第二十六話 南の森で ~対フルシュ戦~
「せぃ!」
急所攻撃で斬りかかった。
フルシュは避けることなく攻撃を受けた。
目の部分に直撃し両目を潰した。
「くっくっく」
しかし、フルシュの余裕は消えず、直哉は恐怖を感じていた。
両目の部分に黒い霧が集まり、目の様な物が出来上がった。
直哉は、通常攻撃に切り替え、MPを温存しながら攻撃を続けていた。
フルシュは直哉の攻撃が単調になってきたので、攻撃を受け止めはじめ反撃を試みるようになっていた。
「くっ」
直哉が苦しみながらも攻撃を繰り出してはいるが、フルシュの方はその攻撃に慣れてきたようで魔法の詠唱を開始した。
「光無き世界に数多居る闇の精霊よ、我が魔力と共に敵の心を乱せ!」
「コンフューズ!」
直哉の頭の中がグチャグチャになった。
「うわぁぁぁぁ」
直哉は頭を抱えてその場にうずくまった。
「くっくっく」
とどめを刺そうと直哉に近づこうとすると、
「させません!」
後ろに立ち直ったフィリアとリリが来ていた。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力に呼応し穢れを祓い給え!」
「ピュアリフィケーション!」
直哉の混乱を浄化した。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその加護を仲間に与えたまえ!」
「ディバインプロテクション!」
「お兄ちゃんはリリ達が守るの!」
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
「スライスエア!」
風の魔法に乗り、素早さを底上げしたリリが殴りかかった。
「また、それですか?」
その時、リリが気がついた。直哉がこっそり回復薬をわんこの母親にかけていた事と、フルシュの周辺に防衛網を張り巡らしていた事に。
「あちょちょちょちょちょ」
リリは、その網にかからないように、そして邪魔にならないように攻撃を繰り出した。
「むぅ。小うるさい蝿の分際で、私に触れるな!」
フルシュは衝撃波を放ち、リリを吹き飛ばした。
「うー」
リリは風魔法を制御しながら、衝撃波をそらす事に成功した。
リリがフルシュから離れた隙に、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏し邪悪なる者に裁きの鉄槌を!」
「エンジェルフィスト!」
すかさず、フィリアの光魔法が炸裂した。
「ぐぬぬぬ、しかし、この程度ならば!」
体内に残る闇の力を解放した。
「そ、そんな!」
フィリアの魔法は闇に飲まれてしまった。
「リリさん! 近づいてはいけませんよ!」
突撃をかけようとしていたリリをフィリアは止めた。
「ナイス判断だ!」
その間に、正気を取り戻した直哉は、作成していた大量の火炎瓶をマリオネットを限界まで使い操作して、張り巡らせた防衛網の方へ誘導した。
「ふん! その攻撃は既に見ている。私にはたいしたダメージは無いぞ! むっ?」
燃えたり躱したりした先には防衛網が張ってあり、見事に絡まった。
「ほほう、いつの間にこの様な物を仕込んでいたのやら。末恐ろしいな。今ここで始末しておかなくては、後々あのお方の脅威になる可能性があるな」
そう言いながら、力任せに引きちぎった。
「ふん! この程度なら雑作もない!」
そして、直哉に攻撃を仕掛けようとした時にさらに周りに網が張ってある事に気がついた。
「なんだと?」
「喰らいやがれ!」
直哉は、辺りの網を全てフルシュに巻き付けた。
「ぐぬぬぬ。力任せにほどけないほどの網か。次から次へと小賢しい!」
フルシュは闇の力を放出し強力な衝撃波を放った。
辺りの網は全て破壊され吹き飛んでしまった。
「ふっふっふ。これで、最後かな? それとも何かあるのかな? 楽しみだ!」
(彼らはまだ来ないのですかね?)
