第四十話 悪魔大神官長
◆悪魔大神官長と自称する男との邂逅
真っ黒な神官着にみを包んだ男が祭壇跡地を確認した後、周囲を見渡していた。
直哉はその男を見て、
「あ、あなたは、ガナックさん!」
と、呼んでいた。
ラリーナはそのまま、そしてリリとフィリアは飛ばしていた花びらと羽根をしまってから直哉の周囲に集まり、新たな闇の力の持ち主を警戒していた。
「祭壇との繋がりが遅すぎるから確認しに来てみれば、造ってないではないか! しかも気配が感じられないと言うことは殺られたのか?」
その時ようやく直哉達に気が付いた。
「ん? 人間か? まさか、お前たちが倒したのか?」
「ガナックさん! 俺です! 直哉です」
直哉が叫ぶと、
「貴様が最近アーサー様の周囲を騒がせておる直哉とやらか、我を知っておるようじゃが、我には昔の記憶が無いのだ。よって我に解ることは、今の所貴様は我が主の敵と言うことじゃ!」
そう言って、戦闘体勢を取った。
「お兄ちゃん! この人強いの!」
「直哉様、危険です。迎撃体勢を!」
「直哉、本気でやらないと死ぬぜ!」
リリ達も戦闘体勢をとり、リリとラリーナが直哉の前に出て、フィリアが後方へ下がった。
「フム、戦闘への移行はスムーズだな。後は戦力か」
ガナックは右手に闇の力を溜め始めた。
「何という力! さっきのウマとは桁違いの力だ! みんな気をつけて!」
直哉は盾を取り出して、防御の構えを取った。
リリとラリーナはガナックの両側に移動して挟撃を仕掛けようとそれぞれ動き、フィリアは直哉の後ろから支援魔法を飛ばそうと準備していた。
「くらいなさい!」
その時ガナックの力が炸裂した。
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し意識を刈り取りたまえ!」
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し安らぎの雲を発生させたまえ!」
「スタンクラウド! スリープクラウド!」
ガナックは無表情のまま魔法を放った。
「まさかの同時詠唱!?」
(しかも、スリープにスタンか、嫌らしいな)
「リリ、風の魔法で雲を吹き飛ばして!」
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ! やってるの! バーストトルネード!」
リリは直哉を中心に魔法を放った。
「いてててててて」
直哉はリリの魔法の直撃を喰らいダメージを受けていたが、ガナックからの魔法は完全に無効化した。
フィリアも直哉の傍にいたため、リリの魔法の効果内に居て同じく無効化することが出来た。
リリは、直哉が無事なのを確認するとその場に倒れこみ、ラリーナは何も出来ないままその場にうずくまった。
(これほど広範囲にクラウド系の魔法を広げるなんて、何て魔力だ。下手するとカソードと同程度の魔力の持ち主だぞ?)
「ふふふ、ピンクの小娘の力で危機を回避したか。だが、次はどうかな?」
ガナックが再び力を溜めようとしたとき、リカード達がやってきた。
リカードは直哉と正面に立つ黒い神官着の男、そして、リリとラリーナが倒れている事などから、その男を敵とみなして、直哉の元へ駆けつけた。
「直哉! こいつは一体? 二人は無事か?」
「この人はガナック、今は悪魔神官長を名乗っています。二人はガナックの魔法でMP切れか眠っているかのどちらかです」
「そうか。この人がガナックか。なかなかの強敵だな」
リカードはガナックの力を見抜き、
「ゴンゾー! 来てくれ! 残りはリリとラリーナを保護!」
「承知!」
「了解!」
それぞれ返事をして、直哉の周りに集まってきた。
「もう一度、喰らいなさい!」
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し意識を刈り取りたまえ!」
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し安らぎの雲を発生させたまえ!」
「スタンクラウド! スリープクラウド!」
ガナックは無表情のまま同じ魔法を繰り返した。
「うひょー これはヤバいな! 絶空!」
「はぁ! 奥義! 天翔乱撃!」
二人の奥義により、雲は吹き飛ばされた。
「ふむ、直哉とやらの力を見たかったのですが、これだけ人が集まってきたら、それもまた面倒か」
ガナックは、三度力を溜め始めた。
