第三十八話 南の森に現れた新たな魔族
◆直哉の屋敷にて
来客用の屋敷に戻ってくると、ミーファが六名を前に熱弁を振るっていた。
「ただいまです」
「今日は珍しくちゃんと帰ってきたね」
六名の視線が直哉に集まった。
ミーファの皮肉をさらっと流しながら、
「こちらが新しい六名ですか?」
「えぇ、そうよ。後で紹介するわね」
「そのことなのですが、今お時間取れますか? 大事な話があるのですが」
「それでは、別室に行きますか、ここでは不味いでしょうから」
六名はひそひそとささやきだした。
「ここで構いませんよ。この領地の事ですので皆さんにも知る権利がありますから」
六名のささやきは続いていたが、直哉は話を進めた。
「南の森と領地との境目付近にあった祭壇の跡地に、魔族が拠点の代わりになる建物を築き上げているとの情報が入りました。リカード王子を筆頭に私がその対応に当たる事になりました。事は一刻を争うものなのでリカード王子達の用意が整い次第出発する事になります。ですので皆さんにはこの屋敷をお願いしますね」
ささやきは収まったが、質問があるのか口を開いた者がいた。
「このお屋敷は大丈夫なのでしょうか?」
「ん? 大丈夫というのは、魔物に襲われないかどうかという事ですか?」
「そうです」
「この屋敷は街の中なので、魔物の襲来は街の中と同じですよ。そして、この屋敷自体はかなりの強度がありますから、立て籠もれば安全ですよ」
直哉は本当の事を話した。
「それなら、今までの暮らしと同じという事ですかね。ちなみに何処まで守られているのですか?」
「こちらの来客用の屋敷と菜園は全て街の中ですよ。新しいお屋敷周辺も順次街の中に取り込まれていく予定です。これは、私の領地が広がればそのぶん街が広がるとの事でした。登録には時間がかかるため領地として申請した瞬間、街として認識してくれる訳では無いとの事でした」
「ということは、伯爵様が頑張れば街が広がっていくのですね?」
「そう言う事になります。この街の発展のため、皆さんのお力を借りたいと思います」
「はい!」
六名は直哉の言葉に、小気味よく返事した。
「では、俺は南の森へ向かう準備をしますので、後はお任せします。帰って来たら続きを話しましょう」
そう言って、来客用の屋敷から転移した。
◆南の森
屋敷でリカード達と合流しラリーナとの合流地点へ急いだ。
向かう途中にラリーナから得た新たな情報では、三体のぬいぐるみ型の魔族を発見したとの事。
新たに見つけたのはサルとヒツジとウマのぬいぐるみで、三体とも祭壇予定地付近を巡回している模様。
十名の援軍はひたすらに走り続けていた。先頭はリリとリカード、その後ろにラナとルナそして直哉、その後ろにフィリアとミシェル・デイジー・ヘレンが追いかけ最後方からゴンゾーが脱落者や後方からの襲撃を警戒していた。新人三人には走る速度が速すぎて、付いていくのがやっとであった。
デイジーはまだ余裕があるが、ミシェルは限界が近く、ヘレンはバテバテだった。
「もぅ! もの凄く遅いの!」
直哉達は新人達の速度に合わせていたが、遅いためリリのストレスが限界に達していた。
「あらら、戦う前からリリの頭に血が上っているよ」
そんなリリを見たリカードは、
「ゴンゾー、近衛兵を頼む、俺たちは先に行く!」
「承知!」
直哉達とリカードはスピードを更に上げて先を急いだ。
◆ゴンゾー視点
ゴンゾーはその場に留まり近衛兵達を見ると、ミシェルとヘレンはその場に座り込み、デイジーとラナとルナはまだまだ余裕だった。
「ふむ、ミシェルとヘレンには実践は早かったですかな?」
ゴンゾーの言葉に、
「そ、そんなことは、あ、ありません」
ミシェルは苦しそうに返事をした。
「リカード様たちは、あの速度で走って行って、戦えるのでしょうか?」
ヘレンの言葉に、
「そうですな、リカード様はもちろん、直哉伯爵も実力をつけてこられたお方、リリちゃんは無駄な動きが少なくなってきたし、フィリアさんも体力がついてきた。この森を任せても問題ないと太鼓判を押された方々じゃよ。あの勢いのまま敵を蹴散らしてしまいそうじゃ」
「ゴンゾー様、周囲に敵が居ます」
ラナとルナは皆が休んでいる間も、周囲への警戒を怠ることは無かった。
「うむ、気づけたか?」