直哉はかなり焦っていた。殆どの手の内をさらして攻撃を仕掛けたのだが、未だに優勢になったように感じなかった。
(できれば、指輪は使いたくないんだけどな)
MP回復薬の残りが少ない今、最大火力の攻撃を仕掛けるのは魔力吸収があるとはいえ自殺行為であり、その後MPが回復するまで体力も回復できないので、それを恐れているのであった。
「何も無いのですか? それでは、こちらから行きましょうかね?」
そう言いながら、切断した右腕に漆黒の刀を生やして、直哉に突撃を仕掛けてきた。
「死になさい!」
直哉はとっさに盾で攻撃を受け止めようとしたが、その盾ごと吹き飛ばされた。
「ぐわっ」
数歩下がった所にフルシュの追撃が来た。
「そらそらそらそら!」
漆黒の刀を器用に振りながら連続攻撃を放った。
「うぐぐぐぐ」
防戦一方の直哉は、指輪の準備をしていた。そこへ、
「ちぇっすとー」
リリが勇猛果敢に突撃してきた。
「ほぅ! 面白い」
そう言って、左を向き刀をリリの方に向け迎撃態勢を取った。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力に呼応し敵を裁け!」
「ホーリーフォトン!」
そこへ、フィリアからの魔法がその刀に直撃した。
直哉の目の前で漆黒の刀がふらついていた。
「ここだ!」
直哉は構えていた盾で、盾攻撃と縦斬りを刀に仕掛け、下方向に刀を叩きつけた。
その隙をついたリリは、
「魔神拳! ホーリークラッシュ!」
光り輝く拳でフルシュを打ち抜いた。
ドグシャ!
殆どの身体のパーツが粉々になり、砕け散った。
「ふぅ」
直哉は大きなため息をついた。
「流石に厳しかった」
気を緩めた時、リリが警告を発してきた。
「まだなの、お兄ちゃん! まだ、何か嫌な感じがする!」
「リリ、フィリアは周囲の警戒を! わんこ、行くよ!」
リリとフィリアはそのまま周囲を警戒し、直哉とわんこで母親の元へ急いだ。
「お母様! しっかりしてください」
いくつもの致命傷を受け、直哉の回復薬でも延命するのが精一杯だった。
「ちきしょう。この傷は、手持ちの回復薬じゃ回復できない」
「そんな! お願いします。母を! お母様を助けてください」
わんこは泣きながら直哉に詰め寄った。
その時、後方から闇の力が膨れあがった。
「お兄ちゃん!」
「直哉様!」
直哉がちらっと見てみると、先ほど倒した魔族が復活していた。
「まさか、この身体で闘う事になるとは、夢にも思わなかったぞ」
そう言って、外側の衣を剥ぐように脱ぎ捨てた。
その姿は黒い霧の集合体の様で、一応人型を保ってはいるものの、どこまで信用して良いものかわからなかった。
直哉達が惚けていると、フルシュは漆黒の刀を両手に生やして襲いかかってきた。
「そらそらそら!」
リリとフィリアが直哉達を守るべく立ちふさがった。
「わ・ん・こ?」
その時、女性が目を覚ました。
「お母様!」
「何を泣いている? お前は、銀狼族最強のこの私リズファーの娘。・・・結局お前の真名を決められる男は現れなかったな。・・・直哉、近くにいるか?」
リズファーは直哉を求め手を伸ばした。
直哉はその手を握り、
「はい、そばに居ます」
「お前に頼みがある。わんこの真名を付けてやっておくれ。さすれば、わんこは銀狼最強の血を継ぐものとしてその力を発揮する」
「お母様、それは・・・」
わんこは何かを言おうとしたが、リズファーはそれを遮った。
「頼む。わたしが生きている間に、真の姿を見てみたいのだ」
直哉は、わんこを見て、
「リズファーさんが付けちゃダメなのかい?」
「私たち銀狼族は両親が気に入った者に、真名を付けて貰うという風習があるのです。普通なら族長様とか、祖父母様とかになるのですが、現在族長は不在で、その代理を母が。先代の族長は私の父で、その両親も戦死しています。それに、いままでお母様は誰も気に入らなかった。自分よりも強い者に付けて貰うと、いつも言っていて」
「直哉・・・頼む・・・」
握っている手の力がだんだん弱くなってきている事を感じた直哉は、
「わかりました。わんこ、真名を付けるよ?」
わんこは、嫌々ながらも受け入れた。
「ラリーナ! わんこの真名はラリーナ!」
「我が真名はラリーナ!」
その瞬間、わんこの心の奥に眠っていた銀狼の血が目を覚ました。
「わおーん!」
わんこは体内の魔力で大きな銀狼の姿に変わり吠えた。
