第二十九話 前に進むという事
シンディアは表に止めておいた馬車に乗り込むと、直哉達を招き入れた。
「さすがにこの人数だと狭いですね。俺は前に座りますよ」
そう言って直哉は誰も居ない御者の席へ行く事を提案した。
「御者の席は座り心地が悪いですが我慢して頂けますか?」
直哉はリリをフィリアに託して御者の席へ座った。何故か隣にラリーナがやってきて一緒に座った。
馬車が発車ししばらく揺られていると、馬車内部でリリが起きたらしく、三人の楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「あっちは楽しそうだよ? 行かないの?」
ラリーナに言うと、
「そのまえに直哉に決めて貰いたい事がある」
「そういえば、口調が変わったね」
「あぁ、一族の血が覚醒してお母様からの志を受け継いだのでな」
ラリーナは寂しげな表情でそう言った。
「また銀狼になった姿を見たいな。ん? そういえばリズファーさんは銀狼にならなかったけど何か理由があるの?」
直哉はリズファーが一度も銀狼化しなかった事を疑問に思った。
「お母様は人間だ! だから銀狼にはなれない。わたしの銀狼の血はお父様のものだ。元族長の」
直哉は絶句した。
「驚いたか? 本来ならば人間族に銀狼を産み落とす事は出来ないとされていたが、お母様はそれを成し遂げたスゴいお方なのだ」
「しかも、あの強さか。なるほど。名付け親が出来ない訳だ」
「ふん。真名を付けると言う事は単に銀狼の能力を上げる事だけではないのだ」
ラリーナは直哉を見つめ続けた。
「真名を付けた者は、付けた相手に言霊を使い魂を縛る事でその者の生き方を縛る事が出来るのだ」
ラリーナは自分の力が直哉に握られている事を伝えた。
「何故、そのような不利な事を?」
「このことを伝え、魂を縛って貰えないと銀狼としての力を使えなくなるからだ」
「どうすれば良いの?」
「私の真名に命じれば自動的に発揮される」
「どんな願いでも良いのだよね?」
「あぁ。どのような言霊でも最初の一つだけ発揮される」
直哉は少し考えた後、
「直哉の名においてラリーナに命ずる! 自由に生きよ! 自分で考え、自分の責任で行動せよ!」
ラリーナは驚いたが、魂に言霊が刻まれる事を感じた。
「これで、私の力は解放される!」
ラリーナの身体からかつて無いほどの魔力の放出を感じた。
「直哉、感謝する。わたしの力は完全に解放された。しかも自由に行動する言霊まで貰えるなんて思っても見なかった」
「ほらね! やっぱり自由だったの!」
馬車の中からリリの声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと興味津々な三人がこちらを見ていた。
「ありゃ、みんなで聞き耳を立てていたのですか?」
「そ、そう言う訳では・・・」
直哉はラリーナに、
「それで? これからどうしますか? 俺たちはメイフィスさんの遺体を見に行くけど。ラリーナの用事ってこの事でしょ?」
「わたしは一度、里に戻ろうと思う」
直哉は先ほどの地図を広げ、
「里の位置はどの辺?」
ラリーナはぬいぐるみと戦ったさらに南の一画を指さした。
「この辺りだな」
「ありがとう。何かあったら遠慮無く連絡してね」
ラリーナは目を瞑り、
(この声が聞こえるか?)