「はい、パッとわかるので五体ほど、他にも隠れている可能性があります」
ラナとルナはそれぞれの武器を構えて、
「ゴンゾー様、三人を頼みます。私たちで蹴散らしてきます」
「デイジーは戦える?」
ルナはデイジーに聞いてみた
「出来ます!」
「ふふ。それでは、ラナお姉さまが敵を引き付けますので、私たちは敵の背後に回って確実に仕留めます。まずは、私の動きを見て覚えてください。ラナお姉さまお願いします」
「では、行ってきますか」
ラナは敵が密集している地点に突撃した。
「敵はジャイアントリザード五体確認。全員槍を装備している」
ラナが勇猛果敢に斬りかかった。奇襲を掛けようとしていたジャイアントリザードたちは逆に奇襲され混乱した。前列に二体、後列に三体で隊列を組んでいたが、ラナはその間をすり抜け、後ろに回りこんだ。今回は新人が後ろに回りこむため、少しでも楽に回りこめるように配慮したのであった。
「お姉さま。無理しちゃって」
ルナは微笑みながらジャイアントリザードに近づいて行った。
前衛のジャイアントリザードは走り抜けていったラナを攻撃するべく、振り向きながら槍を繰り出したが、そこに居たのは後衛のジャイアントリザードであり、攻撃され怒った後衛のジャイアントリザードは前衛に斬りかかった。そこへ、
「せぃ!」
「えいや!」
ラナとルナの同時攻撃が炸裂した。
前衛と後衛を一体ずつ倒し、ラナは残りの敵を引き付けるべく殴りかかった。
ルナは死角に入るべく回りこんだ。
「すごい」
デイジー達はその動きに見とれていた。
「お前たち、見とれるだけでは強くならんぞ?」
そう言われて我に返ったデイジーはショートソードを構えてルナとは反対方向へ身を隠した。
ラナが三体からの猛攻を剣と盾でいなし続けているところへ、ルナとデイジーが踊りかかった。
「せぃ!」
「うりゃ! えい! やぁ!」
ルナの剣は敵の急所に当たり一撃で絶命。デイジーの攻撃は急所をはずしたものの、動きを鈍らせたため、その後の連続攻撃で倒した。
残り一体となったところで、敵が逃げ出そうとしたため、その隙を付きラナが止めをさした。
五体ともキラメキながら消滅したのを確認すると、デイジーは肩で荒い呼吸をしながらその場にへたり込んだ。ラナとルナは周囲の警戒をしつつ、デイジーを連れてゴンゾーの元へ戻った。
「デイジーの消耗が大きいですね」
「鍛練とは全然違いますね」
「鍛練にこの森を追加するように進言しますか」
休憩をしていると、前方から大きな爆発音が聞こえてきた。
「この衝撃は、爆発魔法?」
「直哉さんが放ったにしては、随分と威力が高いですな。まさか、敵の攻撃?」
「ゴンゾー様、急ぎましょう!」
皆は急いで爆発のあった方向へ進んでいった。
◆直哉視点
しばらく進むと、ラリーナとの合流地点へ到着した。
ラリーナは直哉達を見ると、静かに傍へとジェスチャーで呼び寄せた。
直哉達がその場所から覗き込むと、祭壇跡地が一望でき、その祭壇跡地の近くに居たウマのぬいぐるみが、他の魔物たちに指示を出しているように見えた。そして、祭壇の建設をヒツジのぬいぐるみが取り仕切り、サルのぬいぐるみはどこからか資材を運び込んでいた。
「よく、我慢したね」
「ふん。お前たちが来るなら、それを待ってからの方が楽だからな」
「銀狼の里は平気?」
「非戦闘員たちの避難は完了している。だが不安は大きい」
ラリーナの言葉に直哉は、
「この戦いが終わったら、その話もしようか」
そう言って、戦闘へ集中した。
「まずは、俺が爆発魔法で祭壇を吹き飛ばします。これで、魔力が流れ込むことが無いのですよね?」
「前回はそうだった」
「その後、リカードはサルを、俺たちはウマとヒツジを叩く」
「雑魚どもは?」
「臨機応変に叩く!」
直哉のアバウトな戦術に苦笑いをしながら、
「了解なの!」
「承知しました!」
それぞれ、反応した。
「サルがうまい具合に祭壇から離れて行くので、リカードに任せます」
「おうよ!」
「ゴンゾーさんたちが来たらそちらに向かわせますので!」
「その前に片付けてやらぁ」
そう言ってリカードはサルを追って行った。
「さて、こちらも動くよ!」
直哉は指輪を装備し、魔蓄棺を起動した。
(おぉぉぉ、凄い魔力が伝わってくる!)
