第二十八話 直哉伯爵
◆直哉の家 リビング
直哉がリリを担いでミーファと降りてくると、ラリーナはへばっており、リカードとゴンゾーはラウラと、フィリアはシンディアと話していた。
「えっと、ご迷惑をお掛けしました。何とか復帰しました!」
「直哉様!」
フィリアはリリを担ぐ邪魔をしない程度にくっついた。
リリとフィリアの心境の変化は直哉も気付いており、近いうちに答えを出さないといけないなと思いながらも、まずは自分の事をちゃんとしてから考えようと思っていた。
「えっと、今はどういう状況なんですか?」
直哉はリカードに質問した。
「私たち城組みは、昨日の件で直哉に話しを聞きにきた。ついでに爵位を示す爵位証を持って来た。辺境地伯爵という新しい爵位だ。この直哉の家から、さらに南の森を中心とした地域が直哉の領地となる。南の森内部は切り取り自由だそうだ。他の爵位持ちからは、直哉に代わり南の森を治める力がない事は自分たちがよくわかっていたので、大事にはならなかった」
「爵位って持っていたら、この国から出て行けないのですか?」
自分の足かせになるような物だったら辞退しようと考えていたのだが、
「もちろん、今まで通り旅に出て貰って構わないし、納める税も南の森が中心なので格安に設定してある。のちろん、納める物はお金ではなく物でも良いので、直哉の場合は武具を新調するだけで充分だよ」
「なるほど、専用武器職人にならないと判ったら、こういう搦め手を使いますか」
「まぁな。お前ほどの鍛冶職人を手放すのは俺達にとってもマイナスだからな」
「爵位を持つ事で発揮する効果って何ですか?」
直哉は、ゲームには無かった爵位制度に興味が沸いてきた。
「そこからは、私が話しましょう」
シンディアが一歩前に出た。
「まずは、この地図をご覧ください。この範囲が直哉伯爵の領地となります。この領地は国の土地を直哉伯爵に貸し出すという形になります」
直哉は、その地図と自分のマップを照らし合わせた。
「えっ?お金払ってるのに?」
「はい。お金で借地権を買うという事です。ですので、その土地内では直哉伯爵が王族の次に地位が高くなります。コレが重要で、この土地の中であるならば、王族の命令に反しなければ何をしても良い事になっています。もちろん王族からの依頼を受け、我々が監査に来て改善を要求する事もあります」
「監査に来る人間は、誰が選ばれるのですか?」
「王族である、リカード様を中心に、私、アレクの三人は必ず同行いたします」
「それは、大変なのでは?」
「爵位持ち自体それほど多くないので問題はありません」
「わかりました。続けてください」
「直哉伯爵以外の伯爵持ちは王城付近に二名いらっしゃいます。王城周辺に各土地を持っていますので、そこでお店を出したりしています」
「冒険者ギルドや商人ギルドの商店はさすがに違いますよね?」
「そうですね、各ギルドの建物や設備は各ギルドの持ち物になります。ですので、ギルド直属の建物内では買い物途中で他の伯爵がシャシャリ出てくる事は無いですよ」
「なるほど。他の伯爵さんのお店では注意しろってことですね」
「そうなります。今までは一市民だったので、その他大勢だったあなたは、今は他の伯爵と同じ地位に立たれましたから。ご忠告を」
直哉は少し考えて、
「伯爵同士って争ったりするのですか?」
「最近はありませんが、昔は良くありましたが伯爵法を改定して、どのような小さな問題でも伯爵同士の揉め事は、先の三名が揉めている伯爵から直接話を聞き解決させる事になります」
「どの伯爵も、王族には迷惑をかけられないって事ですね」
「まぁ、どの伯爵も気の良い連中ばかりだから、そこまで気にしなくても良いぜ」
リカードが割って話に入ってきた。
「それに、直哉の強さはお城で見せてるから、問題ないと思うぞ」
直哉は少し照れながら、
「他に気をつけることはありますか?」