(途中で死んでいたどの銀狼よりも大きくて美しい)
直哉がそう思っていると、ラリーナはフルシュへ向けて走り出した。
「リリ! フィリア! わんこ改めラリーナが行った! 共闘を!」
フィリアは光魔法で加護をかけ、リリはラリーナと供にフルシュを翻弄した。
「あちょちょちょちょちょちょちょあー」
「がうがうわうがうわう」
「ぐぬぅ、流石にこの身体だと、スピードファイターが二人になると厳しいな」
物理攻撃をほぼ無効化し、魔法攻撃も光以外はほぼ無効化した形態になったのだが、極端に攻撃力、攻撃速度が共に落ち、リリとラリーナの攻撃は物理ダメージはほぼ無いものの、光魔法の加護が地味に効いていてダメージが蓄積されていった。
そのうちに、直哉は防衛網と火炎瓶を造りMPを完全に回復させ、リリ・フィリア・ラリーナの戦いを見ていた。リズファーはラリーナが覚醒し、フルシュへ突撃をかけている最中に、息を引き取った。
ラリーナは涙を流しながら、フルシュを攻撃し、確実にダメージを与えていった。
「わん、わおーん」
悲しみの声を上げながら必死で闘っていた。
(おそらく、魔王の元の身体が最終形態だろうな。前の魔王が霧って事は無いと思うから、もう一戦覚悟しておかないと)
直哉は、剣と盾を装備し直し、リズファーの身体にフルシュが入り込めないように細工をして三人の援護に向かった。
その頃には、フルシュの霧は殆ど消え、老人のような姿になっていた。
「くっくっく。まさかこの身体まで出す事になるとは、いやはや、末恐ろしいな」
リリは本能で感じたようで、
「今までよりも、はるかに強い! みんな、気を引き締めるの!」
「わん!」
「はい!」
リリとラリーナは比較的元気であったが、フィリアはかなり疲弊していた。
フルシュはそれを見抜いていて、ニヤニヤしながら、
「この身体で攻撃するのは初めてだから、加減が判らんのだよ。どのくらい耐えてくれるのか楽しみだ。せめて一撃くらいは耐えてくれよ」
右手を右から左へ払った。
それだけで、もの凄い衝撃波が起き、リリとラリーナは吹き飛ばされながらも受け身を取った。
フィリアは吹き飛ばされ、そのまま直哉の元へ吹き飛んだ。
直哉はフィリアを受け止めつつ、フルシュの動きを追っていた。
フルシュは弱ったフィリアのトドメをさすべく直哉の方へ向かっていた。
直哉はリリとラリーナがフルシュと離れたのを確認するとニヤリと笑い、指輪をフルシュに向けた。
「喰らいやがれ! エクスプロージョン!」
フルシュが回避する事も出来ないくらいジャストなタイミングで撃ちだした。
「魔王様! まさか!」
フルシュの驚きの声と共に、大爆発が起こった。
直哉はMP大量消費の目眩と闘いながら、MP回復薬を数本飲み、最後の濃縮MP回復薬をフィリアに使った。
超高温で焼かれているフルシュは闇の回復で死にはしないものの、なかなか身動きが取れない中、直哉に憎悪の視線を向けた時に、追い打ちが来ている事に気がついた。
直哉は、残り少ないMPでマリオネットを使い、火炎瓶をフルシュへぶつけていた。
「ぐぅぅぅぅ」
フルシュは、回復して焼かれ回復して焼かれを繰り返していた。
「フィリア、この網に加護を!」
そして、取り出した防衛網にフィリアの光の加護をかけて、焼かれて身動きの取れないフルシュを捉えた。
「ぐぬぬぬ。矮小なる人間どもにこの私が!」
リリもラリーナも無理をしていたようで、一緒にに直哉の元へ戻って来た。
「魔法の効果が切れた時が正念場だよ」
直哉は、回復薬を取り出し、リリ達に渡して傷を回復させた。
ラリーナは、母親に寄り添い泣いているようだった。
闇の力が大きく膨れあがり、エクスプロージョンの効果を打ち消した。
「ぐぅぅ」
しかし、負ったダメージは大きく、光魔法の網は打ち消せずにいた。
直哉の方はようやくMPが規定値を超えたため、リジェネが発動し体力を回復し始めていた。
直哉は剣と盾を装備し直し斬りかかっていった。
三人とも限界であり、再び攻撃するには休息が必要であった。
フルシュは直哉が近づいてきている事に気がつき、闇の力で造った針を飛ばしてきた。
「くっ」
直哉は冷静に盾で弾きながら一歩一歩近づいていった。そして、近距離攻撃の間合いに入った。
フルシュは数本の霧を器用に伸ばし、直哉に襲い掛かった。
直哉は基本の型で攻撃を繰り出した。
(構え、防御、攻撃!)
