第三十話 魔術師ギルドの掟
◆バルグフル城下町
教会からの帰り道、三人はリリのリクエストを叶えるべく、モーモーキングの串を食べに商人ギルドへ立ち寄った。
「へぃ、らっしゃい! この串はモーモーキングの串で一本30Cだよ!」
威勢の良いおじさんの声に、
「おじさーん、三本くださいなのー」
リリが小さな身体をめいっぱい乗り出して注文していた。
「おぉ! お嬢ちゃん、三本で90Cになるけど大丈夫かい?」
リリは直哉に渡されていた100C硬貨を出して、
「コレでおねがいしますなの!」
「はいよ! モーモーキングの串三本お待たせ!」
そう言って、三本を紙皿に載せてくれて渡してくれた。
「ありがとうなの!」
リリが直哉達の元へ帰ろうとしていた時、地面が少し揺れている事に気がついた。
「お肉はリリが守るの!」
リリは肉の皿を慎重に持ち直し、合流場所へ急いだ。
その頃直哉達は、フィリアが魚料理、直哉はサラダをそれぞれ買って合流場所に集合していた。
「ん? 地震?」
直哉は座っていたので、小さな揺れを感じていた。
少し大きくなったが震度2程度の揺れだったので、直哉は動じることなく座っていた。
立っている人たちは気がつかない人が殆どなので、大きな混乱もなく普段通りの生活を送っていた。
フィリアは不安を感じたようで、
「直哉様」
と言いながら寄り添ってきていた。
「この世界に来て初めて揺れたね」
直哉の言葉に、
「私は、戦闘以外で産まれてからはじめて揺れましたよ」
と、不安そうに言った。
「何も起こらないと良いけどね」
「リリさんは大丈夫でしょうか?」
「リリなら大丈夫だよ」
直哉とフィリアが話していると、
「ただいまなの!」
肉の皿を大事そうに持ったリリが帰って来た。
「おかえり、大丈夫だった?」
「この位、平気なの!」
そういって、肉の皿をテーブルに置いた。
「じゃぁ、食べようか!」
そう言って三人は食べ始めた。三人は食事を済ませた後、冒険者ギルドに寄って先日のドロップアイテムの売却や、モンスターの討伐クエ等がないか見に寄った。
◆冒険者ギルド
冒険者ギルドはいつも以上にごった返しており、ランクの低い直哉にはなかなか順番が回ってこなかった。
呼び出される頃にはリリは熟睡していて、フィリアが抱っこしていた。
「リリさんはよく寝ますね」
「そうだね、食べた後寝るね」
直哉とフィリアがリリについて話していると、呼び出しがかかりイリーナの元へたどり着けた。
「こんにちは」
「あら。直哉伯爵。こんにちは」
「今日は凄い人ですね、何かあったのですか?」
直哉は今日の人の多さの訳を聞いてみた。
「バルグフルの北にある山脈に異変が起こったみたいなの」
「北の山脈ってルグニアの方ですか?」
「そうですね、ルグニアほど遠くはありませんが、オークの森よりも遠いです」
現在のバルグフル周辺の地形について
バルグフルから西側から南側にかけては広大な森が広がっており、南は途中までしか開拓されていないので、その先はわからない。西側の森はそのまま山脈に繋がっており、その山を越え、山の反対側の森を抜けたところに古都バルグがある。
北側にはルグニアまでの街道が延びており、周辺は草原と荒野が中心の地形だが、途中で西側からの山脈が北側を塞ぎその先はルグニアまで山道となる。この辺は有数の火山帯で温泉が湧いているとの情報もある。
東側は、大きな草原地帯が広がり、その奥に南側から続く森が広がる。奥地は未開のため何があるのかわからなかった。
バルグフルは元々魔王の住み家で、バルグフルの初代王様が数名の仲間と共に魔王を倒し、そこに新しい町を創ったと言われている。ルグニアから街道が整備されているのは、この道を初代王様達が通ったとされている道だからであった。
このように、未開の部分が多くその部分は魔物の住み家として、冒険者達以外は近づく事もしなかった。
冒険者達も古都バルグやルグニアまでの道沿いは探索しているが、それ以上の探索の成功例が少なすぎてどの冒険者も二の足を踏んでいた。
直哉は地図を見ながら、
「この前、遺跡が多数見つかったところですよね?」
