第三十二話 直哉伯爵の新しいお屋敷 〜前編〜
◆直哉の家
五人が帰ってくると、リリとフィリアはもちろん、シンディアとヘーニルも待っていた。
「ただいま!」
直哉は挨拶しながら入っていった。
「お兄ちゃんお帰りなの!」
「直哉様、お帰りなさいませ」
(やっぱり、ただいまを言うとお帰りって返ってくるのは良いな)
「それで、お二人は何の御用でしょうか? 火山の件ですか?」
シンディアは前に出て、
「はい、火山の件です。しかし、直哉伯爵にではなく、リカード様に用があってきました。と言うか、その火山の件で今後の方針を話し合う予定だったのですが、どちらに行かれていたのですか?」
リカードは冷や汗をかきながら、
「あ、いや、それは・・・」
「俺の領地を見てもらっていました」
直哉は助け舟を出した。
シンディアは直哉をチラッと見て、
「わかりました、そう言うことにしておきましょう」
リカードはホッとため息をついた。
「それではリカード様、お城で火山の対応と、直哉伯爵の領地についての報告書の作成をお願いします」
「お、おぅ。直哉! 四日後に会おう!」
「だいたい、ゴンゾーさんがしっかりリカード様を御諌めしていただければ、この様な事にはならないのですが」
ゴンゾーは、
「むぅ」
と唸っただけだったが、反省しているようだった。
「よし! 小言は城で聞こう!」
リカードは、ゴンゾーとシンディアを連れて憂鬱そうに帰っていった。
「リカード様ももう少し大人になっていただかないと、宮廷魔術師殿が大変ですね」
「リカードさんは俺と同じくらいの年齢ですし、仕方ないですよ」
ヘーニルの言葉に直哉が答えていた。
「一般市民ならこんな事言われないのですがね」
ヘーニルは苦笑していた。
「それで、ヘーニルさんはどのようなご用件でしょうか?」
「そうそう、今日は直哉達に朗報を持ってきた。ミーファには既に話してあるが、直哉に依頼していた二人の警護は終了とする」
ヘーニルの言葉に直哉とフィリアは驚いた。
「どういう事ですか? 直哉様では私たちの護衛は不十分とでも仰りたいのですか? もしそうなら、そんな事はありませんと私は訴えますよ!」
フィリアは興奮気味に食いついた。
「フィリア落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるわけがありません! むしろ直哉様は何故そんなに落ち着いているのですか?」
もちろん直哉も内心は動揺していたが、フィリアが先に取り乱してくれたお陰で、何とか自分を保てていた。
「いや、俺だって驚いているよ。でも、何が起こったのかを聞かない事には何とも言えないよ」
直哉はヘーニルの方を向いて、
「詳しい事情を聞かせて貰えますか?」
「直哉の護衛に問題があった訳ではない。むしろ、他の要人たちの護衛を頼みたいくらいだ。今回の護衛終了の件はミーファとフィリアの問題が解決したからだ」
「バルグの内乱がおさまったのですか?」
「内乱ではなかったが、王位問題はおさまった」
「どのような結果になったのですか?」
「結局第三王子も排斥されて、貴族の中から民に選ばれた者が国王になった」
直哉は、この結果には驚いた。
「こっちの世界でも、民が選ぶとかあるのですね」
「ふむ、私自身信じられないのだが、使者が持ってきた親書にはそのように記載されていた。しかも第三王子の陣営に魔族が潜んでいたとの情報もある」
「ということは、その責任を取らされたという事ですか?」
「そうなるのぅ」
ヘーニルの言葉を聞いて直哉は、
(また、知らない結果になったな。ゲームの中でも選択次第ではこの結果もあったのだろうけど、情報板が見られればすぐわかるのだけどなぁ)
そう思いながら、当初の話しに戻した。
「その親書の中に、フィリア達の事が書いてあるのですね?」
直哉の言葉に、
「そうだ。第一王女であったフィリアに関しては、既に王位継承権は返還されているので、一市民として扱うので、政略婚姻の対象にはなら無いので好きに生きるように。との事です」
そこへミーファが、
「そういうことで、フィリアはどうしたい?」
と、直球で聞いてきた。
「私は、願いが叶うのであれば直哉様と共に生きて行きたい。お母様の事もありますが今はそれ以上に直哉様とご一緒していたい」
「それは、私をここに置いて行ってでもかい?」
ミーファは意地悪く聞いた。
「はい。そのつもりです」
しかし、フィリアは迷い無く答えた。
「と、言うことですので、娘共々よろしくお願いしますね」
ミーファはウインクしながら直哉に言った。
「わかりました。そういえば、ミーファさんやラウラさんのの扱いはどうなるのですか? 鍛冶ギルドと決める必要があるのでは?」
直哉の疑問に、ヘーニルが答えた。
「それも決めてきてある。ラウラさんは以前のようにマスターの秘書に専念する。ミーファさんは直哉伯爵の専属メイドとして、伯爵のお屋敷で雇う執事やメイドを取り仕切る長として働いてもらう」