直哉は剣を握り締めガナックへ突撃し、リカードとゴンゾーも続いた。フィリアは魔法の加護を二人に掛けていた。
「せぃ! やぁ!」
「おら、おら、おら」
「ほっ、やっ、とっ」
三人の猛攻をヒラリヒラリと回避しながら力を溜めていって、
「直哉とやら、さらばだ。次に合間見えるときは、容赦はせぬぞ!」
そう言って、闇の力を爆発させ三人を吹き飛ばし、ガナックは爆発した闇の中へ消えていった。
肩で息をしている三人は、
「強い」
「あれがガナックか。魔王アーサーの側近。ぬいぐるみ等とは比べ物にならない強さだな」
「拙者もまだまだ強くならねば」
と呟くのが精一杯であった。
三人がへたり込んでいると、
「お二人は生きております、もうじき回復すると思います」
そういって、ラナたちが二人を担いで来てくれた。
「ありがとう、助かりました」
直哉はみなにお礼を言って、リリとラリーナを受け取った。
「とりあえず、周囲を調査しましょう」
「そうだな、祭壇はっと、随分派手にぶち壊したな。大きな穴が開いていやがる」
リカードは祭壇があった場所を見て、驚きの声を上げていた。
「地面が完全に抉られていますね。これは何をやったのですか?」
ラナの疑問に、
「爆裂魔法をドカンと二発ぶち込んだだけですよ」
「爆裂魔法!? 直哉伯爵は、鍛冶職人ではありませんでした?」
近衛兵のヘレンが聞いてきた。
「そうですね。私は鍛冶職人ですよ」
「鍛冶職人って、魔法を覚えられませんよね? どうやって覚えたのですか?」
グイグイと迫ってきた。
「こら、ヘレン! 直哉伯爵に失礼であろう。それに伯爵は冒険者でもある、冒険者しか知らない秘密があるのだろう」
ゴンゾーに怒られ、
「そ、そうですか。大変失礼いたしました。お詫びいたします」
ヘレンは渋々と引き下がった。
「よし、回復を済ませたら、周囲の調査に向かう。直哉、すまないが拠点を造ってくれるか?」
「了解です。MPが回復したら出しておきます」
そういって、リカード達は周囲の調査に出て行った。しばらく回復に努めていた直哉は、カソードの腕輪を調べることにした。
(そういえば、この腕輪が戦闘中に光って、カソード時代の力が使えたな)
腕輪を調べて見ると、腕輪に項目が表示され『カソードの記憶』が表示されていた。
それを触って見ると、カソード時代に使っていたスキルが一覧として出てきて、『魔法連射:ツヴァイ』の項目だけが選べるようになっていた。
(ほかの腕輪はどうだろう?)
アディアの腕輪を見て見ると、同じように項目が表示されていて、記憶に触れて見ると、『片手剣の極意:スキル重ね』が選ばれていた。
「これか!」
直哉はスキルにスキルを乗せられるようになった原因がわかり声に出していた。
(修得の方法がわからないけど、謎が一つ解決したぞ)
MP回復は順調で、コテージを造り、中にリリとラリーナをフィリアと運び込んだ。
「ひとまず安心だね」
「そうですね。ようやく一息つけます」
フィリアは直哉の肩に頭を乗せて休んできた。
「大丈夫?」
「私は大丈夫です、それよりも直哉様の方が大丈夫ですか?」
「何の事?」
フィリアは一瞬躊躇したものの、
「さきほどのガナックさんという方は、メイフィスさんの旦那様なのですよね、ですので」
フィリアが何を言いたいのか分かり、
「あぁ、今は大丈夫だよ。メイフィスさんに誓いを立てたので。でもガナックさんやアーサー君にそこを責められた時、どうなるかわからないけどね」
「その時は、私がお救いいたします」
「お願いするよ」
「お任せ下さい」
二人の空間を作り上げていると、
「あー、ずるいの!」
奥の部屋から目を覚ましたリリとラリーナがやってきた。
「リリも! リリも、くっつくの!」
直哉を目掛けて飛んできた。
「おっと、危ない!」
フィリアをそのまま肩に乗せたまま、上手にリリをキャッチした。
「わーい。お兄ちゃんの匂いなの!」
リリは抱きかかえられたまま、直哉の首筋に顔を埋めて匂いをクンクンと嗅いだ。
「おいおい、俺の匂いなんて大したことないだろう?」
「そんな事無いの! 良い匂いなの! リリは大好きなの!」
「私もお慕いしております」
桃色空間が出来上がりそうな所で、入り口の扉が勢いよく開いた。
「直哉! 周辺の・・・」
部屋の中の時間が止まった。
「邪魔したな!」
リカードはその場を去ろうとしたので、
「いやいや! 問題無いですから!」
引き留めた。
リリ達は直哉の隣に座り直し、桃色空間を元に戻し、リカード達を迎え入れた。