「そうです。熟練の冒険者の話によると、下からの圧力で盛り上がって来ただけなので、いつ地中に戻ってしまうかわからないから、ランクの低い冒険者にはお勧めは出来ないと」
「もしかして、噴火の予兆ですか?」
直哉の質問に、
「うちのマスターはそう考えてます。今、お城で対策を考えているので、近いうちに何かしらのクエストが出ると思います」
「なるほど。一応猶予はあるという事ですね」
「そうなります。それで、今日は何をしに来たの?」
いきなりフランクになったイリーナに苦笑しながら、
「これの買い取りと、このモンスターの討伐クエがあるなら、その報酬をください」
そう言って、ジャイアントアントのタグと素材が入った網を取り出した。
他には、ジャイアントスパイダー、アークゴブリン、オーガ、ゴブリン、コボルトのタグと素材。
「また、いっぱい狩ってきたのね」
ぼやきながらも作業を終わらせ、
「全部で323Sと670Cね」
と、代金を置いた。
直哉はその場でリリに150Sを、フィリアに150Sを残りを自分に分けた。
「私たちが多いのは新しいスキルのためでしたっけ?」
「うん。フィリアも一緒に覚えておいで。まぁ、今回は俺も付いていくけど」
「何か思いつかれたのですか?」
「俺も魔法が使えるかどうか試したくて」
イリーナは驚いた表情で、
「普通の人は、無理だと諦めていることを試そうとするのは、最近の冒険者では見なくなったわね。でも、これが本来の冒険者としての姿よね」
「まぁ、やって見ないことには納得できないのでチャレンジして見ます」
「そうね。それでこそ直哉君だね」
直哉は立ち上がり、
「それじゃぁ、行きますか」
「またね」
「ばいばいなの」
二人と共に冒険者ギルドを後にした。
◆魔術師ギルド
「たのもうなの!」
「こんにちは!」
リリとフィリアは受付嬢に挨拶した。
「あら? リリちゃんとフィリアさん。いらっしゃい。と、そちらの方は? 新人さんかしら?」
直哉を見つけ挨拶してきた。
「始めまして、鍛冶職人で冒険者の直哉と申します」
「これは、ご丁寧に、って鍛冶職人さんですか?」
受付嬢は困惑の表情を浮かべた。
「通常ですと鍛冶職人は魔法を習得することは出来ませんが? それに、習得出来なかったとしても規定の料金を頂く事になるので、あまりお勧めはしませんが」
受付嬢は申し訳無さそうに説明してくれた。
「ええ、それで構いません。俺としても絶対に習得できないのなら諦めますよ」
「それでは、ご案内いたします。リリちゃんとフィリアさんはいつもの先生の所へ行ってください」
「はいなの!」
「わかりました」
直哉はリリ・フィリアと別れ使用可能な初期魔法を判定する機械の前に連れてこられた。
「この機械であなたの魔法に対する適性を測ります。このチェックに1S掛かりますがよろしいですか?」
直哉は1Sを渡して、
「よろしくお願いします」
測定員が機械を起動すると、直哉の腕輪が光り始めた。
(この腕輪は、カソードの腕輪か。と言うことは、魔法の適性はこれに反応するのかな?)
即定員は測定結果に驚きながら、
「一応全ての魔法に適性があるようです。これは非常にレアなケースですね。ただ、使用レベルに到達していないらしく、現在は使えないという測定でした。上の者と話してきますので、少々お待ちいただけるでしょうか?」
即定員は測定結果を片手に部屋を飛び出していった。
(使用レベルに到達ってどういうことだ? こんなことゲームには無かったからな。いずれ使えるとして、今は諦めるしかないのかな)
考え事をしていると、外が騒がしくなってきた。
「こっちの方から匂いがするの!」
「ええ、ですから、測定の部屋でお待ちしています」
「ふぉっふぉっふぉ」
「ここなの!」
ガチャと、部屋の扉が開くのと同時に、リリは直哉の元へ飛んで行った。
「お兄ちゃん見つけたの!」
直哉はわけがわからず、
「どういうことか、教えてくれるかい?」
リリは直哉の胸元に顔を埋めながら、
「あっちのおじさんが、お兄ちゃんのこと魔族だから討伐するって言うから、守りに来たの!」
直哉は首をかしげ、
「俺が魔族? あはは、そんな事無いと思うよ?」
「絶対無いの!」
リリが直哉の前で臨戦態勢を取った。
「リリ! 止めなさい!」