直哉はヘーニルの言葉を聞いて、それなら問題無いと思い、
「わかりました」
と、答えた。
「何か質問はあるかね?」
ヘーニルの問いに、
「今はまだ現状を把握するのが精一杯ですので、後日改めてお伺いいたします」
「そうかわかった。それで今回のクエストの報酬だが、これで良いか?」
そう言って懐から石を取り出した。
「これは、転移石ですか?」
「そうだ。色々考えていたのだが、これが一番良いかと思ってな」
「ありがとうございます」
直哉は転移石を受け取った。
「それでは、何か問題があったら遠慮なく来なさい」
ヘーニルはそういい残して、帰っていった。
直哉が転移石を見ながら考え事をしていると、
「さて、直哉さん。これから決めることが多々ありますよ!」
ミーファがそう言って、直哉の考える事を中断させた。
「あ、はい。そうですね。色々ありすぎてどうしましょ?」
直哉は軽く混乱していた。
「まずは、うちの娘たちの事からね」
「娘たち?」
「そう。フィリアとリリの事よ!」
「フィリアはともかく、リリも娘になったのですか?」
直哉は驚きながら聞き返した。
「えぇ、少し前に。とにかく次に出かける前に決めてくださいね。二人の気持ちには気付いているのでしょう? もし決められなかった、直哉さんでも許しませんよ?」
ミーファの笑顔に直哉は若干怯えた。
「次は屋敷をどうするかですね」
怯える直哉をよそにミーファは話を進めた。
「この屋敷とは別な場所に新しいお屋敷を建てると聞いたのだけど?」
ミーファの問いに、
「はい。この地図のこの辺りに建てる予定です。既に地下鍛錬場は出来ています」
先ほど造った建物の位置を、地図に書き込んだ。
「調査に行った、温泉? と言うのはあったのですか? そもそもそれは何ですか?」
温泉の概念の無いこの世界の人の当たり前の疑問であった。
「温泉はありました! しかも俺の物になったので使いたい放題です。温泉とはこの屋敷の屋上にあるお風呂のお湯に温泉の成分が入ったものですね。主に火山帯に多く湧き出るお湯の事です」
「普通のお湯と、どう違うのですか?」
「詳しくは知りませんが、美肌になるとか疲れが良く取れるとか言いますね」
直哉の言葉に目を輝かせながら、
「そのようなお風呂であれば、入ってみたいですね」
ミーファは言った。
「それで、新しいお屋敷はどのくらいの規模になるの?」
「現状で、地下の鍛練場が全方向に二倍ずつ大きくなって、各階もその分縦と横が大きくなります」
地上6 風呂
地上5 風呂
地上4 直哉・リリの部屋
地上3 ミーファ・フィリアの部屋 空き2つ
地上2 ヘーニル・ヘーパイストス・イリーナ・ラウラの部屋
地上1 酒場
地下1 訓練場
地下2 訓練場
地下3 訓練場
地下4 訓練場
「こんな感じです」
「フムフム」
ミーファは直哉の造った模型を見て頷いた。
「新しいお屋敷はいつ出来ますか?」
「急げば今日中に出来ます」
「それでしたら、明日見運びできるように手配いたしましょう」
ミーファがどこかへ連絡しようとしたので、
「あ、荷物はそのままにして置いてください。恐らくこの屋敷をそのまま新しい場所へ移せるので」
直哉の言葉に、ミーファは自分の耳を疑った。
「えっ? どういう事ですか?」
「言葉で説明するより、実際に見てもらった方がわかると思います」
直哉の言葉に、
「そうですか、わかりました。と言うことは、この屋敷が別の場所に移ると言うことは、この場所には何を置くのですか?」
「ここと表の鍛冶屋の土地を使って、来客用の屋敷を建てておこうかと。ついでに家庭菜園を大きくする予定なので、その世話する人々や屋敷で働く人が生活できるスペースを造ろうかと思ってます」
「家庭菜園を大きくするということは、鍛冶屋の倉庫はどこに配置する予定ですか?」
「今はまだ具体的には決めてないですが、屋敷の裏手に大きく倉庫を造ろうと思ってます。その横に大きな菜園を造ろうと思ってます」
直哉の考えを順番に追っていたミーファは、
「わかりました。それでは、皆で新しいお屋敷の所に行きましょう。そこで、直哉さんは屋敷の作成に取りかかってください」
「俺は新スキルの事をマスターに相談しようと・・・」
「そういう事は後にしなさい」
ミーファの号令に直哉は従い、みんなで新しい屋敷の土地まで移動することになった。
◆領地内(旧南の森)
「この辺は魔物も普通に暮らしているのですね」
ミーファはエルフの耳をピクピク動かしながら周囲の森を堪能していた。
リリとフィリアは直哉の前に出て、周囲を警戒しながら歩いていた。
「新しいお屋敷と来客用の館は、新しい転移石で結ぶのですか? この距離をお客が来るたびに移動していたら、それだけで一日が終わってしまうわね」
ミーファの言葉に拒否をする意味がないので、
「そうしましょう」
その時、リリとフィリアから警告が飛んできた