「そうですね、この家以外に来賓用の家を作っておくことをお勧めします。伯爵になったのに、営業していない鍛冶屋が表の顔では気味悪がられますよ。家を管理するメイドや執事等はゴンゾー様の方から紹介していただけますよ」
「メイドですか・・・、あ、ミーファさんが居るか」
「何でしょうか?」
突然呼ばれたミーファが訝しげに返事した。
「あ、いえ。そういえば、結婚とかはどうなんですか? 重婚とかは問題ないですか?」
フィリアは目を輝かせながら直哉を見た。
「重婚? あぁ、複数の女性、もしくは男性と所帯を持つという事ですか?」
「はい。それです。っていうか、複数の男性?」
「冒険者をやっていると、そういうグループが出てくるのですよ。男数名、女数名の所帯とかありますよ」
直哉は少し考え、
「と、言うことは俺がリリとフィリアと結婚しても良いってことですか?」
シンディアは頷いて、
「何の問題もありません。それに我々に報告する義務はありません。ちなみに制約がつくのは王族だけです」
「跡継ぎ問題ですね?」
「そうです。リカード様にはしっかりしていただかないと!」
「そうです、私のような子供を授かってはいけません。子供が悲しみます」
フィリアは涙を流しながら訴えた。
「わかった。わかった。というか、わかっている」
リカードはとんだ難癖を付けられてしまい、慌てていた。
「伯爵については、問題ありませんか?」
シンディアは話を戻した。
「そうですね、税金とか、領民とか、色々聞きたいです」
「では、税金から。税金は領地の豊かさで貰います。たとえばお店を経営しているのであれば、売り上げの20%を税金とするとか。生産物があるならそれの20%とか。伯爵だけでなく商店を開いている者には課税しています。生産に関しては細かく見ていられないので、伯爵の敷地内とさせてもらっています」
「自家用のハーブとか菜園で取れたものも課税対象ですか?」
「そうなります。それが伯爵の勤めです」
「なるほど。そういえばアイテム作成等のスキルで造ったものに関してはどうですか? アイテムは殆ど使ってしまうのですが?」
「厳密に言うと、それも課税対象になります。ですが、直哉伯爵の場合、お城へ武具の納品や義手等の納品物があれば減税や物によっては税自体が相殺されます。ですので、細かい本数などは数えないで、一式として計算しますね」
「わかりました。後でどれだけの物を、どのくらいの納期で収めるのかを教えてください」
「次に、領民についてですが、敷地内に他人を住まわすと言うことになります。失礼ですが、このような辺境の地に住むような方は私たちで審査します。その上で問題が無ければ許可いたします」
「あ、いや、リリたちなんだけど。ヘーニルさんとか」
シンディアは納得したようで、
「あぁ、この家の住人ですね? それなら何の問題もありません」
直哉はホッとして、
「良かったです」
「長くなりましたが、他に聞きたいことはありますか?」
直哉は考えをまとめ、
「今のところは無いですので、問題が起こったら聞きに行きます」
と、答えた。
「それでは、昨日の事を話していただけますか? 出来ればガナックやアーサーという人物のことを」
シンディアはようやく本題を切り出せた。
「昨日は、頭の中を整理しようと一人になるように、人気の無い森へ入りました」
南の森が書かれた地図を開き、
「この家から、三時間ほど行ったところ、この辺りですね、に大きな池が出来ていました。そのほとりで、魔獣に出会いましたが、攻撃してこないので、その場で考えをまとめていました」
直哉が指差した地点に池を書き込み、魔獣と書いた。
「暫くして、男性が私に対アンデット魔法を掛けていたので目を覚ましました。その男性がガナックさんでした」
「えっ? 魔獣の傍で眠っていたのですか?」
直哉の言葉に、フィリアが声を上げた。