「いやー、焦ったよ。戻ったら部屋で睦み合っているとは思わなかった」
「しかも一度に二人とは、さすが直哉殿ですな」
リカードとゴンゾーは直哉を冷やかした。ラナとルナは直哉のスキルを見た事があったので、コテージが出来ていても驚きはしなかったものの、新人の三人は開いた口が閉じなかった。
「あの短時間で、これほどの建物が建つなんて」
「しかも、外側だけの張りぼてかと思ったのに、しっかりとした建物になっている」
ミシェルとヘレンがそれぞれ感想を述べた。そこへリカードが、
「奥に風呂があるから、ラナ達と一緒に汚れを落として来なさい」
「お風呂まであるのですか?」
デイジーの驚きにラナがさらに続けた。
「それも、お湯が張ってあるお城と同じ物が!」
「・・・・・・・・」
「リリ達も入っておいで。女性用のスペースを大きくしておいたから、全員で入れると思う」
「わかったの!」
「お先に頂きますね」
直哉達を残し、女性陣は奥の入浴スペースへ消えていった。
「さて、周辺はどうでした?」
「そうだな、祭壇の跡地はすでに水が溜まり始めている。これなら使用する事は難しいと思う。だが、後押しが欲しい」
「それと、近くに集落があった。我々が向かった時は村人どもに警戒されてしまってのう。中を見る事は出来なかったのじゃ」
「ふむ、それは銀狼の村ですね。後で、ラリーナと話して見ます」
「他には、今回の悪魔達が使ったであろう、ゲートの出口があったので、それを破壊しておいた」
リカードは破壊したゲートの残骸を見せてくれた。
「これは、なかなか面白い素材ですね」
直哉は、素材としての優秀さに驚いていた。
「前回は祭壇の残骸も持ち帰っているぞ、後で城にくるがよい」
「わかりました。それと祭壇跡地ですが、城の直轄地として街に組み込んでは如何ですか? 私の領地が近くにあるので、そこから延ばすというのはどうでしょう?」
直哉の言葉に、
「お前の領地としても良いのだぞ?」
「いや、次も何かあった場合、お城の戦力を出して貰った方が早く解決するだろうからね」
直哉の考えに、
「なるほどな、確かにその方が俺も動きやすいし、直哉に援軍要請もしやすいな」
「そういうことです」
「しかし、この地を街の一部にするか。途方もない事を考えつくのだな」
リカードは驚き呆れた表情で、直哉の意見に賛同した。
「それで、こちらの村はどうするのだ?」
「その件は、そのままでいるか、街の一部となるか、お城の直轄地になるか、俺の領地に加わるのかをラリーナに聞いてみます」
「そうか、では任せよう。話が纏まったら報告に来てくれ」
「了解です」
直哉達は、男性用の風呂で汗を流す事にした。
◆コテージ内
「ふぅ、良いお湯だった」
直哉とリカード、ゴンゾーは三人ともお湯を堪能して、今は入り口の大きなフロアでお茶を飲んでいた。
しばらくして、女性陣が上がってきた。
「凄い! 森の中で入るお風呂! 最高ですね!」
新人三人には刺激が強かったようで、大興奮であった。
「これこれ、何をはしゃいでおる!」
ゴンゾーが窘めていたが、
「そういうゴンゾーさんも、はじめは大はしゃぎで浮いてましたよね?」
と、直哉の突っ込みに、
「ぐぬぬ」
と、唸っていた。
「さて、ラリーナ。君に質問がある」
直哉は改まってラリーナに聞いた。
「今後、銀狼の里をどうしたい?」
「どうとは?」
「今のままでいる、街の一部とする、城の直轄地にする等あるけど、ラリーナ的にはどうしたいのかなと」
ラリーナは考えて、
「現状の銀狼の里では、圧倒的に戦士が足りないのだ。日々の魔物だけでなく、今回のように魔族が来てしまうと防衛が精一杯で、他に何も出来なくなってしまう。そこで、直哉の領地として直哉に守って貰いたいのだが、どうだろうか?」
「リカード王子。ラリーナはこう言っているけど、王族としてはどうですか?」
直哉の言葉に、
「問題ないぞ。この場所に城の者を巡回に出させるから、銀狼の里に異変が起こったら直ぐさま対応すると約束しよう」
リカードの言葉に、
「俺の領地内なら、ある程度は操作できるから、街の守りと共に地形変化で対応するよ。それに、俺の屋敷にはマスタークラスが住んでるから、駆けつけてくれるよ。もちろん、俺が居れば一番に駆けつけるよ」
との言葉に、
「では、直哉に全ての領地を預けます。民を守ってくれ」
「もちろん。ラリーナが居る時は手伝ってくださいね」
「無論。これで一緒に旅が出来るな」
ラリーナは里の御守という重荷が無くなったので、気が楽になっていた。