多方向からの攻撃を確実に受け止め反撃してくる直哉に、フルシュは焦り始めていた。
「こうなれば、お前たちだけでも道ずれにするか」
不吉なことをつぶやきながら、詠唱を開始した。
「爆発を司る精霊達よ、我が魔力に呼応し敵を蹂躙せよ!」
(まさか、エクスプロージョン?)
「させるか!」
直哉は魔法を妨害しようと攻撃を集中させた。
しかし、無常にも魔法は完成した。
「ふっふっふ。絶望に打ちひしがれよ!」
フルシュはニヤリと笑い、漆黒の腕を直哉の後ろへ伸ばした。
「えっ?」
驚愕する直哉が後ろを見た瞬間、
「エクスプロージョン!」
リリ達に向かって魔法は放たれた。
「やめろー。ぐは」
直哉はリリ達に駆け寄ろうとしたが、それを許すほど優しくないフルシュからの攻撃を背中に受け、その場に叩きつけられた。
その直後、リリ達が居た所から大爆発が起こった。
「もう少し、絶望するあなたを見ていたいのですが、あの方に対する不穏物質は早急に取り除くとしますか」
フルシュは直哉に止めを刺すべく伸ばした腕に漆黒の刀を造り出した。
「くっ」
直哉は対応しようとしたが、思うように身体が動かず恐怖していた。
他方向から闇の刃が直哉に向かい、死を覚悟したとき、待ちに待った声が聞こえた。
「絶空!」
直哉に向かっていた腕を切断し、フルシュ本体を吹き飛ばした。
「なん、だと・・・」
「待たせたなぁ! 直哉!」
リカードは直哉とフルシュの間に入り込み宝剣を構えた。
「リ、リカード! リリ達が!」
直哉がそう叫ぶと、別の方向から、
「大丈夫ですぞ、リリちゃんと、フィリアさん、それにもう一方は無事じゃ」
直哉が声のする方向を見て見ると、リリとフィリアを担いだゴンゾーさんとラリーナを担いだラナとルナの姿が見え、ヘーパイストスがリズファーを抱えてヘーニルが光の障壁を張っていた。
直哉はリリ達が無事だと知ると、疲労とダメージにより意識を失った。
◆リカード目線
(あの直哉をここまで苦しめるのか。気を引き締めないとな)
「ラナとルナは直哉伯爵を守れ!」
「はい!」
「はい!」
「ゴンゾー、ヘーニル、ヘーパイストスさん、敵を倒します」
「承知!」
「久しぶりに腕が鳴るワイ!」
「加護はお任せを」
フルシュと対峙したゴンゾーが何かを感じ取った。
「この気配は・・・。まさか、ぬいぐるみの魔族?」
「ほぅ、矮小なる者にこの私を知る者もおるのか。我が名はフルシュ。魔王様の片腕だ」
「貴様が、拙者の仲間たちを!」
ゴンゾーは飛び出し、光の網で思うように動けないフルシュに猛攻を仕掛けた。
「ぐぅぅぅぅぅぅ」
度重なる大魔法と、闇の力の枯渇。そして、直哉達との戦闘による疲労により動きに精彩の無いフルシュはあっという間に追い詰められた。
「最後に知っていることを全部話せ!」
リカードは剣を突きつけた。
「ふっふっふ。キサマら矮小なる者どもに話すことなど無い!」
黒い血を吐きながら、
「魔王様! ばんざーい!」
辺りに体内の闇の力を放出し、自爆した。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に敵よりの攻撃を防げ!」
「プロテクションフィールド!」
ヘーニルはとっさに障壁を展開した。
しばらくして、
「辺りの闇の力は殆どなくなりました」
「そうか。と言うことは、さっきの祭壇が原因だったと言うわけだな」
「おそらく。一応祭壇の部品や素材などは持ち帰りますし、あっちのエルフのご遺体も持ち帰りましょう」
「そうだな」
その時、周囲の偵察からゴンゾー、ラナ、ルナが戻ってきた。
「リカード様、周囲に魔族の姿は確認出来ませんでした、ただ」
そう言って、ルナを前に出した。
「このような網が所々に張ってありました」
ルナの身体に巻きついた防衛網をリカードに見せた。
「これは、さっきの魔族に巻きついていたものに似ているな。直哉が作ったものかもしれないな」
もう一度周囲を見回し、
「よし! 今回はここまでだな。帰るとするか」
リカードの号令に、
「それでは、私の周りに集まってください」
ヘーニルは皆が集まったのを確認すると、帰還石を起動した。辺りに光があふれ、真っ白な光に包まれた。




