも無く、
「アシュリー様とエリザ様の事だと思います」
直哉の言葉にアシュリーは、
「それではエリザ、共に母上の元に参りましょう。他のものは直哉伯爵の相手をしておきなさい。これより先は、親子水入らずの時間です」
そういって、エリザを連れて奥の部屋へ入っていった。
「あらら、行っちゃいましたね」
「昨日から、アシュリー様は変わられた。自分の言葉に責任を持つようになり、周りの意見に耳を貸しつつも自分の意見をしっかりと持っていて、それらの意見の中で、この国にとって良い部分を上手く抜き出して決断するようになるとは」
「今までは、我々の言葉のとおり動いていたのだが、これからは我々のほうが手足に戻る番だの」
ダライアスキーは嬉しそうに呟いた。
「それで、直哉伯爵はどうしますか? このままだとどのくらい待つかわかりませんが」
「ルグニアに拠点を造ろうと思っていたのですが、家を建ててよい場所とかありますか?」
「ある事はあるが、アシュリー様の許可が必要だ、だから今すぐには不可能だ」
直哉は少し考えて、
「では、魔法を習得できるところはありますか?」
「魔法ですか? それならこのダライアスキーが教えられますよ」
「リリとフィリアに新しい魔法をお願いします」
ダライアスキーは頷いて、
「わかりました、お二人は私に付いてきてください」
リリとフィリアはダライアスキーと出て行った。
「もしかして、エバーズさんは戦士系のスキルを教えてくれるのですか?」
「あぁ、多少なら出来るぞ」
「では、ラリーナに手ほどきをお願いします」
エバーズは、
「わかった、では、下の鍛練場に行こう。直哉はどうする?」
「私のスキルを鍛練したいので、私も鍛練場へ参ります」
直哉達は、表の鍛練場へ向かった。
鍛練場では、数名の近衛騎士が鍛練を行っていた。
「直哉さん、もしよろしければ私と手合わせをお願いできますか?」
アンナは直哉に挑んできた。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って剣と盾を取り出し装備した。剣は歯のない丸い棒状で盾は現状で最高硬度の物を装備した。
(さて、アンナさんはどの程度の実力なんだろう? リカードレベルだと振り回されるだろうな)
「では、行きます!」
アンナは気合の声と共に斬りかかって来た。まずは袈裟切りで刀を肩へ振り下ろしてきたが、その速度は遅く、楽々盾で受け止めた。
「水平斬り!」
直哉は攻撃を盾で受け止め、押し返してアンナの体勢を崩した後で、真横に剣を振るった。
リカードなら受け止めるか避ける程度の攻撃であったが、アンナはもろに喰らった。
「うぐぅ」
その場にしゃがみこんだ。
「まさか、アンナ様が一撃で?」
鍛練していた近衛騎士達から動揺の声が響いてきた。
「だ、大丈夫ですか? 危険なら、この回復薬をお飲みください」
アンナは回復薬をもらい飲み干した。
「無茶苦茶お強いですね」
その言葉に周囲の近衛騎士達が、直哉に鍛練をつけて欲しいと申し出てきた。
「直哉伯爵。申しわけないが、彼らの鍛練に付き合ってくれないかな? できれば、鍛練方法も教えてもらえると助かるのだが」
直哉は、
「わかりました。それでは皆さんの実力を測りたいので、斬りかかって来て下さい」
そう言って、剣属性の盾を取り出して、両手に盾の状態にして斬りかかりやすい様にした。
「では、まずは私から。でぇい!」
近衛騎士は全部で四人居て、順番に斬りかかっていった。
(ふむ、初心者に毛がはえた程度のレベルですね。これは、基本の型から教えたほうが良さそうですね)
そうやって、近衛騎士達に基本の型を教えて、
「まずは1000回から」
そう言って、直哉は近衛騎士達の手本になるように、基本の型を繰り返し見せていった。
「ぜぃぜぃぜぃ」
数時間後、リリとフィリア、そしてラリーナの鍛練は終わり、それぞれ新スキルを覚えていた。
リリは、雷の系統の魔法を覚え、直哉の使っていた『魔法連射:ツヴァイ』を生み出した。
フィリアは、光の防御陣と破邪の魔法、そして、光の牢獄を覚えた。
ラリーナは、『片手剣の極意:スキル重ね』を教わり、攻撃に幅が出来た。
近衛騎士達は基本の型を行っていたが、四名とも途中で体力が尽きてしまい座り込んでいた。
(まだまだ足りませんが、無理をさせても仕方ありません。休憩にしますか)
「みなさん、休憩にしましょう。少し休んだら、目標の回数まで頑張りましょう」
そう言ったとたん、四人の近衛騎士達は飲み物を取りに行った。
近衛騎士達が思い思いの場所で休憩していると、違う近衛騎士が血相を変えてやってきた。
「エバーズ様! 申し上げます!」
近衛騎士の様子にエバーズは、
「仔細を!」
「はっ! 西の門より賊五名が襲来。全員キメラとのこと。現在は西門が突破され、守っていた兵五名が死にました」
「なんだと!」
「その後、大通りを直進し、この間の火災の建物に立て篭もりました」
「一体何が」
エバーズが頭を抱えていると、
(この間の火災の建物って、あの封印された箱があった建物だよな)
「エバーズさん、この間の火災って、エリザ様が絡んでいる事件ですか?」
「そうだ。直哉伯爵がいなければ、我がルグニアにとって、大切な方を危うく失うところでした」
エバーズは頭を下げた。
「お気持ちは嬉しいのですが、頭を上げてください」
エバーズが頭を上げたのを確認すると、
「この間報告した、奇妙な箱は見つかりました?」
「あぁ、直哉伯爵が言った部屋に、厳重に封印された箱を見つけて、既に城へ運び込んである」
直哉の言葉に、
「今回の賊の目的は、その箱の回収ではないですかね?」
「その可能性はあるな。このことを頭に入れながら対応策を練るとしますか」
エバーズはそう言って、
「アンナ! 事情を話しダライアスキーを会議の間へ呼んでくれ!」
「はっ!」
アンナを見送った後、
「直哉伯爵、もしよろしければ、お力をお借りしたいのですが?」
エバーズの申し出に、
「わかりました、微力ながらお手伝いいたします」
と答え、皆で会議の間へ向かった。