「傍と言っても、池の反対側だけどね。それで、そのガナックさんと話していたのがエルフのメイフィスさんでした。お二方とも豪快な方々でした」
「あの子は変わってなかったのね」
ミーファはつぶやいた。
「その後、二人に連れられ、この地点にある彼らの住処に行きました。そこで、池の魔物と再会しましたが、その家で飼っているエキセントリックタイガーと紹介してくれました」
「え、エキセン? タイガー? 聞いたこと無い種類の魔物ですね」
シンディアは首をかしげた。
「その時一緒に出てきたのが、アーサー君でした。二人の子供だと紹介されました」
「メイも子持ちになっていたんだ」
「ただ、アーサー君は具合が悪いみたいで、ガナックさんが森の奥でパワースポットにアーサー君を連れて行くと、彼を担ぎ上げていました」
「パワースポット? 何のことだと思う?」
リカードはゴンゾーと話していた。
「メイフィスさんは少し残ってくれて、その時、俺たち外の世界から来た人のことを漂流者と呼んでいました。メイフィスさんも私と同じシステムコマンドを使える人でした」
「直哉伯爵の不思議な力ですね?」
直哉は頷いて、
「そしてそのシステムを使って、遠く離れていてもお互いに会話したりメッセージを送ったりすることが出来る登録をしたのですが、今は使えなくなりました」
「メイフィスさんが亡くなったから?」
「おそらくその通りだと思います」
直哉は目に涙を浮かべながら語った。
「この後は、帰路についたのですが、途中でラリーナとリズファーさんに出会いました。出会い頭にお二人に攻撃を仕掛けられましたが、ラリーナを昏倒させたところで戦闘は終了し、少し話をしました。ですが、私は一刻も早くリリとフィリアに会いたかったので、そのまま帰ることにしました」
「あの時は不覚を取ったが、今度はそうはいかないな!」
ラリーナは腕を組みながら鼻息を荒くした。
「その後で、リリ達と森で再会し、森の調査に加わりました」
「なるほど、その後はフィリアさんとリリさんの話で問題ありませんね?」
シンディアは直哉の言葉をまとめながら聞いてきた。
「そうですね、そこからは三人で、さらに途中からラリーナが加わって、あのぬいぐるみと戦いました」
シンディアは記録を見ながら、
「この、アリ沢山撃破とありましたが、具体的にどのくらいですか?」
リリとフィリアの証言にあった、不明点を聞いてきた。
「よいしょっと、ここにその時のタグがあります。ついでに戦利品も」
そう言って、大きな網に入ったアリたちのタグやドロップアイテムを出した。
「こ、これはすごい!」
その場に居る全員がその量に釘付けになった。
「後は、何か聞きたいことありますか?」
「粘着性の高い網と爆発するビン、直哉伯爵とリンクするクマさんに見えざる手についてお願いします」
シンディアは、記録からピックアップした。
「粘着性の高い網はこの防衛網です。爆発するビンはこの火炎瓶。クマさんはこれで、見えざる手はマリオネットというスキルですね」
直哉は、網、瓶、クマを出して説明した。
「フムフム。あっ」
防衛網を触っていたリカードが絡まった。
「下の鍛錬場で実際にお見せしますね」
直哉はみんなと一緒に下の階へ降りていった。
「リカードさん、ゴンゾーさん、お手合わせをお願いします」
直哉は、マリオネットを使い、防衛網と火炎瓶、そしてくまさんを操作して二人の前に立った。
「おぉ! 何も無いのに網や瓶が浮いてる。これが見えざる手か!」
直哉は二人の動きについて行くように、沢山の糸を網と瓶とクマにつけて操作していた。
結局、網は二つ、瓶は四つ、クマは一つだったが、糸は三十本飛ばして操作していた。
さらに直哉本体は剣と盾を装備して迎撃体勢に入った。
「おもしろい!」
「そう来なくては!」
リカードとゴンゾーは連携しながら、網と瓶の猛攻を余裕でかわしていた。