その時ウマのぬいぐるみが異変に気が付き辺りを見回していた。
(ん? 腕輪が光っている、この腕輪はカソードの腕輪だな)
確認すると、カソード時代に使っていたパッシブスキルで『魔法連射:ツヴァイ』が使用可能になっていた。
(これは、もしかしてカソードのスキルが使えるのか? 魔法連射は通常の魔法の後にツヴァイを追加すれば、同じ魔法を繰り返してくれるスキルだから、指輪の魔法にも効果があるのであれば一気に攻撃力二倍だな)
「よし、魔法二連射で行きます!」
直哉は指輪に込めた魔力を解放した。
「エクスプロージョンツヴァイ!」
直哉の追加MPをほぼ使い、自分のMPも大半を消費した爆裂魔法が祭壇に向かって飛んで行った。
ウマのぬいぐるみはその力を感じ取り警戒の声を上げたが、その瞬間爆裂魔法が祭壇を襲った。
一撃目で建設途中だった建物の大半が吹き飛び、二撃目で周囲と共に大きなクレーターを作るほどの爆発が起こった。
リリやフィリア、ラリーナはもちろん、撃った直哉も呆気に取られていた。
その直後、サルとリカードの戦いが始まった。
「はっ! リリ、フィリア、状況確認を頼む! ラリーナは俺の援護を! 俺はMPを回復する!」
「はいなの!」
三人は迅速に対応した。
(くぅ、回復しても回復しても魔蓄棺にMPを取られる。どうしたもんだか)
直哉がMPの大量消費で動けない中、リリとフィリアは祭壇周りを確認していた。
「おウマさんとヒツジさんは見当たらないの・・・上に何か居るの!」
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその力を凝縮し目の前にその姿を現せ!」
「ホーリーウォール!」
フィリアは頭上に光の壁を出した。
バキン!
その壁に何かが激突して弾けとんだ。
◆リカード視点
(一体だけで行動するって事は、余程強いのかただの阿呆か。まぁ、殴って見ればわかるよな)
その時、祭壇の方から物凄い爆発音が聞こえてきた。
(やるな、直哉! 開幕の狼煙にしては随分と派手だけどな。っと、あのサルも気が付いたけど動けないみたいだな。今なら!)
リカードは一気にサルとの間合いを詰めて、攻撃を開始した。
「おぅりゃ!」
ブン! ガギン!
サルは持っていた資材で防御した。
「はぁ! やるねぇ! そうこなくっちゃなっ!」
リカードはニヤリと笑いながらサルに斬りかかった。
「そりゃそりゃそりゃ!」
連続攻撃を繰り出してサルを翻弄して行った。
「ウサギの時は人の言葉を話していたけど、サルは話さないのか?」
「・・・・・・」
サルは何も言わず、リカードの攻撃を資材で防御しながら反撃の隙をうかがっていた。
「どうしたどうした! その程度か!」
リカードはサルに反撃の隙を与えないように攻撃をし続けた。
(知能は少なく、すばやさも並、力強さは化け物か。この前のウサギに比べると、かなり弱いな)
そう思いながら、攻撃を繰り出していた。しばらく斬り付けていると、サルの動きが物凄く鈍ってきた。
「悪く思うなよ。これも戦いだ!」
そう言って、サルの首を跳ね飛ばした。
「よし! 残りは二体!」
そう言ったリカードの前で恐ろしいことが起きた。サルの身体がムクリと起き上がり首を捜し始めた。
「何だと? あれで死なないとは本当に化け物だな」
リカードは深く呼吸をした後、サルを細切れにする作業に入った。
両腕、両脚を吹き飛ばし、胴体を四分割にした。
「これなら!」
だが、全てのパーツから黒い魔力が噴出し、各パーツをくっつけ始めた。
「何と出鱈目なやつだ。どうやったら倒せるのか・・・・」
リカードが、切断しても切断しても治るサルに手を焼いていると、
「リカード様!」
遅れていたゴンゾーたちが到着した。
「ラナ! ルナ! お前たちはリカード様と代わり敵の駆逐を! ミシェルとデイジーは周辺の警戒を! ヘレンは魔法を撃て!」
「了解!」
五人はゴンゾーの指示を受け、自分の役割を果たしていった。
「なんですかこれ?」
そう言いながらも、ラナとルナはリカードに代わりサルの細切れ作業を継いだ。
ヘレンは火の魔法を詠唱し始めた。
「火を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏し火炎の檻に閉じ込めよ!」
「ラナさんルナさん、少し離れてください!」
ヘレンの声に、ラナたちは間合いを取った。
「ファイヤプリズン!」
サルだった物の周囲に炎の柱が立ち、徐々に狭まっていった。
「ぐぎゃぁー」
サル型のぬいぐるみは、初めて出した人間の言葉を残しキラメキながら消滅した。
「よし! 良くやった!」
ゴンゾーは賞賛の声を上げた。
「傷の手当をした後、直哉を助けに行くぞ!」
「はい!」
リカード達は補給を済ませ直哉達のところへ向かった。