「えっ? ラリーナ? 今頭の中で声が聞こえたけど?」
直哉はほんの少し混乱した。
(魂を縛られたので、直哉とはテレパシー等の共感能力が使えるようになった)
直哉はステータスを開くと友録の欄にラリーナの名前が追加されていた。
「これで、連絡出来るな」
「そうですね。友録と同じ効果になるのか」
直哉が納得していると、
「あーずるいの! リリもいつでもお話ししたいの!」
(うーん、この調子なら婚姻すればここに登録されるのか? でも、テレパシーはおかしいし条件は別にあると考えた方が良いな)
「まぁ、いつだって一緒に居るのだから話しにおいで」
「はいなの!」
リリは元気よく御者スペースに飛び込んできた。
「おぅふ。危ないよ!」
「まぁ、そう言う訳だから行ってくる」
ラリーナは馬車から飛び降りると、南の森方面へ走っていった。
「行っちゃったの・・・。良かったの?」
リリは直哉に聞いた。
「ん? とりあえず問題無いよ? まずは自分の事を何とかしないと、他の人の事まで手が回らないからね」
直哉は自分に言い聞かせるように言った。
「そう言いながらも、何か起こった時に対応できるようにしているのが、直哉様らしいけど」
と、フィリアが四苦八苦しながら御者スペースへ割り込んできた。
「せまいの」
リリが文句を言いながら、直哉の膝の上に座りスペースを作った。
「ずるいです」
フィリアも文句を言いながら、直哉の横で寄り添っていた。
「やれやれ、四人乗りの馬車スペースがこれほどまでに淋しく感じたのははじめてですよ」
シンディアはため息をついていた。
ゆっくりと動く馬車に揺られながら、直哉達はメイフィスが安置されている施設へ向かっていた。
◆礼拝堂
お城へ行く途中にある大きな建物は教会であった。
「ここの地下にメイフィスさんの遺体が安置されています」
教会の大きな入り口をくぐると、正面に何かの石像があり、その後ろに大きなステンドグラスが綺麗な光を反射して、幻想的な空間を作り出していた。そのわりに大勢の人が忙しそうに何かの会場を作るために右往左往していた。
「なんだか不思議な空間ですね」
「神秘的ですね」
「綺麗なの!」
三人の声に奥からシスターが出てきた。
「新しい方々ですね、ようこそいらっしゃいました。あら?」
後ろにシンディアがいる事に気がつき、
「宮廷魔術師様とご一緒という事は、そちらの男性が巷で噂の伯爵様ですか?」
キラキラとした目で見つめてきた。
「お兄ちゃんも有名になって来たの!」
「流石直哉様です!」
何故か二人が立ちふさがった。
「というように、新しい伯爵に取り入ろうとする者も増えるのでご用心を」
シンディアが冷たい視線を直哉に向けた。
「あ、ああ。そうですね」
「あー皆さん酷いですよ! 私は純粋に」
バチコン! 良い音が辺りに響き、シスターは後頭部を押さえながら悶絶した。
「うー」
「セリーヌ! 何をしているのですか!」
シスターの後ろにハリセンを持った、凄く威厳のあるシスターが立っていた。
「痛いですよ! ジェニファー様」
セリーヌは膨れっ面をしながら抗議した。
「この忙しいのに、色目を使ってサボっているんじゃないよ!」
教育している最中に直哉達を見て、
「おや? シンディア様じゃないですか? ということは、こちらの殿方は巷で噂の方ですね」
ジェニファーはセリーヌがサボっていた理由に納得し、
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
と、対応し始めた。
直哉は、
「こちらに、メイフィスさんの遺体が安置されていると聞いてやってきたのですが、見せてもらう事は出来ますか?」
「メイフィスさんですか? 彼女は王族の許可がなければ無理ですが、シンディア様がご一緒ですから問題無いと思います。確認のため神父様を呼んでまいりますので、奥の建物の入り口にある休憩スペースでお待ちください」
そう言ってセリーヌに、
「セリーヌ、直哉伯爵様達を奥の建物の休憩スペースへご案内しなさい。後ほど神父様とまいります」
「わっかりまっしたー」
セリーヌは気の抜けたような返事をして直哉達を案内した。
セリーヌに付いていくと、先ほどの教会の入り口とは対照的に薄暗く寂しい感じの場所に小さな建物が見えてきた。辺りは背の高い木々で覆われていて、日光はかなり遮断され、静かな雰囲気を醸し出していた。
入り口の近くに木漏れ日があり風通しが良い場所に休憩スペースが設置されていた。
「こちらは静かですね」
フィリアは椅子に座りながらホッとため息をついた。
「教会って静かなイメージがあったのですが、今日の様子で覆りましたよ」
「今日は特別なんですよ!」
セリーヌの言葉に直哉は、
「特別と言いますと?」