「普通に避けちゃうのですね?」
直哉は感心しながら操作し続けた。
「この位なら、まだまだ行けるぞ」
ゴンゾーは飛び出そうとしたが、上空を銀色に光りながら飛んでいるクマに気を取られネットにかすめ取られた。
「なんと!」
ゴンゾーを捉えたので、その糸を解除し新たに防衛網を取り出し操作してリカードへ迫った。クマに槍を持たせ浮かび上がり、直哉も剣と盾を装備して躍りかかった。
「網と瓶と直哉の波状攻撃か! 面白い!」
リカードはダメージ覚悟で火炎瓶に攻撃し隙を造った。
「ぐぬぅ。しかし! ここだ! 絶空!」
全ての糸を切断して、網と瓶がその場に落ちた。ついでにゴンゾーに絡まっていた網も吹き飛ばして、ゴンゾーは大地に転がった。
「えい! やぁ! とう!」
直哉は奥義の隙を突き斬りかかった。
「しまった!」
リカードは直哉からの攻撃をまともに受け、数メートルはじき飛ばされた。
「これで、最後!」
直哉はクマでリカードを追い槍を突きつけ、自分はゴンゾーへ剣を突きつけた。
「まいった」
「参りました」
二人は負けを認め、直哉は戦闘態勢を解いた。
「これが、スキル:マリオネットです。レベルが上がって操れる糸が増えたので細かい動きも出来るようになりました。そして、このクマですが、実は俺と疑似部位連携で繋がっているので、これがダメージを受けると俺に反映されるという諸刃の剣でした。でも、魔力吸収が発動していたので、コレを大量に造って安全なところに置いておけば、MP回復が早くなると思います。それに俺のスキルも使えるので中々使いどころが多そうです」
「なるほどな。中々面白い事を考えつくな。このクマは疑似四肢か?」
「はい。その通りです。あと、コレも造りました」
魔弾銃を取り出し、皆に見せた。
「これは、何だい?」
「魔弾銃と呼ばれる武器です。素材によっては上級やその上の魔法を打ち出す事の出来る武器です」
リカード達は驚きながら魔弾銃を触っていた。
「弾を造るのに必要なのが高価な物や希少価値の高い物が大半なので、量産するのは厳しいですが護身用にあれば頼もしいです」
「これを知っているのは、どのくらい居ますか?」
シンディアは緊張した面持ちで聞いてきた。
「俺だけですね。鍛冶職人の中に知っている方がいるかもしれませんが」
「後で、ヘーパイストスに聞いておきます」
シンディアはリカードに言った後、直哉の方を向いて、
「この武器は他言無用でお願いします。そして、出来ればあなた方の護身用の他はお城の方に納品して頂きたい」
「この武器の独占というわけですね?」
「そうだな。この武器が有るのと無いのでは戦局が雲泥の差になる。必要な素材は優先的に回すので、是非とも我等にその武器をおろしてくれ」
リカードは頭を下げた。
「あまり、深みにはまりたくはありませんが、出来る限り協力をいたします」
「シンディア、後は頼む。俺は親父に報告してくる」
リカードはゴンゾーを連れ、転移部屋へ入っていった。
「ふぅ。あなたは末恐ろしい方ですね。こんなに心をかき乱されたのはあの人以来です」
「アレクさんですか?」
さらに驚いた表情で、
「何故それを?」
直哉は笑いながら、
「元の世界では、他人の視線を気にしながらビクビク生きていましたから、そういう視線には敏感なのですよ。話しかけてきそうな人からは遠ざかり、危険を察知すれば逃げ出す。そんな生活でした」
「なるほど。私もまだまだ未熟ですね」
シンディアは落ち込みはしたが、顔には出さず、
「それでは、ここまでにしましょう」
そう言って、帰り支度を始めた。
「そうだ! メイフィスさんの遺体を見せてもらえますか?」
直哉は言い出せなかった事を聞いてみた。
「良いですよ? 皆でいらっしゃいますか?」
直哉はフィリアとラリーナの方を見て、
「どうする? 一緒に行く?」
二人はうなずいて、支度を始めた。




