第四十八話 アシュリーとエリザ
◆馬車の中
「このコタツとやらは良いのぅ。是非私の部屋にも欲しいですわ」
どこかで聞いたセリフをアシュリーが言いながらぬくぬくしていた。
馬車はメインストリートに入り、揺れも殆ど感じなくなったため、リリとラリーナ、そしてエリザは完全に眠り、直哉とアシュリーの会話にフィリアは耳を傾けていた。
直哉とアシュリーは対面に座り、直哉はコタツに脚を少し入れた状態で座り、その脚にはリリがくっ付き顔を出して直哉の股間からお腹に掛けてを枕にして眠っていた。ラリーナとフィリアはその両脇に陣取り、コタツに入りながら直哉に寄り添っていた。
アシュリーの横にはエリザがいて、コタツに入りながら爆睡していた。
コタツの上には熱々のお茶が入ったコップと、米を粉にしたものを平べったく丸く固めてから、醤油を塗りながら焼いたお菓子を出してあった。
(直哉伯爵は不思議なお方。この様な方が、従来の悪しき伝統を振り払い、新しい風を吹かせる事が出来るのでしょう)
はじめは胡散臭く思っていたが、親書を持っており王族専用の馬車を動かしたりしたため、疑いは晴れていった。
アシュリーはエリザの頭を撫でながら、
「この子にはいつも苦労を掛けてしまっていますね。私の妹と言うだけでも大変なのに、父親の犯した罪によって、誹謗中傷を受けてしまって。エリザには何の罪も無いのに、私と引き離し罪人の様に扱う者が居ることに心を痛めております」
「何とかしようとしなかったのですか?」
直哉の言葉に、アシュリーは怒りながら、
「私に出来ることは全てやりましたよ! 私は妹に会わせて欲しいと言う所からはじめ、会わせてくれないのであれば、妹の部屋まで押しかけたのですが、部屋の前には衛兵が見張りをしていて、何度も追い返され、エバーズ達に相談すれば、今朝も会ったのだから明日にしろと言われ取り合ってもらえずにいました」
「そうでしたか。しかし、あのエバーズさんがそのような事を言う方とは思えませんでしたよ」
「私を小さな頃から支えてくださった方でしたので、信頼していましたのに裏切られた気分でした」
「それで、今回は全ての人に黙って一人で行かれたのですね」
「はい。結果、直哉伯爵にご迷惑をおかけすることになってしまって、申しわけない」
アシュリーは頭を下げた。
「城に戻って、もう一度エバーズさん達と話すべきですね」
「ですが、私の言葉など誰も聞いてくれません」
直哉はルグニアで起きていた事や、今回の一件の事をまとめ、
「恐らくですが、それはレッドなんちゃらの策略ですね」
「レッドなんちゃ・・・レッドムーンと呼ばれる破壊集団ですか?」
「そうです、それです。まずエリザ様を貴方から引き離し、寂しい思いと悲しみを引き起こしマイナスの感情を高めます。そこに、父親の造った弓と称して、暗殺用の弓を渡します。アシュリー様とエバーズさん達の間を兵士に扮装した者が切り離しを行い、アシュリー様の心に城の皆への不信感をつのらせ、一人で行動するように促します。最後にお母様を癒すことが出来ると流言を流して貴方が一人で城を出るように仕向け、エリザ様を追わせて暗殺する。これなら筋が通ります。ただ、問題が無いわけではないのですが」
「どのような事ですか?」
直哉はお茶をすすり、
「俺がエリザ様に会った時、レッドムーンの兵士にお命を狙われていたのです。もしもそこで、エリザ様を殺害してしまったら、どうやってアシュリー様を殺めようとしたのか、それが疑問です」
アシュリーは、
「それは確かに疑問が残りますね。直哉伯爵にはこのまま調査をお願いしてもよろしいですか?」
「出来る限りの事はしますが、俺達のやりたい事をやらせていただきます」
「親書を届けに来たのでは?」
「俺は鍛冶職人の上級職になるために来たのですよ。親書は公の名目です」
「うふふ。面白い御仁ですね。では、直哉伯爵に調査のご依頼をさせていただきます、期限はあなた方がこのルグニアに滞在する間と言うのはいかがですか?」
アシュリーの提案に、
「親書を届けた後に、ルグニアに滞在する名目と言うわけですね? ありがたいことです」
直哉は笑った。
「しかし、親書に書いてあったことが本当であれば、ゆっくりとしている暇は無いのでは?」
「そうなんですよ。実はとてつもなく大きな問題が残っているのですよ」
「この正確な時間も直哉伯爵の能力なのですか?」
アシュリーは直哉の能力に興味津々で聞いてきた。
「そうですね。俺の固有の力です」
「色々と不思議な能力をお持ちなのですね」
「こちらの世界に来たとき、発現した力です」
直哉は会ってみて、アシュリーとエリザには、自分の事を話しても問題ないと判断していた。
「こちらの世界?」
「はい。俺は別の世界から飛ばされて来たのですよ」
アシュリーは驚きながら、
「それは、どういう事ですか? 私を試しているのですか?」
「俺のことは、バルグフルの王族が来たときに聞いてもらえれば、わかることです。アシュリー様とエリザ様には、本当の事を話しておこうと思ったので話しました」