直哉はリリを止めた。
「えー」
リリは不満を爆発させた。
「ふぉっふぉっふぉ。双方待ちなさい」
後から来ていた、仙人風のおじいさんがやってきた。
(これは、鍛冶職人のマスターと同じ感じがするな)
「これこれ、誰もそんな事は言ってはいないぞ。ほれ、先ほどの報告をもう一度せよ」
後ろに控えていた、先ほどの即定員が怯えながら前に出てきた。
「恐れながら、この測定結果によると、魔族が使用している魔法を使うことが出来る可能性があるので、マスターのご指導をお願いできますか? です」
直哉はその言葉を聴いて、
「リリ? 随分と話が違うのだけど、どういうことだい?」
「あり? そうだっけ?」
「リリ?」
直哉が少し強めに名前を呼ぶとリリはシュンとした。
「ごめんなさい」
「俺のために動いてくれているのはわかるから、強くは怒らないけど、こちらの測定員さんとマスターさん? に謝りなさい」
「おじさんとおじいちゃん、ごめんなさいなの。リリの早とちりたっだの」
直哉にたしなめられたリリは素直に謝った。
「小さいのに自分の非を認め謝れるのは偉いぞ」
マスターはリリの頭を撫でた。
「リリは子供じゃないの。もう大人なの!」
リリはプンスカしながら直哉の後ろに隠れた。
「それで、俺はどうすれば良いですか? 現状では魔法の修得にはレベルが足りないとの事でしたが?」
「おぉ、そうじゃった。ワシとした事が、リリちゃんの件で肝心な事を忘れるところじゃった」
そう言って、仙人様が前に出てきた。
「ワシは、魔術師ギルドのマスターでクヴァシルじゃ」
「私は鍛冶職人で冒険者の直哉です」
二人は挨拶し話し合いに入った。
「さて直哉とやら、大体の事は受付とこいつから聞いているが、先ほどのリリちゃんの件もあるからの、お主の口から聞かせてもらえるかのぅ」
おどけるクヴァシルに直哉は苦笑しながら、
「わかりました、それでは」
直哉は経緯を話した。
「それでは、直哉は鍛冶職人の状態で魔法を修得したいという事か?」
「はい。その通りです」
クヴァシルは腕を組みながら、
「結論から言うと、覚えられない訳ではないが、教える事は出来んとなる」
「何故ですか?」
「直哉が魔術師ギルドの人間では無いからだ。各種魔法に限らずスキル等もギルドの人間にしか教えてはいけないのが、ギルドの大前提だからのぅ」
直哉は落胆しながら、
「そうですか、残念です」
「ふむ。どうしても魔法を覚えたいのであれば、ここで教える事以外にも方法はあるぞ」
クヴァシルの言葉に、
「どのような方法ですか? あ、グリモアの書ですか?」
「おぉ! グリモアの書の事をご存じとは中々の博識ですな。それ以外だと、自分で魔法を開発するとかギルドに所属していない魔術師から教えて貰うとかじゃの」
直哉は教えて貰った事を整理して、
「自分で開発するとは、どうやるのですか?」
「それを、教える事も出来ないのじゃ」
「フムム。とにかくわかった事は、ここでは覚えられないって事ですね」
「そう言う事になるのぅ」
クヴァシルの返答にがっかりしながら、
「わかりました。それでは、私は帰るとします。リリとフィリアを頼みます」
「リリが教えちゃダメなの?」
「リリも魔術師ギルドに所属しているでしょ? だから、教える事自体が禁止だよ。あ、ダメだよ。魔術師ギルドを止めるのは」
「むー」
リリは納得いかないようだったが、
「まぁ、絶対に覚えられない訳じゃない事がわかれば問題無いかな」
直哉は納得したようで、帰り支度を始めた。
「じゃぁ、リリも帰るの!」
リリはそのまま帰ると言い出した。
「いやいや、ちゃんと覚えておいで。強くなったリリを見てみたいな」
「わかったの。ちゃんと覚えてくるの」
リリは渋々承諾した。
直哉はフィリアに先に戻ると伝え、魔術師ギルドを後にした。
その後、商人ギルドで素材や魔法石を購入し、帰ったら自分のステータスの確認やスキルの整理、それに、新しく増えた領地について考えていた。
(南の森が切り取り自由と言われても魔物がいるんだよな。それをどうにかしないとダメだよな。でも、俺たちだけなら訓練になるからそのままでも良いかな?)
そう考えながら帰る直哉であった。