「今日は午後から結婚式が行われるのですよ! だから、その準備で朝から大忙しで」
「なるほど、結婚式ですか」
直哉はこの世界の結婚式に興味を示した。
「結婚式と云うことは白無垢ですかね? あ、でも、教会だからウエディングドレスかな?」
「その、何とかというのはよくわかりませんが、今日のためにドレスを新調しているみたいですよ。ご婦人のイメージにあったドレスを作ってきていました」
「フム。この世界のウエディングドレスか。指輪の交換とかあるのですか?」
「それはどういう事ですか?」
セリーヌさんは困惑の表情をシンディアへ向けた。
「直哉伯爵! こちらの方は一般の方なのですから、あなたの事情を知らないのです。そのような発言は控えて頂けると助かるのですが」
シンディアは苦笑しながら直哉を止めた。
「もー お兄ちゃんは無神経なの」
「そうですわ。家に帰ったらしっかり話し合いましょう」
リリとフィリアも援護射撃をだして煙に巻いた。
「うーん。あっ、まぁいいか」
セリーヌはさらに喰い付こうとしたが、後ろに神父とジェニファーの姿が見えたために、言葉を飲み込んだ。
「お待たせいたしました。神父様をお連れいたしました」
ジェニファーの後ろには、優しそうな初老の男性が立っていた。
「こんにちは、シンディア様。そしてお初にお目にかかります、直哉伯爵様でよろしいでしょうか? 私はこの教会の神父を務めております、トーマスと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧な挨拶をしてきた。
「初めまして、私は鍛冶職人で冒険者の直哉です。本日はよろしくお願いします」
トーマスはうなずいて、
「メイフィスさんの遺体を確認したいとの事ですが、シンディア様お見せしてもよろしいのですか?」
シンディアは、
「問題ありません」
「わかりました。宮廷魔術師様のお墨付きを頂きましたので、ご存分にご確認ください」
トーマスはジェニファーに、
「あなた方は、結婚式場の整備に戻りなさい。こちらは私が対応いたします」
「それでは、私たちはこの辺で仕事に戻ります。ほら、行きますよセリーヌ」
「はーい」
ジェニファーとセリーヌは表の建物の方へ帰って行った。
トーマスは直哉達を中へ案内した。
「この中には、身寄りの無い方々の遺体が安置されています。荼毘に付すまでの間ここに安置させて頂いております」
トーマスは、建物の奥にある厳重な扉を開け、その奥の部屋に安置されているメイフィスの元へ案内してくれた。
「この扉の中で、安らかに眠っております」
そういって、扉を開けてくれた。
中は肌寒く、薄着の直哉には寒く感じられた。
直哉はメイフィスの顔を見て驚いた。
「こんなに安らかな顔をしているんだ」
目元の血の跡も綺麗に拭き取られていて、初めてあった時と同じであった。
直哉は泣きながら、
「メイフィスさん。ごめんなさい。俺にもっと力があればあなたを救えたかもしれなかったのに。この様な結果になってしまって。本当にごめんなさい」
「お兄ちゃん」
「直哉様」
「だから、俺はもっと強くなります。同じ様な状況になった時に違う選択が出来るように。だから見ていてください。俺一人じゃ苦しくても、ここにいるリリとフィリアなら俺を助けてくれるって信じてますから。だから、安らかに眠ってください」
(なおちん、悩ませちゃってごめんね。それから頑張って!)
「もちろんです直哉様、どのような困難な事が起きようとも、お側でお支えいたします」
「リリも! リリもなの!」
安らかな顔のメイフィスが若干微笑んだように感じた。
「お若いのに大変な苦労を背負っているようですな。ですが、それを一緒に支えてくれる仲間がいてくれる幸せ。そしてその支えを受け入れる事が出来るのは素晴らしい事です。これからも三人でどのような困難にも立ち向かって行ってください」
トーマスは直哉達を祝福した。
「ありがとうございました。これで先に進めそうです」
スッキリとした表情の直哉を見て、リリとフィリアはいつもの直弥に戻ったと安心した。
トーマスは死者の部屋を次々と閉め、入口まで戻ってくると、
「それでは、何かありましたら、是非とも我が教会をご利用ください」
といって、表の建物へ帰っていった。
「これで、満足できたかしら?」
「シンディアさんありがとうございました。これで、新しい事に向けて進む事が出来ます」
シンディアは微笑みながら、
「それでは、私はお城へ戻ります。帰りは送っていけないので頑張ってください」
教会のそばに残された直哉達。
「それじゃぁ、俺たちも行こうか」
直哉の号令に、
「はいなの!」
「承知いたしました」
左側にリリ、右側にフィリアがくっついてきて、三人一塊になりながら帰路についた。