「私とエリザだけ?」
「はい。お二人は信頼できる方だと思いました」
アシュリーは少し考え、
「エバーズやダライアスキーは信頼出来ませんか?」
「今のところは」
「わかりました。ここだけの話として聞いておきます」
「ありがとうございます」
アシュリーはお茶を飲んでから、
「このティーも、お煎餅という食べ物もはじめて頂きましたが、美味しいですね。バルグフルの名産ですか? それよりも、取り出すとき空中から飛び出したように見えたのですが、それも固有の力ですか?」
「お茶と煎餅は俺の元の世界の食べ物です。今はバルグフルでも普通に流通しています。収納も固有の力ですね」
「お主を手放したくない気持ちはよくわかるの。我がルグニアに腰を据えぬか?」
「元の世界への帰り方がわかれば、帰ろうと思っていますので、帰る方法を探す旅を続けたいと思います」
「そうか、それは残念ですね。ですが、今回の依頼を続けている間は、留まってくれるのであろう?」
「そうですね、そのつもりです」
「ルグニアに居る間に、困ったことがあれば相談に乗るので、遠慮なく言ってください」
「見返りは、俺の造る品ですか?」
「期待しましょう」
直哉は今後の事を考え、ルグニアにも拠点があると便利だと考えていた。
その時、アシュリーの横で眠っていたエリザが目を覚ました。
「姉上?」
エリザはハッとして、
「申し訳ないのじゃ、アシュリー様。わらわの様な者が、アシュリー様の横で眠ってしまうなどと。高貴なアシュリー様を汚してしまいました」
エリザが隣から出ていこうとするので、アシュリーはその手を掴み、
「エリザ、待ちなさい」
「アシュリー様?」
エリザは驚いてアシュリーを見た。
「そのような事を言ってはなりませんよ。あなたは私の妹なのですから」
「じゃが、城にいた者は姉上がわらわの事を遠ざけている。それは、わらわの父が罪人だからだと姉上が言っていたと。それで、わらわはいらない子なのだと思うのと同時に、姉上に対する妬みや嫉妬が膨らんでいったのじゃ」
「そうだったのですね」
そう言うと、アシュリーはエリザを抱きしめた。
「本当にごめんなさい。私にもっと勇気があればエリザにつらい思いをさせずに済んだのに」
「あ、姉上! 姉上!」
エリザもアシュリーを抱きしめ返して、アシュリーの胸に顔を埋めて大きな声で泣いた。
それも、今までやりたくても出来なかったぶんを取り戻す勢いで。
「よしよし」
アシュリーはエリザを抱きしめながら頭を撫でていた。
「一件落着ですか?」
フィリアの言葉に、
「後は、エバーズさんやダライアスキーさんがしっかりしてくれれば、問題解決ですね」
と、直哉が言った時、脚の上のリリが寝返りを打った。
「ちょっ!」
直哉の股間に顔を埋めるようにして。
「リリ、その体勢はまずいって」
「リリさんずるいです!」
その後は大騒ぎしながら城へ向かう直哉達であった。
◆ルグニア城
城門前にはエバーズやダライアスキーをはじめ、多くの近衛騎士や文官達がアシュリーの帰還を出迎えてくれていた。
「エリザ! 一緒に行きましょう」
アシュリーはそう言って、エリザの手を握り馬車から降り立った。
その瞬間ルグニアの民や近衛騎士たちから、大きな声援が飛びかった。
「アシュリー様! ばんざーい!」
「ルグニアに栄光あれ!」
アシュリーは手を振って民達に答えながら城へ入って行った。直哉はそれを見届けた後で、
「それでは、我々はこれで宿を探しにまいります」
と、エバーズへ告げて、街へ引き返そうとしたが、そこへ、
「直哉伯爵! 今回の捜索協力ありがとうございます。経緯を聞きたいのと捜索の報酬を支払いたいのですが、お時間は頂けないでしょうか?」
と、ダライアスキーが言ってきた。
「申し訳ありません。流石に本日は疲れました。ゆっくりと休みたいのですが。報告等は明日ということで、お願いします」
「そうですか。わかりました。では、本日の宿を紹介いたしましょう。もちろん、料金はこちらで持ちますよ!」
ダライアスキーの提案に、
「そこまでしていただいたら、バルグフルの王子達に怒られます。宿の紹介は喜んで受けますので、料金は自分で支払います」
「わかりました。アンナ! 直哉伯爵をジルギスの宿へ案内しなさい。ジルギスなら、信用できるからな」
と、エバーズの横にいたアンナに声を掛けた。
「わかりました。私が案内いたしますので、直哉さん達はついてきてください」
直哉は、エバーズに目で確認すると、肯いたので、
「わかりました。お願いします。それでは、また明日」
といって、アンナについていった。
◆ルグニアの宿
大きな通りの石造りの大きな建物の前でアンナが止まり、
「こちらが本日の宿になります」
アンナを先頭にして宿に入ると、すでに連絡が入っていたのか、宿のご主人と従業員達が勢揃いで出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしが当宿の主人ジルギスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