「お兄ちゃん! 何か居るの!」
「直哉様、警戒を!」
二人の声に直哉は後ろを警戒した。
「ミーファさんは俺たちの真ん中にいてください」
「お任せします」
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその加護を仲間に与えたまえ!」
「ディバインプロテクション」
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し仲間に風の恩恵を!」
「エアフィールド」
「おぉ! いつもより光の加護が強力ですね。そして、風の新魔法!」
直哉は感動していた。そこへ、ラナとルナが戦ったジャイアントリザードが姿を現した。
「敵はトカゲ十体程度! さくっと殺りましょう!」
フィリアは魔法を唱え、リリは突っ込んだ。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力に呼応し敵の目をそらせ!」
「スパークフラッシュ」
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
「スライスエア」
直哉も剣と盾を装備して、いつでもマリオネットで援護できるようにして周囲の警戒を強化した。
「ちぇっすとーなの」
リリは空中で、
「氷を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏しこの大気を凍結させよ!」
「クールブリザード!」
と、氷魔法を周囲に放ち、周囲の八体の足止めに成功しそのまま残り二体の方へ飛んでいった。
足止めしたジャイアントリザードに向かって魔法を飛ばした。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力に呼応し敵を裁け!」
「ホーリーフォトン」
いつもより数倍多い光の塊が敵に襲いかかった。
「きしゃー」
ジャイアントリザード達はなすすべ無く光の塊に身体を貫かれ、キラメキながら消滅していった。
「あちょちょちょちょ」
残りの二体もリリの連続拳の餌食となり、こちらも消滅した。
直哉は周囲にまだ数体の魔物が居る事を感知しており、注意を促そうとしたが、
「まだ、何か居るの!」
リリ達も感じていたようで、自発的に対応していた。
動かない直哉とミーファに五本の槍が一気に飛んできた。
「多いな! でも!」
マリオネットを使い盾を数個飛ばした状態で反撃に出た。
ガンガンガン
飛ばした盾で槍をはじき飛ばし、直哉は周囲を見渡して敵の位置を確認し、近くのジャイアントリザードが三体固まっているところへ突撃した。
「せぃ!」
残りの二体には盾を飛ばして牽制していた。
(やはり、他の所をチラ見しながらだと、かなり神経を使うな)
そうぼやきながらも、盾ではトカゲの注意を引く事に専念しながら、目の前の三体へ攻撃した。
「四連撃!」
ざしゅ!ざしゅ!ざしゅ!ざしゅ!
トカゲ二体の両腕を切り落とした。
「ぎしゃー」
腕を落とされたジャイアントリザードは牙を剝きながら、残りの一体は両腕を振り回しながら攻撃してきた。直哉は一歩下がり横斬りを繰り出した。
「せいや!」
一撃で牙を口ごと、一緒に両腕を切断した。
「ぎぎゃぎゃ」
「ちぇっすとー」
「えぃ!」
残りの盾に遮られていたジャイアントリザードを、リリとフィリアがそれぞれ一体ずつ倒した。
直哉も三体にトドメをさした。
周囲をさらに警戒し、敵の気配が感じられなくなったところで戦闘態勢を解いた。
「ふぅ。流石に疲れたな」
盾のマリオネットを解除した。
「はじめてあなた達の戦闘を見ましたが、結構無駄がありますね」
ミーファはそう言ってダメ出しをした。
「まずはリリ、あなたは突っ込みすぎです。フィリアと直哉さんの援護がなかったら死んでいますよ? 次にフィリア、あなたは動かなすぎです。折角リリと直哉さんが場をかき回したのに、あなたがそれを台無しにしてしまっている。最後に直哉さん、あなたはこのパーティのブレインにしては周囲の支配力が足りません。もっと戦闘が有利になるように二人を動かさないと、これから先の冒険が大変ですよ」
「お兄ちゃんはしっかりしているの! リリがダメなの。ごめんなさいなの」
「そうです、私が直哉様の足を引っ張ってしまって」
二人は直哉をかばおうとしていたが、
「いや、ミーファさんの言う通りだよ。俺を含めみんなまだ未熟って事だよ。今、指摘された事を真摯に受け止め、精進して行こう」
(たしかにミーファさんの言う通り、俺には戦場全体を支配するほどの戦略・戦術を練る事は出来ないんだよな)
直哉が考え込んでしまったので、
「直哉さん! 考えるのは後にしなさい。今は今出来る事をやりなさい」
直哉はハッとして、
「わかりました。それでは進みましょう」
四人は新しい屋敷の土地へ向け動き出した。