従業員達はその場で平伏していて、宿屋の主人は直哉達を出迎えた。
「バルグフルからいらっしゃった、直哉伯爵とその奥方様方とお聞きしましたが、間違いはございませんでしょうか?」
直哉達を値踏みしながら話しかけてきた。
「はい。俺が直哉です」
「大変失礼ですが、当宿は先払いとなっております、どの部屋にいたしますか?」
料金表を見せながら聞いてきた。
「できるだけ広くて天井が高い部屋はありますか?」
「それでしたら、ここですね」
と、料金表の高い部屋を指さした。
「じゃぁ、この150Sの部屋で四人だと600Sで良いのかな?」
そういって、金貨の山から1Gを出そうとすると、
「いえいえ、一部屋一泊の値段ですから、150Sで四名様泊まる事が出来ます。あとは、こちらを頂けるとありがたいです」
そう言って、料金表の注意書きの部分を見せた。
「料金の一割分の給仕代として頂くですか? 全員に一割ずつ払うのですか?」
「いえいえ、私に渡して頂ければ、従業員には給与として支払います」
直哉は、
「わかりました。165Sです、これでお願いします」
お金を渡し、契約が成立した。
「ありがとうございます。本日は精一杯、御給仕させて頂きます」
そう言って主人は、
「イザベラ! 本日は高貴なお客様がお相手だ、決して粗相の無いように、細心の注意を払って御給仕しなさい」
一番手前にいた、背が高くスラッとしたモデルのような体型の女性が平伏したまま、
「承りました」
と、返事をして立ち上がり、部屋へ案内してくれた。
「こちらが、お部屋となります。必要な物がございましたら、部屋の前で待機していますのでいつでもお呼び下さい」
そう言って、出て行こうとした。
「お待ちください」
フィリアはイザベラを呼び止めた。
「何か不都合がございましたか?」
フィリアは部屋を指差して、
「寝るところしかないのですが、風呂やトイレは無いのですか?」
イザベラは不思議な顔をして、
「沐浴ですか? 地下に不浄と共にございます」
リリはベッドを触り、
「硬いの」
と、不満を口にした。
「まぁ、予想していたことだけど、この部屋にコテージを置くか」
直哉はそう言って、ジルギスに相談して、ジルギスが見ている前でならと条件をつけられたが、背に腹は変えられず二人の前でコテージを造り出した。
「・・・・・」
二人は言葉を失い、呆然としていた。
リリとラリーナは中へ入り、お風呂の準備と寝床の準備を始め、フィリアは直哉が目眩に襲われて動けないので支えていた。
直哉は、MP回復薬を飲みながら、
「中を見ますか?」
と、二人に聞くと、
「後学のため、拝見してもよろしいですか?」
と返してきたため、二人をコテージ内へ招待した。
「ここは履物を脱ぐ以外は普通ですね、木の机と椅子って、台所? 奥は各部屋があるって感じですか?」
ジルギスの質問に、
「そうですね。左が男性用、右が女性用です。そして奥にトイレとお風呂があります」
「この床暖かいですね」
イザベラが気がついた。
「床暖房を導入して見ました」
「床暖房? 床の下に暖房器具ですか?」
「火と風を使って、床下に暖かい風を通しております」
ジルギスは目からうろこで、
「火の魔法石に、このような使い方があるとは思わなかった」
とそこへ、リリとラリーナが、
「お兄ちゃん、お風呂の準備できたよ!」
「こっちは、寝床の準備完了だ!」
と言ってきた。そのまま、部屋の中を見た二人は、
「ここは王族の部屋ですか?」
と言ってしまうくらい、庶民とはかけ離れた内装になっていた。
「最後にお風呂ですね」
そう言って、直哉は二人を風呂場へ連れて行った。
「これは、お湯が溜まっているのですか?」
「そうです、この湯船につかるのが最高です!」
その後、直哉とフィリアの助けを借りながら、お風呂に入った二人は、
「御給仕する立場の私が、このような施しを受けてしまって申し訳ありません。わがままを聞いていただけるのであれば、直哉伯爵のお屋敷で働きます!」
「この宿をリフォームしてもらえませんか?」
と、大変気に入ったようで、その間に用意しておいた晩御飯も堪能することになった。
イザベラは、直哉達に気に入られるようにコテージ内の家具の使い方を一生懸命に覚えていった。
「さて、今日は本当に疲れたし、明日もお城へ行くので、汗を流して寝ることにしましょう」
という、直哉の宣言でお開きになり、
「それでは、私はこれで戻るとします。イザベラ、後は任せましたよ」
ジルギスは直哉にお礼を言って自分の部屋へ戻っていった。
「それでは、直哉伯爵、私は外で待機していますので、何かあればお呼びください」
そう言って、イザベラもコテージを出ていった。その後、直哉達は湯船で十分に温まり、皆で直哉の布団にもぐり込み一塊となって眠りについた。




